繙く3つの本
ゲオンバートでの調査を終え、オーシェンウーカの聖炎教会に戻ってきたアデラ達5人とホーヴァンは、ヨハンに一連の出来事を報告する。
「なるほど……黒幕は別にいるという事か……」
「更に言えば、新たな神は腹立たしい程に慎重且つ狡猾です。人々の心の闇に付け込み操る事に長けています。己の姿を露わにする事は恐らく無いでしょう」
「となれば、【正義に選ばれし者】アデラが手に入れた写本の切れ端が唯一の手掛かり、か……」
もどかしさを覚え眉間に皺を寄せるヨハン。
その時、何か考えがあるのか、ホーヴァンが「教皇」と声を掛ける。
「私は【正義に選ばれし者達】と共に、スフィージュへ向かいます」
「スフィージュか……」
「はい。かの都は芸能ともう1つ、叡智をも併せ持つ街です。そこであれば、真実を明らかに出来るやもしれませぬ」
「良かろう……期待しているぞ」
不測の事態に備え、引き続きショーン・クレオ・アイザックの3人が残り、残る5人がホーヴァンと共にスフィージュへ赴く。
ところが、教会の外に出たところで――
「アデラ君」
と、自分を呼び止める声が聞こえた為、アデラは足を止めて振り返る。
直後にアイザックが教会から出てくる。
「アイザックさん、どうしたんですか?」
「君にこれを渡しておこうと思ってね……」
彼は懐から2冊の書物を取り出し、アデラに手渡す。
「これは、何でしょうか?」
「丁度読み終えたところでね、きっと今後の役に立つ筈だよ。それじゃっ、後は宜しく頼むね」
そう言うや否や、アイザックはそそくさと教会内へと消えていった。
アデラは首を傾げながらも、渡された書物を抱えて再び歩き始めたのだった。
――――――――――――――――――
ホーヴァンと共にスフィージュへやって来たアデラ達。
アデラ・ジュノ・ティアナの3人にとっては、イメルダの件以来の訪問だ。
「【正義に選ばれし者】アデラが持つ写本の切れ端の正体……そこにこそ、必ず首謀者の手掛かりがある筈だ」
「という事は、スフィージュにいる識者に調べてもらうって事?」
「否……この件は、裏で何者が繋がっているか分からぬ。尋ねた者が写本の識者であれば、真実を直隠しにされる危険性が高まる」
「じゃあ、一体どうするの?」
「【知識】と語るのだ」
「……?」
言葉の意味を理解出来ず、ただ首を傾げるだけのアデラ。
そんな彼女には目も呉れず、ホーヴァンは「行くぞ」と5人を先導していく。
――――――――――――――――――
ホーヴァンに連れられた場所は図書館だった。
その中には、膨大な数の書物が敷き詰められた本棚がいくつも存在している。
「こんな数の本、見た事無いわ……!」
「これ程大きな図書館がスフィージュにあったなんてね……」
「洽覧深識を具現化したような……これこそが汗牛充棟って奴か……!」
「幼少期から書物は好きでよく読んでいましたが、私自身これ程多くの書物を見るのは初めてです……!」
興味を惹かれたかのように感嘆の声を上げるアデラ達だが、ただ1人エルベルトだけは複雑な表情を浮かべている。
「しかし、この膨大な数の中から切れ端の原本を捜すのは、流石に骨が折れそうな気がしますが……」
「フン……どうやらお前は、物事の理を知らぬようだな」
「えっ? ど、どういう意味ですか?」
見下げた口を利くホーヴァンに、エルベルトはキョトンとしている。
「戦うべき時は武器を取る、知るべき時は書物を読む。そして、探すべき時は……その手に詳しい者――司書に聞く」
「あぁ、なるほど……」
「要するに餅は餅屋、桶は桶屋って訳か」
アデラ達は受付の近くにいる1人の女性の許へ歩み寄る。
「失礼する」
訪ねたのはこの図書館の司書であるアリエルだ。
「おや? 若しかして、聖炎騎士団の方々でしょうか?」
「ホーヴァンと申す。そしてこの5人が【正義に選ばれし者達】だ」
「あなた方が例の……御活躍振りは予々聞いていますよ」
「あ、有難う御座います……」
ここでも自分達の名が知れ渡っているようで、アデラは気恥ずかしさを覚える。
「挨拶はその辺にして……アデラさん、例の切れ端を」
エルベルトに唆される形で、アデラは写本の切れ端をアリエルに手渡す。
「これなんですけど……何なのか分かりますか?」
切れ端を受け取ったアリエルは、暫く文字を見詰め、徐に口を開く。
「これは……古代オブカシム語ですね。この一節は【更なる高き天を目指し英傑は、その翼を捥がれ灰と化す】かと……」
「司書さん、古代オブカシム語が読めるんですか?」
「いいえ、この一節だけ他の文献で読んだ事があるんです。私が知る限りでは、同じ言葉が書かれた本が3冊あります。ですが、その内の2冊は今貸出中で……」
「貸出中ね……」
「どちらも同じ人物が借りているんですけど、期限が迫っているにも拘らず返却される気配すら無くて、こちらも困ってるんですよ。一応貸出票に名前は書かれているんですが、速記で書かれたものなんでしょうか、はっきりとは読めないんですよね……雰囲気的に【イサク】か【アイザック】のどちらかではないかと見ているんですけど……」
「……アイザック?」
聞き慣れた名前に、アデラ達は若干引き攣った表情を浮かべる。
「その方に貸し出しているのは【聖者ボリス伝記】と【3種の炎】という本です。最後の1冊の【禁忌の儀】は、こちらで探しておきますね」
「あっ……すみません、宜しくお願いします」
アリエルが【禁忌の儀】を探しに書庫へ向かって行った後――
「まさか、ね……」
2冊の書物が貸出中である事、その借主がアイザックと思しき者である事が気に掛かり、アデラは抱えている書物に目を落とす。
「アデラ……? その本は……?」
その様子に気付いたウルスラが問い質すと――
「あぁ……さっき教会の前で、アイザックさんから渡されたんです」
全員がアデラを囲むようにして、その2冊の本を見詰める。
すると、そのタイトルを見るや否や、ティアナは目を丸くする。
「これ……【聖者ボリス伝記】と【3種の炎】じゃないですか……!?」
「今し方司書が言っていた、返却期限が迫っている例の書物か」
「でも、どうしてアイザックはこれをアデラに……?」
「若しかしなくてもですが……アデラさんに返却を押し付けたんじゃ……」
「考えられる……あいつ変に奸佞邪智な一面を持ってるもんな……」
知らず知らずの内に面倒事を頼まれていた事に、アデラは苦笑いを浮かべて「ハハハ……」と小さく乾いた声を漏らすのが関の山だった。
「これ……すぐ返した方がいいわよね……?」
兎にも角にも、返却すべき書物が手元にある為、至極当然の事を口にするアデラだったが、何を思ったのかホーヴァンが「待て」と制止する。
「この2冊に、何かしらの手掛かりが記されているかもしれぬ」
「なるほど……確かに一読しておいて損は無いでしょうね」
「では先ず、この【聖者ボリス伝記】から読んでみましょう……」
ティアナに唆されるような形で、アデラは【聖者ボリス伝記】を開き、書かれている文字を読み上げる。
――聖者ボリスは嘗て罪人であった
――だが後に大聖者ラチウムの啓示を受け、神の道を進む事となった
――夢の中で罪人ボリスは大聖者ラチウムに師事し、数々の世の理を学んだ
――そして大聖者ラチウムは、最後の試練と称して……
――ボリスに【聖炎】に触れるよう命じた
――ボリスは炎に焼かれる事を甚く恐れ、身を竦ませた
――だが、そこで奇跡が起こった
――聖炎はボリスの【大罪】【欲望】【怨恨】……
――纏わり付いていた忌まわしきものだけを燃やし……
――彼の肉体に僅かな火傷の痕さえも与えなかったのだ
――斯くして、罪人ボリスは聖者となったのである
――だが……【更なる高き天を目指し英傑は、その翼を捥がれ灰と化す】
――まさか彼が、あの【禁忌の儀】を行おうとは……
――この時は誰一人として知る由も無かった……
「これはまさか……【禁忌の儀】の前日譚か?」
「そう見るのが自然でしょうね」
ホーヴァンとエルベルトがそう推察している中、ティアナは1人難しそうな顔をして文面を見詰めている。
「どうしました、ティアナさん?」
「この伝記……終わり方に若干違和感を覚えます……」
「えっ? どういう事ですか?」
「一般的な伝記であれば、その人の最期が記されている筈なのに、この伝記では最後に【禁忌の儀】という言葉に触れられているだけで、聖者ボリスの死に関しては一切記されていません」
「確かに妙だな……何か記せない理由があるのかもしれぬな」
「よしっ、じゃあもう1つの方も見てみるか」
「次は【3種の炎】ね……」
アデラは【3種の炎】を開き、記された文字を読み上げる。
――【聖炎】は青き光を放つ
――闇を焼き払い、悪しきものを浄化する
――人類が使う【火】は赤き光を放つ
――闇を照らし、人類に暖を与えるが……
――同時に恐ろしい破壊の力をも秘めている
――そしてこの世には【聖炎】と対極するものが存在する
――それこそが【邪黒炎】だ
――【邪黒炎】は黒き光を放つ
――ただ強大な破壊の力だけを持ち、人類に一切の恩恵を与えない
――水・氷・霧
――この3種が、実は同じものであるように……
――3種の炎もまた【原初の種火】が成長し、姿を変えたものだ
――だが、人の心が【完全なる闇】に染まれば……
――【聖炎】すらも【邪黒炎】へと変貌するであろう
――【更なる高き天を目指し英傑は、その翼を捥がれ灰と化す】
――努々忘るることなかれ……
「この文章……アイザックからしたら、当たり前の事を長々と書いているだけだと感じるかもしれないわね……」
「そうですね……聖炎と普通の火と邪黒炎が本質的には同じものであるという事は分かりますが、それ以外に特別な事は書かれていないみたいですし……」
「舌敝耳聾って言うか、縷々綿々って言うか……兎に角回りくどい内容だな」
「だが何れにしろ、この2冊の書物は、少なからず【禁忌の儀】に繋がる内容であるのは理解出来たのだ。覚えておくに越した事は無い」
「ですね。それじゃあ、早速返しに行きましょう」
アデラ達は2冊の書物を抱えて受付へ向かうと、そこには既にアリエルの姿があった。彼女もまた見つけるべき書物を持ってきたのであろう。
「あら? 先程の聖炎騎士団の方々ですね?」
「これが頼まれていた2冊の本です」
返却された2冊の書物を受け取り、「有難う御座います」と礼を述べるアリエル。
「丁度いい時に来てくれましたね。【禁忌の儀】見つけておきましたよ。でもまさか、禁書庫に保管されていたとは……」
「禁書庫……?」
「時代的に貴重な本や、世に出る事を禁じられた本が保管されている場所です。今回、教皇様の遣いが来られているという事で、特別に閲覧の許可が得られました。こちらが【禁忌の儀】です、どうぞ」
「忝い、拝見させてもらう」
【禁忌の儀】を受け取ったホーヴァンは、早速中を開いて書かれている文字を読み上げていく。
――大聖者ラチウムの死後、彼の教えは大陸中に広まり……
――その功績を讃え、各地に聖炎教会が建立された
――それから238年後、点在する聖炎教会を纏める為……
――聖者ボリスが初代教皇となった
――彼はラチウムの啓示を受け、聖者となった男である
――ボリスには絵画の才があった
――その為、文字の読めない者達にも……
――大聖者ラチウムの教えを簡潔に伝える事を可能とした
――彼は、誰もが聖炎を扱えるよう【採炎燈】を造り出した
――それを用いて聖炎を各地に灯し回った
――それが最初の【式年大奉炎】である……
――聖人となったボリスを多くの者が讃え跪いた
――だが、傅く信者達と触れ合う内に、彼にある感情が生まれた
――即ち【欲望】である
――彼は師である大聖者ラチウムをも超える【奇跡】を起こし……
――己が人知を超えた存在である事を証明しようと画策し始めたのだ
――そして、式年大奉炎の19年後……
――各地の聖炎の力が弱まった頃を見計らい……
――採炎燈で【原初の種火】を奪った
――そこから成長した炎と禁忌の儀を用いて……
――神をも凌駕する力を手に入れようとしたのだ
――だが……
――【更なる高き天を目指し英傑は、その翼を捥がれ灰と化す】
――欲望に塗れたボリスは、黒き炎に焼かれ絶命してしまった
――彼は手にしていなかったのだ
――神々の力を宿した指輪と【本物】の聖なる血を……
「……壮絶な最期ね」
ボリスの聖者らしからぬ行いに、アデラを含めた全員が閉口する。
だが、いつまでも感傷に耽っている訳にもいかず、一旦全員で3つの書物から得られた情報を纏める。
「確か最初の【聖者ボリス伝記】で、彼が【禁忌の儀】を行ったと、最後の方に書かれていたんですよね……?」
「その次の【3種の炎】では……人間の心が完全な闇に染まった時、聖炎は邪黒炎に変貌するとあったわね……」
「そして最後が、この【禁忌の儀】……聖者ボリスは黒き炎に焼かれて絶命……己の欲望に溺れ、心が闇に染まってしまったが故の末路って事ね」
「なるほどな……これが秘匿されるのも無理は無い」
「聖炎教会にとっては、不都合な真実だもんなぁ」
「そもそも、首謀者は何故あんな写本の切れ端を持っていたんでしょうか?」
一連の事態の発端となったであろう写本――古代オブカシム語で記された書物――の切れ端の存在そのものに疑問を抱くエルベルト。
その一方で、アデラは何処か腑に落ちないといった表情を浮かべながら、【禁忌の儀】の文章を読み直している。
「あれ? どうしたんですか、アデラさん?」
「ちょっとね、引っ掛かる所があって……」
「引っ掛かる?」
アデラは「ここなんだけど」と言って、記されたある単語を指差す。
「『成長した炎』って暈して表現されてるけど……これって若しかして……」
「恐らく……黒く染まった炎――【邪黒炎】の事でしょう……」
「聖者ボリスの負の感情が、聖炎を邪黒炎に変えてしまったと捉えるべきね……」
「その結果聖者ボリスは灰となった……因果応報って奴だな……だが指輪の加護と【本物】の聖なる血があれば、それを免れるみてぇだな……」
「それはつまり、神々の力を宿した指輪があれば、邪黒炎の力を得られ、思うが儘に操れるという事なのか?」
「しかし、【本物】の聖なる血とは一体……?」
「分からぬ……だが今は迷っている場合では無い」
「そうね……一刻を争う事態だもの、急いで戻りましょう」
アデラ達はアリエルに礼を述べてその場を後にしようとする。
――黒き炎の力、か……
――それを操る者とは……
だが、ホーヴァンは1人その場に佇み心の中で呟く。
「どうしたの、ホーヴァン?」
「否……済まない。急ぐとしよう」
しかしアデラの声でフッと我に返り、図書館から立ち退く。
――――――――――――――――――
図書館を出たアデラ達は、ほんの数十メートル程歩いたところで――
「そこまでだ」
複数の黒磐兵に足止めを食らっていた。
「黒磐か……貴様等も書物が好きなのか?」
「どうやら知り過ぎてしまったようだな、聖炎環護長」
「ならば、貴様等が全て忘れさせてくれるのだな?」
「如何にも……貴様の死を以てなぁ!」
黒磐兵達がそう叫びながら短剣や槍を構えると、アデラ達も透かさず各々の武器を取り出して臨戦態勢に入る。
元々常磐兵である為か、黒磐兵達の実力は決して甘く見て良いものでは無い。だが真凶人をも退ける程の力を付けているアデラ達には、彼等を黙らせる事など赤子の手を捻るようなものである。
兵達は次々と倒され、最後に残された黒磐兵もまたその場に跪く。
すると、黒磐兵は吐血しながらも不気味な笑みを浮かべ――
「これで終わりだと思うな……知り過ぎた者は……必ず粛清される……そして……新たな神が……間も無く降臨する……そうなれば……貴様等、な……ど……」
不吉な言葉を残し、その場に倒れて命を散らす。
「さて、教皇の許へ戻るとしよう」
アデラ達は武器を仕舞うや否や、オーシェンウーカへの帰路を急いだのだった――




