選ばれし者達 死す
邪黒炎の力を得て、アデラから奪った――強引に取り返した【正義】の指輪を使い、全てを終結させんとしているホーヴァン。
指輪を包み込む漆黒の炎は、時間の経過と共にその体積を大きくしていく。
「クォージウス……その穢れし名よ、歴史の彼方へ消え去るがいい!」
思惑通りに全ての事が進み、長年胸三寸に抱いていた野望が遂に現実となり、【本物】の理想の世界が誕生する――その昂りを抑え切れないのだろう、ホーヴァンは炎の前で哄笑している。
こうしてクォージウスは、【欲望】に塗れた世に絶望し、渇望し続けた理想の世へ変えんとした1人の男によって滅亡した……
筈だったのだが……
「何……!?」
【正義】の指輪を包み込んでいた炎が、突如青色に変化したのだ。
そして指輪は、気を失って倒れているアデラの許へと飛んでいき、そのまま彼女の右中指に収まったのだ。
掌返しとも取れる事態に、ホーヴァンは「何故だ……」と呟き――
「何故重罪人を庇う……!? 何が貴様を変えた……!?」
叱責のような言葉を吐きながら、ずかずかとアデラの許へ歩み寄る。
「貴様の主はこの私だぞ……! 何を惑わされている……!?」
更には「この女の指は貴様の居場所ではない」という事を示さんとするように、アデラの身体に剣を突き立てようとする。
だが、指輪が造り出したであろうバリアによって阻止されてしまった。
相反する炎の光が、激しい火花となり、衝撃波を起こしながら交錯する。
「さっさと……私の指に戻らぬかああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一際大きな叫び声を上げた瞬間、ミーナケネッグ全体を覆う程の激しい閃光が発せられ、その場にいる全員の身体が光に飲み込まれていった。
――――――――――――――――――
――……か
――……るん……ろ……
――……にが……える……
「……う……うぅ、ん……?」
微かに聞こえる男と思しき声を耳にしたアデラが、小さな呻き声を上げながら、重く閉じられていた瞼を徐に開く。
その視界には、口髭を蓄えた面長の男の顔が映る。聖炎騎士団長のヘルムートだ。
「良かった……漸く気が付いたか……」
「あなた、は……」
「其方が【正義に選ばれし者】アデラだな……? 先程ポスマーニのマーガレット女王から、ミーナケネッグ方面から発せられた激しい閃光の正体の調査を依頼されて、ここへ馳せ参じた訳だが……一体何があった……?」
意識が若干朦朧とし、目も虚ろになっているアデラは、何とか首だけを動かして、周りの状況を把握しようとする。
右を向くと、数名の騎士団達が何かしらの作業を終え、その場を後にしようとしている姿が映り……
上空を見ると、厚い黒雲が一面を覆い尽くしているのが映り……
そして左を向くと、鎮座された祭壇が……
その瞬間、彼女はハッと意識をはっきりとさせて上体を起こす。
辺りを見回すと、一緒にいた筈の同志達7人と、何故か敵対する事になったホーヴァンの姿が何処にも無い。
「皆は……? 他の皆は――7人は何処に……!?」
「落ち着け……幸い命に別状は無かったが、呼び掛けには一切応じなくてな……今し方騎士団の者達が、マーガレット女王への報告がてら、ウィーグム城の医務室へと運んでいった……」
同志達が一命を取り留めたとはいえ、アデラの心情は穏やかではなかった。
正直今回の出来事は、全て夢であってほしいと願わずにはいられないだろう。
そうであれば、自分達が邪黒炎を浴びる事も、況してホーヴァンが指輪を解放したり奪取したりする事など有り得なかった筈だ。
だがもし本当に夢であるならば、自分が祭壇の近くで眠っている――意識を失っている事自体不自然である。
断じて夢などでは無い……全て現実に起こったのだ。
かと言って、己の身に降り掛かった事をありのままに話したとして、誰もが全てを信じてくれるとも限らない。
しかし、現に7人は邪黒炎を受けて昏睡に近い状態に陥り、その姿をヘルムートを含めた騎士団達は今し方目の当たりにした。
ウィーグム城の医務室へ運ばれたのならば、エルベルトの姉であるマーガレット女王が、その変わり果てた姿を目にするのも時間の問題だ。
故に当事者であるアデラが、事の顛末を伝える義務があるのは明白だ。
「私を……ポスマーニへ連れて行ってください……!」
「うむ、無論そのつもりだ……其方だけではあるが、事態の詳細を話せる者がいるのは、我々にとっても好都合だ……急ごう」
「はいっ……!」
肉を引き千切られているかのような激しい痛みを堪えながら、アデラはヘルムートと共にポスマーニのウィーグム城へと駆け出していった。
――――――――――――――――――
その一方で、暗く冷たく澱んだ空間に、禍々しい光の壁が現れ、そこから1人の男が姿を現す。
ホーヴァンが7つの指輪の力を使ってクォーズの結界を通り、現世と繋がる世――【辺獄】の地へ足を踏み入れたのだ。
「この大陸は……【正義】に飲まれてしまった……完膚無きまでに……」
重い足取りで彷徨いながら、現世を――クォージウス大陸を悲観視している。
「人類の果てなき欲望が……この末路を呼び寄せた……実に愚かだ……」
絶望に満ちた表情は、見る見る内に怒りの形相へ変化する。
そして奥歯を食い縛り、邪黒炎を纏った剣を強く握り締め――
「斯くなる上は……幾多の亡者を従えさせるまで……!」
痩せこけた地表に剣を突き立てる。
次の瞬間、黒く激しい火花が彼の周りに鏤められていき――
「全ての欲望の根源……8つ目の大罪の【正義】は……私が必ず滅ぼす……!」
彼の【野望】を具現化するかのように……
7つの大罪を糧とするかのように……
漆黒の炎と共に、次々と亡者が誕生していったのだった――
次話より【第8章 正義を滅ぼし者】スタートです




