総帥への謁見
激しい爆風に曝されたアデラ達は、身を低くしていた為に事無きを得ていた。
だが視界が開けた時、真っ先に目に飛び込んできたのは、黒焦げになって横たわるハルマンの姿であった。
「ハルマンっ!」
マーガレットがすぐに駆け寄り、彼を抱き抱える。
「ハルマン……どうしてこんな事を……」
「マーガレット……様……これから、も……しっかりと……歩んで、ください……私は……ガルシア様と……見守って、おり、ま……す……どう、か……必ずや……この、大陸に……光……を……」
消え入るような声で語り掛けたハルマンは、そのまま眠るように息絶える。
「ハル……マン……」
零れ落ちる涙が、彼の死に顔に付着した煤を僅かに洗い流す。
するとアルフォンスが「マーガレット様……」と唇を噛み締めながら歩み寄り――
「我が剣が……あなた様の信ずるものを貫き通します。その騎士の分も……!」
覚悟の口上を述べて、鞘に納められた剣を力強く握り締める。悲哀の感情を抑え、老騎士の死を悼むように……
そしてハルマンの亡骸は、彼の手によって丁重に海へと沈められた。
「立ち止まる訳にはいかない……進まないと……!」
彼が最期に残した言葉を無碍にはしまいと、マーガレットはアデラ達と共に、ユニティが待つ甲板へ向けて再び駆け出すのだった。
――――――――――――――――――
「見えた……」
その頃甲板では、ユニティが水平線の彼方に現れた、広大なクォージウスの陸地を視界に捉えていた。
「この時をどれだけ待ち侘びたか……クォージウスを蹂躙する日を……!」
漸く己の積年の恨み辛みを晴らす時が――胸の内に秘められている黒く澱んだ心情を一掃させる瞬間が迎えられる事に、彼女は昂り北叟笑んでいる。
しかし、そんな感情を掻き消すかのような足音が聞こえてきたかと思うと、程無くして音の主が姿を見せて彼女の前に立ち開る。
オーレリーの妨害を掻い潜ってきたアデラ達だ。
「あら? まさか本当に乗り込んできたとはね……幼気な見た目とは裏腹に、随分と腹黒い女だ事……そんなに邪魔立てが好きなの? ポスマーニの女王さん?」
「……」
棘を含んだ嫌味に、無言ながらも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて鋭い視線を向けるマーガレット。
そんな彼女には目も呉れず、ユニティは見覚えのある顔を見つけるや否や――
「あなた……ウルスラよね? こんな所で会えるなんて奇遇ね……久し振り――とでも言えばいい?」
侮辱するような笑みと共に心無い再会の言葉を口にする。
対してウルスラは、眉間に皺を寄せ――
「私は挨拶しに来たんじゃない……あなたの私怨なんかで、クォージウスを滅ぼさせはしない……それを伝えに来ただけよ……!」
普段の妖艶で淑やかな彼女からは想像も付かない、憎悪にも似た感情を纏った低い声で訴える。
それを聞いたユニティは、何処吹く風といった表情を浮かべている。
「ふ~ん……そこまでして守りたいの? こんな前菜にもならない大陸を……」
「当たり前だろうが……! お前如きに何が分かる……!? このクォージウスの重さが……!」
ウルスラに続き、ショーンも厳しい口調で詰る。
「数多の人の思いが紡がれ、多くの犠牲を払って……私達は今この大陸で暮らし、生きているの……!」
「彼女は一将万骨の多くの支えがある。そしてその恩返しの為に、国利民福を思って毎日女王としての責務を果たしてるんだ……! 飛鳥尽きて良弓を蔵し、狡兎死して走狗を烹らすような苛政猛虎を地で行くお前に、分かったような口利かれたくねぇな……!」
「へぇ~、随分と御立派だ事……いいわ……そこまで言うのなら、その責務すらも私が全て奪ってあげる。万物は常に、力ある者の手中に収まるべきものだからね」
ジュノの捲し立てにも、馬耳東風の姿勢を崩さず、眉一つ動かさないユニティ。
「人間はいつの時代も争う……私がフランとオーレリーを使ってあらゆる者を唆して、戦を起こさせ続けた今も、ね。だけど……そんな私達にも、唯一邪魔なものがあった……異国の棒術師・アデラ、あんたが嵌めている【正義】の指輪よ」
「……!」
ユニティは鋭い視線でアデラを睨み付けながら指差す。
「あのトラヴィスですら奪えなかった唯一の力……フフフ、まさか自らノコノコ現れるとはねぇ……その指輪、あんたには荷が重過ぎる……それは私の指にこそ相応しい代物、故に不相応な人間は全て捻じ伏せる……!」
「他を犠牲にし続けてまで手に入れる【正義】の力……それを得たところで、あなたはその先に何を求めているというの?」
マーガレットの問いに対し、ユニティは「まだ分からないの?」とでも言いたげな含み笑いを漏らし、再び口を開く。
「【美】よ……」
「美……?」
「圧倒的な力による支配、それこそが【正義】であり最高の美なの……! 父親に教わらなかった? ポスマーニの小娘よ?」
「えぇ、教わったわ……力による支配では【本物】の調和は築けないと……だから私達は、仲間と手を取り合って未来を築く……守るべき未来を……!」
揺るぎない彼女の言葉を合図とするように、アデラ達4人とアルフォンスは前に出るや否や、各々の武器を手に戦闘態勢に入る。
ユニティは口角を吊り上げて「ハァ~」と呆れるような溜息と共に肩を竦める。
「そうやって好き勝手言ってればいい……直に分かるから……その未来を紡ぎ導くのに、誰が相応しいのかがね……!」
「やっておしまいなさい、ムーメア」とアデラ達を指差しながら叫ぶと、傍らで大人しくしていた、馬と豹を掛け合わせたような奇妙な巨大動物――ムーメアの表情が一変し、大きな唸り声を上げて一気に襲い掛かる。
「マーガレット様には、指一本触れさせん!」
透かさずアルフォンスが、爪を立てたムーメアの前足を剣で受け止める。
直後にジュノが弓に番えた2本の矢を、ユニティ目掛けて放つ。
「……なっ!?」
しかし矢は、ムーメアが長い尻尾で――しかもその行方も見ずに叩き落としてしまったではないか。
そしてアルフォンスを力尽くで押し退けるや否や、間髪入れずに、鋭い牙を剥きながらジュノの許へ飛び込んでいく。
意表を突かれたジュノは、咄嗟に取り出した斧で噛み千切られるのを防ぐのが関の山のようだ。
「ぐっ……! 痛っ……!」
ほんの僅かに反応が遅れて牙が擦れたのか、斧を握り締める彼の手指からは、赤黒い血がじわりじわりと流れ出ていた。
「フフフ……痛みに喘ぐ男の姿もまた眼福ねぇ……!」
「……!?」
ユニティの声に気付いた時には、既に彼女は両手に鞭状の武器を持って、今正にジュノへ向けて振り下ろされようとしていた。
しかし瞬時にウルスラが間に入り、鉄扇で防いだ事で難を逃れた。
隙を突いて反撃を仕掛けようとするが、ムーメアの身の熟しがそれをさせない。
アデラも負けじと持ち前の身軽さを利用して、何とか妨害を擦り抜けようとするものの、瞬発力もムーメアの方が何枚も上手だ。
その後もアデラ達は幾度に亘って奇襲を試みるものの、如何なる攻撃を仕掛けたところで、ムーメアが全ての攻撃を身を挺して受け続ける為、全くと言っていい程ユニティへはダメージを与えられず、彼女は笑いと共に嫌味の言葉を吐ける程の余裕で攻撃を仕掛けてくる。
その絶妙なコンビネーションにアデラ達は苦戦を強いられ、体力を大幅に消耗してしまっているせいで誰もが肩で息をしており、常人であれば音を上げて跪いてもおかしくない程までに追い込まれていた。
「フフフフフ……どうやら威勢の良さもここまでのようね」
「ウフフ……いつまでもそんな軽口を叩けると思わない事ね……」
嘲りの笑みを浮かべるユニティと片意地を張るウルスラ。互いのプライドが、鋭い視線となってぶつかり合う。
と、その時――
「……あれ?」
アデラが気付いたのだ。
ムーメアの全身から薄らと靄のようなものが上がっており、且つそれがユニティの身体へ流れている事を……
「まさか……ああやって精気を吸い取って、自分の力にしてる……?」
そこを叩けば活路を開けるかもしれない――そんな一縷の望みに賭けて、アデラが全員に向けて声を張る。
「皆! 同時に相手しようなんて考えないで! 攻撃対象を獣だけに絞って!」
「なっ……!?」
勘付かれたユニティが一瞬焦りとも取れる声を漏らし、それを聞き逃さなかったショーンが透かさず短剣をムーメア目掛けて投擲する。
見事にその刃先が左目に命中すると、ムーメアは痛みと驚きで大きな唸り声を上げて身を仰け反らせし、勢い余ってそのまま倒れ込んでしまう。
「うおぉー!!」
好機と見たアルフォンスが、起き上がらせまいと、剣を以てムーメアの四肢を切断すると――
「はあぁー!!」
間髪入れずにジュノが両手に持った斧で、ムーメアの腸を抉り取らんばかりの深傷を負わせ――
「火よ、彼の者を燃やせ!」
アデラが構えた棒の先端から火が放たれ、全身が炎に包まれる。
外皮を伝って内臓をも焼かれている感覚に陥ったムーメアは、苦痛を纏った唸り声を上げながら、火消しの為なのかその場で藻掻くようにのた打ち回るが、軈てその声も小さくなっていき、遂に動きを止めて絶命する。
「まさか秘密がバレてしまうなんてね……」
大切な相棒を失った事よりも、己の力の根源を絶たれた事で一瞬呆然とするユニティ。その証拠に、ムーメアの亡骸には目も呉れず、すぐさま「まぁ、いいわ」と涼しい顔をして、改めてアデラ達に視線を向ける。
「長い事なかなかの味を楽しませてもらったし、そろそろ新しい味を開拓したいと思っていたところだしね……!」
狂気に満ちた笑みを浮かべながら、ユニティは両手に白い光の玉を出現させ――
「ホラホラホラホラホラァ!」
溜まっていた力を全て放出するかのように、間髪入れずにアデラ達目掛けて投げ付けてくる。
直後にショーンが前に出るや否や――
「闇よ、呑み込めっ!」
短剣を持っていない方の手を前に突き出し、紫色のオーラを放って対抗する。
「助太刀するぜ、ショーン!」
「我が剣は守るべきものの為に!」
ジュノとアルフォンスが加勢し、各々の雷属性魔法を駆使して、白い光の玉を打ち落としていく。
「フフフ……その程度の玉袋で、いつまで持つものやら……」
「フンッ、言ってくれるな……だが此方人等空になるまで、たっぷりと見舞ってやるつもりだ……!」
「へぇ~、あんた見た目通りの屈強さね……嫌いじゃないわよ」
「そんな余裕を扱いてて、本当にいいのか?」
「ハァ?」
「月に叢雲、花に風……俺達に感けてたのが運の尽きだな……!」
「……!?」
ユニティが気付いた時には既に手遅れ……アルフォンスの肩を借りて、これまで以上に高く跳躍したアデラが、棒を強く握り締め――
「水よ、彼の者を鎮めよ!」
先端から無数の青い光の玉を放ち、ユニティの全身に浴びせて怯ませると――
「雷よ、彼の者を封じよ!」
透かさず黄色い光の玉を放って、格子状の巨大球体に変化させ、彼女の全身を包み込んで動きを封じ込める。
「なっ……!? 洒落臭い小娘がぁ……!」
「あんたは家族の無念を晴らす為に、クォージウスへの復讐を果たして【本物】の【正義】を示そうとしてるみたいだけど、それを成し遂げたところで家族は報われるの? 今の自分が、シャーマイニーを滅ぼした残忍な軍勢と同じ――否、それ以上の大罪人になってる事に気付かないの……!? 家族がそれを望んでる筈が無いじゃない……! 結局あんたは、家族を言い訳に自分の中で憎悪を生み出して、いつしか自分を特別な存在だと思い込んで、同調を装った狂人達を寄生させて、挙げ句の果てに関係の無い人達を戦に巻き込んだ……ただの張り子の虎よ!」
厳しく窘めるように叫びながら、自前の棒裁きをお見舞いしていくアデラ。
旅の中で更に磨きが掛かった棒術を防ぐ術が無いユニティは、真面に攻撃を受ける事となり、身体に棒が当たる度に短くも大きな呻き声を上げる。
「でいやあぁー!!」
止めとして腹部に強烈な蹴りが入ると、後方へ大きく吹き飛ばされ、蹴られた箇所を庇うようにしてその場に蹲る。
「【正義に選ばれし者】アデラ……やはりあんたは目の上の瘤……!」
己の至高の美を誇示するには、やはりアデラを真っ先に始末するしかない――そう察したユニティが身を奮い立たせて顔を上げる。
その視線の先にいたのは――
「ユニティ……」
目を据えながら一歩ずつ彼女の許へ近付いてくるウルスラだった。
「私も幼くして肉親を亡くしているから、あなたの気持ちは痛い程にすごく理解出来るわ……抱き続けていた反骨心を糧に、力を付けて強く生きてきた……それは紛れも無い事実でしょう……でも残念だけど……あなたは力の使い方を間違え、人の道を踏み外した……そんなあなたは断じて【正義】なんかじゃない……故に私は、情けなんて少しも掛けないわ……!」
静かな怒りを湧き上がらせながら、1つの扇を取り出すや否や、塗されている粉を吹っ掛けるように大きく振り上げる。
暫くして違和感を覚えたユニティが、恐る恐る視線を下へと向けると――
「え……? な、何これは……?」
彼女の両脚が痙攣したかのように震えているのだ。
「その扇……まさか……!?」
「痺霞扇――暴漢対策として、酒場で働いていた時から常備していたけど……まさかこんな場面でも使う事になるなんてね……」
出来ればここでは使いたくなかった――そんな思いもあったのだろう、ユニティに向けて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
憐みを帯びたその目に苛立ちを覚えたユニティは――
「こんな所で……降伏する訳にはっ……!」
己を奮い立たせるような言葉を発しながらも、既に足元が覚束無くなっており、遂にはその場に跪いてしまう。
すると騒ぎを聞き付けた部下の男達が一斉に現れ、総帥を護衛するような陣形を取り各々の武器を構える。
ユニティは肩で息をしながらアデラ達を睨み付け――
「私には……もっと力が必要……その為に……!」
残された気力で声を絞り出し、右手を震わせながら徐々に挙げていく。
その中指には、アデラとは異なるデザインが施された指輪が――
「あれは……!」
「【色欲】の力宿りし指輪よ……我の声を届け、真なる姿を……真の【色欲】を我に与えたまえ……我は亡国の復讐を果たす者なり……!」
ユニティがそう唱えた瞬間、指輪が赤く発光し、彼女の身体が不気味な漆黒のオーラに包まれ、その体積を膨らませていく。
「マーガレット様……お下がりください……!」
危険を察したアルフォンスは、マーガレットを更に後方へ引かせる。
そして次の瞬間、激しい爆発音と共にオーラが霧散したかと思うと、そこにはユニティとは明らかに掛け離れた、足を竦めてしまう程の悍ましい姿をした巨大な化け物が、異様に伸びた牙を光らせて6人を見下ろしていた――




