シャーペン
一週間くらい前、僕のシャーペンがなくなった。家も探してみたけど、どこにもなかった。そして、隣の席の加藤さんが僕の失くしたシャーペンと同じシャーペンを持っている。それ僕のじゃない? そう声をかけようとしてやめる。加藤さんとはほとんど話したことがない。僕自信、そんなに話すタイプではない。確認するだけなんだから普通に話しかければいいんだけど、なんとなくできないでいる。普段使ってるシャーペンじゃないから別になくても困らないし。
「あれ、今日の数学予習必要だっけ」
加藤さんは友達と話している。僕はガヤガヤとうるさい教室の中で本を読んでいる。誰かと話してなくてもへーきですよ、って感じで。
「健太くん、数学の予習やってきた?」
加藤さんがこっちを見ながらそう言ったのが分かった。いきなり自分の方に話が飛んできて少し焦る。
「……一応やってきてるけど」
「さすが! 授業で指されたら助け求めるから、よろしくね」
「助けになれるかはわかんないよ。間違ってるかもしれないし」
「えー、まぁ大丈夫でしょ。答えられないよりはいいから」
「まぁ、間違ってても文句言わないでね」
「了解でーす」
加藤さんと話しながら、シャーペンのことを聞くなら今なのか、とタイミングを見計らう。しかし結局、聞くことができないまま授業が始まってしまった。
授業中、加藤さんのシャーペンを動かす手をなんとなく見ていた。字、きれーだな。ふと、そんなことを思った。そして、そんなことを思っていたら先生に指されてしまった。やばい。何も聞いてなかった。予習はしてあるが、どの問題を答えればいいのか分からない。僕が言い淀んでると隣から、4番、と小さい声が聞こえた。えーと、よんるーとさんです。僕はしどろもどろと答える。はい、じゃあ次、後ろの人5番、先生がそう言ったところで答えが合っていたことを知る。ありがと、小声で加藤さんに礼を言う。まさか私が教える側になるとは思わなかったよ、ニヤニヤしながら加藤さんがそう言うので、僕も釣られて笑ってしまった。結局その授業で加藤さんが指されることはなかった。
「さっき加藤さんに答え聞いてただろ」
優斗が僕の机の前でからかうように言った。
「違うよ。問題何番か聞いただけ」
僕は顔の前で手を振りながら弁解する。
「そうそう。本当は私が教えてもらうはずだったんだけどね」
加藤さんが隣からおかしそうに笑いながらそう言った。
「うわ、加藤さん予習してなかったの」
「そういうこと」
「俺と同じじゃん」
「優斗くんはいつもやってないでしょ。私は今日たまたま忘れただけ」
二人が楽しそうに話していると会話に入り込みにくくて、少し居心地が悪かった。
「あぁ、そういえばこれ……」
優斗がこっちを向いて、何やらポケットの中を探りだす。そうすると、優斗のポケットから細長い何かが出てくる。それは、僕の失くしていたシャーペンだった。
「すまん、ずっと借りパクしてたわ」
優斗はなんの悪気もなさそうに手を自分の前で合わせてそう言った。少しの動揺。でも、この動揺は見せてはいけない。
「あー、貸してたんだっけ。まぁ別にたいしたもんじゃないし」
シャーペンを受け取り、隠すように筆箱の中にしまう。なんとなく、自分がすごく恥ずかしい奴に思えた。
「あれ、そのシャーペン加藤さんのと同じじゃね」
優斗が大発見をしたかのように加藤さんの机に置いてあったシャーペンを持ち上げながら言う。
「本当だ。気づかなかった」
加藤さんも大発見をしたみたいにシャーペンを見上げている。お揃いじゃん、冷やかすように言う優斗に、やめてよー、と楽しそうに笑う加藤さん。なぜか二人が遠い存在のように感じた。
その日から加藤さんはそのシャーペンを使うことはなくなった。僕も使わないようにしている。三週間後、席替えがあった。それから加藤さんとは話していない。