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Question of JUSTICE ~8つの指輪物語~  作者: 瑠璃唐草
第1章 強欲を授かりし者
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傭兵長との対決

「ふんんっ!!」

「うおぉー!!」


傭兵の長剣と義賊の短剣による剣戟(けんげき)の音と声が、屋敷の前で木霊(こだま)する。

両者とも全く動きに隙が無く、尚且つ機敏である。

互いの武器が交錯し、鍔迫り合いのようになり、刃がギリギリと擦れ合う。


「ほぅ……ただの義賊気取りの三流小僧だと思ったが……まさか我と、ここまでやり合えるとはな……」

「言っただろ、俺はガキじゃないと。これでも場数は踏んでる方なんでね」

「なるほど……だが、これはどうかな?」


そう言った瞬間、互いの武器が交錯している箇所が禍々しいオーラに包まれたかと思うと、次の瞬間――


「――っ!?」


グレッグの持つ長剣が、突然灼熱の炎を纏い始めた。

短剣を熱で溶かされかねないばかりか、それを持つ手すら炎で燃やされてしまいそうになり、ショーンは素早く距離を取る。


「火属性魔法を剣に宿らせただと……!?」

「我の力を以てすれば、属性魔力を剣に流し纏わせる事など造作も無い……」


自分の持つ武器に自身の属性魔法を宿し、且つ気力を殆ど消費せずに己の思うがままに操るというのは、少なくとも10年程の鍛錬を積んだ熟練者と同等の実力の持ち主でなければ不可能だ。

そこまで達していない者は、属性魔法を武器に宿す事など出来ず、仮に出来たとしても相当の気力を一瞬で消費してしまい、戦闘前に離脱を余儀なくされてしまう。更に言えば、武器が魔力に耐え切れず壊れてしまい、最悪の場合使用者本人が命を落としかねない。

それをいとも簡単にやり遂げてしまうグレッグは、エドガーが見込む程の実力を伊達に携えていないという訳だ。


「我の【正義】の炎で、骨ごと溶かしてくれる!」


叫びながらグレッグは、長剣を思い切り振り下ろす。すると、鎌の形をした巨大な炎が、凄まじい速度でショーンに襲い掛かる。

これ程までに巨大となれば、どの方向に避けても攻撃を受けてしまう。直感的にそう確信したショーンは――


「闇よ、引き裂け!」


短剣を持っていない方の手を前に突き出して声を上げると、紫色のオーラが炎の鎌に向かって放たれる。

巨大な燃える鎌は、ショーンに当たる寸のところで真っ二つに裂けて消失する。

間一髪で深手を負うのを免れたショーンだが、あれ程の巨大な炎魔法に対抗する為に相当な気力を消耗してしまったのだろうか、多少息が上がってきているようだ。

しかし、一難去ってまた一難――


「「「グレッグ様!!」」」


先程の属性魔法のぶつかり合いの音を聞き付けたのだろう、グレッグの背後から彼の部下と思しき別の傭兵が3人現れたのだ。


「グレッグ様、お怪我は?」

「何、造作も無い……それよりも奴を」

「貴様、エドガー様の敷地に闖入(ちんにゅう)するとは……命が惜しくないと見た!」

「グレッグ様に歯向かおうなど命知らずもいいところ……覚悟!」


3人は敵意を剥き出しにして長剣を構える。圧倒的有利な状況となったグレッグは、不敵な笑みを浮かべる。


「ククククク……貴様にとって、最早これは衆寡不敵……所詮ガキなど我等の壁にもならぬという訳だ……!」

「くっ……!」


戦力的に分が悪いと察したショーンは、短剣を構えながらも、歯を食い縛っているかのような渋い顔をして、ジリジリと後退りをしていく。

時間稼ぎも最早これまでかと思われた、正にその時だった。


「がぁっ!!」 「ぎぇっ!!」 「ぐぅっ!!」


突如現れた人影のような物体が、目にも留まらぬ速さで3人の傭兵の近くを横切ったかと思うと、彼等はほぼ同時に身体を歪に曲げながら苦悶の表情を浮かべ、そのまま倒れ込み気絶してしまったのだ。

そしてその人影は、闇に溶け込むように消えてしまった。


「何者だ!?」


怒声を上げたグレッグが、人影が消えた辺りをキョロキョロと見回していると――


「遅いわね、こっちよ」


凛々しくも透き通るような女の声が聞こえ、その方へ顔を向ける。釣られるように、ショーンもまたその方に視線を向ける。

そこには、長い棒を携えた、見覚えのある銀髪の女性が立っていた。


「貴様っ……! 心改め戻ってきたかと思ったら……!」


信じられない物を見たような顔をして絶句するグレッグとは裏腹に、ホッとしつつも呆れたような涼しげな表情のショーンに――


「漸く御出座(おでま)しだな、棒術師さんよ」


冷やかすようにそう言われた本人は、満更でも無いようで――


「真打は遅れて現れるものよ」


と、得意気に返答する。


実は、彼女の棒とフィンガーレスグローブは、屋敷の傍らの森の奥に隠していたのだ。しかし、人や動物や魔物の出入りが全く無い訳では無いので、物資買い集めの際に購入した、草木の模様が描かれた布で覆いカモフラージュしてあった。その御蔭で、誰にも怪しまれる事も見つかる事も無く、この時まで隠し通せたのである。


兎にも角にも、2人のやり取りを聞いていたグレッグは、更に表情を強張らせる。


「何っ……!? 棒術師……だと……!?」

「【本物】を探し求め旅する、通りすがりの棒術師・アデラとは、この私の事よ」

「アデラ……? まさかっ……! 異国から彗星の如く現れた、大陸屈指の女棒術師・アデラとは……貴様の事か……!?」

「ご名答。あと、この際だから言っとくけど、あんな強欲なゲス侯爵の下で、娼婦として働くなんて真っ平御免――頼まれたって、こっちから願い下げよ……!」

「身分を偽り、エドガー様を(たぶら)かしたという訳か……我が主への侮辱を目的としていたとなれば、最早貴様も殺戮の対象……我の手で屍となるがいい……!」

「女だからって無礼(なめ)ないでよね……!」


威勢のいい声を上げて、炎を纏った剣を振り被りながら迫るグレッグ。しかしアデラは、自慢の身軽さと棒裁きで彼を翻弄していく。

無論グレッグもやられっぱなしでなく、巨大な炎の鎌を何度も放つ。だがアデラは、それすらもサイドステップで、全て難無く(かわ)してしまう。

彼女のペースになりつつある戦況に、グレッグは次第に焦りを覚える。

ところが、戦闘を進めている内に、彼は気付いてしまったのだ。

アデラが属性魔法を使えない事を、近距離でしか攻撃出来ない事を――そこを突けば、最早彼女など敵ではないという事を。

その瞬間、グレッグは勝ち誇ったような笑みを浮かべるが、後にそれが大きな間違いだと察するのに、そう時間は掛からなかった。


「何がおかしいの?」

「我の目からして、貴様は無属性と見た……遠近双方に対応し得る我と違い、貴様は近距離専門……最早我に分があるのは明々白々……貴様に勝機など無い……!」

「へぇ~……私って女ってだけじゃなくて、属性魔法を持っていないって事でも下に見られてたのねぇ~……そういう特大級の侮りが1番の落とし穴だって――」


そこまで言って、アデラは一瞬でグレッグの懐に迫り――


「なっ!?」

「あんたは全然学んでなかったと見たわ!」


彼の手首を、棒で払うように強打する。

その一瞬の衝撃で、グレッグの手から長剣が離れてしまう。


「しまっ――!」

「これで終わりよ!」


アデラは丸腰になったグレッグの腹部を棒の先端で突き、悶えて前屈みになった瞬間に、露になっている首元を棒で強打し――


「はあぁー!!」


散々無礼た言動をしてくれた仕返しとばかりに、蟀谷(こめかみ)に向けて強烈な回し蹴りをお見舞いする。


「ぐふぅっ!!」


喉から歪な声を漏らし、鎧から鈍い音を上げながら、グレッグは倒れて気を失ってしまった。


気絶している傭兵達を見て――恐らく相当グレッグに腹を立てて無我夢中でやったのだろう――回し蹴りをして少し乱れた衣服を整えながらも、アデラの中では戦闘に勝利した達成感と一仕事終えたような解放感が込み上げていた。


「ハァ……なかなか手強かったわね。まぁ、他人(ひと)を侮り過ぎると倍返しされる――そういう事よね、ショーン?」

「……」


だがショーンに込み上げていたのは、達成感でも解放感でも無く――


「何故だ……」


【怒り】だった。


「何故この街の住民は、こんな奴等の食い物にされるんだ……!?」

「ショーン……」

「あんな強欲に塗れた奴に、支配なんてされてたまるか……! 俺は絶対に許さない……! 必ず取り戻してやる……! 【本物】のシモアンティを……!」


両方の拳を握り締め、改めて【本物】への決意を口にする。

ところが、その時……


「今の音は表からか!?」

「まだいるかもしれない、迎え撃て!」

「エドガー様には絶対近付けるな!」


屋敷の裏の方から複数の男の声と足音が響き、2人の耳に入る。


「今の声は……傭兵の残党か……!?」

「まさか……さっきまでの騒ぎを聞き付けて……!?」

「ここはまだ屋敷の敷地内……例の話は街に戻ってからだ……!」

「分かったわ、兎に角急ぎましょう……!」


2人は一目散にその場から離れていった。


――――――――――――――――――


エドガーの傭兵に見つかる事無く、2人は街の中心地に辿り着いた。


「ここまで来れば、流石に追って来る事は無いだろう」

「でもさっきの男は、多分傭兵の(おさ)だと思うのよ、私が見る限りは。傭兵長がやられたって今頃屋敷周辺は大騒ぎでしょうね……」

「だがこれは、逆にエドガーに綻びを生じさせるいい機会だろう。あれ程の腕っ節の傭兵の代役など、そう簡単に立てられる筈無いからな」


それもそうね、と言わんばかりにアデラは小さく相槌を打つ。


「ところでアデラ、例の話だが……」

「あぁ、そうだったわね。何から話そうかしら……あのね――」


アデラはエドガーから聞いた、彼の秘密(よわみ)を事細かく話す。


「――という訳なの」

「なるほど……そこを突けば基盤が細り、更なる綻びを生んで、その地位を揺らがせられるかもしれないな……だがもう夜も更けている。次の段階に備えて、(しば)し休息しなければな」

「でも、こんな時間に何処で寝れば……」

「街の東側に宿屋がある。お前はそこで休め」

「えっ? お前はって……ショーンは?」

「俺はまだ仕事がある。それを済ませてから、自分の(ねぐら)に戻る」

「そう……分かったわ。今日は色々有難う」

「あぁ、じゃあな」


そう言うとショーンは、仕事を手っ取り早く片付けたいのだろう、凄まじい速度で、闇に溶け込むように消えていった。


「……さて、帰っていいとは言われたけれど――」


ショーンを見送ったアデラは、これまでの緊張を解すかのようにうーんと伸びをした後、宿屋とは真逆の方向へと歩き出した。


「1人だけの慰労会っていうのも、案外悪くないかもね♪」


まるで観光でもしに来たかのように、鼻歌交じりに道を歩き、そしてある1軒の建物の前で止まるや否や中へと入っていく。

どうやらそこは小さな飲食店のようだ。物資の買い集めの際に偶々(たまたま)見つけ、落ち着いたら1度来てみようと、彼女は考えていたらしい。

適当に空いている席に座り、店がお勧めとしているジーマウサギのパイとホットミルクを注文する。

暫くして、芳醇な匂いを纏ったパイが入った皿とホットミルクが注がれた木製のマグカップが運ばれてきた。

「いただきます」と言って、アデラは備え付けの木製のフォークを使って適当にパイを切り分けて一口頬張る。


「まろやかですごく美味しい……マスターのオイル煮も勿論好きだけど、これも結構好きかも……」


すっかりと虜になったアデラは、ホットミルクと共にパイを食し、ほんの数分で全て平らげてしまったのだった。


店を後にして数分ほど歩き、街の東側にある宿屋に到着したアデラ。

宿代を先払いして2階へ上がり、備え付けてあるベッドに横たわると、戦闘の疲れとパイによる満腹感もあって、彼女はすぐ眠りに就くのだった。


――――――――――――――――――


「エドガー様……」


パーティが終わって出席者達も帰り、静寂に包まれた屋敷内の自室で、エドガーは執事の男から報告を受けていた。


「グレッグ傭兵長が……しくじったようです」

「……そうか」


天を仰ぎながら、一言だけ漏らすエドガー。


「して……誰の仕業だ?」

「確証はありませんが……恐らく、クォージウスを股に掛ける義賊・ショーンではないかと……」

「ショーン……? 義賊だと……?」


義賊という言葉に一瞬眉を(ひそ)める。


「なるほど……私を悪徳と決め付け、富や地位、名声を奪おうという魂胆か……面白い」

「如何致しましょう?」

「次を用意しておけ。私に近付けぬ程大量に」

「はっ、(かしこ)まりました」

「フフフフフ……この街に私に逆らおうなどと考える者などいない。そして(いず)れは、あの女も私の手に……」


全ては自分の思い通りに事が進む――

そう確信しているかのような不気味な含み笑いだけが、室内を支配していた――

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