その目で知る現実
【第1章 強欲を授かりし者】スタートです
シモアンティで起きている全ての【本物】を、1度その目で見てみるといい――
ショーンにそう言われたアデラは、未だに続く悪路に苦戦しながら、慎重に且つ確実に彼の背中を追う。
対するショーンは、我関せずといった態度でどんどん進んでいき、それでも彼女が付いてくると確信していたのだろう、歩きながら何度も背後の様子を確認し、時には歩幅を狭くしたり立ち止まったりしながら彼女を先導する。
――――――――――――――――――
「着いたぞ」
およそ5分ほど歩き続けただろうか、ショーンは立ち止まってそう短く伝える。
アデラは彼のすぐ隣に駆け寄り、初めての街の風景を目の当たりにする。
「……えぇ?」
そこに広まっていた景色に、彼女は悪い意味で言葉を失った。
シモアンティでは多くの農業が行われ、他の地域からの商人の往来・取引によって栄えている――そんな事前情報は、全く宛てになっていなかった。
商人と思しき姿が何処にも見られず、屋外の露店も殆ど無い。無論、他の地域からの商人など来ている筈が無い。
道端に座っている人がちらほらと見受けられるが、その誰もが職を手にしている感じが無い。
商売の街というよりも、所謂【スラム街】と化してしまっているようだった。
「何これ……? どういう事……? シモアンティって、もっとこう……商人とかで賑わってるんじゃなかったの……!?」
「……」
愕然とした様子でショーンに問い質すが、当の本人は答えたくないのか、あるいは改めて見る自分の拠点の変わり様に目を背けたいのか、反射的に彼女から視線を外して口を噤む。
「ねぇ、ショーン……これがあなたが伝えたかった、この街で起こっている全ての【本物】だっていうの……!? シモアンティが……こんなに生気を感じられない街になってるなんて、信じられない……! 何故こんな事になってるの……!? ねぇ、ショーン……理由を教え――」
「少し落ち着けっ……!」
袖を掴んで語気を強めてきたアデラに対し、少々苛立ちを覚えたのだろうか、ショーンは彼女に対して初めて大声を上げ、彼女の手を力強く振り解く。
「こんな所で2人で言い争いしたら、時間を浪費した上に、痴話喧嘩があったなんて噂が立つ可能性も否定出来ない……」
「ち、痴話喧嘩って……!」
「一先ず酒場へ向かう……話はそこに着いてからでも遅くは無い……ただここからは少し距離がある……辿り着くまでは一切口を利かず、ただ俺と並んで歩いてくれればいい……分かったな?」
「わ……分かった」
職業柄、他人に盗み聞きされてはならない情報でも握っているのだろう。そう勘付いたアデラは、街全体の異様さに戸惑いながらも、ショーンの指示を了承し、横並びになって歩き出す。
道中、改めて屋外にいる人々に目を向けると、純真無垢な感じの小さな子供が数人程はしゃいでいる程度で、ある程度の年を重ねた者は、皆死んだような目をしている。だが一部の者は、何かを狙っているような、虎視眈々といった感じの視線をアデラ達に向けているようであり、ただ単に歩いているだけだというのに、彼女は何故か品定めをされているような感覚に陥ってしまう。
そんな状況に慣れていないせいか、彼女の中には恐怖心が芽生え始めていた。いつの間にか顔を伏せがちになり、猫背気味に身を丸め、ショーンに助けを求めるかのように、彼の服の生地を掴む。
しかしショーンは、すぐさま彼女の手を振り払う。
「……っ!?」
「縋りたくなる程に恐怖を覚える気持ちも分かる……だが、下手にその姿を晒そうものなら、奴等は余計に付け上がってくる……特に、お前のような身形の女に対してはな……お前は大陸屈指の棒術師としての誇りを持っているんだろ……? ならば、逆に堂々としていた方が、却って奴等は寄り付いて来ない……兎に角、奴等を図に乗らせるような動きは絶対にするな……最悪言い寄られて来たら、その棒を使ってビビらせても構わない……」
「……うん」
ショーンに小声で釘を刺されたアデラは、両頬を2回叩いて気持ちを改め、彼の指示通りに、背筋を伸ばして、彼の歩幅に合わせるように足を前へ前へと進める。
するとどうだろう、彼の言う通り、あれだけ向けられていた粘り付くような視線が、殆ど感じられなくなったではないか。
そんな強気な感じが好みだと主張する者が近付いて来そうになった事も何度かあったが、棒に手を掛けて、睨み付けるような流し目で見遣ると、誰もが身体を強張らせて腰を抜かし、一目散に逃げて行った。
ショーンのアドバイスは功を奏し、結果的にそれ以降何も起こらず、無事に酒場に到着した。
――――――――――――――――――
中に入ると、2人は奥まった所のテーブル席に、向かい合うようにして座る。
店員に注文を聞かれ、ショーンはエールを、アデラはホットミルクを頼んだ。
「お前……成人にもなって、魔法の存在を知らなかったばかりか、碌に酒も飲めない――所謂下戸なのか……?」
「ほ、放っといてよ……!」
「まぁ、だからと言って別にお前を責める気は更々無い……酒が飲める事が偉い訳でも無いしな……」
「だったら揶揄うような言い方しないでよね……!」
「……済まない」
痴話喧嘩のような会話をしていると、2つの木製のマグカップが運ばれてきた。
2人はそれぞれ頼んだ飲み物が入ったカップを手に取り、一口飲む。
互いに一息吐いた後で――
「それで、ショーン……」
アデラの方から口火を切って本題に入る。
「そろそろ教えてくれない……? どうしてシモアンティが変わってしまったのか……あの態度からして、原因はもう自分の中で目星付いてるんでしょ……?」
「強欲侯爵だ……」
「……? ごう、よく……何て……?」
「この街で幅を利かせている侯爵・エドガー……ほんの数ヶ月前に奴の支配下になってから、この街から商人と呼べる者は殆どいなくなり、中には荒くれ者に成り下がるのも現れた……林道でお前を襲った男もその1人だ……」
「えっ……!? あれ、元々商人だったの……!?」
意外な事実に、アデラは驚きを隠せない。
金属製の棍棒を振り回していた姿からして、まさか商売を生業としていた身だとは誰も想像出来ないだろう。
「彼を含めて、この街の商人達は皆農作物を栽培しつつ、それを他の地域から来た商人と取引をして生計を立てていた……だが、エドガーが支配してから、この街からありとあらゆる農作物が消えてしまった……」
「そのエドガーが、何かしたって事……?」
「この街の農作物を、全てエドガーの部下達が【ある物】を代価として買い占めてしまっているらしい……」
「ある物って……?」
「法外な高値で売買される【粉】……だがそれは、表に出れば一瞬で監獄行きになる、所謂禁止薬物だと言われている……」
「えっ、それって……まさかマヤ――!?」
その先の言葉は、ショーンに手で口を塞がれてしまい、発せられる事は無かった。
首を横に振って「その単語は絶対に喋るな」と鋭い視線で合図をし、アデラも了承するように小さく頷くと、彼は徐に手を引く。
「そのせいで、この街の商人の殆どは、実際に換金しようとして監獄に閉じ込められたり、粉の正体に気付いて街から行方を眩ましたり、自身で粉を使って廃人化したり……酷い場合はエドガーに降って、彼の意のままに使わされる奴まで出てきているそうだ……恐らく林道にいた男も、エドガーに『最高の肉が食いたいから魔物を狩って来い』とか唆されたんだろう……」
「でも……もし数ヶ月間も同じ手口を繰り返してたのなら、流石に不審に思った誰かが告発しそうなものだけど、そんな気配も全く無かったわね……」
「エドガーは自分の地位や名誉を死守する為なら、咎める者の命や魂も平気で買ってしまう程の恐ろしい人物だと言われている……」
「命や魂を買うって……まさかっ……!」
「あぁ……部下を使って暗殺したり、美味い条件を持ち出して言葉巧みに降らせたり……御蔭で誰一人としてエドガーには口も手も出せなくなり、今じゃ奴に敵対心を持つ人間は、この街では俺ぐらいしかいなくなったってところだな……」
「何て卑劣な事を……! 人間のする事じゃないわ……!」
「そういう事情もあって、今俺が話した事は全て、世間的には単なる噂でしかない……だからこそ奴に近付ければ、確たる証拠を掴めるかもしれない……」
「でも、私達みたいな平民にそんな機会巡ってくる訳が――」
「そこでこれだ……」
そう言ってショーンは、懐から何かを取り出してテーブルの上に置く。
どうやら1通の封筒のようだ。
「……これは?」
「招待状……今夜開かれる、エドガー主催のパーティのな」
「……っ!」
封筒の正体に、一瞬驚きの表情を見せるアデラ。だがそれは同時に、新たな疑問を彼女に抱かせる。
「でも……こんなのどうやって……まさか、他の人のを……?」
「それも考えたんだが、どうも俺の性に合わないんでね……ある貴族からくすねた後、紙の材質と筆跡と文章を確認してから、すぐ元に戻した……ガードが甘々な奴だったから、全くバレなかったよ……それから同じ材質の紙を見つけて、本物そっくりな筆跡で書いたのが、この偽の招待状って訳さ……」
アデラは封筒を手に取り、中の便箋を開いてみる。
若干の癖はあるものの、比較的綺麗な文字が連なっている。これほどの文字で認められた文章を、ショーンは見様見真似で、且つ短時間で書き上げてしまったのだから舌を巻かざるを得ない。
「でも、これで出席を許可されたとして、この服装は明らかに場違いでしょ……? 私もあなたも、それっぽい服を手に入れて変装した方が――」
「いや、その必要は無い……特にアデラ、お前は敢えてその格好で出るんだ……」
「えぇっ……? ど、どういう事……?」
ショーンは兎も角、アデラの服装は、誰がどう見ても貴族が集うパーティに出席するには似つかわしくない。事実、彼女自身がそれを重々承知している。
にも拘わらず、彼は敢えてその姿のままで良いと言うのだ。
これにはアデラも思わず顔を引き攣らせる。
「エドガーは色事にも貪欲な奴だ……不定期にパーティを開いては、自身が経営する娼館で働かせる女を値踏みしているそうだ……」
「それを利用して、私に身体を売れ――じゃなくて、囮の役を買ってくれと……」
「あぁ……まぁ、俺が言うのも何だが……お前の美貌は、同性をも高嶺の花と羨んでしまう程だ……況してその身形なら、エドガーが黙っている筈が無い……だったら、そいつを利用しない手は無い……兎にも角にも、その娼館で働かせてほしい感じに、適当に嘯いていれば簡単に騙せるだろう……奴の強欲さは、己の視野を狭めているんだからな……」
「はあ……」
アデラは戸惑っていた――否、滅入っていた。
いくら嘘であるとはいえ、娼婦を生業にしていこうという感じで、会った事の無い好色な侯爵に接さなければならないのは、彼女のポリシーに著しく反する上、棒術師としてのプライドが許さない。
だが、エドガーの陰を知る為には、僅かな機会を逃さず、如何なる手を使ってでも、彼に接近しなければならないのもまた事実だ。
その為の汚れ役を、自分が一時的に背負わなければならないのかと思うと、アデラは気が重くなるあまり、胸焼けを起こしそうになって、顔をテーブルに突っ伏してしまう。
「その指輪が――」
そんな時、ショーンの呟き声が聞こえ、アデラはハッとした感じで顔を上げる。
「えっ……?」
「その指輪が、俺の信念――【正義】を思い出させてくれたんだ……このシモアンティを、必ず【本物】の商売の街に蘇らせるという……」
「あなたの【正義】を……指輪が……」
アデラが右中指に嵌められている指輪を見詰めると、ショーンの言葉を肯定するかのように、ほんの一瞬青い光を放った――ように彼女には見えた。
――欲望や虚像に惑わされず……
――果たすべき責務を遂行するのだ……
あの時に頭の中で響いた言葉を思い出すアデラ。
今が正にその時――という暗示なのだろうか。
「うん……私も【本物】を見たい……そうじゃなきゃ、私はきっとここには来てないもの……何処まで役に立てるか分からないけど……ショーン……あなたの作戦、乗らせてもらうわ……!」
「その指輪を持っているお前なら――指輪に選ばれたお前なら、そう言ってくれると信じていた……恩に着る……」
深々と頭を下げるや否や、ショーンはエールを一気に飲み干す。
「勝負は今夜だ……そこでシモアンティの行く末が決まると言ってもいいだろう……アデラ、必ず【本物】を取り戻すぞ……!」
「えぇ……私達が、最後に【本物】を勝ち取る……!」
そう意気込むと、アデラもホットミルクを一気に飲み干し、2人は席を立つ。
そして、それぞれの支払い分をカウンターに置いて酒場を後にしたのだった――




