辺獄創世記
採炎燈と原初の種火を手に入れたユーゼフは、漆黒のローブを羽織った姿をした多くの黒磐兵達を引き連れ、周囲の至る所に溶岩流が存在する、火口下と思われる場所に足を運んでいた。
目の前にある禍々しい模様が施された大きな門は開かれており、恰もユーゼフ達を歓迎しているように見えなくも無い。
そして彼の傍らには、黒磐兵達と同じローブを羽織った謎の人物が……
意識が朦朧としているのか、足元が覚束無い様子で、ユーゼフに介抱されるかのように手を引かれている。
「機は熟した……今こそ【本物】の神が降臨する時……」
ユーゼフはそう言いながら北叟笑み、門の中へと消えていった。
――――――――――――――――――
一方、聖炎教会では……
「皆の者……!」
残っている騎士団を集める事に奔走していたヘルムートが、ヨハンの指示で大聖炎の前に集められたアデラ達とホーヴァンの許へと駆け寄ってくる。
「今し方、大陸北部の聖炎騎士団から報告があった」
「何か分かったのか?」
「ユーゼフはキーパリシュという山を越えていったようだ」
「その先にある所と言えば……イヮノッヒか……」
「イヮノッヒ……?」
初めて耳にする言葉に、アデラは首を傾げる。
ショーン曰く、イヮノッヒとはイヮンカ王国の末裔が暮らす廃村同然の過疎地との事で、その劣悪な環境故に外部の者は誰一人として近付かないそうだ。
「彼の――ユーゼフの目的は一体何なんでしょうか?」
「今我々が為すべき事は推測ではない、行動だ」
自分達には一刻の猶予も許されていない――それを重々理解しているホーヴァンは、そう言って発破を掛ける。
「皆の者……イヮノッヒへ急ぎ赴き、ユーゼフを止めるのだ」
同じ思いを共有するヨハンも、アデラ達に最重要任務を与える。
「クレオ……私達サポート組って、熟人脈運に見放されてるわね……」
「ちょっと……忌々しい記憶を蘇らせるんじゃないよ……!」
小声で話し掛けてきたウルスラを窘めつつ、クレオは何処か割り切った様子で「アイザック……」と彼の方へ目を向ける。
「どうやら今回は、あんたの番みたいだね」
「私達も直面した事よ……あなたも当然向き合うわよね……?」
これが自分達サポート組の宿命だ、切り替えて進むしかない――そんな叱咤激励とも取れる言葉を投げ掛ける2人。
「……」
しかし当の本人は踏ん切りが付かないのか、眉間に皺を寄せ口を噤んでいる。
すると――
「アイザックさん」
アデラが意を決したような眼差しで彼を見据えている。
「旧友と闘いたくない気持ちは重々承知してるつもりです。でも彼の本当の顔は、黒磐と凶人を裏で操って、罪無き人達を貶め続けた【本物】の黒幕なんです。この事態を終息させる為にも、アイザックさんには気をしっかり持ってもらいたいんです。だから、どうか私と一緒に来てください。お願いします……!」
深々と頭を下げながら嘆願するアデラ。
そんな彼女を見て、アイザックは「アデラ君……」と呟く。
「君にそう言わせてしまう自分が、実に情けない……」
「アイザックさん……」
「だが、私にも私なりの矜持がある……彼を止めよう、アデラ君……!」
「はいっ……!」
こうして、アデラ・ジュノ・ティアナ・エルベルト・アイザックの5人が、ホーヴァンと共にイヮノッヒへと赴き――
「オーシェンウーカは、俺達に任せろ」
「こっちには聖炎騎士団長もいるからね……」
「正に鉄壁の布陣だよ」
「其方等に聖炎の御加護があらん事を」
ショーン・クレオ・ウルスラの3人は有事に備え、ヘルムート等聖炎騎士団とオーシェンウーカに残る事となった。
すると、ホーヴァンが教会を後にする際にポツリと呟く。
「……聖炎の御加護、か」
その呆れたような言葉をアデラは聞き逃さなかった。
――――――――――――――――――
「着いたぞ」
「えっ……? 本当に……ここなの……?」
アデラ達はキーパリシュを越えて、大陸北部に位置するイヮノッヒに到着したのだが、これまで訪れた街々とは一線を画す光景に誰もが畏怖している。
「イヮンカは、嘗て大陸有数の大国として君臨していたと聞いているが……今となっては、最早見る影も無いな」
村中のほぼ全ての建物は廃墟同然に朽ち果てており、周囲では溶岩流が絶え間無く発生し、熱波がアデラ達の気力を奪っていく。
すると、この地の歴史を知っているのか、アイザックが徐に口を開く。
「ここに住んでいるのは、皆イヮンカ王国の末裔なんだ。しかしイヮンカは、たった1人の男によって破滅への道を辿る事となってしまった。シュロイメという名の学者にね……」
「その男は確か【辺獄創世記】を遺した事で知られているな」
「そう。彼は持ち得る知を遺憾無く発揮して王国を大いに繫栄させ、【正義】の碩学王と人々から称えられて名声を得た。でも彼は、後にガウスロウ王国へ戦を仕掛け、最終的に滅び行く王国と運命を共にしたそうなんだが……この歴史がゼフ君――否、ユーゼフが成そうとしている事と、何か関係があるんだろうか……?」
「何れにしろ、奴がこの地へ足を運んでいるのは確かだ。住人は少なからず奴に関する事柄を知っている筈……各自情報を集めよ」
アデラ達は手分けして、村人達への聞き込みを行う事となった。
ところが、予想に反して情報収集は難航を極めた。
部外者であるアデラ達を警戒しているのか、村人達は一切口を利く様子が無い。
どんな質問を投げ掛けられても、頑なに黙して語らずの姿勢を崩さないのだ。
その焦らされているような村人達の態度に、誰もが不安や苛立ちの感情を覚えずにはいられなくなっている。
そんな中、アデラの耳に複数の子供が何かを口遊む声が聞こえてきた。
傾聴してみると、どうやらそれはこの地に纏わる童歌のようだ。
――紅き痕が教えたよ
――黒い聖者を待ち侘びて
――シュロイメの首に咽び泣く
――陽はお空の彼方に
だが言葉の意味が理解出来ず、特に気にする事無くその場から立ち去る。
「どうでした?」
「駄目だ。どいつもこいつも、風する馬牛も相及ばずって感じだ」
「こっちも全員から突慳貪な態度をされてしまったよ」
「八方塞がりですね……どうしましょう……?」
「仕方あるまい……あの高台の家に向かうとしよう」
ホーヴァンが指差す先には、崩れ掛けた崖の上にある平屋の一軒家がある。危な気な場所である事を考えれば、最早家が建っている事自体が奇跡と言えよう。
「あそこは?」
「イヮノッヒの村長が住んでいるそうだ」
「なるほどね……」
「よしっ、行くぞ」
アデラ達は村長が住んでると思しき家へ向かう。
今にも崩れ落ちそうな階段を慎重に上り、家の前まで足を運ぶと、門番と思われる老人が扉の前に佇んでいる。
「……」
老門番もまた、黙して語らずの姿勢を貫いている。
「すみません、お聞きしたい事があるのですが……」
「……」
「全身黒尽くめの男が、最近この村に現れましたよね……?」
「……」
「聖炎教会の重要な案件故、この家の主――村長に取り次いでもらいたい」
「……」
「駄目だな……完全に右へ倣えで、こいつも暖簾に腕押しだ」
「ここにいても時間を浪費するだけだね……他を当たろう」
諦めたようにその場から立ち去ろうとすると――
「……【紅き痕】」
「えっ……?」
突然呟かれた言葉に、全員が足を止める。
「何だって? 今、何と?」
「【紅き痕】って聞こえましたが……」
「どういう意味ですか?」
「……」
老門番は再び口を閉ざしている。
「禅問答でも吹っ掛けようというのか? 巫山戯た真似を……」
「まさかその後に『作麼生』とか言うんじゃねぇだろうな?」
「……」
ジュノの煽りにも一切動じない。
兎にも角にも、誰も聞いた例が無い老門番の言葉に、一同は困惑するばかりだ。
ただ1人を除いて……
「紅き痕……若しかして、あの童歌……?」
「童歌? 一体どういう事かな、アデラ君?」
「さっきそこで子供達が口遊んでいるのを偶々聞いたんです……確か……【紅き痕が教えたよ 黒い聖者を待ち侘びて シュロイメの首に咽び泣く 陽はお空の彼方に】だったような……」
「……!」
アデラの言葉に反応し、老門番は無言のまま鍵を外して徐に扉を開く。
「開けてくれましたね……」
「まさか偶々聞いた童歌が合言葉だったとは……」
「兎に角、彼の気が変わらない内に入りましょう……!」
「うむ」
6人は村長の家に入っていく。
家の中は村の権威者であるとは思えぬ程に質素な内装だった。
いつ崩れてもおかしくない場所に建っているのもあるのかもしれない。
アデラ達が地下へと続く階段を下りていくと、小部屋のような手狭な空間がすぐ目の前に現れる。
そしてそこには、怪しげな雰囲気を醸し出す1人の老婆の姿が……
恐らく、彼女こそがイヮノッヒの村長なのだろう。
「失礼する」
「おやおや、まさか本当に辿り着くとは……聖炎環護長と【正義に選ばれし者】アデラとその同志達……この辺境の地にも愈々聖炎の御加護が訪れたかな……?」
アデラ達が来訪する事を予知していたかのようなジョークを交えつつも、村長は至って冷静に受け答えする。
「実は、ある人物の行方を知りたくて――」
「皆まで言うな……ユーゼフだろ?」
「彼を知ってるんですか……!?」
「知らぬ筈が無かろう……7代も前から見聞きしているからな。そして……漸く全てを明らかにする時が来た」
そう言うと、村長は近くの本棚から1冊の書物を持ってくる。
「百聞は一見に如かず……私が話すよりも、これを読んだ方が理解は早い」
「それは……?」
「シュロイメの手記だ。ここに全ての真実が記されている」
「読んでみるしかないだろう……」
アイザックは書物を受け取り、中を開き記された文字を読み上げていった。
――――――――――――――――――
――太古よりこの世界には天も地も無く、混沌のみが支配していた
――軈て原母神クォーズが生まれ、世界の原型を創った
――自然も生物も、全て彼女の手によって創造されたものである
――だが、生まれ来るものあれば死に行くものもあり……
――それ等の死をクォーズは甚く悲しみ、ある結界をも創った
――【クォーズの結界】である
――私は生涯をこの結界に捧げた……
――私はイヮンカ王国の学者の1人に過ぎなかった
――ミーナケネッグの噴火によって形成された、麓の遺跡を調査していた時……
――そこで【クォーズの結界】の存在を指し示す遺物が出土した
――この世が【辺獄】……あの世と通ずる為の結界だ
――私はその結界の存在に、甚く魅入られた
――それから長年を掛け、クォージウス各地の遺跡を調査し……
――その知識と研究成果を1冊の書物に纏めた
――それが【辺獄創世記】である
――だが……全てを纏め終えた時、私は戦慄を覚えた
――この書物に記された事は、世の理を覆しかねないと気付いたからだ
――そうなれば、様々な理由で【クォーズの結界】を狙う者が現れるだろう
――そして、その悪い予感は軈て現実のものとなってしまった
――イヮンカ国王・ルキウスが【辺獄創世記】に目を付けたのだ
「シュロイメよ……貴様の手記の噂を耳にしたぞ。何でも、あの世と通ずる結界があるそうだな?」
「……」
「私の為にその結界を解け」
「陛下……恐れ入りますが、謹んでお断り致します。あの結界は、決して解いてはならないのです。どうか御理解を……」
「そうか……ならば、貴様にそれなりの代価を渡してやらねばなぁ」
「……?」
「これで考え直してくれ」
「……っ!?」
「分かるか? 貴様の妻と倅と義娘の首だ。これでも足りぬというのなら……次は貴様の孫の首も追加しようじゃないか……!」
「お……おおぉぉ……陛下ぁ……」
――斯くしてルキウス王は、ガウスロウ王国へ戦を仕掛けた
――その王国に存在する【クォーズの結界】を狙っての事だった
――戦は長期に及び、数え切れぬ者が命を落とした……
――だが、隣国のティトーム王国がガウスロウ王国に加勢した事で戦局は一変
――イヮンカ王国は完全に劣勢となった
――そして……窮地に追い遣られたルキウス王は恐るべき決断をした
――全ての兵を犠牲にし、戦も民も棄て、結界を解こうとしたのだ
「シュロイメよ」
「……」
「ここまで態々足を運んだのだ。後は……分かっているな?」
「陛下……この結界は、決して解いてはなりませぬ……!」
「まだ戯言を申すか!? やれと言っているのだ、シュロイメ!!」
「うぅ……」
「貴様に拒否権など無い!! さっさと結界を解け!!」
「……何が起ころうとも、一切の責任は負いかねますぞ、陛下」
辺獄に眠りし亡者達よ……
我の声に目を覚まし……
結界を解き現世と繋がらん!
「おぉ……何と美しい……! 私が……私こそが……辺獄の力を治めるのに相応し――なぁっ!?」
――私は大罪を犯したのだ……
――【クォーズの結界】が解かれ、あの世から現れた魔物達は……
――イヮンカ・ガウスロウ・ティトームの国土や民……
――ありとあらゆるものを全て飲み込み、この世から消し去った
――三国の滅亡という最悪の結末で、戦は終結したのだ
――程無くして【ハロルド】という名の大賢者が結界を封じたと聞いた
――私は生き永らえた……生き延びてしまった……
――何故私は生き残ったのか……
――その答えは、時を待たずして、己の身を以て知った
――生き残った人間達は皆、私を全ての元凶だと断じた
――即ち、私は全ての罪を背負う運命となったのだ
――私は3つの大国を滅亡させた【殺戮者】として歴史に名を刻むだろう
――私はこれから死刑台へ向かう
――反論も抵抗もする気は毛頭無い……甘んじて罰を受け入れよう
――だが……そんな私にも1つだけ心残りがある
「地獄の業火に焼かれろ!!」
「我々を闇に陥れた死神め!!」
「忌むべき灰となれ!!」
「お、御祖父様……!」
――それは……ただ1人残す事になる、孫のユーゼフだ
――【更なる高き天を目指し英傑は、その翼を捥がれ灰と化す】
――私と同じ轍を踏まずに強く生きてくれる事を願うばかりだ
――どうかこの愚か者を許してくれ……済まない、ユーゼフ……さらばだ
――――――――――――――――――
「何という事……ユーゼフは学者シュロイメの孫だったのか……」
「まさかその名声と末路を目にしていたとはな……」
「そんな馬鹿な……これは100年以上も前の話の筈……」
「指輪の持ち主だ、決して有り得ぬ話ではない……」
「それにしても、何故あなたはこの書物を……?」
自分が知っている史実が偽りであった事に驚くと同時に、【本物】の史実がこの瞬間まで直隠しにされていた事に疑問を抱いたアイザックが村長に問い掛ける。
「我が家系はイヮンカ王家の末裔……祖先であるルキウスの不名誉を封じる事こそが我々の使命だった……だが……あの男が現れた今となっては、最早それを隠す必要も無くなった……」
「その男――ユーゼフは何処にいる?」
「その書物の続きを読め……」
そう言われたアイザックが手記のページを捲ると、巻末に何かを見つけ「皆、これを見てくれ」と指を差しながら注目させる。
「ここに走り書きがあるよ……これまでと筆跡がまるで違う……」
彼はその走り書きを読み上げる。
――ルキウス王は火口下に、ある神殿を建立した
――神と通ずる為の【禁忌の神殿】だ
――愚かな王は神になろうとした
――だが【本物】の聖なる血を見つけられず終いとなり、儀式は失敗に終わった
――僕は彼のような失敗は断じて犯さない
――いつの日か、僕が必ず……
「これを書いたのは若しや……ユーゼフか……?」
「【禁忌の神殿】というのも気になる……ユーゼフはそこで、ルキウスと同じ儀式を行おうとしているというのか……?」
「だとしたら、こんな所で油売ってる場合じゃねぇだろ……!?」
「そうですよね……手遅れにならない内に火口下へ急ぎましょう……!」
アデラ達は村長に礼を述べ、足早に火口下へと向かって行った。
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禁忌の神殿が建立されていると思われる火口下は、イワノッヒの景色よりも更に広い面積の溶岩流が存在し、非常に過酷な熱波も発生している。
最早足を踏み入れる事さえも憚られるような環境ではあったが、アデラ達は臆する事無く、且つ足を踏み外さぬように慎重に進んでいく。
「どうやら、ここが入口のようだな……」
そして遂に、目の前に悍ましい模様が施された大きな門が姿を現す。
「何て禍々しい出で立ちなんでしょうか……」
「如何にも悪しき者が祀られていそうな雰囲気が漂ってますね……」
ティアナもエルベルトも、その異様な光景に思わず後退りする。
「何が祀られていようと、邪悪は焼き払うまで……」
臆する事無くホーヴァンは門を潜り、アデラ達も後に続く。
神殿内には来る者を阻む様々な罠や仕掛けが張り巡らされていた。しかも一瞬でも気を抜こうものなら、忽ち命を失いかねない程の殺傷性を帯びたものばかりだ。
それだけでも十分な脅威なのだが、中には態と罠に誘導させるような意地の悪い仕掛けまで施されていた。
そうまでして、ルキウスが己が神になる為だけに神殿を建立した事が――誰一人として他の者は入れさせまいとする彼の思惑が見て取れる。
この神殿はルキウスの全てを具現化していると言ってもいいだろう。
だが、そんな悪辣且つ複雑な仕掛けも、頭脳明晰なアイザックにとっては全く造作も無かった。
周囲の仕掛けの様子から罠のトリックを次々と暴き、アデラ達に解除を協力させ、ものの数十分で全て終わらせてしまったのだ。
こうして安全に進む事が出来るようになったのだが、その道中ある疑問が頭に浮かんだアデラが「アイザックさん」と問い掛ける。
「1つ聞いていいですか?」
「どうしたのかな、アデラ君?」
「さっきの手記に書いてあった、結界を封じたとされている【ハロルド】というのは、一体どんな人なのか知っていますか?」
アデラ含め殆どの者が耳にした事の無い名前だ。疑問を抱かないという方が寧ろ不自然であろう。
その問いに、アイザックは当たり前のように、しかし懇切丁寧に答える。
「大賢者として知られるハロルド・セルバンテスの事かな?」
「大賢者……? セルバンテス……?」
「セルバンテス家は大陸の守護者としてその名を残していてね、結界を封印した後も、長年掛けて神々の力を宿した指輪を捜していたらしいよ。大陸が再び闇に覆われないようにね」
「ホーヴァンと全く同じ……」
「如何にも」とホーヴァンは応える。
「セルバンテス家と歴代の聖炎環護長は、嘗て同志として手を組んでいたのだが、セルバンテス家の血筋の安否が分からぬ今となっては……」
口にするのも憚られる事柄なのか、その先の言葉が発せられる事は無かった。
それから暫く歩いている時、ふとアイザックの方へ目を向けたアデラは、彼が難しそうな表情を浮かべている事に気付いた。
「アイザックさん、どうかしたんですか?」
「うん……何か忘れているような気がしてね……」
「……?」
「セルバンテス家には、隠されたもう1つの顔が存在すると聞いた事がある筈なんだけど……駄目だ、どうにも思い出せない……」
呼び起こせない記憶にもどかしさを覚えるアイザック。
そのもう1つの顔が、一連の事件の顛末を知る重大な要素である事など、彼等はまだ知る由も無かった。
――――――――――――――――――
同じ頃、ユーゼフは黒磐兵達と共に神殿の奥部に辿り着いていた。
彼等の目の前には、不気味なデザインの石像が鎮座している。
「封じられし神も、新たな仲間を歓迎している……吉兆だ……」
石像を見上げながら北叟笑むユーゼフだったが――
「差し詰め、愚者の仲間といったところだろうな」
「……!」
背後から覚えのある声が聞こえ、咄嗟に振り返る。
程無くして、アデラ達5人を先導するホーヴァンが姿を現す。
「断言させてもらう……貴様は神になどなれぬ……!」
「ほぅ……まさか生きていたとはね……闇から戻った者は稀だ……誉めてやろうじゃないか……」
「我が炎を侮るか……貴様のような邪悪に、その指輪は相応しくない……!」
「なら一体、誰だったら相応しいっていうんだ……? 所詮人間という生き物は、愚かで醜い獣に過ぎない……」
「なるほど……だが、全ての人間がそうだというのなら……かの学者シュロイメもそういう事になるが?」
「……何、だと?」
祖父の名を出された事で、動揺の様相を呈し――
「愚かで醜い獣でも学べる事はあるのでな」
更なる挑発紛いの言葉に、眉間に皺を寄せ不快感を露わにするユーゼフ。
「僕の祖父は、優しい人間だった……でも浅ましき王に利用され、獣達の手によって蔑まれ、挙げ句の果てに殺された……巫山戯るな……自分こそが【本物】の善人だと思い込み、真相には目も呉れず罵り続け、尊い命を奪う事が【正義】だっていうのか……!? そんな事が罷り通っていいのか……!?」
彼の表情は、時間と共に険しくなっていく。
「人間は皆、醜くて愚かで身勝手な大罪犯だ……! なのに神は彼等を一向に裁こうとしない……! 最早この大陸を見捨てたんだ……! だから僕が……僕が人間共に裁きを下すしかないんだ……!」
情状酌量の余地など微塵たりとも存在しない自分本位の主張に、ホーヴァンは呆れとも憐みとも取れる深い溜息を吐き――
「随分と立派な主張だが……そこの者が、果たしてそんな事を望んでいるのか?」
傍らにいるフードを深々と被った人物を指差し、厳しい口調で追及する。
すると、ユーゼフは「ククククク……」と不気味な笑い声を漏らし――
「望んでいるかどうか……そんな事は最早関係無い……」
そう言って傍らにいる者のフードを剥ぎ取る。
現れたのは、モーブピンクのツインテールのあどけない面持ちの女の顔……
「カレン……!?」
反射的にティアナが叫ぶが、微睡んでいるのか、あるいは酩酊に近い状態にあるのか、当の本人は目を瞑って俯き、更に小さく呻き声も漏らしており、声が聞こえている様子は全く無い。
「これは……宿命なんだよ……」
「何故……何故あなたはカレンを……!?」
「その事は学ばずに来たのか……? 愚者共めが……だが直に全て分かる……」
「戯言を申すか……今すぐカレンを解放しろ……!」
「断る……彼女は絶対不可欠なんだ……僕が神になる為にね……!」
ユーゼフはそう言って、カレンの手を引き最奥部へと歩を進める。
「待たぬかっ!」
叫びながら後を追おうとするが、多く黒磐兵達に立ち開られてしまう。
黒磐兵達は懐から小刀を取り出し、石像の周りを囲うように佇むと――
「封じられし神よ……我等が命を贄とし……目覚めよ……!」
呪文のようなものを唱えるや否や、小刀で己の頸動脈を掻っ切り、大量の血飛沫を噴きながら次々と命を散らす。
そして全員が死に絶えると、間髪入れずに大きな地鳴りが起こり始める。
「な、何……?」
「まさか……本当に封じられし神が……!?」
石像から禍々しいオーラが現れたかと思うと、表面に皹が入っていく。
永い眠りから復活せんとするかのように……
「狼狽えなくていい……! あれは邪神を模しただけの石像に過ぎないよ……!」
「赤子でも無かろうに、紛い物に怖気付くか? そんな事では【正義に選ばれし者】の面子を潰しかねんぞ?」
「呑気な事を言っている場合ではありません……! 来ます……!」
「分かってる……! 俺達は獅子搏兎だからな……!」
アデラ達が一斉に各々の武器を構えた瞬間、石像がばらばらと砕け散り、封じされし神がその禍々しい姿を露わにしたのだった――




