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ToP!  作者: ハコナシムト
Ep.1 The name of the petals is NIRZ.
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010-02. 絢爛の残り香

 

「わぁー! ざくくん、すごく似合ってるよ!」


 時は十月最終週。

 爽やかな秋晴れの中、BRCの当日はやってきた。


「やっぱり、元モデルさんだねえ……着こなしてもらえて、服が喜んでる気がする!」

「そんな……ろざさんのデザインとコーディネートが素敵なおかげです……!」


 きらきらと瞳を輝かせ、ローザが絶賛する。

 その視線はドレッサーの鏡を反射し、会話相手――ランウェイ用の衣装に袖を通し、いつもは下ろしている前髪を上げた柘榴に注がれていた。


 柘榴が纏っているのは、グレンチェック柄の生地で仕立てられたセットアップ。

 クラシックな色合いながらすっきりとしたシルエットのそれは、ファッションブランド「AttrA」の看板デザイナーであるローザが柘榴のためだけに仕立てた特注品だ。

 そしてその首元には、調和を崩さないよう計算されたワンポイントとして、メンバーカラーである赤色のネクタイがきっちりと締められている。


「その、すごくしっくり来るというか……俺、既製品のジャケットを着ると胴回りがだぼついてしまうので……」

「あー……ざくくんは肩幅あるからね。高校生だとオーダースーツはハードル高いだろうし」


 相槌を打ちながら、ローザが柘榴の肩にメジャーを当てるようなジェスチャーをしてみせた。

 肩をすっとなぞる指先の感覚が、この衣装を作るためにローザ自身の手で全身くまなく採寸された時の記憶を鮮明に蘇らせる。

 採寸時はなんとも形容しがたい羞恥で頭がいっぱいだったものの……後日、完成品を纏った瞬間に訪れた「ずっと着ていたい」と思わされるほどの安心感と高揚感に、ローザの手腕を実感したのだった。


「その節は、本当にありがとうございました」

「なんのなんの! こちらこそ、創作意欲が掻き立てられてありがたかったよ〜」


 指先で自分の前髪を整えながら、ローザがにっこりと笑顔を浮かべた。

 その格好は柘榴のものと同じ生地で作られたセットアップだが、ボトムスが八分丈のワイドパンツになっていたり、ジャケット代わりのケープの下には淡いピンク色のボウタイブラウスを着込んでいたりと、よりローザらしさが強調されたデザインとなっている。


「普段は汎用性重視の既製服ばっかり作ってるけど……こういうオートクチュールも楽しいねえ!」


 今後もステージ衣装のデザインとかしたいな〜、とご機嫌な様子のローザに、柘榴は鏡越しの微笑みで返す。

 そんな折、楽屋に並んだ更衣室のうちひとつのカーテンが開き、中から着替えを済ませた衣織が歩み出てきた。


「ろざさん。チーフの折り方ってどうだっけ?」

「おっ、どれどれ〜」


 衣織に呼ばれたローザが、ぱたぱたと小走りで駆け寄る。

 そして、衣織の手に乗せられた深緑色のハンカチをするりと抜き取ると、テーブルに広げてするすると折り畳んでいき……布端がきっちり揃ったポケットチーフを、衣織のジャケットの胸元にするりと差し込んだ。


「はい! これで完璧!」

「おお……さすが手慣れてるな。ありがとう」

「ローザ、ループタイとカフスボタンってそっちに置いてあるか?」

「あっ、はーい! すぐ持ってくよ、ニィ〜!」


 衣織の手伝いが終わるや否や、ローザは小物置き場に置かれている黒いケースを持って更衣室へと消えていく。

 ヘアメイクのスタッフは別途配置されているものの、今日のローザはモデルとアイドル、そしてメンバー全員のスタイリストという三足のわらじで引っ張りだこだ。


「ろざさん、すごいなあ……」

「ああ、パッションを感じる」


 柘榴がぽつりと零せば、空いている椅子に座って差し入れを漁っていた衣織が小さく笑った。


「……おっ、『ヴェッセル』のラスクがある。わざわざ差し入れてくれたんだな」

「衣織くん、常連さんだからね」

「そ、それは柘榴もだろ……!」


 少し恥ずかしそうな顔で言い返しながら、衣織がラスクの包みと紙コップを並べていく。

 そして、テーブルの上に置かれたペットボトルを持ち上げ――「あ」と小さな声をあげた。


「飲み物、四人分には足りないな……」

「あっ、俺貰ってくるよ。ケータリングのところから持っていっていいって言われたから」

「ああ、ありがとう。えーっと……無糖のお茶か水があると嬉しい」

「はあい、了解です」


 衣織からのリクエストは、パフォーマンス前に甘い物を口にしないローザへの配慮だろう。

 こういう細やかな気遣いができるところに憧れるなあ……と惚れ直しながら、柘榴は楽屋をあとにしたのだった。




 ケータリング置き場は、他の出演者が準備をしている大部屋の楽屋前に用意されていた。


「わ、すごい……」


 普段の音楽番組やイベントでもケータリングの用意はあるものの……BRCほどの規模となると、その量や種類も桁違いだ。

 有名店の弁当やお菓子はもちろんのこと、冷蔵ケースの中には保冷が必要なケーキやゼリーなども用意されており、少し眺めただけで心なしかわくわくしてくる。


「よいしょ、っと」


 柘榴は持ってきた空のトートバッグを広げると、緑茶とミネラルウォーターの大きなペットボトルを各一本と、個包装のお菓子をいくつか収めて肩に掛ける。

 そして、横目で大部屋の様子を見つつ踵を返したところで……廊下の奥の双眸と視線がかち合い、反射的に歩みが止まった。


「…………ぁ、」


 双眸の主は、美しい男だった。

 微睡むようにとろりと緩やかな眼、小さくあしらわれた形のよい鼻、慈しむような笑みを湛える朱鷺色の唇。

 ピアノの黒鍵のように深い闇色をした髪には一切の癖がなく、蛍光灯の光を受けて艷やかに輝いている。

 いうなれば、頭の天辺から爪先まで完成し尽くされた――恐ろしいほどの美。


 まるで、蛇に睨まれた蛙にでも変えられてしまったかのように、柘榴の足が竦む。

 それは男の美しさによるものだけではなく……目の前の相手が何であるかを悟ったことによる、本能的な畏怖なのだろう。


「…………白長(しらなが)魅月(みづき)……」


 ほとんど吐息のような声で、柘榴はその名を口にする。

 ここ十年で生まれた子供でもない限り、この国の誰もが知っているであろう、その名前を。


 それは、偶像の最高到達点。

 圧倒的なカリスマ性で一世を風靡し、崇拝に近い支持をほしいままにした、生ける伝説。

 同時に――現在に至るまで波紋を呼び続ける、とある悲劇の生き証人。


「……こんにちは、鈴鹿柘榴くん」


 にこやかに、穏やかに、名前を呼び返される。

 その媚薬のような声はあっという間に体中を巡り……既に硬直しきっているはずの柘榴の指先から、一切の感覚を消してしまった。


 男の名は、白長魅月。

 かつて九十九蓮が所属した伝説のアイドルデュオ『Fs(エフス)』――その片翼と呼ばれた男が、そこに居た。

 

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