蝕まれる聖炎教会
【第7章 怠惰を授かりし者】スタートです
ホーヴァンの先導の下、アデラ達はオーシェンウーカに到着した。
街一帯が雪に覆われているものの、道標の役割として至る所で松明が燃え上がっており、不思議と厳しい寒さは感じられない。
そしてこの街の最奥に位置するのが聖炎教会の本部である。
その荘厳な佇まいと、煌びやかさを帯びつつも厳粛な雰囲気を醸し出した内装に、ティアナを除く7人は驚嘆の声を零す。
と、その時――
「ティアナ……?」
恐る恐るといった感じの声が聞こえ、その方へ視線を向けると、モーブピンクのツインテールのあどけない面持ちの女性がそこに佇んでいた。
修道士のような白いワンピース風の衣装を纏っている事から、ティアナと同じ聖炎教会の神官だと思われる。
「若しかして……カレンですか?」
彼女を知っているのだろうか、ティアナは驚いた表情を露わにし、カレンという名を口にしながら歩み寄る。
「そうよ……! やっぱりティアナね……!」
「御久し振りです、カレン……!」
久々の再会といった感じで仲睦まじく声を掛け合う2人。そのあまりにも馴れ馴れしい様子に、アデラ達は若干引いている。
「ティアナ……その子の事、知ってるのかぃ?」
クレオが横槍を入れるように、やや表情を引き攣らせながら問い掛ける。
「はい。カレンは私と同じ孤児院の出身なんです。当時は本当の姉妹のように接していました。数年後に私が聖炎教会の神官に就く事になって、孤児院を出てからは全く会えていなかったんですが、まさかこんな形で再会出来るとは……これも聖炎の御導きなのでしょう」
困惑しているアデラ達とは裏腹に、ティアナは旧友であるカレンとの邂逅の喜びを噛み締めるように微笑みを浮かべている。
「ですがカレン、何故あなたがその姿でここに?」
「あなたの後を追うように、私も聖炎教会に入信して、今は神官としてここの手伝いをしているのよ。今日は司教様の付き添いとして遠出してきたんだけど――」
「カレン、司教様がお呼びだよ」
そんな声がカレンの後方から聞こえたかと思うと、吸い込まれそうな漆黒の短髪の男がこちらへ歩み寄って来る。
彼もまた聖炎教会の神官のような正装を纏っている。
「あれ? 君は……ゼフ君じゃないか」
その姿に反応したのはアイザックだ。
「若しや、アイザックか?」
ゼフと呼ばれた男は、目を丸くしつつも「久し振りだな」と微笑みを浮かべながらアイザックの許へ歩み寄る。
「こんな所で会うなんて奇遇だね」
「相変わらず学者の道を歩んでいるようで安心したよ」
ティアナとカレンとはまた違った馴れ馴れしさに、今度はウルスラが問い質す。
「アイザック……その人と知り合いなの……?」
「まぁね。ゼフ君は、言わば私の学友だ。もう10年近く会っていなかったが……まさか聖炎教会の神官になっていたとはね」
「僕は新人の神官であるカレンの専属教官みたいなものだよ。彼女の事は、自分の娘みたいな感じで毎日接しているよ」
「む、娘だなんて……ゼフさん……!」
気恥ずかしさから頬を赧らめて狼狽えるカレン。
すると――
「おや? 今日は随分と芳しいと思ったら、これはまた美しい花々が外から舞い込んできたようだね」
「ロッソ司祭様……」
やや長めの青みがかった黒髪を靡かせながら現れた司祭――ロッソの言葉に、カレンは先程の穏やかな微笑みから一変、やや引き攣ったような苦笑いを浮かべる。
その口調からも分かる色好きな様子に、アデラもまた眉間に皺を寄せている。
「今し方街を物色してきたところだが、美味そうな猪肉屋を見つけたんだ。今夜御馳走させてくれないか? 美しい花達に……」
「司祭様」
苦虫を噛み潰したような顔で制止するゼフ。
「お言葉ですが、女たらしの獣が容易に近付こうなど言語道断です。それ以上彼女達に――特にカレンに近付こうものなら、祭壇の大聖炎に焼べますよ?」
「やれやれ……いくらカレンの専属教官とはいえ、潔癖を疑われる程の過保護は毒になりかねんぞ、ゼフ?」
「身勝手な行動は慎めと言っているんです。ただでさえ有事が降り掛かっているというのに……」
「まぁ、穏やかで無いというは確かだな。各支部の御偉方が揃い踏み……こんな事は前代未聞だ。一体何が始まろうとしているのやら……」
ロッソは肩を竦めてぼやきながらその場を後にする。
「さて……僕達もアントニオ司教様の許へ行くとしよう」
「では、私達はこれで……」
カレンはアデラ達に一礼し、ゼフと共に立ち去って行った。
「あの娘の目……何だ……? 既視感が……」
ホーヴァンは猜疑心に苛まれたような表情を浮かべ、遠ざかるゼフとカレンの背中をジッと見詰めていたが――
「どうしたの?」
「否、何でも無い。では、我々も教皇の許へ」
アデラの問い掛けの声でフッと我に返り、邪念を振り払うように小さく鼻を鳴らし、彼女達8人と共に、教皇がいる大広間へと歩を進めていった。
――――――――――――――――――
アデラ達が大広間にやって来て暫くすると、教会の各支部の司祭や司教達が続々と集まり出す。
そして全員が一堂に会したところで、ヨハンが姿を現し、徐に口を開く。
「皆の者……今回集まってもらったのは他でも無い。教会の権威者達が、相次いで暗殺されている件についてだ。我々は黒磐の犯行と睨んでいる。彼奴等の目的は、恐らく粛清だ。かの救世主カーティスの遺志を継ぎ、高位の者を消し去り、この教会を乗っ取るつもりではないかと……」
「何と……!」
「首謀者は一体……?」
一同は騒然とするが、ヨハンがすぐさま「静粛に」と落ち着かせる。
「教会の総力を挙げ、黒磐の調査に乗り出す。各自、身の安全を確保するように。良いな? 一時たりとも警戒を怠るでないぞ」
一同に向けて釘を刺した後、ヨハンはホーヴァンと目を合わせる。
ホーヴァンは小さく頷くと、アデラ達の方を向き――
「【正義に選ばれし者達】よ、教皇がお呼びだ……」
そう囁き掛け、自分に付いて来るよう指示する。
アデラ達は彼に従い、大聖堂の奥へと進んでいった。
案内されたのは、最奥に存在する祭壇だった。
教会の象徴である青く清らかな炎――大聖炎が力強く燃え上がり、その前でヨハンがアデラ達の方を向いて佇んでいる。
「【正義に選ばれし者】アデラとその同志達よ……遠路遥々来てくれた事、改めて感謝する……さて、ここからの話はどうか内密に頼む……」
小さく頷いて固唾を呑むアデラ達。
「陰で糸を引く者――黒磐を裏で操っている者がいる……」
「黒磐を……操る?」
「何者かは今のところ不明だ……だが、主無き翼は羽搏かぬ……そこでだ、【正義に選ばれし者】アデラよ……是非とも其方の力を借りたい……」
「私の、ですか?」
「其方が嵌めている【正義】の指輪は、邪悪を見極め我等を導く……それをこの祭壇の大聖炎に翳せば、必ずや明らかとなるだろう……邪悪の潜伏元が……」
「邪悪を見極めて、私達を導く……」
アデラが右中指に嵌められている指輪を一瞥すると、「【正義】の名の下に」と応えるかのように、指輪がほんの一瞬青い光を放つ。
「【本物】の邪悪を焙り出す為なら……断る理由はありません」
「うむ……改めて感謝する……」
アデラは祭壇の許へ歩み寄り、徐に右手を上げて大聖炎に指輪を翳す。
次の瞬間、指輪から青い光が放たれ、アデラ達の周辺が一瞬眩い光に包まれる。
それを感じ取ったホーヴァンが、辺りを見渡しながら口を開く。
「指輪が齎す光が、大聖堂を包んでいる」
「それはつまり……?」
「この大聖堂の中に、確実に邪悪が潜んでいるという事だ」
「やはり我等の見立てに間違いは無かった、か……」
「教皇様……どういう事ですか?」
「此度教会の権威者を一堂に会させたのは、その疑いがあったからだ……そして今し方【正義】の導きによって、それは確信に変わった……」
ヨハンの表情は硬く険しかった。疑惑があったとはいえ、やはり教会内に首謀者がいる事実は受け入れ難いものなのだろう。
だがいくら祈りを捧げても事実を変える事は出来ない、それはヨハン自身も重々理解している筈だ。
改まってアデラ達に視線を向け、徐に口を開く。
「【正義に選ばれし者】アデラとその同志達よ……其方達でこの大聖堂にいる者達の身辺を調査し、情報を集めてもらいたい……さすれば、何者が首謀者かが明るみに出るだろう……」
「分かりました……!」
命を受けたアデラ達は方々に散らばり、教会関係者達の身辺調査に乗り出した。
しかし……
――クォージウスは、また愚かな歴史を繰り返してしまった
――今こそが変革の時……我こそが君臨するのだ
――新たな神として、な……
黒磐の首謀者は、水面下で着々と計画を進めていた。
長年抱き続けた【正義】を貫き通す為に――




