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曝け出される素顔と真実

「粛……清……?」


アデラは全く状況を理解出来ず、1人混乱していた。


ホーヴァンと言えば、聖炎環護長として――神々の力を宿した指輪の守護の任の担い手として、聖炎教会の要として躍動してきた男である。

これまで対峙してきた数多の邪悪を、己の持つ聖炎で焼き祓い、特にユーゼフの件においては、アデラ達と共に事件の終息と指輪の奪還に尽力してきた者だ。


そんな彼が、指輪を集めた事への労いすら忘れ、寧ろ恩を仇で返すかのように、アデラ達を粛清すると――この世から抹殺すると言い放った。

何故そんな事を口にし出したのか、そもそも殺されなければならない理由などあるのか――彼女にとっては何もかもが疑問でしかない。

すると、ホーヴァンが再び口を開く。

恨みと憎しみに満ちた()()()を伴って……


「私は(かつ)てこの場所で、8つの指輪を使って、全てを終わらせようとした……だが結果的に、私は深手を負い儀式は失敗に終わった……7人の賢者が、大陸の終末を阻止せんと、奇襲を掛けたからだ……そう……1()()()()()貴様等全員がな……!」


アデラ達を指差し、静かな怒りを湧き上がらせるように低い声を漏らす。

その瞬間、アデラ以外の7人の脳裏に、5年前に自分達が終息させた忌まわしき事件の記憶が鮮明に映し出される。

そしてそれは同時に、彼等の中で長きに(わた)って燻り続けていた疑念が確信へと変わった瞬間でもあった。


「フードを被ってたから、顔までは分かりませんでしたが……」

「あの時、大陸を終末へ導かんとした不審者というのは……」

「やはりお前だったのか……!」

「そ、そんな……ホーヴァンが……指輪の封印と解いた張本人……?」


まさかの真実に、ティアナ・ジュノ・ショーンの3人はおろかアデラまでもが目を見開いている。


「1度のみならず、2度も大陸を終末へ導こうとするなんて……あなたには聖炎環護長としてのプライドは無いんですか……!?」

「そもそも、何故己の任に背く真似をするんだ……!? それこそが【本物】の【正義】だとでも言うのか……!?」

「あんたまさか、初めてアデラと会った時からずっと利用してたのかぃ……!? 7つの指輪を集めるっていう、彼女の旅の目的を……!」

「邪黒炎こそが【本物】だって言ってたけど……なら青い炎は――聖炎は偽りだとでも言いたいの……!? 聖炎教会に関わる人でありながら……!」


エルベルトもアイザックもクレオもウルスラも、怒りに身を任せるように、語気を荒らげながら問い詰める。


「貴様等の質問に答える義理など、私には存在しない……だが貴様等には、私の意見に耳を傾けてもらう……」

「何だって……!?」


だが当の本人は、聞く耳を持つ気は全く無い様子だ。


「この世には【7つの大罪】という、人類が決して踏み入ってはならない禁忌が存在し、この指輪がその力を宿した物であるという事は、貴様等も既に知っていよう……だが、この世には【8つ目の大罪】なるものが存在する……人類が皆、生まれながらにして犯している、7つの大罪以上の重罪だ……何だか分かるか……?」


禅問答のような言葉に、アデラ達は若干困惑している。

その様子に呆れたような短い溜息を吐くと――


「体裁を良く見せんとする【虚飾】か……? 全てを手中に収めんとする【独占】か……? 何一つ生み出さぬ哀れな【戦争】か……? 否……それをも遥かに上回る重罪……それは【正義】……自分を善人だと信じて疑わず、他人を平気で貶める【正義】だ……! 無論、貴様等の【正義】もまた然り……!」


再びアデラ達を指差し、低い声で彼女達のこれまでの行為全てを糾弾する。


「私達の【正義】が……7つの大罪以上の重罪、ですって……?」


自らの存在そのものを否定され、アデラの表情にも怒りが滲み出る。


「冗談じゃないわ! 確かに私は私なりの【正義】を胸に旅をしてきたけど、他人を平気で貶めた事なんてただの一度も無いわ!」

「そうです! アデラさんの【正義】は人々を不幸になんてしてません!」

「アデラが欲望に駆られた7人の【悪】を断ち切って大義を果たしてきたのは、火を見るよりも明らかよ……!」

「彼女の御蔭で救われた人達が、この大陸には何万人と存在するんです!」

「それに、アデラ君は例の7人と違って、指輪の力に溺れてもいない!」

「他の7人は指輪の力に魅入られて、中には神なんて巫山戯(ふざけ)たものになろうとしてた奴もいたんだ! あんただって知ってるだろ!」

「それを阻止する事が重罪だと……!? 聞き捨てならない戯言(ざれごと)をズケズケと言えたもんだな……!」

「じゃあ何だ!? 俺達がやるのは重罪で、自分がやる分には【正義】と名乗っていいってのか!? それこそ遼東之豕(りょうとうのいりこ)じゃねぇかよ!」


底無しの谷の如く深い欲望に囚われず、指輪の持ち主だった者達によって闇に飲まれんとしていた大陸の光としての存在意義を確立してきた身からすれば、その清き魂さえも穢らわしいと罵られた事に反論したくなるのは至極当然だろう。

だが、ホーヴァンは全く怯む様子を見せる様子も無く、寧ろ更に8人を蔑むような目を向けて反駁する。


「ならば言わせてもらうが……貴様等は【正義】の名の下、7つの指輪の元持ち主達を始末してきたが……それは()()()()()()【正義】と言えるのか……? 彼等に仕えていたり、あるいは尊敬したりしていた者達にとって、貴様等はどう映っていると思う……? 恩師にも等しい者を殺害した大悪党以外の何者でも無い……」

「だからその者達に成り代わって、あんたがあたし達を粛清する……と?」

「勘違いするな……粛清されるべきなのは、何も貴様等8人だけではない……」

「……何?」

「言った筈だ……【正義】は()()()()()が、今なお犯し続けている重罪だと……」


粛清の対象の規模を見誤ったな、と言わんばかりに口端を吊り上げながら、ホーヴァンは尚も持論を展開し続ける。


「いいか……? 己にとっての【正義】は、常に他にとっての【悪】だ……大切な物を奪われれば、その者の中には必ず復讐心が生まれる……その復讐こそが自分の【正義】だと信じて疑わず、それが故に罪無き者までも次々と傷付ける……歪んだ【正義】は、また新たな【悪】――即ち、歪んだ【正義】を抱いた者達を生む……人類は今なお、この不毛を幾度となく繰り返し、終わりを迎える様子は一向に無い……何故なら、【正義】こそが人類が抱く全ての【欲望】の裏返しだからだ……欲望を捨て切れぬ限り、真の平和が訪れる事など無い……ならば私が……この世の全ての欲望を――8()()()()()を全て葬り去ってやろうと心に誓った……だからこそ貴様等をここへ導いたのだ……この私がな……!」


ホーヴァンがこの後に何をしようとしているのか、それに気付いてしまったアデラは、指輪を隠すように――小刻みに震える右の拳を左手で掴む。


「こんなまどろっこしい事をしてまで、あんたが望む事って、一体何なの……?」

「ククククク……! 分かり切った事を……無論、この世の平和だ……2度と人類が、醜い欲望を曝け出し、互いに歪んだ正義感をぶつけ合わないように……」

「その為に……今を生きる人類を全て滅ぼす……というのですか……?」

「当然だっ!!」


己の中の負の感情を全て吐き出す程の怒声を上げる。それは最早8人だけでなく、全人類に対する宣戦布告そのものである。


「今の人類は、欲望に塗れた邪悪な心に支配され、この大陸もまた、そんな愚かな人類共に侵食されてしまっている! 私が大陸中の穢れを濯ぎ、その地に最も相応しい、無欲で純粋な人類を新たに誕生させる……!」

「そしてあなたが……その新たな人類を統べる神同然の存在になるという魂胆だった……という事ですか……」


ご明察と言わんばかりの不気味な笑い声が静かに響き渡る。


「何故お前は聖炎環護長を()()()()!?」

「全ては計画通りだ……」


ジュノの憤怒など意にも介さず、事が上手く運んだと冷淡に伝えるホーヴァン。


「指輪達が己の力を引き出す欲深き者に導かれ……貴様等が、そいつ等を(ことごと)く消し去り、指輪を集めてくれた……! 御蔭で私は……人類を滅亡させる【本物】の力を得る事が出来た……! 貴様等には感謝している……!」

「俺達はお前の野望を叶える為だけに、この大陸を回ってたっていうのか……? だったら、俺達が貫いてきた信念は……? ずっと抱き続けた【正義】は……?」

「全ては欲望が見せた幻……」


冷酷に断言し、指輪を握る左手を一瞥すると、ホーヴァンは表情を歪めながら哄笑し、左の拳を天へ向けて突き上げる。

その時、拳の中の指輪が赤く眩い光を発したかと思うと、それは(やが)て巨大な漆黒の炎――邪黒炎へと変化し、彼の身体を包み込んでいく。


暫くして炎が振り払われると、そこには聖炎環護長としてのホーヴァンの姿は既に無かった。

邪黒炎を纏った禍々しい仮面と漆黒の鎧に身を包み、左肩からは(いびつ)な形ながらも牙や角を思わせるような太く鋭い突起物が伸びており、彼の鼓動と共鳴するかのように赤黒く点滅を繰り返している。

更には、7つの指輪が赤い光を放ちながら彼の後頭部辺りで円光を形作っており、正に彼自身を神そのものだと崇めているかのようだ。


「力が漲る……溢れる……! これが……これこそが……私が望んだ、この世の全てを変える力……!」


右手に握られた邪黒炎が宿る剣を見詰めながら、ホーヴァンは口角を吊り上げる。

すると彼は、不意に無表情になるや否や「さて……」と呟き――


「そろそろ貴様等に()()()()()を与えるとしよう……」


徐にアデラへ視線を向け、彼女を指差す。


「【正義に選ばれし者】……否、【正義に()()()()者】アデラよ……貴様が指に嵌めている【正義】の力を宿した指輪……それは元より私の所有物だ……貴様は私の許可無しにそれを使用している……本来ならばその事を詫び、この場で返すのが筋だ……これ以上大罪を重ねたくなければ、今すぐに指輪を返還しろ……!」

「あんたの反吐が出るような野望を散々聞かされて、素直に『すみませんでした、返します』なんて言う訳無いでしょ!?」

「ククククク……! まぁ、私も貴様の立場なら、同様の答えを導いていただろうな……良かろう、返還の意思が無いのなら、貴様等の命ごと奪うまで……!」


静かながらも強い憎悪の念が籠った言葉を放ちながら剣を構えると、纏われている邪黒炎が更に激しく滾る。

アデラ達は透かさず各々の武器を取り出し応戦しようとするが……


「黒き炎は己が魂……邪な大罪を焼き尽くせ……!」


振り下ろされた剣から発せられた巨大な黒い炎が辺りを包み込むや否や、激しい爆発と共に煙が上がり、一瞬にしてアデラ達の姿が見えなくなる。

爆風が治まると、そこには意識を失って倒れている8人の姿が……


「愚かな……貴様等如きが私に敵う筈など無い……」


聞こえる筈のない言葉を冷酷に吐き捨てるホーヴァン。

その時、彼は青い光を放つ【正義】の指輪が地面に転がっているのを目視する。

そして北叟(ほくそ)笑むかのように「フンッ」と鼻を鳴らし、その方へ歩み寄っていく。


「貴様等の【正義】を騙った長旅……実に愉快だった……」


1歩ずつ着実に歩を進め――


「だがその大罪……貴様等が背負い続けるにはあまりにも重過ぎた……」


憐れみの言葉を掛けると同時に、倒れているアデラの前に佇み――


「【正義】を吸い尽くした指輪……やはり貴様等には不相応……」


彼女の近くに転がる指輪を徐に拾い上げ――


「ククククク……これでやっと……【本物】の終末を迎えられる……」


指輪を一瞥し、悦に入り、8人を冷笑(せせらわら)い、(きびす)を返し――


「今まで御苦労だったな……」


永遠の別れのような呪詛の言葉を口にして、祭壇の前に立ち――


「そして……【正義】に穢されし身魂と共に散れ……!」


大きな盃の中に指輪を投げ入れるや否や、剣を構えて呪文を唱え始める。




8つの(アヌル・)大罪を(ドミナ・)支配し(オッド・)指輪よ(ペカット)……


貪欲に(スツル・)溺れし(クイエ・)愚かな(スブメ・)人類を(アヴァリ)……


邪心に(エッド・)侵されし(パウペル・)哀れな大陸を(コンティ・インヴァ)……


黒く(クム・)染まりし(ニグルム・)その(ジシ・)炎で(フラマ)……


全てを(ウーリ・)焼き尽くし(レーデッツ・)無に帰さん(オムニ・シネ)




唱え終わった瞬間、指輪から放たれていた光は赤色へと変化し、遂には漆黒の炎に包まれていった――

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