与えて裏切られ進み行く
「はあぁー!!」
「ひゃあっはあぁー!!」
元々同士であった義賊が、一方は怒りと悲しみが混じったような苦悶の表情を浮かべながら、もう一方は快楽に溺れたかのような耳障りな叫び声を上げながら、互いの短剣を何度も交錯させる。
「ふんっ!! ていっ!! やあっ!!」
アデラも自分の方に引き付けた十数人の部下の男達を、自慢の棒裁きで1人ずつ確実に蹴散らしていく。
「ロジャー……お前はあの強欲侯爵に取り込まれて、身を滅ぼしかねない夢を見せられているんだ! いい加減目を覚ませ!」
「目を覚ますのはお前の方だ、ショーン! クソみてぇな理想論振り翳して、権力者に楯突こうなんて寝言――否、夢物語をほざいてる奴に、説教される筋合いなんざ微塵も無ぇんだよぉ!」
侮辱の念が込められた視線を浴びせながら叫ぶや否や、ロジャーは短剣を持っていない方の手を前に突き出し――
「風よ、引き千切れ!」
そう声を上げた瞬間、風に見立てた幾重もの緑色のオーラが、鎌鼬の如く、凄まじい速度でショーンに襲い掛かる。
「闇よ、引き裂け!」
それを予見していたかのように、ショーンは透かさず短剣を持っていない方の手を前に突き出しながら声を上げ、紫色のオーラを放出する。
互いの属性魔法がぶつかり合うと、激しい衝撃音と共に、霧散したオーラと大気中の塵が入り混じりながら舞い上がって視界を遮る。
「チッ……! 俺の風属性魔法を掻き消すとは、小癪な真似を……!」
悪態を吐きながらも、ロジャーは何度も腕を払って、少しでも早く視界を回復させようとしている。
だが次の瞬間――
「なっ……!?」
眼を大きく見開いた、黄金色の瞳の黒い人影が、一瞬にしてロジャーの眼前にまで迫り、手に握られた短剣が、彼の胴体を斬り裂かんと大きな弧を描く。
「があぁっ……!」
裏を掻かれたロジャーは数歩蹌踉めくように後退りをすると――
「くっ……! ここまで……か」
斬られた胸元を押さえて跪く。しかし悪足掻きのつもりか、彼は己の死に際を悟りながらも不気味な笑みを浮かべる。
「ククククク……だが……いい気になるなよ、ショーン……お前1人が抗ったくらいで……エドガー様が屈する事など無い……あの御方こそが……この街では絶対だ……お前は何道……侯爵に降伏し、殺される運命だ……様見やがれ……」
「……それが最期に言い残したい事か?」
そう吐き捨てると、ショーンは冷たいながらも憐れむような視線を浴びせながら、ロジャーの喉元を斬り裂く。
大量の血飛沫を上げながら、ロジャーはその命を散らす。
赤黒い染みが、その表面積を床に広げていく様を見詰めながら、ショーンは短剣を鞘の中に納める。
それから僅かに遅れて、部下の男と思しき人物の断末魔のような叫び声と、何かが倒れたような音が聞こえると、室内は静寂に包まれる。
「ショーン! こっちは全員蹴散らしたわ!」
「そうか……こっちも今し方終わった……」
「……? ショーン?」
彼の沈んだ声に、アデラは不安を覚えて歩み寄る。
「だ……大丈夫……?」
「俺は全然大丈夫だ――と言えば嘘になるな……」
血塗れになって倒れているロジャーを弔うかのように、悲しげな眼で見詰めながら跪き、その亡骸に手を添える。だが、その手は小刻みに震えていた。
「富や名声が、ロジャーを変えてしまったのか……? そもそも、そんな物を分け与えられたところで、人は【本物】の幸福を得られるのか……?」
「ショーン……」
声を震わせる彼に寄り添うように、アデラは身体を屈めて、肩に手を添える。
「仕方無いわ……人間は誰しも無い物強請りをしてしまうもの……でも死んじゃったら、与えられた物は無価値と化してしまうのもまた事実……難しいものよ……」
「エドガーは侯爵の地位を笠に着て、己の富や名声を餌に人の心を弄んでいる……これまで奴に利用された人間は数知れない……そして、このまま奴を野放しにしておけば、これからもずっと……」
「……」
「こんな街……誰も報われない……報われる筈が無い……! 最早、猶予は許されない……今更夢物語だと嘲われても構わない……俺が――俺達が【本物】のシモアンティを、あの強欲侯爵から必ず取り戻す……!」
ショーンは改めて決意を口にし、徐に立ち上がると、ロジャーに黙祷を捧げるように暫く瞑想してから部屋を出る。
アデラも亡骸を一瞥し、複雑な表情を浮かべて部屋を出た。
――――――――――――――――――
「鍵はちゃんと持ってるか?」
「大丈夫よ」
長い廊下を歩きながら訊ねるショーンに、アデラも鍵を見せて答える。だが彼女の目には、ショーンが先程の件で明らかに気持ちを引き摺っていて、若干無理をしているように映っていた。
「ショーンの方こそ上の空みたいになってない? そんな状態で本当にエドガーに歯向かえるの?」
「気持ちの切り替えが出来なくて、義賊が務まるものか」
「それはそうだろうけど……」
「……! 静かにっ……!」
「えっ?」
殺気を覚えたのだろうか、ショーンは階段の手前の部屋の前で、アデラに声や足音を出さないように促しながら警戒する。
すると次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開けられ、中から3つの人影が2人に襲い掛かってきた。
ショーンは臆する事無く、短剣で人影を一瞬にして斬殺する。
しかし一息吐く間も無く、部屋から更に10人程の男達が出てくる。その出で立ちからして、彼等もロジャーの部下であろう。
例に漏れず全員が短剣を握り、敵対心が宿った眼を向けてきている。
「チッ、部下の残党か」
「否が応でも、ここで始末するつもりね」
対抗する為に、アデラが棒を引き抜こうとしたのだが、ショーンがそれを制止し、彼女の前に出るや否や、短剣を引き抜いて構える。
「アデラ、ここは俺が引き受ける。鍵を開けて先に行け」
「えっ? ショーン1人で?」
「俺はこんなところで死ぬタマじゃない。お前も知ってるだろ?」
「……」
「すぐに片付けて後を追う……行け! お前の求める【本物】は目と鼻の先だ!」
「ショーン……有難う! 這ってでも絶対に来てね! 約束よ!」
残党の始末をショーンに託し、アデラは一目散に扉へと向かっていった。
1人残った彼自身も、敵意を剥き出しにしている集団に短剣を向ける。
「1人だからと無礼るなよ。今の俺は、お前達以上に士気が昂ってるんでね……」
――――――――――――――――――
カチッ……カチッ……カチンッ!
「開いた……」
鍵を使って解錠したアデラは、両開きの扉を片方ずつ引いて全開にする。
その先には、地下へと向かう階段が伸びているのは確認出来るが、それより先は、あらゆる物体を吸い込んでしまいそうな程の漆黒の闇に包まれている。
通路の両端の壁の高い所にある突き出し燭台に松明が挿されていて、それが唯一の光源であり道標であるが、それすらも心許ないと感じてしまう程に静寂に包まれた暗闇である。
だが裏を返せば、そのような地下通路が存在するという事は、そこまでして離れの存在を知られたくないという、エドガーの異常なまでの警戒心があるのだろう。
彼女は松明の1つを抜いて手に取ると、足元を照らしながら階段を下りていく。
下り切った先には、松明で僅かに照らされている入り組んだ道が、奥の方まで延々と続いていた。
その複雑さに一瞬たじろぐアデラだったが、ここまで来たからには、怖気付いたからと戻る訳にもいかず、持っている松明の灯りを頼りに進もうとしたのだが……
――若しかしたら、地下通路も罠だらけかもしれねぇな
屋敷に進入する前のロジャーの言葉が脳裏を過る。
無論、それは十分に考えられる事ではある。だが彼は、元同士のショーンを亡き者にしようとした、いわば裏切り者だ。自分達を脅して、エドガーの許へ行かせないようにする為のハッタリであった可能性も捨て切れない。
「まぁ……慎重且つ大胆に行くしかないわね……」
それでも意を決し、再び歩を進めるアデラ。
ところが、早速足元に僅かな違和感を覚えて足を止めると――
「……っ!?」
突然目の前の通路の天井が、大きな音を立てて落下してきたのだ。もし違和感に気付かずに進んでいたら、彼女は間違いなく圧死していたところである。
「危なかったわ……まさか本当に罠が仕掛けられてるなんて……」
驚きのあまり呆然としてしまうアデラ。
暫くすると、落下した天井が徐に上昇を始め、再び元の位置に戻ったではないか。
「1度きりの罠じゃないって事ね……でも仕掛けが分からないと――」
また作動するかもしれない――そう言い掛けた時、彼女は罠が作動する直前の足元の僅かな違和感を思い出す。
そして、ふと自分の足元に目を向けると「若しかしたら……」と呟き、背中に挿してある棒を引き抜くと、通路に敷き詰められている煉瓦のブロックを、1つずつ入念に棒で叩き始める。
すると、ある1つのブロックを叩いた時――本当に僅かではあるが――他のブロックよりも軽い音がしたのを、アデラは聞き漏らさなかった。
「これね……!」
彼女はそのブロックを踏んでみると、先程の違和感と同じ感触を覚え、そして――
ダーン!
再び大きな音を立てながら天井が落下した。
「ビンゴね……!」
罠の作動の仕組みが解明出来、アデラはほくそ笑む。詰まるところ、このようなブロックを探し当てて、それに正しく対処さえしてしまえば、罠を作動させずに離れに到達出来るという事だ。
しかし、その道程は果てし無く長い。到達出来るまでにどれ程の数の罠が仕組まれているのか、それを全て見つけるまでに要する時間はどのくらいなのか、皆目見当など付く筈が無い。
だが、それでもアデラは――
「これも【本物】と出会うまでの試練だと考えれば安いものよ……!」
そう呟いて自分を奮い立たせ、松明の灯りだけを頼りに先へ進んでいく。
その後も、煉瓦を1つずつ棒で叩きながら歩を進め、音のおかしい煉瓦を発見する度に対処を施し、慎重に且つ着実に離れへと近付いていく。
そのまま1度も罠を発動させずに全て対処し終えると、眼前に地上へと向かう階段が現れ、そこから光が漏れている。
「やっと着いたわ……愈々ご対面ね……」
大陸の中の1つの【本物】を見つける為の最終関門に、アデラは単身足を踏み入れるのだった――