花邑杏子は頭脳明晰だけど大雑把でちょっとドジで抜けてて馴れ馴れしいがマジ傾国の美女【第5話】
「開けろぉ!この浮気者!」
あれ?なんか、勝手が違うぞ?
もしかしたら、澄香ちゃんとの恋がバレたか?
「この私に全力疾走なんかさせてぇ!私ぃ!あなたの赤ちゃん!身籠っているの!忘れたとは言わさないわよ!」
ドンドンドン!と激しくドアを叩く花邑杏子ーー俺の赤ちゃん?牛タンが腹のなかで激しく動いているの間違いだろ!
義範は言った。
「いいから、帰れ!こら!」
花邑杏子はーーなんだか悦に入っている。
「いいえ!帰らない!あなたが認知してくれるまで!なんならここで産んでもいいんだから!」
義範は呆れていた。
「早く帰れよ!バカ野郎!お前の子どもなんか、一生、認知しないからな!」
「そんな・・・ひどい!私のこと散々弄んでーー私ね、一生懸命赤ちゃん育てて、大学にも行かせて。老後はあなたと本栖湖のほとりで幸せに暮らすって、夢が出来たの!」
なんで本栖湖?
「そんな、ささやかな夢をーー貴方は真剣に聞いてくれた・・・」
聞いたことがないぞー。
「私は貴方とお腹の中の赤ちゃんがいれば何も要らない!」
サイレンが聞こえてきた?気のせいだよね。
「随分、早産だけどーー私産むわ!ひいひい、ふう!ーーきゃあ!やめて!離して!」
ピンポーンと、呼び鈴が鳴った。
「すいません、警察でーす。旦那さん、開けて」
パトカーの中で、二人は年配の警察官から激しいお説教をくらった。こっちは命がかかっているから、大急ぎで来たというのに、単なる痴話喧嘩とはーーとかなんとか。
花邑杏子は、お説教を神妙な面持ちで聞いている。牛乳瓶にマスクしているから表情は分からないが、多分、反省しているのだろう。
一時間後ーー
やっと解放された。
牛乳瓶が佇んでいる。
「はあーっ、ウザかったねぇ」
こいつ!心臓に毛が生えてるだろ!
「ほら、私ん家よくガサ入れがあるじゃんーー」
忘れてた!こいつの家は極道だった!
「それがウザいから、独り暮らしを始めたんだけどーー」
そんなに武闘派なのか?
「これからは二人で暮らしましょ♪同じ会社で働くんだから」
なんでそうなるの?
「嫌だよ、とんでもない」
「ああん!」
「脅したってダメ」
「ああん!」
「俺はあんたと縁を切りたいくらいなのにーー」
「やだ」
「なんですか?」
「やぁだ。せっかく、初恋の相手ーー」
「はあ?なんだって?」
「私・・・生まれて初めて恋に落ちたの!」
またトンチキな芝居が始まったよ。
「私ね、家がああだから、昔っから周りに恐れられてたーーずっと女子校だったし、言い寄る男もいなかったから、こんなものかなとーー」
義範は、聞いていなかった。そんな彼をよそに、花邑杏子は続けるーー
「でもね、人一倍、男には興味があったの。だから、男子校からよさげな男をさらってはひんむき、さらってはひんむいてーー」
本当に恐ろしいな!
「そんな青春時代だったから、ずっと彼氏が出来なくてーー大学も女子大だったから、合コンという餌を撒いては男を誘き寄せ、ひんむいての繰り返しーー」
ひんむいてばっかだな!
「そんな日々に疲れた私は、勉強に打ち込むことにした。子どもの頃からの夢を実現させるために。それが、人工衛星を打ち上げることーー」
花邑杏子が続けるーー
「私には、大徳エンジニアリングに入って、気象衛星を作ることしか頭にないの。もし落ちたら、家業を継ぐつもりでいたところ、試験のときに貴方に一目惚れし、そしてめでたく合格!したーー」
「じゃあ、財布を拾ったのはーー」
「ああ、あれね。適当にスッたの」
「おいおいおいおい・・・」
「ここからが佳境なのよぉ!私はあなたのそのズボラな瞳に、ズボラな鼻に、そのズボラな口にーーそしてその情けない身体に惚れた!」
喧嘩を売ってるのかな?
「これを初恋と言わずなんと言う!私はーー」
義範はーー部屋の鍵をかけた。
「ああ、もう!まだ途中なのに・・・ドンドンドン!ひいひい、ふう!ねえ、部屋に入れてよーー」