グラトニーベルゼバブ・スザンヌ
「指輪が……負の感情を餌に……!?」
【白金の泉】を覆い尽くしかねない程までに巨大化し、最早人間という生物とは完全に掛け離れたスザンヌの見るも悍ましい容姿に、アデラ達4人は表情を強張らせながらその場に立ち尽くし、彼女の全体像を見上げる。
豚と思しき耳や虎のような牙と爪を携えているが、全身は鰐を思わせる鱗状の物体で覆われている。生えている尻尾は栗鼠を彷彿させ、不気味さを覚える大きな眼や羽は蝿のそれにそっくりだ。
その姿は合成獣とは別種と捉えるべき、悪魔の一種と言ってもいいだろう。
「取り巻き共……! あんた達もいい加減目を覚ましなさいよ……!」
複数の人間の声が重なったような恐怖感すら覚える低い声で、スザンヌはアデラ・ショーン・ティアナの3人を挑発する。
「私達の目は、いつでも覚めています……!」
「ずっと眠たい事をほざき続けてるのは、寧ろお前の方だろうが……!」
「クレオさんと誓った夢が嘘だったなんて……そんな悲しい事を、面と向かって平然と言えるあんたこそが、1番の馬鹿人間よっ!」
しかし各々の武器を構え、怒りと失望が綯い交ぜになったような感情を口に出し、改めて戦闘態勢に入る。
「クレオォ……! さっさと、その馬鹿皮を脱ぎなさいよ……! あんたのその、穢れに穢れた■■■■■を……私に晒しなさいよ、クレオォ……!」
彼女から発せられた聞くに堪えない言葉に、クレオは呆れたようにも憑き物が落ちたようにも取れる溜息を吐くと――
「アデラ、ショーン、ティアナ……あたしはずっと勘違いをしていた……やっぱりこいつの言う通りだよ……」
「「「……?」」」
「ペトロニラなんて人間、もうこの世には存在しないんだよ……だから、一切手を抜くんじゃないよっ!」
幼き頃の思い出とは完全に決別するという強い気持ちを携えた言葉でアデラ達を鼓舞しつつ、鞭のような斬糸を構える。
「財産も蓄えも……あんた達馬鹿人間には過ぎた物よ……! この場で余す事無く貪り尽くす……!」
そう叫ぶや否や、スザンヌは己の属性魔法である火を全身に纏い、背中の羽を羽撃かせて宙に浮こうとする。
「させませんっ!」
「飛ばすかっ!」
透かさずティアナとショーンが属性魔法を繰り出し、飛行を阻止せんとする。
「馬鹿が……無駄よ……!」
だがスザンヌは、そんな2人を見下すような言葉を漏らす。
それもその筈。風と闇の属性魔法は、鱗状の胴体によって、いとも簡単に掻き消されてしまったのだ。
「そんな……!?」
「何て硬さだ……!」
2人が目を見開いている中、スザンヌは宙に浮かび、目にも止まらぬ速さでアデラ達に突進していく。
それを上手く躱し、こちらに背が向けられている隙に、透かさずアデラが棒を構え――
「雷よ、彼の者を封じよ!」
動きを封じようと先端から黄色い光の玉を放ち、すぐさま格子状の巨大な球体に変化させる。
「馬鹿みたいに遅いわね……」
しかし、それすらもスザンヌは持ち前の機動力でするりと躱す。
「避けた……!? あれ程の大きさの雷属性魔法を……!?」
「そんな事言ってる場合じゃないよ、アデラ! また来るよ!」
クレオの叫び声が聞こえると同時に、再びスザンヌが突進してくる。
「こうなったら……!」
無謀だとは思いつつも、クレオは一か八か、両手を前に突き出し、指先から糸を何本も出現させて拘束しようとする。
「フンッ……!」
そんな糸に絡め取られる程馬鹿では無い――そんな思いを表したように鼻で笑うスザンヌ。
だがクレオの糸は予測が出来ない不規則な動きを見せ、遂には長い尻尾に糸が絡み付いたのである。
「……っ!?」
「何とか召し捕ったよ……!」
僅かに口角を上げ、クレオは力強く糸を振り下ろし――
「うぅおぉりゃあぁ!!」
彼女の身体を地面に叩き付ける。
呻き声を漏らしながら、徐に起き上がるスザンヌ。
次の瞬間、彼女の目が不気味に赤く光ったかと思うと――
「蓄えこそ身を灰燼と帰す業火……末代まで祟る呪いに他ならぬ……!」
呪詛の言葉を唱えながら、アデラ達目掛けて火炎を吐き散らす。
その巨大さ故に、アデラ達は避ける事すら出来ず真面に受けてしまい、断末魔のような声を上げるや否や、その場に跪いてしまう。
4人が殆ど動けなくなったのを目視したスザンヌは――
「いい加減【財産】の幻想から目覚めなさい……!」
おどろおどろしい声と共に、止めを刺さんと両手の爪を光らせる。
だがアデラは、棒を握り締めて徐に立ち上がり、悪足掻きをするかのように、地面を蹴って高く跳躍し、スザンヌの胴体に鋭い一撃をお見舞いする。
「うぐっ……!?」
「スザンヌ……全てを貪り食いし者……あんたは結局、最後の最後まで信じなかった……クレオさんの思いを……」
全身が煤だらけになり尚且つ肩で息をしているが、その睨み付ける目は、頼れるサポーターの純粋な志を蹂躙する者への怒りに満ちていた。
「思い……? クレオの……? 貧富の無い【本物】の平和な原初の世に相応しくない、馬鹿糸使いの馬鹿な言葉に耳を傾ける馬鹿なんて――」
「【財産】を貪り尽くしてるあんただって、自分が憎んで殺してきた富豪達と結局何も変わらないじゃない!」
意表を突くようなアデラの言葉に、スザンヌはピクッと反応する。
「私が……馬鹿富豪達と同じ……?」
「確かにある程度の【財産】が無いと、衣食住は保障されないかもしれない……でもね、周囲の支援や援助を受けながらも、自分で築き上げてこそ【財産】には価値が出てくるの……! 弱みに付け込んだり言葉巧みに騙したり殺したりして得た悪銭は、【財産】どころか自分自身の価値をも下げるのよ! そんな事には目も呉れず、【財産】は全てを奪って人間を裏切り醜くするなんて、よくも宣えたわね! 私達から言わせれば、【財産】の呪いに縛られているのはあんただけよ!」
語気を荒らげ強い口調で非難しつつ、アデラは目に涙を溜めながら棒を強く握り締めて構える。
対するスザンヌは、その説教染みた言葉に苛立ちを覚えたのだろう、全身をワナワナと震えさせている。
「さっきから黙って聞いてれば、馬鹿の一つ覚えみたいに馬鹿持論を馬鹿面でベラベラベラベラと……あんたみたいな全てを持たざる者の気持ちが理解出来ない馬鹿女……原初の世には不要よ……!」
最早目の上の瘤でしかない了見の狭い分からず屋――アデラをそう見做したスザンヌは、全身に纏った火の威力を更に増幅させ、大口を開けるや否や、焼き殺さんとばかりに彼女へ向けて再び火炎を吐こうとしている。
その時、アデラの指輪が一瞬青く発光したかと思うと――
「なぁっ……!?」
スザンヌが突然短い声を上げ、全身を硬直させる。
するとどうした事か、彼女が纏っている火が少しずつ威力を落とし、吐こうとしていた火炎も消えてしまったのだ。
「何が……何が起こったの……?」
青菜に塩といった彼女の様子に、アデラはただただ呆然としている。
すると突然、彼女の目の前に、青色に輝く光の玉が浮遊しながら出現した。その周りには水飛沫のような細かい粒子が漂っているようだ。
「これは……? 何か少しヒンヤリするような……」
「あれは、まさか……!?」
「やっぱり……そう、ですよね……!?」
「そんな事が、本当にあるのかぃ……!?」
アデラ以外の3人は、その光の玉に心当たりがあるようだ。
「アデラ、それは水のソウルだよ!」
「水のソウル?」
「水属性魔法を得る者に与えられる、水属性の精霊さ!」
「水属性って……確かアイザックさんの……!」
「アデラさんは、これで5つの属性魔法を授かった事になります……!」
「アデラにあの才がある可能性が、現実味を帯びてきたか……!」
「何てこったぃ……ここまで来たら、最早奇跡では片付けられないよ……!」
「私に……5つ目の属性魔法……」
そう呟いた瞬間、青色の光の玉もとい水のソウルが、彼女の目の前で細かい粒子となって弾け、彼女の持つ棒が、微かに一瞬青く発光した。
その力を受け入れるように、アデラは棒を見詰めながら強く握り締め、鋭い目でスザンヌを見上げると、透かさず棒の先端を上の方へ向け――
「水よ、彼の者を鎮めよ!」
頭に浮かんだ新たな属性魔法の呪文を唱える。
すると、棒の先端から無数の青い光の玉が放たれ、スザンヌの全身で燻っている種火に当たると、見る見る内に消失してしまう。
するとどうだろう、己の力が封じられている感覚に陥っているのか、スザンヌは唸り声をあげながら藻掻き苦しみ始めたではないか。
その隙を見て、アデラは棒を高く掲げ――
「香よ、皆の者に蘇生を!」
先端から桃色の光の玉を放ち、細かい粒子へと変え、己を含む4人に降り注ぎ、これまで受けたダメージや傷を癒し、付着していた煤までをも払拭させた。
3人はスクッと立ち上がり、再び各々の武器を構える。
「アデラ、ショーン、ティアナ……分かってると思うけど、あいつは年貢の納め時だ……一気に片を付けるよ!」
「百も承知だ……これで終わらせる!」
「必ず彼女に引導を渡しましょう!」
「馬鹿呼ばわりされる事も、貪り食われる事も、絶対に阻止するわ!」
その後のアデラ達の猛攻は凄まじかった。
「おおぉー!」
ショーンが持ち前のスピードを生かし、両手に携えた短剣で翅を削ぎ落し、更には鱗状の胴体に次々と深手を負わせていき――
「風よ、斬り裂けっ!」
ティアナの風属性魔法で更に深い傷を負わせるだけでなく、牙や爪をも斬り落として反撃能力を失わせ――
「はあぁー!」
「そらそらそらそらぁ!」
アデラの棒捌きとクレオの斬糸の鞭で一気に攻め立てると――
「でやぁー!!」
耳を劈くような叫び声と共に、アデラが強烈な突きをお見舞いする。
己の力の源である火を失い、4人の猛攻に手も足も出せず、その場に倒れ込むスザンヌ。
それを見届けたクレオは――
「後はあたしに任せな!」
そう叫ぶや否や、両手から新たな糸を大量に生み出し、スザンヌの許へと歩み寄り、彼女の全身を雁字搦めにする。
そして少しずつ手を握るように指を曲げていくと、それに応じて糸が徐々に食い込んでいき――
「スザンヌ……己が生きる為に他の蓄えを奪う事こそが理想の人間像だ……あんたはそう言ったね……残念だけど、それは理想でも何でもない――ただの独り善がりの空想だよ……! 【本物】の理想の人間像は……節制の下で、自分に持っている物を共有し合える、そんな寛大さに長けた事を言うんだよ……! そんな人達の心まで貪り食おうだなんて……その野望こそ、あんたには過ぎた物だよ!」
歯を食い縛りながら、最後の仕上げとばかりに、力強く拳を握った――




