ラストアスモデウス・ユニティ
「何て……禍々しい……!」
戦艦を沈ませかねない程までに巨大・重量化し、最早人間とは言い難いユニティの悍ましい容姿に、アデラ達6人は怯えたような表情を露わにしながら立ち尽くし、彼女の全体像を見上げる。
山羊のような角と四肢を携えており、口元から伸びる牙は兎のそれに非常に似ている。全身は鶏風の羽毛に覆われ、臀部から伸びている鋭い針状の尻尾は蠍のそれを彷彿とさせる。
その姿は最早合成獣と呼ぶには相応しくなく、悪魔の一種と捉えるのが正しいと言えるだろう。
「ウフフ……あなたにはお似合いの姿ね……!」
挑発的な笑みを浮かべるウルスラだが、恐怖のせいか酷く震えている。
「あなた達には分からないでしょうね……!」
複数の人間の声が重なったような泣く子も黙る程の低い声で、ユニティは己が抱いている感情を吐露する。
「私には、力が必要なの……この世を変える程の莫大な力が……! その為には指輪と……男の精気が不可欠……!」
そう言い放った瞬間、彼女を護衛している部下の男達が次々と膝から崩れ落ち、身体を硬直させたかと思うと――
「アアアアアアァァァァァァ!!」
全身から靄のような精気が抜かれていき、盛りが付いた猫の鳴き声のような叫び声を上げ、肌を一瞬にして土気色に変色させ絶命する。
「お止めください、総帥っ……! ぐっ……! がぁっ……!」
制止の声を無視し、ユニティは部下達の精気を吸い取っていく。
そしてその呪力は、有ろう事か、離れた海域で戦闘を繰り広げている部下達にも及んでいた。
更には同舟の海兵達やポスマーニ兵達までもが、彼女の毒牙に掛かっていく。
あらゆる方面から男の精気を吸い取っていくユニティ。
「男達よ……私の一部になれて、さぞ幸せの絶頂でしょうね……!」
恍惚としているユニティは高笑いが止まらない。
そして遂に毒牙はアデラ達にも降り掛かり、次々と跪いていく……
だがその時、アデラが嵌めている指輪から青い光が放たれる。
するとどうだろう、ユニティに集まっていた精気が跡形も無く消失したのだ。
「何……!?」
「指輪が……!」
危うくユニティと同化してしまいそうになったが、【正義】の指輪の力で命拾いしたアデラ達は一斉に立ち上がり、再び各々の武器を構える。
「小賢しい……! 何度足掻こうとも……私こそがこの世の【正義】……それは誰にも変えられない……! 跪くがいい、無力な者達よ……!」
そう息巻いた直後、ユニティの目が妖しく光ったかと思うと――
「うぅっ……!」
突然アルフォンスが短く呻き声を上げて、全身の力が抜けたかのようにその場に俯いた状態で立ち尽くす。
「アルフォンス? どうしたの?」
彼の異変を察知したマーガレットだが、暫くして――
「……すいに」
「え……?」
「ポスマーニ王妃の首を、総帥にぃー!」
物騒な言葉が発せられた直後、不気味に光る目を伴ったアルフォンスが、マーガレット目掛けて剣を振り下ろしてきたのだ。
すぐさま反応したアデラが棒で受け止めた為、間一髪最悪の事態は免れた。
「アルフォンス……何故こんな事を……!?」
想定外の事態に見舞われ、恐怖に駆られるマーガレット。
だがアデラ達は、既にアルフォンスの異変に気付いているようだ。
「この人、間違い無く操られてるわ……!」
「えっ?」
「なるほど……その能力で多くの男達を従えてたのなら納得ね……」
「だがそのせいで、俺達にとってかなりの厄介事が増えたな」
「兎に角、あの化け物を相手にしつつ、こいつを正気にしねぇとな……!」
4人はユニティの攻撃を避けつつ、マーガレットの護衛の為に――催眠を解く為にアルフォンスへの物理的な攻撃を繰り返す。
対するアルフォンスは、多少の反撃はしてくるものの、はっきりとした攻撃は何故かアデラにばかり目掛けて仕掛けてきている。
恐らくかの大戦時、彼女の逆襲に遭った事が一種のトラウマとして心の奥底に眠っていたのだろう。
そして操られている状態だとはいえ、そのリベンジを果たそうとしている可能性も決して否定は出来ない。
だからこそ負けるわけにはいかないアデラだが、以前にも増して彼の攻撃は全く隙を作らせず、持ち前の身の熟しで躱し切るのが関の山だ。
しかし、次の瞬間――
「きゃっ……!」
突如、悲鳴のような声を短く上げる。
意表を突かれた攻撃を躱そうとして、若干足元がふらついてしまったようだ。
すぐに体勢は立て直せたものの――
「なっ……!?」
剣は既に彼女の目の前まで迫っていた。
ガキンッという金属同士が交錯したような鋭く乾いた音が一帯に響いたかと思うと、アルフォンスの前に1人の男が立ち開り、己の持つ剣で刃を受け止めていた。
「「「「「エルベルト……!?」」」」」
その男は、駆逐艦にてポスマーニ兵達や海兵達と、アデラ達の後方支援をしていたエルベルトだった。
「皆さん、お待たせしてすみません……! 今し方漸く片が付いたので、こちらへ馳せ参じました……! しかし、何故アルフォンスさんが皆さんに攻撃を?」
そう尋ねるエルベルトの脳裏にもまた、かの暴君を止める前に彼と剣を交えた、一種のトラウマとも言うべき出来事が鮮明に浮かんでいた。
「エルベルト、どうやら彼は操られているみたいで――」
「なるほど……大体話は見えました……! アルフォンスさんは僕が対処しておきます……! 皆さんは彼女を止める事に集中してください……!」
鍔迫り合いの形になりながら、エルベルトはアルフォンスを艫部へと押し遣る。
1つの厄介事を彼に任せ、アデラ達4人は再びユニティへと視線を戻す。
「邪魔が入ったか……だが1人増えたところで、何も変わりはしない……ほんの少し延びただけ……あんた達が蹂躙されるその時がね……!」
不遜な笑みを浮かべ、ユニティは再びアデラ達へ攻撃を仕掛ける。
その様子を、胸を締め付けられるような思いでただただ見詰めるマーガレット。
「【選ばれし者達】……」
彼女には、かの大戦時に剣を以て暴君と化した己の父を討った戦績がある。
だが女王の身となった今、彼女は剣を置き、光属性魔法を使う機会も減っていた。
更にアデラ達との戦力の差も歴然となっている。
そんな自分が加勢する事など、最早愚の骨頂でしかない。寧ろ足手纏いとなり、戦局を不利にさせかねないだろう。
故に彼女は、歯痒さがありつつも、アデラ達の勝利を願う事しか出来なかった。
そんな中、暫くすると――
「姉さんっ!」
エルベルトの呼び掛ける声を耳にし、その方へ顔を向ける。
彼はぐったりとした様子のアルフォンスを1人で担ぎながら歩いていた。
「エルベルト……!」
辛そうにしている弟を放っておく訳にはいかず、すぐさま駆け寄り、2人でアルフォンスを担いでいく。
「アルフォンスは大丈夫なの?」
「うん、何とか正気に戻ったよ。今はただ気絶しているだけだから」
「良かった……」
一先ず安堵の表情を浮かべるマーガレット。
だが完全に安心し切ってはいけない。まだ大きな厄介事が残っているのだ。
ユニティは長時間に及ぶ戦闘に苛立ちを覚え――
「忌々しい……私に平伏せ……!」
低く不気味な声を漏らすや否や、全身の羽毛を大きく広げる。
次の瞬間、羽全体から眩い光が発せられ、羽根が弾丸の如く間髪入れずに次々と打ち込まれていく。
避ける事も儘ならないアデラ達は、真面に攻撃を受けるだけでなく、着弾による大きな爆風にも見舞われ、治まった頃には全員が瀕死の重傷を負って甲板上で倒れ込んでいた。
「皆さんっ……!」
「【選ばれし者達】っ……!」
アルフォンスの介抱を担っているせいで、エルベルトもマーガレットも、ただ4人の安否を気遣う事しか出来ない。
「私の祖国は、1人の男が率いる傭兵団に滅ぼされた……それと同時に一家は離散した……それでも再び会える日が来ると信じ続けながら、私はこの大陸の地で酒場の専属薬師を務めた……でも、私の思いは儚く散った……例の男に、家族全員が殺されたから……あの男のせいで……そしてそれを生んだこの大陸のせいで……私は生きる希望を失った……否、クォージウスを滅ぼす事――大陸に住む者を蹂躙する事が私の生きる希望に変わった……それこそが私の求める最たる美……!」
己の思いの丈を訴え切ったユニティは、鋭利な尻尾を高く掲げ――
「あんた達も味わえ……祖国が滅び行く究極の絶望を……心を共にする者を喪う無限の悲哀を……! そして【本物】の【正義】などこの大陸には存在しない事を、最期の記憶として刻むがいい……!」
止めを刺さんと力強く振り下ろしてくる。
しかし、アデラが透かさず棒を握って立ち上がると――
「水よ、彼の者を鎮めよ……!」
悪足掻きをするように棒の先端から無数の青い光の玉を放ち、尻尾を弾き飛ばす。
「小娘ぇ……何処にまだそんな体力を――」
「……なんか……ない」
「ん……?」
「あんたの野望なんて……ちっとも美しくなんかないわよ!」
肩で息をしながらも睨み付けるその目は、歪んだ美意識を一方的に押し付ける者への呆れにも似た怒りで満たされていた。
「故郷を離れてこのクォージウスに初めて来た時、私は毎日不安で仕方が無かったわ。周りを見ても知らない人ばかりで、この先異国の自分が上手くやっていけるのかって、恐怖に駆られ続けてたから。でも勇気を持って輪の中に飛び込んでいったら、少しずつだったけど、誰もが私を受け入れてくれたのよ」
「一体何の話……? 身の上話なんて興味無い――」
「あんたはそんな勇気すら持ってないじゃない! 持ってないから【本物】の【美】も分からないのよ!」
アデラの強烈な言葉に、ユニティは一瞬瞼をピクッと動かす。
「私が……【本物】の【美】を分かってない……?」
「異国を蹂躙する事が最たる美ですって!? 同じ大陸外の人間として聞き捨てならないわ! 生きる希望が変わったなんて、ただの言い訳じゃないの! 相手の価値観を理解して受け入れる勇気を持ってこそ、初めて美しさは磨かれ輝きを放つのよ! あんたはその勇気を持たずに、それを弱さだと見做して拒み続け、自分の価値観を無理矢理押し付けてるだけでしょ!? そんなあんたが【正義】とか【美】とかを、分かったような口で偉そうに語らないで!」
目に涙を浮かべながら強い言葉で非難したアデラは、気力を振り絞るように、小刻みに震える身体に鞭打ち棒を再び強く握り締める。
対するユニティは、自分が理解力に乏しい者だと批判された事が相当頭に来たのだろう、鋭くも冷たい視線をアデラに浴びせ、口の端をピクピクと動かしている。
「小娘……随分と流暢に痴れ事を言ってくれる……その醜い身と心……今この場で解放してくれる……!」
そして自分が【本物】の【正義】と【美】を語るに相応しいと力尽くで証明する為か、再び全身の羽毛を大きく広げて眩い光を発し、アデラ目掛けて羽根を次々と打ち込んでいく。
その時、アデラの指輪が一瞬青く発光したかと思うと――
「……!?」
ユニティは絶句した表情を露わにして息を呑む。
彼女が放った羽根が、全てある一点へと急激に吸い込まれていき、そのまま異次元に閉じ込められたかのように消失してしまったのだ。
「えっ……? 今のは一体……?」
目の前で起きた怪奇現象とも言うべき出来事に、アデラはただただ目を見開いてポカーンとしてしまっている。
すると突然、彼女の目の前に、紫色に輝く光の玉が浮遊しながら出現した。その周りには黒い霧状の粒子が纏わり付いているようだ。
「何これ……? 何だか吸い込まれそうな感覚が……」
「あの光は……!」
「アデラさん……まさか……!?」
「やっぱり……見間違いじゃ無さそうね……!」
「あぁ……! 絶対そうだ……!」
「俺と同じソウルを……あいつも……!?」
アデラ以外は、その光の玉に心当たりがあるようだ。特にショーンは、自分の能力を授かった時と同じ状況である事を確信していた。
「アデラ……それは闇のソウルよ……!」
「闇のソウル?」
「闇属性魔法を扱う資格のある者が得られる、闇属性の精霊よ……!」
「闇属性って……ショーンが使ってる魔法よね?」
「あぁ……だがアデラ……ここまで来ると、お前にはもうあの才があったと言わざるを得ないぞ……!」
「あの才? それって一体――」
そこまで言い掛けた瞬間、紫色の光の玉もとい闇のソウルが、彼女の目の前で細かい粒子となって弾け、彼女の持つ棒が、微かに一瞬紫の光を発した。
戸惑いながらも、アデラはその力を受け入れるように、棒を強く握り締め、鋭い目でユニティを見上げるや否や、透かさず棒の先端を上の方へ向け――
「闇よ、彼の者に惨禍を!」
頭に浮かんだ新たな属性魔法の呪文を唱え、棒の先端から黒い霧状の粒子を纏った無数の紫色の光の玉を放つ。
それがユニティの羽毛や尻尾の一部分に当たると、まるで抉り取られたかのように消失し、見るも無残な形に変貌してしまう。
「……っ!? こ、これは……!?」
「もう一度……!」
怯んでいる様子を見逃さず、アデラは再度棒の先端から、黒い粒子を纏った紫色の光の玉を放つ。
「俺も加勢するぞ、アデラ……!」
ショーンも己の闇属性魔法をお見舞いする。
ある程度続いた後に爆風が治まると、羽毛はほぼ全て剥ぎ取られ、尻尾は完全に原型を留めていなかった。
「わ……私の……最たる美がぁ……!」
ユニティが己の醜い姿に絶望している隙に――
「火よ、彼の者を燃やせ!」
剥き出しの皮膚目掛けて、容赦無く火を放つ。
火は瞬く間に燃え広がっていき、焦げた匂いを撒き散らしていく。
更にジュノが、雷を纏った複数の矢を番えた弓を引いていき――
「醜女の深情けは終わりだ!」
その皮膚に向けて、勢いよく矢を放つ。
1本も外れる事無く、矢はユニティの身体に命中する。
「ギ……ギギギ……!」
身体の自由まで奪われたユニティは、気絶したかのようにその場に倒れ込む。
そして――
「そこまでよ……!」
ウルスラはそう声を上げると、手にしている鉄扇を徐に閉じて、ユニティの許へと歩み寄っていき――
「ユニティ……あなたは自分の【正義】が最たる美だと言ってたわね……私がそれを理解してくれると見込んでそう宣ったんでしょうけど……私から言わせれば、あなたは【正義】に溺れた、救いようの無い哀れな大量虐殺人……そして……島で出会えた、私のたった1人の親友だった……出来る事なら……あなたとはもっと違う形で出会いたかった……!」
目に涙を溜めて唇を噛み締めながら己の運命を呪うような言葉を発すると、脳天目掛けて、鉄扇を力強く振り下ろした――




