演じられた惨劇
教会関係者達の身辺調査に乗り出していたアデラ達は暫くして、再び大聖炎が力強く燃え上がる祭壇前にいる教皇の許へ集まった。
「【正義に選ばれし者達】よ、大儀であった。では、結果を報告してもらおう」
「それでは、私の方から」
アイザックが前に出て、全員が集めた情報を一通り報告する。
――――――――――――――――――
神官のゼフはアイザックの学友であるが故に、これまで多くの書物を読み漁っており、特に聖炎教会の歴史の知識に関して彼の右に出る者はいないという。
見習い神官としてゼフの教示を受けているカレンについては、ティアナと同じ孤児院の出である事以外は特に何も得られなかった。
ロッソ司祭はティアナ同様に各地を転々と旅しているようだが、女たらしの性格とは裏腹に非常に頭が切れ、聖炎教会以外の信仰についても熟知しているそうだ。
アントニオという名の司教はカーティス亡き後、ゲオンバートを治める為に派遣された身なのだが、本来は本部のオーシェンウーカで己の地位を安定させる為に動いていたらしい。だが当初の予定が狂った事で、今はかなり頭を痛めているとか。
イシドロという名の司祭はゲオンバート再建の為の、司祭としての役割に日々悩んでいるらしい。その一方で、娘の誕生日には必ず各地方の珍しい花を送っているという、父親らしい面もあるのだとか。
イシドロの娘は父を慕うあまり、このオーシェンウーカまで態々付いてきてしまったらしいが、それ以外に目ぼしい情報は無かった。
そしてホーヴァンによれば、聖炎環護長の座は、代々聖炎騎士団の中で最も強く、そして最も清く美しい心の持ち主に依頼され継がれていくのだという。
その他の大司教や司教達についても、【式年大奉炎】なる儀式を成し遂げて厚い信頼を得た者、あらゆる事を黙認し続けやっとの思いで希望の役職に就いた者等、様々な情報を得られた。
――――――――――――――――――
報告を受け終えると、ヨハンは「なるほど……」と呟き、熟考するように暫く瞑想すると、徐に目を開き視線をホーヴァンへと向ける。
「ホーヴァンよ……教皇の名の下、其方に命ずる」
「はっ」
「【正義に選ばれし者達】と共に、首謀者と思しき者を調査するのだ」
「して……その首謀者と思しき者とは?」
ヨハンは一瞬だけ逡巡し、再び口を開く。
「アントニオ司教だ」
「ほぅ……」
「彼が仕えるゲオンバートでは、カーティスの死後、街の住人が失踪し、その後凶人となって見つかる事件が相次いでいる。更にゲオンバートの調査は、アントニオ司教自らの要請だった。故にアントニオ司教と黒磐には、何かしらの繋がりがある可能性が高い。【正義に選ばれし者達】の身辺調査の結果が、それを指し示してくれたのだ」
「だからこそ彼が首謀者と思しき者だと……これは罠の臭いがしますな」
「ホーヴァンよ……警告するが、これはかなりの危険を伴う任務だ。【正義に選ばれし者達】を連れて、ゲオンバートへ向かうのだ」
「ですが、多き人手は時に足枷となりかねませぬ。ここは必要最小限で動くのが得策ではなかろうかと……」
8人の話し合いの結果、ショーンとクレオが不測の事態に備えて、アイザックは個人的に調べたい事がある為にオーシェンウーカに残り、それ以外の5人でゲオンバートへ赴く事となった。
――――――――――――――――――
ホーヴァンと共にゲオンバートへやって来たアデラ達5人は――
「あっ……」
街の中で偶然通り掛かったカレンと出会っていた。
「ティアナ……それに皆さん……どうしてゲオンバートに?」
「この街で起こっている、住民の失踪事件を調査しに来ました……」
「僕達はその件で、アントニオ司教を訪ねた次第です」
「司教様なら教会にいる筈。私が案内――」
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
突如聞こえた悲鳴に、その場にいる全員の表情が強張る。
「今の悲鳴は……!?」
「街外れの方からだ、行くぞ……!」
アデラ達は声のした方へと走って行った。
――――――――――――――――――
声の主は赤い服を纏った、クリーム色の長髪の少女だった。
彼女は怯えた様子で腰を抜かし、じりじりと後退りをしている。
その視線の先には、ゆっくりとした足取りで近付いてくる1人の老人の姿が……
「ギ……ギギギギ……」
気味の悪い呻き声を放つ老人の肌は土気色で、目も赤黒く光っている。
最早普通の人間ではない事は明らかである。
「いやああぁぁ!! 来ないでぇっ!!」
袋小路に追い詰められ、文字通り絶体絶命の状況だ。
すると――
「サラッ!」
正装を纏い髭を蓄えた初老の男が、サラ――少女の名を叫びながら駆け寄る。
彼は聖炎教会の司祭の1人・イシドロであり、サラは彼の娘である。
「サラ、大丈夫か!?」
「お父様……!」
「タ……た……助……け、テ……」
ほんの一瞬だけ人間としての理性が戻った老人から発せられたのは、救いを求める言葉だった。
そんな事は露知らず、駆け付けたホーヴァンが背後から斬り付ける。
斬られた老人はその場に倒れ込み、そのまま動かなくなった。
あまりにも突然の出来事に、イシドロ司祭とサラは呆気に取られている。
「あ……あなた方は、一体……?」
ホーヴァンは「これは失礼」と言って、深々と頭を下げる。
「私はホーヴァンと申す者……アントニオ司教の依頼により、こちらへ調査に参った次第です」
「あぁ……あなたが例の聖炎環護長殿でしたか、お待ちしておりましたぞ」
「サラ、大丈夫?」
「えぇ……」
気さくにサラを思い遣るカレン。どうやら2人は知り合いのようだ。
「紹介します。私の一人娘・サラです。彼女は言わば私の全て――希望です。危ない所を助けていただき、何と御礼を申し上げたら……」
そんな会話を聞いていたアデラは、ふと背後から何者かの視線を覚える。
振り返ると、物陰からこちらの様子を窺う黒い鎧を纏った1人の男の姿が……
「あれは……黒磐……!?」
彼女の声に釣られ、その場にいる全員が視線の先にいる黒磐兵の姿を捉える。
勘付かれた事を悟った黒磐兵は、すぐさまその場から走り去る。
アデラは透かさず追い掛けようとするが……
「待て、追うな。我々を誘き出す罠かもしれん」
ホーヴァンに制止され、結果的に逃亡を許してしまう。
「やはりこの街にも黒磐の手が……」
「黒磐は、カーティスの亡き後に暴徒化した常磐之理の残党です。今ゲオンバートでは、街の住人の失踪が相次ぎ――」
「このような凶人となって現れる……そうだな?」
「えぇ……そしてその被害による犠牲者は、恐らく倍以上になるかと……」
「黒磐の目的は一体何だ?」
未だに分かっていない疑問を口にすると――
「教会への圧力、でしょうね」
正装を纏った白髪交じりの初老の男が、そう言いながら現れた。
「『我々には教会を脅かす備えが調っている』……そんな書置きが、至る所に残されてましたからね」
「アントニオ司教、御無事でしたか……!」
どうやらこの男が、アデラ達が訪ねようとしていたアントニオ司教のようだ。
「おや? 聖炎環護長殿ではありませんか。ようこそお出でくださった。ここ最近相次いで現れる凶人共を退けてきましたが……被害は拡大し、死傷者は増えるばかり……最早私1人では限界です」
「なるほど……すぐ調査に掛かります」
そう言ってホーヴァンは深々と頭を下げる。
「感謝致します、聖炎環護長殿。ですが、今日はもう日が暮れてしまいますので、聖堂にて御休息ください」
「カレン、案内してやってくれ。それとサラの事も頼むよ」
「は、はい……! 承知しました……!」
カレンの案内の下、アデラ達は聖堂へ向けて歩き出す。
その道中、最後尾にいるアデラとホーヴァンが小声で会話を交わす。
「若しかして……さっきの人が……」
「うむ……首謀者と思しきアントニオ司教だ」
「……」
「カーティスの遺志を継ぐ何者かが、主を失った常磐之理と、凶人を生み出す磐薬に目を付け、今も街の住人を攫い、磐薬を精製し続けている」
「それがあの人だって可能性がある訳ね」
「だが早計は禁物だ。くれぐれも彼の動向から目を離すな」
それから暫く歩いたところで、アデラはふと足を止めて「ねぇ」と尋ねる。
「どうしてあなたは、指輪の守護を担う職に就いたの?」
素朴な疑問に対して、ホーヴァンは「何故だろうな……」と呟く。
「強いて言えば、指輪に近付かんとする悪が世に蔓延るから……だろうな」
そう言って徐に開かれた右手から、青く澄んだ炎が現れる。
「私の炎は、それ等を灰にすべく存在している」
「それはそれは……非常に心強いですな」
2人の会話を聞いていたのか、後方からイシドロ司祭が歩み寄ってくる。
「司祭殿……」
「あなた様の炎で、どうかこの街の悪も……」
そこまで言うと、何か思う事があるのか、急に口を噤んで顔を伏せる。
数秒ほど沈黙した後、再び顔を上げ徐に口を開く。
「詳しく調べたところ、先程の凶人は私の古き友人・ラクランと判明しました。このような事態に見舞われ続けたせいか、皮肉にも友人達の墓を作る事にすっかり慣れてしまいました。しかし……それでも前を向いて立ち向かわねば……」
「強いのね、あなた……司祭を務めているだけあるわ……」
「滅相も無い……私など、か弱き1人の人間に過ぎませんよ。凶人と相対した時、何度も死を覚悟しました。しかし、そんな時に頭に浮かんだもの――心の支えとなったのは、娘であるサラでした。私に唯一残された希望……それを守る為に、私は今日まで神に祈りを捧げ続けてきたのです。そして、これからも……」
彼の純粋な思いに必ず応えようと誓うように――
「其方に聖炎の御加護があらん事を……」
ホーヴァンは深々と頭を下げる。
その後聖堂に案内されたアデラ達は、各々の部屋を用意してもらい、暫しの休息と取る事となった。
――――――――――――――――――
ところが、その夜更けの事……
聖堂のとある小部屋に、サラが単身入室するや否や、緞帳の前で跪き――
「うっ……うぅぅ……」
突然咽び泣き始める。
すると、緞帳の向こう側から何者かの影が現れる。
「あぁ……神よ……どうか私の……私の懺悔をお聞きください……」
サラは現れた者を【神】と呼び、縋るように声を絞り出した。
――――――――――――――――――
陽が昇り始める前に目が覚めたアデラは、祭壇の方からの騒がしい声を聞き、急いで身支度をして部屋を出る。
祭壇前に駆け付けた時には既に他の4人が集まっており、更にはカレンやゼフ、ホーヴァンの姿もあった。
「サラ! サラッ!」
そして彼女の目に飛び込んできたのは、必死の形相で一人娘の名を叫び、右往左往しているイシドロ司祭の姿だった。
「一体何があったんですか?」
「それがね……昨夜からサラの姿が見当たらないそうなの……」
「えぇっ……!?」
まさかの事態に、目を白黒させるアデラ。
だがそれ以上に困惑しているのは、父親であるイシドロ司祭だ。
「サラが失踪だなんて……有り得ないっ……!」
「あっ、司祭様……!」
カレンの制止も聞かず、その場から走り去ってしまう。
「初めて見たよ、イシドロ司祭があんなに取り乱すのを……」
あまりの変わり様に、ゼフも困惑しているようだ。
「捜してあげないと……!」
「だが雲を掴むような状況で無闇に動いたら、宋襄之仁になりかねねぇぞ?」
「そうよね……触り三百、行き当たり五百とも言われるし……」
「だからと言って、流石に放っておく訳には……」
「そうですよね……僕達だけでも、聖堂内の人達から彼女の行方を聞き込んでみましょう……!」
アデラ達は聖堂内の方々へと散らばっていった。
ティアナとウルスラは、1人の神官の女性に――
「サラさんなら、夜更け前に懺悔室の方へ向かうのを見ましたよ」
「懺悔室……?」
「教会の信者が、己の犯した罪を告白し懺悔する為――赦しの秘跡を行う為に設けられた小部屋の事です」
「えぇ。彼女はそこの掃除を任されていましてね……だから特に気にはしていなかったんですが……何はともあれ、早く見つかってほしいものです」
ジュノとエルベルトは、職務の為に訪れていたロッソ司祭に――
「住人の失踪について独自に調べてみたんだが、どうやらその直前に懺悔室で懺悔をしていたそうなんだ」
「懺悔室だと?」
「その事をアントニオ司教は知っているんですか?」
「それが……彼に尋ねても全く取り合ってくれなくてね……何か隠しているのは間違い無さそうなんだが……」
そしてアデラは単身で、常磐兵に聞き込む。
「つまり、当時はカーティスの事を疑いもしなかったのね?」
「えぇ。私は彼の事を心底敬愛していましたから。あの方こそが【本物】の救世主だと信じていたので。否……今思えば、若しかしたら私は、ただそう信じたかっただけなのかもしれません」
過去の己の妄信を自嘲するような言葉に、アデラは旅の中で遭遇した数多の事件を思い出し、複雑な表情を浮かべる。
すると常磐兵が、何かを思い出したかのように「そうだ」と呟き、懐から1通の便箋が巻かれた物を取り出して彼女に手渡す。
「あなたにこれを渡しておきます。きっと何かの役に立つでしょう」
「ん?」
受け取ったアデラは、徐に便箋を開いて一通り目を通す。
「こ、これって……!?」
そこに書かれていた衝撃的な内容に、思わず駆け出していった。
長い通路や階段を無我夢中で駆け抜けたアデラは、既に大広間に集まっていた4人の許に到着するや否や、膝に手を付いて肩で息をする。
「遅かったな、アデラ」
「どうしたんですか……? そんなに息を切らして……」
「皆……! これ、見て……!」
激しい息遣いをしながら、手に持っている便箋を差し出す。
その中身を一読した4人は、一斉に目を丸くする。
「これって……証文じゃねぇか……!?」
「【磐薬の製造はカーティスによる指示】……【アントニオ司教が内通】……これが事実だとしたら……」
「司教様がサラさんの失踪にも関係している可能性が……」
「すぐに彼を問い詰めましょう……!」
アデラ達は祭壇前にいるアントニオ司教の許へ向かう。
「おや? あなた達は……何か御用ですかな?」
「アントニオ司教……これはどういう事ですか?」
エルベルトが鋭い視線と向けて証文を突き付ける。
「そ、それは……! 証文……!?」
「今の引き攣った表情……完全に黒ね……」
「こ、こんな紙切れ程度で私を疑うか! 常磐兵、こいつ等を全員摘まみ出せ!」
近くにいた常磐兵数人が駆け付けてきたが、アデラ達は彼等を軽く往なすかのように、あっという間に退けてしまう。
「くそぉ……!」
アデラ達の強さに対する戦慄なのか、それとも常磐兵の不甲斐無さに対する怒りなのか、眉間に皺を寄せてギリギリと奥歯を噛み締めるアントニオ司教。
「今のあなたの言動で全て分かりましたよ、アントニオ司教」
「ま、待ってくれ……! 私は何も――」
「惚けないでください、司教様……!」
ティアナが発言を遮って厳しく追及する。
「証文にアントニオ司教様――あなたの名前が書かれているのは、その目で確認しましたよね……!?」
「うぐぅ……!」
「お前はゲオンバートの研究所で製造されていた磐薬が、緑色の雨の惨劇を引き起こす事を知ってたんだろう……!?」
「部外者が何を馬鹿な事を……! それで私に何の得があるんだ……!?」
「得ならあったじゃない……だってあんたは今、ゲオンバートの再建を主導してるんでしょ? 困難だと言われていた再建事業を成功させれば、あんたの評価は忽ち鰻上りになる……だから敢えて緑色の雨の惨劇を止めなかったのよ……! 権力や名声に目が眩んでね……!」
ジュノとアデラからの追い打ちに、アントニオ司教はたじろいでいる。
「あんな事になるなんて、想像もしなかったんだ……!」
「まだ言い逃れする気……? 見苦しいわね……」
「嘘じゃない、本当なんだ……! カーティスから、一段落したらゲオンバートを託すと確かに言われてたんだ……! だが、凶人と化した人々によって無残に破壊されたこの街を見た瞬間、私は酷く後悔した……! 今でもあの時の人々の阿鼻叫喚の声が、耳から離れないんだ……!」
言い訳がましい言葉の羅列に、ジュノは堪忍袋の緒が切れたのか――
「てめぇ……厚顔無恥でいるのもいい加減にしやがれぇ!」
青筋を立ててアントニオ司教の胸座を掴み、辺り構わず怒鳴り散らす。
あまりにも予想外の行動に、アデラ達も言葉を失ってしまう。
「今だって常磐之理の残党を手の上で転がして、院政を敷く感じで政敵を排除しようとしてんじゃねぇのか!?」
「何だと? まさか黒磐の事でも私を疑うか……!? ここはやっとの思いで手に入れた地なんだ……! 揉め事を起こそうものなら、それこそ私に得など無いじゃないか……!」
エルベルトが堪らず「ジュノさん!」と叫びながら間に入ると、「これ以上怒りに任せたところで、何も解決はしません」と窘めるように首を横に振る。
ジュノは幾分落ち着きを取り戻しつつも、舌打ちをしながら胸座を掴んでいる手を振り解き、エルベルトに後を託す。
「質問を変えましょう……あなたは、懺悔室を訪れた者が失踪しているというのはご存じでしょうか?」
「そんな事、私は知らん……! そもそも懺悔室はイシドロの管理下だ……! 気になるなら彼に直接聞いてくれ……!」
懺悔室は自分とは無関係だ、と弁明するアントニオ司教。その表情に嘘を吐いている様子は見受けられない。
「サラの件を知らないというのは本当みたいね……」
「えぇ……ですが、例の件は当然看過出来ません。なので、アントニオ司教……あなたの身柄は聖炎騎士団の方で拘束される事になります。そして彼等に全ての罪を自白し、然るべき罰を受けてください。宜しいですね?」
「……分かった」
最早言い逃れは出来まいと悟ったのだろう、アントニオ司教は項垂れ、力無く了承の言葉を口にする。
「そいつの処遇は聖炎教会に委ねるとして……」
「その懺悔室っているのが気になるわね……」
「1度調べてみる必要がありそうですね」
「私が案内します。付いて来てください」
程無くして駆け付けた聖炎騎士団にアントニオ司教の身柄を引き渡し、アデラ達はティアナの先導の下、懺悔室へと向かって行った。
――――――――――――――――――
懺悔室の扉の前にやって来たアデラ達。
ティアナが扉のノブに手を掛けるが、押しても引いても開く様子は無く、ガチャガチャという金属音が虚しく響くだけだ。
「駄目ですね……鍵が掛かってます」
「確か懺悔室はイシドロ司祭の管理下だって言ってましたね。だとしたら、彼が鍵を持っているのかも――」
「あら?」
そこへ偶然カレンが通り掛かる。
「懺悔室に何か用かしら?」
「ここに入りたいんだけど、鍵が掛かってるみたいで……」
「鍵なら私がイシドロ司祭様から預かってるわ。司祭様は今、サラを捜す為に出てしまっているから、私に鍵の管理の代理を……」
そこまで言うと、未だに見つからないサラを思ってか、カレンは急に口を噤む。
「司祭様は、本当にサラ思いなの……毎年彼女の誕生日に、各地方の珍しい花を送っていて……その事で私も、何度か司祭様から相談された事があるのよ」
「目に入れても痛くないってやつか……」
「今はそんな思い出に浸ってる場合じゃないでしょ……? この懺悔室に、サラの失踪の手掛かりがあるかもしれないんだから……」
「烏滸がましいと思われるかもしれないけど……私も一緒に付いて行ってもいいかしら? サラの為に出来る事があるかもしれないから……」
「勿論です……! 是非お願いします……!」
「有難う」
アデラ達はカレンが持っている鍵で扉を解錠し、懺悔室へ入室する。
室内は大人数で入れば窮屈に感じてしまう程に手狭だ。
その異様な雰囲気の中、カレンが床に落ちている紙切れを発見する。
「これは……?」
紙切れは握り潰されたように丸められ、強い負の感情を醸し出している。
「手記の切れ端……かしら?」
「何か書かれてるみたいですね……見てみましょう」
恐る恐る切れ端を開いてみる。
そこにはこのような言葉が記されていた。
――私は既に枯れ果ててしまいました
――泣きたくても、涙が出ない程に……
――あぁ……神よ……
――本当にこの世にいらっしゃるというのならば……
――私からのお願いです
――激しい苦痛を伴わせて……を殺してください
記されている者の粛清を嘆願する内容に、誰もが閉口する。
すると、そこへホーヴァンが入室してきた。
「ほぅ……【正義に選ばれし者達】も、ここに辿り着いていたか。だが、例の娘は未だ見つけられず……といったところか」
「そういうあなたは、当然目ぼしいものを見つけたんでしょうね……? そうでなければ、ここへは来ない筈だもの……」
ウルスラに応えるように「ふむ……」と首を小さく縦に振る。
「実はな……この懺悔室には隠し扉があるそうだ」
「隠し扉ですか……?」
ホーヴァンは室内の壁を、少しずつ位置を変えながら押していく。
暫く続けていると、ある箇所を押した瞬間、壁が押し出されるように開き、その先には暗闇に包まれた道が続いているではないか。
「嘘……開いた……!?」
「そして、この先は磐薬の研究施設の深部に繋がっている。カーティスの遺志は、やはり絶えてなどいなかったのだ」
「マジかよ……」
「だが裏を返せば、この先に黒磐の首謀者がいるという事だ。【正義に選ばれし者達】よ、追い詰めるとしよう」
ホーヴァン先導の下、アデラ達は燻り続ける闇の心臓部へと進入していった――
――――――――――――――――――
その頃、研究施設の更に奥まった所では、イシドロ司祭が男女2人に向けて何かを説いていた。近くで黒磐兵が見張っている事から、恐らくこの2人は黒磐兵によって連れ去られた住人と思われる。
「ここで其方等は生まれ変わるのです。あらゆる罪を洗い清めた、より強き存在にね……その為に、その穢れし身も魂も神に捧げなさい……さぁ……」
半ば脅しとも取れる言葉に従い、2人は祈りを捧げるように瞑想する。
暫くすると、2人は凶人へと変貌を遂げる。
「あぁ……神よ……私はこうしてあなた様に従います……私はあなた様の忠実なる僕です……ですから……どうかサラをお返しください……どうかっ……!」
己の行いが罪滅ぼしであると思っているのだろう、イシドロ司祭が許しを請うような声で嘆願の言葉をブツブツと述べていると――
「イシドロ司祭殿」
彼の背後からホーヴァンの声が響き渡る。
「こんな辺鄙な所で何をしている?」
「これはこれは聖炎環護長殿……調査は済んだのですかな?」
「如何にも。よって、この場で報告させてもらう……街の住人は信頼される聖職者によって攫われ、ここで凶人の鼠にされていた。そしてアントニオ司教は、その真実の隠れ蓑にされた」
「……」
「イシドロ司祭……貴様が黒磐の首謀者だ……!」
鋭い眼光で睨み付け指を差すホーヴァン。
「ククククク……流石は聖炎環護長殿、見事ですぞ……」
イシドロ司祭は冷笑いながら自白する。
その姿に、カレンは少なからずショックを受けている。
「そんな……司祭様……どうして……?」
「カレン……? まさか君にまでこの真実を知られてしまうとはね……サラの大切な友人故に、始末したくはなかったんだが……」
物騒な言葉に反応し、透かさずアデラとウルスラがカレンの前に出る。
「救世主カーティスは、我等が神に利用されたのです……そしてあなた達もまた誘き寄せられた……全ては神の計画通りです……」
「神だと……? 聖炎はそんなものを望みはせぬ……!」
「愚かですね、聖炎環護長殿……聖炎などその辺の火と何ら変わりませんよ……特に我等が神の前ではね……」
その時、彼の背後から大きな足音が聞こえてくる。
程無くして、これまで見てきた凶人を遥かに超える体格の凶人が2体、アデラ達の前に姿を現す。
「ギ……ギギギ……ギ、ギ……」
従来の凶人よりも更に低く重い呻き声を発する凶人達。
「私の使命はただ1つ……アーサーやリチャードの研究を引き継ぎ、更なる強き兵を造り上げる事……」
「アーサーの研究を……!?」
「あいつはこんな事望んでなかったってのに……死人に口無しとばかりに……!」
アーサーを知るアデラとジュノは、彼の浮かばれない思いに顔を顰める。
「司祭は世を忍ぶ仮の姿です……本業は学者でしてね……この研究に数多の時を捧げた……そして、遂に完成させましたよ……これまでよりも更に屈強となった凶人――真凶人を……!」
「ギギ……ギギ、ギ……」
嬉々として語るイシドロ司祭に呼応するように、再び呻き声を放つ真凶人。
「貴様の言う神とは差し詰め……邪神であろうな」
「黙れっ……!」
呆れ果てたように発せられたホーヴァンの言葉に、イシドロ司祭は血相を変えて声を張り上げる。
「我等が神を愚弄するか……!? 偽りの神の使徒如きが……!」
「偽りだと……? フンッ、何とでも言え……私は炎の導きに従うのみ……!」
ホーヴァンが剣を取り出すと、アデラ達も各々の武器を手に構える。
「神は私にサラを与えてくださった……! しかし今、神は試練をもお与えになった……! 今の私には【本物】の信仰が試されている……! サラの為にも……貴様等をここで始末してくれるっ!」
イシドロ司祭の声を合図に、真凶人達は咆哮しながら攻撃を仕掛けてくる。
真凶人達の屈強さや俊敏さは、これまでの凶人の比では無い。しかしこれまで数多の強敵を打ち負かし武勲を上げ、且つ聖炎環護長であるホーヴァンという翼が加わっているアデラ達にとって、彼等を返り討ちにする事など造作も無い。
真凶人達は成す術も無く、呆気無く倒されてしまう。
その光景に、イシドロ司祭は顔を顰める。
「ぐっ……! 真凶人を以てしても……!」
「悪足掻きはここまでだ……さぁ、全てを懺悔してもらおう……貴様の言う神とは一体何者なのかも白状するんだな……」
追い詰められたイシドロ司祭は、譫言のような声を漏らし始める。
「サラ……サラ……!」
「……?」
何故娘の名を――ホーヴァンがそんな疑問を抱いていると、倒れた筈の真凶人達が再び立ち上がり、襲い掛からんとしていた。
透かさずエルベルトが剣で対処するが、その一瞬の隙にイシドロ司祭はその場から逃亡してしまう。
「待てっ!」
追跡しようにも、真凶人達が足止めしている為、思うように進めない。
程無くして真凶人達を完膚無きまでに叩きのめしたものの、結局イシドロ司祭を見失う事となってしまった。
「すぐに奴の後を追うぞ……!」
イシドロ司祭が逃げていった方向へすぐさま駆け出す。
その時、アデラは足元に何かを見つける。
「これは……?」
拾い上げてみると、文字が書かれた紙切れのようだ。
だが書かれているのは見知らぬ言語のようで、解読する事は出来ない。
「おいっ……! 何をもたもたしている……!? 急げ……!」
ホーヴァンに急かされ、すぐに紙切れをポーチに入れて走り出していった。
――――――――――――――――――
「ハァ……! ハァ……! ハァ……!」
計画が頓挫したイシドロ司祭は、最奥に鎮座する祭壇の許へ逃げ込む。
その祭壇の近くに、何故か1人の少女が佇んでいる。
イシドロ司祭は、その少女に見覚えがあった。
「そこにいるのは……サラか……!?」
「待ってたわ、お父様……」
そう言ってイシドロ司祭の許へと歩み寄っていくサラ。だがその表情に喜びは無く、寧ろ不自然な程にぼんやりとしているようだ。
「おぉ……神よ……やっと御許しをいただけたのですね……! サラ……生きていてくれてよかった……! 私のサラ……!」
「……」
娘の無事を目に涙を浮かべながら喜び、今にも抱き寄せんとするイシドロ。
そんな彼を、サラは蔑むような眼で見詰めると――
「うぐっ……!?」
その首筋に注射器のような物の針先を突き立てたのだ。
まさかの出来事に、イシドロ司祭はその場に跪く。
「サ……サラ……? 今、何を私に――うぅっ……!」
「何を……? 自分が1番分かってるくせに……」
苦悶の表情を浮かべる彼から徐に離れ、不気味な微笑みを浮かべるサラ。
「神が私に与えてくださったの……罰を下す力を……お父様、あなたにねっ!」
目を引ん剥きながら、決別とも取れる言葉を浴びせた瞬間――
「グ……ググ……グゥゥゥゥゥオオオオオオォォォォォォ!!」
断末魔のような叫び声を上げたイシドロ司祭は、異常なまでに筋肉が肥大化し、皮膚は一瞬で土気色に変化し、目から魔物の如く赤黒い光を放つ悍ましい存在――真凶人へと変貌してしまった。
直後にアデラ達が到着したが、時既に遅し……
「イシドロ司祭様……!? それに、サラ……どうしてこんな事を……!?」
「……」
カレンが問い質すも、サラは全く聞く耳を持とうとしない。
「サラ……ワたしノ……生きル希ボう……サラアアアアアァァァァァ!!」
変わり果てた姿のイシドロ司祭から発せられる譫言からの咆哮に圧倒されながらも、再び各々の武器を手に取るアデラ達。
彼の暴走した肉体から繰り出される叩き付けや回し蹴りに、多少の苦戦は強いられたものの、元の人間が戦闘慣れしていない事もあり、攻撃が単調である事に気付いてからは反撃も早かった。
「聖炎よ……我等に癒しの力を与えたまえ……」
ティアナが全員の体力や精神力を回復させるや否や――
「雷よ、彼の者を封じよ!」
アデラの雷属性魔法で動きを封じ――
「ハアァー!」
「おぉらァー!」
「でぇいっ!」
「ウオオオオオオ!」
残る4人が一斉に、力強く各々の武器の攻撃をお見舞いする。
「オ……オ、オゴ……ゴ……!」
イシドロ司祭は身体を痙攣させながら苦悶の声を漏らし――
「サラ……サ、ラ……サ……」
娘の名を呟き続けたかと思うと、次の瞬間膨れ上がった肉体が爆発を起こし、煙のように跡形も無く消失してしまった。
アデラ達が武器を収納する傍ら、一連の出来事に最も戸惑っているカレンは――
「サラ……イシドロ司祭様は、あなたが生きる希望だと言っていたのに……何で彼をこんな目に……!?」
今にも泣き出しそうな声で、サラの許に歩み寄り改めて問い質す。
しかし当の本人は、彼女から目を逸らすや否や――
「フフフフフ……ハハハハハ……」
肩を揺らしながら小さな笑い声を漏らし――
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
遂には天を仰ぎながら哄笑する。
「サ……サラ……?」
「希望……? 下らない……そんなもの、この世に存在なんかしない……あるのは醜い欲望だけ……! あなたも、何れ思い知る……!」
そう吐き捨てるや否や、サラはその場から走り去っていった。
そのまま彼女は行方知らずとなったのだった。
――――――――――――――――――
聖堂に戻ってきたアデラ達であったが、カレンは1人現状を嘆いている。
「どうして人間は、他の人間を傷付け、蔑み、陥れてまで多く望むの……?」
「……」
その痛々しい表情に、誰も慰めの言葉を掛けられない。
「私は孤児院にいた時から、人間の内にあるものをずっと信じてきた……【如何なる絶望の中にも、希望の光は差す】と……だから私はこれからも、人間の強さを信じ続けるわ……」
辛うじて前を向こうとする決意の言葉に、ホーヴァンは――
「私も信じよう……」
一言だけ絞り出し、アデラ達と共にゲオンバートを去る。
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「人間の強さ、か……」
道中、カレンの言葉の虚しさを愁えるように呟くホーヴァン。
「ホーヴァン……?」
「実はな……独自の調査の過程で、ある手記を発見した」
「手記、ですか……?」
「それによると、イシドロに娘を与えた者がいるようだ」
「与えた……?」
「その者はイシドロの欲望を見抜き、娘を餌として飼い馴らしていたようだ」
「何よ、それ……」
「それだけではない。その者は娘のサラの心をも利用していた……これは非常に恐るべき事だ」
「どういう意味ですか……?」
「あの娘は、長年父親に対して並々ならぬ憎悪を抱いていたのだ。そしてその者は、彼女の憎悪を膳立てし、磐薬を与えて復讐の手助けをした。あわよくば、我々も亡き者に出来ればとでも考えていたのだろう。詰まるところ、あの親子はその者の家畜でしかなかったという訳だ」
「何て非道な……人間じゃない……!」
「そうだ……その者は最早人間ではない……神、らしいからな」
「何が神だ……! 寝言は寝て言えってんだ……!」
「だがその者は人間達の欲望を見抜き、それを満たしている。そして自らを崇めさせ、陰で糸を引いている。とても人間業で為し得る事では無い」
重々しい空気が漂う中、アデラが思い出したかのように「そうだ」とポーチの中に仕舞われていた紙切れを取り出す。
「皆……これ見てほしいんだけど……」
「アデラさん、これを何処で?」
「さっきの研究所で偶々見つけたの」
アデラを囲むように、全員で紙切れを凝視する。
「これは……何でしょうか?」
「見た事無い文字が書かれてるけど……写本の切れ端じゃないかしら……?」
「でも、これが研究所内にあったって事は……」
「はい……【本物】の首謀者の手掛かりとなる可能性は否定出来ないですね……」
結局紙切れの正体が何であるかは不明なままとなった。
その時ホーヴァンが「これは飽くまでも私の推測ではあるが……」と切り出す。
「神を気取るその者は、教会内で他の家畜を飼っている可能性がある。新たな犠牲が出る前に、一刻も早く神を気取る者の正体を焙り出さねば……!」
真綿で首を締めてくる、神気取りの【本物】の首謀者の存在に、徒ならぬ危機感を覚えるアデラ達であった。
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その頃、行方を眩ましたサラは――
「娘よ……」
雪道の中で、黒いローブを羽織った【本物】の首謀者と接触していた。
「其方の憎悪……忌まわしき聖炎を覆い尽くす、我が闇の贄となろう……」
サラはその言葉に恍惚とした表情を浮かべて跪き――
「あぁ……神よ……私は仰せのままに致します……」
【神】への忠誠を誓い、懐から小刀を取り出したのだった――




