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昼の月が見えたら  作者: おがわ小町
7/9

7…数年後の今日という日

「お母さん、どこ?まだ?」

「後少しで終わるから、そしたら行くね」


上の娘の結婚式があるホテルに来た奈子は、留袖を着付けてもらっているところだ。和風スタイルも似合うし、まだやはり若く見えるため、新婦の母と言ったら着付けの人達に驚かれた。


「今日はありがとう!」

家族のみの食事会のような結婚式なので、新婦側の親族控室には母娘しかいない。それでもやはり花嫁が登場して盛り上がった。

「おめでとう!ドレスよく似合ってる。秋晴れで、良かったね」

「ありがとう、お母さん」

「お姉ちゃん綺麗!!」

花嫁が扉を何度もチラチラ見返している。何故だかソワソワしている娘二人を、奈子は不思議そうに見ている。

「あー、まだ来てないみたいだけど…あのね、お母さん、実は……あ、来た!こんにちは!」

奈子が扉の方を見て固まった。


そこには、スーツを着た匡介が立っている。

スーツを着てるの初めて見た…

「って、えええ?!何で?!スーツ?!え?!…私聞いてないよ?!」

奈子がパニックになっているのを見て、娘たちはしてやったり顔で、匡介は苦笑いしている。

「今日、招待してもらって。内緒で来てくれって」

言葉が出てこず、いつもしっかりしている奈子の口が開いたままになっている。下の子が奈子の手を取って目を見てきた。

奈子は我に返って口を閉じて目を見返した。

「お母さん、お姉ちゃんは今日結婚するし、私はもう大学生で成人してる大人だよ。医学生で家庭教師として引っ張り凧だからお金にも困らない。実習費も学費も出せちゃうくらい」

「お母さん、今まで育ててくれてありがとう。もう、自分を幸せにしてあげて。やっと離婚して、それからも私たちのことばかりだったでしょう?私たちすっごく幸せだったよ」

奈子は二人の言葉を聞きながらボロボロ泣いている。これ以上は化粧をやり直さないといけないと思いながら、もう止まらない。


ため息混じりで下の子が話始める。

「有難いことにお父さんって人は、嫌がられるだろうから出席しないって言ったの!人のせいにするとかおかしいんじゃない?!そんな事無いよって言って欲しかったんだよ、きっと。お姉ちゃんはまんまと誘おうとするからさ、無視させたから。本当に何なの面倒くさい。お母さん適当に結婚し過ぎ。…それでね、なら匡介さんを招待者としてじゃなくて、お父さんとして呼びたいねって」


奈子は涙が一瞬で止まった。匡介に泣いている酷い顔を見られまいと伏せていた顔を、思わず上げてしまった。

「…は?!おとっ?!え、そんな話いつ…」

「ちょっと前に連絡もらって。速攻返事した」

「そっ、こう…」

「そう」

「そう、なの…?そう?良いの?え、何これどうなってるの??私本当に聞いてない…」

奈子がパニックになることは娘たちは予想できていたらしく、呆れ顔でお互い見合っている。


そんな母を尻目に、二人で匡介の方に向いて畏まった。

「匡介さん、母をよろしくお願いします」

「私たち以上に幸せになって欲しいです!」

匡介はにっこり笑って二人に応えた。

「それは全力で」

自分以外の人たちが話を進めて、奈子は置いてきぼり感が半端ない。そんな奈子を気を遣って、娘たちは新婦の控室へ移動して行った。


「何がどうなってるの???」

匡介が奈子の手を取って、左手の薬指に指輪をはめた。

「和服も似合ってる。めっちゃ綺麗」

あわあわしている奈子に、匡介は普通に話かけている。





「俺たちも今日結婚しようよ」





「えーー?!え、これ……いつ?!?!」

「今日ね」

「そうじゃなくて、ゅび…」

奈子は指輪を見つめて放心状態になってしまった。独身主義の匡介はどこへ行ったのか、この指輪はどうしたのか、奈子は何をどう聞いたら良いのかわからない。


「奈子?おーい……奈子さん?」

久しぶりの呼ばれ方をして、奈子は我に返った。でもやっぱり夢の中のようで、ふわふわしている。

「は、い」

匡介が指輪を触りながら奈子を見てくる。

「俺と結婚してくれませんか?」

こんな幸せなことがあって良いのだろうか。奈子は信じられなくて言葉が出ない。匡介の目を見て固まっている。

匡介はニヤリと笑って、奈子を見た。


「月が綺麗ですね?」


奈子の目が大きくて開いた。涙が零れそうになりながら、匡介の目を見て切なく笑った。


「死んでも良いわ。…出会った時から、ずっと」


匡介は愛おしそうに奈子の頬に触れた。


「独身主義者は返上。奈子、結婚して?死ぬまで一緒に居ようよ」


「はい…喜んで。あ、あのね」


「ん?」


「匡介、大好き。本当に好きだよ。ずぅっと言うのを我慢してたの。大好きなの。スーツ似合ってるね。かっこいい」


奈子は晴れ晴れとした笑顔で匡介を見ているが、匡介はポカンと奈子を見ている。意思表示をすることが今まで殆どなかった奈子からの、今まで聞いたことのないような数々の言葉を、匡介は受けきれないでいる。


「…やべえ。泣きそう」


泣き顔を隠すように奈子を抱きしめた。奈子は匡介の背中を擦りながら、匡介の頭に自分の頭をくっつけた。


「泣き顔、見ちゃだめ?」


「いやいやいや、…ダメでしょ」


声が裏返りながら鼻をすすりながら、匡介は必死に腕を解かれまいとしている。


「匡介…さん?」


「…ダメだって。そんな言い方に絆されない」


ふふっと笑って、奈子は匡介が落ち着くのを目を閉じて待った。

幸せを噛みしめるかのように。





幸せ。私とっても幸せ。

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