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Question of JUSTICE ~8つの指輪物語~  作者: 瑠璃唐草
第6章 色欲を授かりし者
54/73

確執と奇襲

邸宅の自室の窓から、水平線に沈み行く夕陽を眺めているバーソロミュー。

凛としている彼の表情には、若干の迷いも見え隠れしている。


「バーソロミュー様」


突然背後から老いた男の声が聞こえ、バーソロミューは徐に振り返る。

声の主は、彼の従者であるポールだった。


「ポールか……」

「如何なされましたか? 随分と浮かない顔をしておりますが……」

「……別に何も無い。案ずるな」


悟られまいと平然を装い返答するが――


「長年あなたに仕えてきた身です。何かに心を揺らがされている――そんな表情をしております」


ポールは僅かな変化も見逃さない洞察力の持ち主故に、何もかも見通されている。

やはりこの男に隠し事は通用しない――そんな諦めに似た感情を込めた溜息を漏らすと、バーソロミューは身に降り掛かった出来事を簡潔に口にする。


「……ポスマーニの女王が来訪してきた」

「マーガレット様、ですか……」

「我々の力を借りたいと申し出てきた」


言葉に圧し掛かる重苦しい感情をポールは感じ取っていた。

すると「僭越ながら」と口を開き、己の真情を吐露する。


「あなた様は、イーケイム島の領主として素晴らしい働きぶりを見せております。しかし、時には強者に与する事も肝要であると、私は考えております」

「……」

「無論、あなた様がポスマーニを深く怨んでいる事は重々承知しております。ですがあちらは大国、こちらは国ですら無い貧弱な連合に過ぎません。小さき舟は、無難に荒波を避けて進むべきかと……」

「ならばその荒波を、我が剣で掻き消すのみだ……! 小さき舟にも、譲れぬものがあるのだからな……!」


己の信念は決して曲げないと断言するように声を張ると、バーソロミューは足早に部屋から立ち去ろうとする。


「バーソロミュー様……」


そんな彼を、ポールはただただ悲哀に満ちた表情で見送る事しか出来ない。

するとバーソロミューは、一瞬扉の前で足を止め――


「1つだけお前には伝えておこう……私は決してポスマーニを怨んでなどいない。怨んでいるのは……己の非力さだ」


背中越しにそう言い残し、部屋を出ていった。


――――――――――――――――――


アデラ達はミンタカとナーズムと共に邸宅近くの広場で待機しているが、既に陽が沈み辺りは薄暗くなり始めていた。

だが待てど暮らせど、一向にバーソロミューが姿を現す様子が無く、マーガレットに至っては諦めの感情を込めた溜息を漏らしている。


「そう落ち込むなよ、女王ちゃん……って言っても無理な話だよな……」

「お頭は本気であんたを追い返そうとしていた。あの時の表情に嘘は無いからな」

「……」

「でもよ、やっぱりあんたは悪い人間じゃねぇ。俺はそう思うんだ」

「なぁ……話してくれないか? あんた、お頭とはどういった関係なんだ?」


彼女もまた、これ以上隠し通す事は出来ないと悟ったのだろう、堅く閉ざしていた口を徐に開く。


「バーソロミュー様は、亡き母の弟――つまり、私の叔父なんです」

「「な、何だってぇ!?」」


まさかの事実に、素っ頓狂な声を上げる2人。

アデラも目を丸くしていたが、ショーンとジュノは恐らくエルベルトから聞かされていたのだろう、眉一つ動かしていない。


「でもよ、叔父の筈のお頭は、昔からポスマーニを深く怨んでるんだ。まぁ、流石に理由までは知らねぇけど……」

「それにあの御方は、先代を亡くしてから、長い間この島を守ってきた自負があるからな。それも、ずっと独りで……」


バーソロミューが何故親族が住むポスマーニを怨んでいるのか、そして何故この小さな島を守る事に()()しているのか、2人には彼の本心があまり理解出来ていないようであった。


「母がトラヴィス国王に見初められた頃、ポスマーニは戦争によって数多の国を従え続けていました。当時のイーケイム島の領主・ブノワは、娘を差し出す代わりに、ポスマーニの不可侵を約束されたと聞いてます。そして2人は婚姻を結び、母は兄と私と弟を産みましたが……国の平穏は、束の間だったのです……何しろ当時のトラヴィス国王は、私に不満を募らせていたんですから……」

「不満……?」


マーガレットは、壮絶極まりない幼少期を語り始める。


――――――――――――――――――


ある日、兄・ガルシアと共に剣の稽古に勤しんでいたマーガレットとエルベルトの許にトラヴィスが現れ、自身の剣を交えて2人の腕を試した。

そこそこの腕前を見せたエルベルトとは裏腹に不甲斐無い結果に終わったマーガレットに対し、トラヴィスは青筋を立て、剣を以て本気で殺そうとしたのである。

母・エレオノーレが止めに入った事で一命は取り留めたものの、腹の虫が治まらぬトラヴィスは稽古後、彼女を王の間に呼び出し、世継ぎはガルシアと弟のエルベルトさえいれば国は安泰であり、女子(おなご)であるマーガレットはポスマーニには不要、故に数日後処刑すると断じたのだ。


我が子を見殺しにする訳にはいかない。だがトラヴィスに逆らえば国賊として晒し首にされるのは明々白々だ。

自室で愛する娘を目の前にしているエレオノーレは、葛藤に苛まれていた。

その時、弟であるバーソロミューが、突然窓から進入してきたのだ。


「バーソロミュー……!? 何故ここに……!?」

「姉上……そこの女子(おなご)(まつ)わる報せを聞き、馳せ参じました。彼女をイーケイム島で匿いましょう。無論、身分も隠します。罪の無い子を、一刻も早くこの国から逃がすのです……! 部下を待たせている故、お急ぎください……!」


未来ある子供の命を下らない理由で粗末にしてはならない――人として生けるものであれば、そんな感情を(ほとばし)らせるのは当然の事であろう。

無論それはエレオノーレも同じだ。

だが何の理由があるというのだろうか、彼女は首を横に振って提案を断る。


「いいえ……この子はエルベルトと共に、ポスマーニに残すわ」

「なっ……何を仰るのですか、姉上……!?」

「私は、故郷の島を守る為にポスマーニを受け入れたの。でも、この子達を産み育ててきた事で、守るべきものは変わっていった……【光】というものに」

「……」

「陰に潜めさせはしない。この子達は【光】として、これからも成長していく」

「私の老婆心を無碍にすると……巫山戯(ふざけ)るな……!」


エレオノーレの言動を理解しかねているのか、バーソロミューは悪態を()き――


「国に翻弄されるのは、我々だけで構いません……! なのに姉上は……幼子の心身に、どれ程の重荷を背負わせようとしているのか分かっていて、そんな戯言(たわごと)を申されるのですか……!? 姉上が奪われた時でさえ……私は何も出来なかった……心底怨みますよ、己の非力さを……!」


挙げ句の果てには、自嘲交じりに怒りの感情を露わにする。


「何者だっ!?」


その時、騒ぎを聞き付けたポスマーニ兵が部屋の近くまで迫って来ていた。

バーソロミューは舌打ちをし、奥歯を噛み締めながらその場を立ち去ろうとする。


「バーソロミュー」


最後の情けを掛けようとしたのか、エレオノーレが呼び止める。


「私は信じているわ。いつか必ず、この子達があなたに手を貸してほしいと嘆願する時が来ると……だから、その時は――」

「また戯言を……? もう()うに聞き飽きました」

「バーソロミュー……」

「我々から全てを奪ったポスマーニに……金輪際、手は貸しませんよ……!」


最早聞く耳を失ったバーソロミューは、そう吐き捨て部屋を飛び出していった。

幸いポスマーニ兵が入室する前に姿を消した為、城内で騒ぎになる事は無かった。


「あなたを守るには、もうこうするしか無いみたい……マーガレット、確と心に刻むのよ。あなたが守るべきものを……」

「はい、お母様……」


それが母と娘の最後の会話となった。


そして処刑執行直前、エレオノーレはトラヴィスにマーガレットが生きるべき確たる証拠として、小刀を用いて切腹し、己の覚悟を示したのだ。

彼女に惚れ直し敬服したトラヴィスは、その覚悟に免じてマーガレットの処刑を撤回したが、その後彼女を従者と共に、大陸から遠く離れた小島へ、留学の名目で島流しにしたのだった。


――――――――――――――――――


「マジかよ、女王ちゃん……」

「数奇な人生って、こういう事なんだな……」


僅かな言葉を絞り出すのが関の山となっているミンタカとナーズム。


「母は命を賭して、守るべきものを守りました。しかし母の死後、イーケイム島はポスマーニとの関係を永久的に断絶する事を決めました。母の死をトラヴィス国王によるものだと断定した為です」


それこそがバーソロミューとの軋轢が生まれた切っ掛け――彼がポスマーニを深く怨む理由なのであろう。


「当然だ。姉上はポスマーニの犠牲となったのだからな。それが故に非力な我々は、ポスマーニに全てを奪われざるを得なかった」


その時、ニタークによって説得されたのだろうか、バーソロミューが返答を口にしながら、再びマーガレットの前に姿を現す。


「性懲りも無くこの島に居続けていたとはな、ポスマーニの女王よ」

「バーソロミュー様……」

「お前の強情さには(ほとほと)呆れていたが……これだけは伝えておかなくてはと思ってな……我々は何者からも奪いはしない。だから我々からは、これ以上何も奪ってくれるな……!」

「我々は元より奪う気など毛頭ありません。ただ手を結びに来たのです。共に退けるべき敵の為に……」

「敵、だと……? そういえば数日前に、ここにシューウィッツォ島の領主の首が送り付けられたな……詰まるところ、その敵から友好国はおろか祖国さえも守らず、この島に逃げ(おお)せたという訳か?」

「敵はクォージウス各地の長に対して宣戦布告しました。それだけ相手は強大である、という事です。ですから今は、互いに(いが)み合っている場合ではありません。クォージウスは今一度、一丸とならなければ……! 守るべきものの為にも――」

「守るべきもの……だと……!?」


その言葉が彼の逆鱗に触れてしまったようで――


「巫山戯るなっ!! 私が守るべきものは、このイーケイム島だけだっ!! 代々この島と海を守ってきた、それ以上に望むものなど無いっ!!」


理性を失ったかのように青筋を立てる。


「だが、ポスマーニはどうだ……!? 他から民も国も余す事無く奪い……()いては姉上までもっ……!」

「……」


過ちを犯し続けた歴史を塗り替える事は出来ない――故に、マーガレットに弁明の余地など無いのだ。


「領主として断言する……貴様等に手を貸す事は金輪際無い! 二言は無いぞ……とっととこの島から出ていけぇっ!!」


最早顔も見たくなければ口も利きたくない、無論同じ空気を吸う事すらも――そんな黒く澱んだ憎悪が込められた怒声を上げるバーソロミューに、その場にいる誰もが閉口してしまう。


だがその時、ミンタカとナーズムの表情が突如強張る。

沖の方に幾多の不可解な船影を目視したのだ。


「お頭っ!」

「ヤバい奴等が現れやしたぜ!」

「何だと……!?」


アデラ達にも一気に緊張が走る。


イーケイム島の沖合に突如として現れた、幾千幾万の深紅の巡洋艦。

先頭には巡洋艦の何倍もの大きさを誇る同色の戦艦。

その甲板にはオーレリーと、火の付いた矢を番えた弓を手にした数十人の男達の姿があり――


「放てっ!」


掛け声をと共に、一斉に矢が放たれる。

間髪入れずに何本も何本も……


火の豪雨に曝されたイーケイム島の街は、瞬く間に火の海と化し、住民は皆パニックに陥っている。


「あの船は……例の敵の艦隊……!? 何故ここに……!?」


絶句しているマーガレット達を尻目に――


「兵達よ! 全軍を掛けて島を死守せよ!」

「へいっ!」


バーソロミューは海兵達の士気を高めて出陣させる。


「バーソロミュー様、私達も共に――」

「黙れっ!! 我々はずっと己の力でこの島を守ってきたんだ……! ポスマーニの手など金輪際借りるものかっ!!」


しかし、このような一大事であっても、マーガレットの呉越同舟での協力を断固として拒否し、海兵達の後に続いて行ってしまう。


「マーガレット様……」

「若しかしたら、私達の動きを知られてしまったのかも……不覚だった……!」

「おい、今はそんな事を悔いている場合じゃないだろ……!?」

「兵は神速を(たっと)ぶだ……! 俺達も後に続くぞ……!」

「もう戦いは避けられないわ、行きましょう……!」


アデラ達に励まされながら、マーガレットとハルマンも後に続いていった。


――――――――――――――――――


奇妙な獣に跨った男達が、街の中心にある闘技場のような佇まいの市場から次々と姿を現し、剣や槍を以て島中の住民や海兵を駆逐していく。

だが、当然ながら決してやられっ放しである筈が無い。イーケイム島には、バーソロミュー率いる屈強な海兵達の存在がある。


「イーケイム島の猛者達よっ! 決して怯むでないぞっ! 敵の母船を叩くまで、一歩たりとも引くなっ!」

「怯む暇も理由もありませんよ!」

此方人等(こちとら)ずっと腕がうずうずしてんですから!」


ミンタカとナーズムが先陣を切って来襲者達に抗戦する。


「そうだ……足掻け、足掻くがいい……! 我等に目に物を見せてくれよ……!」


その様子を遠目に見ているオーレリーは、滑稽な姿を嘲っているようにも、戦場と化した風景を純粋に楽しんでいるようにも取れる笑みを浮かべて煽り立てる。

ところが、その笑みは突如として氷のような冷たい表情へ一変する。

【本物】の()()()()を見つけられていないからだ。


「ふむ……だが目的である【正義に選ばれし者】アデラの姿が見当たらないな……埒が明かない、もっと足掻かせて焙り出せ……!」


命令に従い、男達は再び火の付いた矢を一斉に放ち始める。


一方、オーレリーが見えない場所で、アデラ達は各々の武器を用いて来襲者達を蹴散らしていた。反撃の糸口を掴ませない程まで徹底的に……

だがその中で、アデラはある違和感を覚える。


「やっぱり私が持ってる【正義】の指輪が目的みたいね、こいつ等……!」

「あぁ、明らかにアデラばかり狙ってやがったな……! どいつもこいつも喉から手が出た表情丸出しだった……! 【正義】の指輪を欲してるのは、強ち嘘じゃ無ぇってか……!」


ジュノもその違和感には薄々気付いていたようだ。


「くそっ……! せめてこいつ等の目を盗んで、敵のアジトに乗り込める手段があればいいんだが……」


想像を遥かに超える来襲者の多さに、らしくない悪態を吐くショーン。

すると「お~い」という声と共に、ニタークが駆け寄ってくる。


「乗り込むんだったら、いい方法があるぜ~」

「いい方法?」

「あの鼠共、どうやら地下水道を通って来てるみたいなんだ~。その舟に乗れば、地下水道に行けるぜ~。俺が案内してやるよ~」


そう言って橋の傍らに停泊している1隻の舟を指差す。

確かにその大きさからすれば、アデラ達が全員乗っても沈む事は無く、おまけに敵の目を上手く擦り抜けて地下水道に潜り込む事が出来そうだ。


「そうとなれば……行くしかない……!」


意を決して舟に乗ろうとするマーガレットだが――


「なりません、マーガレット様……! あまりにも危険過ぎます……!」


ハルマンによって制止される。

敵の巣窟と化した場所に、一国の女王を向かわせる訳にはいかないという、従者なりの気遣いなのであろう。


「ハルマン……!? でも――」

「あなた様を失っては、望みは全て潰えてしまいます……! 故にここから先は我々にお任せください……!」


ハルマンの言葉を聞き、マーガレットはアデラ達を一瞥する。

3人は「心配無用だ」と大きく首を縦に振る。

その様子を見て納得したのだろう――


「なら私は、住民を安全な場所へ避難させるわ」


逃げ遅れた住民達を先導する役を買って出た。


「よ~し。それじゃ、地下水道で鼠狩りだ~!」


アデラ達とハルマンは舟に乗るや否や、ニタークの案内の下、地下水道へと乗り込んでいった――

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