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ToP!  作者: ハコナシムト
Ep.1 The name of the petals is NIRZ.
26/27

■■■-■. その種子は青に溶けゆく

 

 朝九時、アメリカ・ロサンゼルス――


「おはよぉ~……」

「おはよ。今日は休みなのに、珍しく早いっすね」


 ベッドルームから出てきた同居人に朝の挨拶を返し、少年――と呼ぶにはいささか大人びた雰囲気を醸し出しているが――は手の中のタブレットで流していた映画を一時停止した。


「腹減ってないっすか? ベーコンエッグトーストならすぐ作れるっすよ」

「あ~、食べたいなぁ……お願いしてもいい?」

「オッケー、ちょっと待ってて」

「ありがとぉ、瑠璃くん」


 少年――瑠璃るりはタブレットをテーブルに置き、ソファから立ち上がる。

 手入れの行き届いたアイランドキッチンに立ち、冷蔵庫から取り出したベーコン数枚と玉子をフライパンに乗せて熱していけば、たちどころに食欲をそそる音と香りが部屋を満たしていった。


「ふわぁ……んしょ、っと……」

「つーか、すみれさんが午前中から動いてるとか……何か予定でもあるんすか?」


 ベーコンと目玉焼きを隅に寄せ、油の残った鉄の上でパンの表面をかりっと焼き上げながら、瑠璃は僅かに首を傾げて見せる。

 いつもであれば休日は昼頃まで起きてくることのない、年上の同居人――四十万しじますみれ。

 彼が午前中から活動を開始し――尚且つ、ソファに転がって二度寝をするわけでもなく――部屋から持ってきたノートパソコンをモニターに繋いでいる様子は、正直言って天変地異と呼んでも差し支えないくらいの異常事態だった。


「ああ、えっとね。昨日の深夜、おじいちゃんに頼んでたデータがやっと届いたんだよねぇ……」


 言いながら、すみれは寝起きらしいもったりとした動作でパソコンを操作し……時折謎のエラー音を響かせながら、厳重にロックされているらしいディレクトリの中をゆるりゆるりと進んでいく。


「僕の幼馴染でアイドルやってる子が居るんだけどね、ついにデビューしたらしくて……。一応、歌だけは配信版を買って聞いてみたんだけど、踊ってるところは見られてなかったからさぁ」

「……そのデータ、送ってもらって大丈夫なヤツっすよね?」


 すみれの日頃の行いを思い返し、嫌な考えが頭を過る。

 そして、瑠璃の胡乱な目つきに何を考えているか察しがついたのか、すみれは少し吊り気味の目尻をへにょりと和らげて笑って見せた。


「っふふ、ちゃんと正規のミュージックビデオだよぉ。まあ、本来はデジタル版なんてないんだけど……そこは、ね?」

「……出た、権力の濫用」

「もー、人聞きが悪いなぁ」

「事実でしょ。ほら、召し上がれ」


 ベーコンと目玉焼きを乗せてケチャップで味付けしたトーストを、注ぐだけの状態にしておいたアイスコーヒーと共にテーブルに置く。

 ……コーヒーのガムシロップは勝手に使わせるととんでもないことになってしまうから、前もって適切な量を投入済みだ。


「わあ、おいしそーう。見ながら食べるねぇ」

「どうぞ……っつーか、アイドルねぇ……」

「んむ? 瑠璃くん、興味ある~?」

「……ないって知ってるでしょ」

「っふふふ、そっかぁ」


 まあ、僕に免じて一回くらいは見てみてよ。


 そう言って、すみれは油分を纏っていない小指でエンターキーを弾く。

 すると、普段はドラマや映画が映されていることの多い壁付けの大画面に、四人の青年たちが映し出された。


「この間デビューした『NIRZ』っていうユニットでね。尾崎のおじいちゃんのとこの、蓮さんがプロデュースしてるんだよ」

「……蓮くんが?」

「っふふ。瑠璃くんは蓮さんのこと、よーく知ってるもんねぇ」


 尾崎蓮。

 その名前を耳にした瞬間に、先程まで興味がないと言わんばかりに自分の前髪を弄っていた瑠璃が顔を上げる。

 そして、その鋭い視線で画面の向こうのとある青年を射貫き――そのまま、固まった。


「えーっとね、僕の幼馴染は今右端に立ってる子で――」

「…………あいつ、誰」

「えっ?」

「今ソロで歌ってたの、誰?」

「えっ、えーっと……鈴鹿柘榴くん、かな?」


 鈴鹿柘榴、と呼ばれた青年は、今は穏やかな笑顔を浮かべながら優雅にターンを決めている。

 柔らかい素材で作られたシャツの裾がふわりと風に舞う様は、まるで天使の翼のようだ。


「聞いたことない」

「そりゃあ……読モ半年のあとにいきなりアイドルデビューした新星らしいから。どうやら、蓮さんのお眼鏡に適っての大抜擢だったみたいだよぉ」

「………………」


 鈴鹿柘榴。

 あの「九十九蓮」が見出した、業界入りたての素人。


「……………………チッ」


 本当に無意識に、舌打ちをしていた。

 その事実を脳が認識した瞬間に、瑠璃は鳩尾のあたりから何かが湧き上がってくるのを感じ、衝動的に立ち上がる。


「瑠璃くん?」

「帰る」

「……はぇ?」

「すみれさん、飛行機確保して。今日の昼、無理なら夜」

「えっ、え? ま、まさか日本に帰るって言ってる?」

「荷物纏めてくる」

「き、今日は無理かな~。瑠璃くんの学校の手続きとかもあるし~……って、もうトランク出してきてる!? る、瑠璃くん~!」


 慌てた様子で「駄目だってば~!」と叫びながら、すみれは瑠璃の腰に巻き付いて必死で瑠璃を押さえにかかる。

 ……その攻防は、昼過ぎまで続いたのだった。




 結果として、瑠璃の弾丸帰国は叶わなかったものの。

 種火は、確かに燻り始めていた。

 

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