血塗られた挑戦状
【第6章 色欲を授かりし者】スタートです
深い霧が立ち込めるとある絶海。
一般的な遊覧船や漁船であれば、沖に出る事さえも躊躇う程の視界の悪さだ。
だがある深紅の戦艦には、その常識は一切通用しないようである。
目を曇らせるものあれば即座に斬り捨て、幾千幾万の同色の巡洋艦を従えて航行する姿は、かの暴君を彷彿させはしないだろうか。
その戦艦の広い甲板の上には、玉座に似た大きな椅子に腰掛け、傍らにいる馬と豹を掛け合わせたような奇妙な巨大動物を手懐ける、官能的なカーキ色の衣装を身に纏った、ブロンズ色のロングヘアの女の姿が……
「総帥、間も無くです」
その眼前に、パステルカラーのマーブル柄の服を着て、ピンク色のセミロングヘアを靡かせ、素顔を見られたくないのか――道化師のようなデザインの仮面を付けた、怪しい雰囲気の女が跪いている。
「オーレリー……私は十分に待ち惚けた」
「申し訳御座いません。総帥の御手を煩わせてしまい……それもこれも、愚弟フランがしくじり、トラヴィスが失脚した事が全ての原因です」
「まぁいい……ところで、その【正義】の指輪の持ち主とは?」
「【正義に選ばれし者】――異国の棒術師・アデラで御座います」
「棒術師・アデラ、か……フフフ、なるほど……覚えておこう」
アデラの存在に興味を唆られたのか、総帥と呼ばれる女は含み笑いを漏らし、徐に椅子から立ち上がる。
「【正義】を欲する者は【正義】を以て退けられる……そしてその【正義】もまた、私の手によって退けられる……」
「然様に御座います。真の主――真なる【正義】は、我等が総帥のみのもの。【正義】の力を宿した指輪を手中に収める事など容易いものでしょう」
オーレリーはそう言うと、口を三日月型に歪めて「ケケケケケケ!」と狂気に満ちた笑い声を上げる。
――――――――――――――――――
朝日が昇り始めた頃、アデラ達はシューウィッツォ島の船着き場に降り立った。
しかしウルスラ曰く、街に辿り着く為には、ここから目の前で生い茂る森を抜けなければならない。
かなりの足労となるだろうが、構わずアデラ達は先へと進む。
所々獣道は存在していたものの、距離的にはそれ程でも無く、割とすぐに森を抜ける事が出来た。
そしてアデラ達の視界に飛び込んできたのは――
「な……何これ……!?」
人や物資の流通の拠点とはとても言い難い、荒廃した街の風景だった。
ありとあらゆる家屋が崩れ落ち、地上戦が繰り広げられたのだろうか――多くの戦火の火種が其処彼処で燻っており、救護活動を行ったり家族を喪った事を愁えたりする島民達でごった返している。
「どうして……? どうしてシューウィッツォ島がこんな事に……?」
第二の故郷と自負していた島の変わり果てた姿に、ウルスラは衝撃を受けて呆然としている。
「酷いです……」
「地獄の一丁目だな、これは……」
ティアナもジュノも、想像に反する光景に言葉を失う。
「とりあえず、島の人達に何があったのか、分かれて聞き出そう」
「そうですね。情報が無いと動くに動けませんしね」
アデラ達は散り散りになり、聞き込みを行う事に。
島民達の証言によれば、前日の夕刻頃に突然見知らぬ船が大挙して押し寄せ、奇妙な獣に跨った男達が次々と降り立ったかと思ったら、剣や槍で次々と島中の人間を殺害していき、建物を破壊していったのだという。
またその軍勢が「クォージウスに天誅を!」等と叫んでいた事から、異国の存在である可能性が高いようだ。
更に、目的は不明であるが、対抗していた兵士達のほぼ全員が、完膚無きまでに蹂躙された上に拉致されてしまったらしい。
「力を持たない一般人を殺して、力のある兵士を連れ去った……普通だったら逆の行いをする筈なのに……一体何故そんな事を……?」
「この島を狙ったのは、恐らくクォージウスの流通を乱す為だろうな」
「兵士は捕虜として、何かの取引に使うのかもしれないね」
ショーンとクレオが、独自の見解を展開していると――
カァ! カァ!
突然アデラ達の近くに、1羽のカラスが舞い降りてきた。
「何だ……!? 魔物か……!?」
「ちっ……! こんな一大事に……空気読めねぇ奴だなぁ……!」
透かさず各々の武器を構える。
しかしそのカラスは、アデラ達に敵意を示している様子が全く無い。更に言えば、目を凝らして見ると、首に赤いスカーフのような布が巻かれており、嘴には便箋のような紙切れが咥えられている。
「これは……ポスマーニ王国の使いガラス?」
その事に気付いたエルベルトが徐にカラスに近付き、咥えられている紙切れを手にすると、素早く開いて中身を確認する。
「ハルマンからです……!」
彼の言葉に、他の者達も一斉に駆け寄る。
――選ばれし者達並びにエルベルト様
――至急、ウィーグム城へお越しください
――マーガレット様が直々にお伝えしたいとの事です
――マームスト王国のタレス国王も向かわせております
「タレス国王も向かってるって……只事じゃないわよ?」
「それに、王女様が直々に伝えたい事とは……?」
「あれ、待ってください。まだ続きがありますね」
――先日、マーガレット様の許に……
――このような文章が送り付けられました
「このような……?」
よく見ると、使いガラスが別の紙切れを咥えていた。
それは所々に血のような赤黒い染みが付着している、見るも悍しい代物であった。
エルベルトは固唾を呑み、そのおどろおどろしい紙切れを手に取って中を開く。
――クォージウスの君主達よ
――我は【正義】の指輪を欲す
――大人しく我等軍門に降り、指輪を差し出せ
――さもなくばクォージウスを死地と変え、墓標で埋め尽くそう
「これ……クォージウスに対する宣戦布告そのものじゃないか……!」
「【正義】の指輪にまで触れてやがる……そして鬼気森然とした脅し文句……こんな物見せられたら、誰もが冷汗三斗の思いをしてもおかしくねぇだろうな……」
背筋が寒くなるような文面に、アイザックとジュノが顔を歪ませていると――
「あれ……?」
アデラが何かに気付き、小さく声を漏らす。
「アデラさん? どうしたんですか?」
「ここ見て」
彼女が紙切れの隅を指差す。そこには、複雑な模様のような署名と思しき印が記されていた。
「何かしら、これ?」
「挑発的な文面とは裏腹に、律儀に署名とはな」
「でも差出人の名前が書かれていないのは、あまりにも不自然では……?」
「この印……何かで見た記憶がある気がするんだが……」
各々が印に関して、様々な考えを口にする。
と、その時――
「え……? 何で……?」
ある人物が、沈むようなか細い声でポツンと呟く。
それに気付いたクレオが、その方へ顔を向ける。
「急にどうしたんだぃ、ウルスラ? 顔が青いよ?」
「嘘、よ……まさか……そんな……」
譫言のように小声を漏らしながら数歩後退りしたかと思うと、ウルスラは突然過呼吸を引き起こし、その場に蹲ってしまった。
「ウルスラ君っ!」
透かさず彼女の許に駆け寄る7人。
「おいっ! しっかりしろ、ウルスラ!」
彼女を落ち着かせようと、ジュノが背中を擦りながら声を上げる。
「と……とりあえず、一旦ここを離れましょう……!」
思いもしなかった事態に混乱しつつも、エルベルトの一声により、一先ず喧騒を離れるアデラ達であった――




