壊滅への甘い誘惑
アデラ達が空き家に戻って来てからも、クレオは依然として意識が戻らなかった。
彼女の頭の中では、幼少期の親友の声が流れていた。
――ねぇ、クレオ……1つ聞いていい?
――クレオはどうしていつもパンを分けてくれるの?
――自分が食べる分が減っちゃうのに……
――ねぇ……答えてよ、クレオォ
――――――――――――――――――
「う……うぅん……」
その時、微かな呻き声を漏らしながら、クレオが徐に目を開ける。
「クレオさんっ……!」
アデラの歓喜の声に反応し、全員がクレオの許に駆け寄る。
「皆……あいつは今どうしてるんだぃ……?」
「クレオ、意識が戻って最初に口にする言葉がそれかよ? 少しは頭の上の蝿を追えってんだ。俺達がどれだけ献身的に看てたと思ってんだ?」
「そうだね……心配掛けて済まなかったね……」
クレオは刺された辺りを庇うようにしながら、徐に上体を起こす。
「それで、あたしが寝てる間に何があったのか話してもらえるかぃ?」
「勿論ですよ」
アデラを皮切りに、スザンヌと対峙した者達が事の顛末を話し出す。
ガーヴェックに残っていた者達は、アデラ達の話に驚きの表情を禁じ得なかったが、クレオは1人冷静を装うように「なるほど」などと相槌を打っている。
「あの時あいつはハッキリと言っていた……『ペトロニラは死んだ』と……なら、スザンヌとしてのあいつの目的――狙いは一体何なんだ?」
「そこまでは分かりませんが、クレオさんに最終警告を出していました。『ガーヴェックが惜しかったら、自分に頭を下げに来い』と……」
「随分と上から来たもんだねぇ……兎にも角にも、万全な備えが急務である事に変わりは無さそうだね」
「クレオ、急ぐ鼠は雨に遭うっていうくらいだ。病み上がりの身でもある訳だし、お前はもう少し安静にしていろ。気持ちは痛いほど分かるがな……」
薬師としてのジュノの意見には、決して反論は述べずに必ず従うべき――それはクレオのみならず、例の任務で共に行動していた者達なら、暗黙のルールとして重々承知している事であろう。
「なら皆、手分けして街の様子に変化が無いか調べてきてくれ」
故に彼女も、ここは他の者達に任せるのが得策だと考えていた。
7人は調査の為、ガーヴェックの街へと駆り出していった。
――――――――――――――――――
暫くして、ウルスラとアイザックが逸早く空き家に戻って来た。
「早い御帰りだねぇ、ご苦労様。それで、何か変わった事はあったかぃ?」
「私からいい……?」と真っ先に名乗りを上げたのはウルスラだ。
「鍛冶屋を覗いてみたら、売り物が1つも無かったの……店主曰く、異国の者が大金で商品を買っていったらしいわ……何もかも全て、ね……」
「それは酒場も同じだったよ」
追随するように、アイザックも口を開き始める。
「見知らぬ異国の者が全て買い取って、店の中は蛻の殻となっていた。食糧も酒も、何一つ残っていなかった。店主は当初買い取りを渋っていたけど、異国の者が更に大金を出してきて、結局根負けしてしまったそうだよ」
「ほぅ……その異国は、やたら好景気みたいだねぇ」
「否、好景気というには不可解な動きもあるみたいだよ」
「アイザック、それはどういう意味……?」
「住民達が個人的に畑で作っている作物も全て、別の異国の者達に次々と買い取られていったそうなんだよ」
「何だって? じゃあ、その異国の者達は店だけじゃなくて、街の住民の【蓄え】にも大金を叩いてるって事かぃ?」
「異国の富豪が大金を街に落としに来ている訳では無さそうだし……単なる物好きによる買い漁りっていうのも無理がありそうね……だとすると……?」
「街中の物資が、何者かの陰謀で、異国の使いによって買い占められている……といったところかな?」
「問題はそれが誰で、真の目的は何なのか……」
「あんなに平穏だったこの街で、一体何が起こってるんだぃ?」
故郷で起こる不気味な現象に、クレオは胸騒ぎを覚える。
そしてその悪い予感は、不運にも的中してしまうのだった。
――――――――――――――――――
大通りでは、いくつもの大袋に詰められた大金に、住民達が屯していた。
「おい見ろよ……! こんな大金初めてだ……!」
「これだけあれば、当分生活には困らないわね……!」
「天からの恵みが齎されたんだ、このガーヴェックに……!」
「でも店は何処も閉まってて、買い物にも行けないよ」
「大丈夫だ。遠くても隣街まで行けば問題無いって」
「そうね。若干物価が高くても、買えれば一緒よ」
住民達は大金を手に街から出ようとする。
ところが隣町へと続く道には、謎の集団が立ち塞がっていたのだ。
まるで人々をガーヴェックに閉じ込めんとばかりに……
不審に思った1人の男が説得を試みる。
「ちょ、ちょっとあんた等……そこを退いてくれないか? 隣街へ行きたいんだ」
「……断る」
「はっ?」
「貴様等がガーヴェックから出る事は断じて許されない」
「これは主の御意思なのだ。従え」
「何を訳分からない事を……巫山戯るな……!」
男が苛立ちの声を上げながら無理矢理通ろうとすると、集団の1人が懐から短剣を取り出し、一瞬の内に男を斬殺する。
その光景を目の当たりにした別の男は、あまりにも突然の光景に声を上げる事すら出来ず、慄いた挙げ句に街へと走り去る。
「主に背きし愚かな小鹿共……地獄へ堕ちよ」
静まり返ったその場には、集団の呪詛の言葉だけが響いていた。
――――――――――――――――――
「た、大変です……!」
肩で息をしながら、慌てた様子で空き家に戻って来たエルベルト。
既に彼以外の者達は全員集合しているようだ。
「北へ向かおうとした男の人が、謎の集団に殺されたそうです……!」
「何……!? そっちでもか……!?」
「えっ? そっちでもって?」
「今し方ジュノから報告を受けたけど……東へ抜ける道でも、家族が皆殺しになったそうよ……」
「な、何ですって……!?」
「あまりにも不可解な出来事だったから、私とショーンとティアナさんで手分けして、その集団の姿を確認してきたわ。そしたら――」
「すぐに正体が分かった。例の女の信者達だ」
「どこへ向かう道も全部封鎖されてたわ。完全に街を包囲する気よ」
「一体何が目的でこんな事を……?」
街中から漂う不穏な空気に、アデラ達はかなり戸惑っているようだ。
と、その時――
「不味い……! このままじゃ……!」
何かに勘付いたクレオが、無我夢中で空き家を飛び出す。
アデラ達7人も、困惑しつつ彼女の後を追った。
――――――――――――――――――
その頃、大通りに1人の女が、多くの人間を引き連れて、住民達の前に姿を現す。
【全てを貪り食いし者】スザンヌとその信者達だ。
スザンヌは住民達を、汚物を見るような目で睨み付けながら口を開く。
「御機嫌よう、ガーヴェックの馬鹿富豪さん達……あんた達の手には今、有り余る程の【貯蓄】があるでしょ……? でも……そんな物に何の価値があるの……? そんなに蓄えるのは、クズにも等しい馬鹿がやる事よ……! そこで――」
パチンと彼女が指を鳴らすと、信者達が大通りの真ん中に大量の物資を置く。
再び齎された恵みに、住民達も目を丸くしている。
「ここに食糧と必需品を用意したわ……但し、数には限りがある……あんた達の中で、勝ち残った人達だけに分け与えてあげる……普段通りの生活を取り戻したかったら……殺してでも奪い合いなさい……!」
その声を合図に、住民達は一斉に物資に群がり――掴み合いながら、罵り合いながら――己に必要な物を次々と掻き集めていく。
そこへアデラ達8人が漸く姿を現し、スザンヌは冷たい視線を浴びせる。
「やっと姿を現したわね、馬鹿正直な糸使いさん……ククククク……傷はもう癒えた……? それとも、漸く頭を下げる気になったの……?」
「街中の物資を買い占めたのは、あんたなんだろ? 目的はもう分かってる。こんな茶番、今すぐ止めな」
「ククククク……そう言われて素直に止める馬鹿人間が、この世の何処にいると思ってんの……? これは今の私の唯一のお楽しみなの……」
「唯一のお楽しみ、だって?」
「頭を下げに来たんじゃないのなら……大人しくガーヴェックの結末を見届けなさい……その傷が癒えない身体で、あんたがどれだけ動けるのかも見物だしね……」
「くっ……!」
「私は馬鹿侯爵の別邸から見届けさせてもらう……用があるのなら、いつでも歓迎してあげるわよ……?」
「こいつ――っ!」
詰め寄ろうとしたクレオが、突然胸を押さえて苦しみ出す。
すぐさまアデラが駆け寄って介抱する。
そんな彼女の様子を、スザンヌは流し目に見て「バ~カ……」と零し、不気味な含み笑いを漏らしながらその場を後にする。
クレオは痛みでその場に跪いてしまい、遠ざかっていくスザンヌの姿を睨み付ける事しか出来なかった。
――――――――――――――――――
クレオの容体の悪化に対処する為、そして自分達の身の安全を確保する為、アデラ達は空き家に一旦避難する事にした。
「参ったなぁ……」と、クレオを診ていたジュノが零す。
「熱がぶり返してる。暫く無茶な行動は控えるべきだな、これは」
アデラ達は気が気でならない様子だが、そんな彼女達の気持ちを知ってか知らずか、クレオは一同に目を向け――
「皆……分かってるとは思うけど、街の住民を力で黙らせようなんて野暮な事考えるんじゃないよ。そんな事したら、あいつの思う壺だからね」
そう言って窘めるのだが、外ではそう悠長にもしていられない程の恐るべき事態に発展していた。
スザンヌが齎した物資は当然の如く不足し、一部の住民が【蓄え】を求めて暴徒化し、街の至る所で殺し合いが行われている。
更にはスザンヌの信者が、混乱に拍車を掛けるかのように、大量の火炎瓶を街中に投擲し、人々の逃げ道を次々と奪っていった。
阿鼻叫喚の悲鳴が耳に入った事で、クレオは身体に鞭打ちながら外へ飛び出す。
彼女の身を案ずるように、アデラ達も後に続く。
そんな8人の目に飛び込んできたのは、【財産】という呪いに祟られ、そこから生じた業火によって灰燼に帰さんとするガーヴェックの悲惨な光景だった。
「クレオ……無理に動いたら、また傷が疼くぞ……!」
「煩いよ、ショーン……! 今はそれよりも深刻な事態だろ……!?」
「それはそうだが……!」
「ウルスラ、アイザック、ジュノ、エルベルト……4人で鎮圧に当たってくれ。今となっては、最早手段を選んでいる場合じゃないからね」
「えぇ、分かったわ……!」
「必ず鎮めるよ……!」
「あの女に漁夫の利は掴ませねぇ……そうだろ?」
「勿論です……!」
4人は鎮静化の為に、ガーヴェックの方々へと散らばっていく。
「あんた達はあたしと来てくれ。彼女を止めて、街の物資を取り返すよ……!」
残る4人はスザンヌがいるエドガーの別邸へと駆け出す。
――――――――――――――――――
アデラ達が別邸の屋上のテラスに姿を現すと、そこには己の思惑通りの姿へと変貌していくガーヴェックの街を見下ろして嬉々としているスザンヌの姿が……
「来たみたいね……」
4人が現れるのを予知していたかのような冷静な口調だ。
「丁度いいわ……素晴らしい光景よ……?」
「余韻に浸るのもそこまでだよ……! 街の物資を返しな……!」
「返す……? 何言ってんの……? あまりにも馬鹿過ぎて、意味分かんないんだけど……? 私が全部自費で買ったのよ……? あんな馬鹿人間達の手には、ちゃんと代価もある……馬鹿代価が……」
「その代価が――【財産】が価値を失うように、あんたが仕組んどいて……その言い草は何だぃ?」
怒りの形相で攻め立てるクレオに対し、スザンヌは冷笑いを漏らしながら「あんたやっぱり馬鹿……?」と憎まれ口を叩く。
「己が生きる為に他の蓄えを奪う……それこそが本来あるべき人間の姿――理想の人間像なのよ……その理想を馬鹿達の頭に叩き込ませて、私は10を超える街を次々と壊滅させたの……」
「何ですって……?」
驚愕の事実に絶句するティアナを尻目に、スザンヌは不気味な笑みを浮かべたまま「知ってる……?」と4人に問い掛ける。
「その昔、人間は狩猟を以て獲物を得ていたの……己が食って生きる為に、ね……なのに……何をとち狂ったのか、何処かの頭のおかしい大馬鹿が【財産】なんて馬鹿げた物を作った……! その偽りの価値を妄信したせいで、人間に貧富の格差が生まれたのよ……!」
理想の人間像を破壊したのが人間だと、皮肉めいた強烈な批判を展開させる。
「私の生まれ故郷を目の当たりにしたでしょ……? 一握りの馬鹿が肥えに肥えて、他の大勢が毎日馬鹿みたいに汚物を舐めてる光景を……!」
その成れの果てがイーアゾックの現状なんだと、クレオ以外の3人を指差しながら強い口調で訴える。
「私は……大陸中の街を1つずつ、確実に壊滅させる……そして全ての【貯蓄】を貪り食って、この世から【財産】を消して……貧富の無い【本物】の平和な原初の世にしてやるわ……!」
理想の人間像を取り戻す為、そして【財産】を貪り尽くすという己の野望を叶える為に――スザンヌは懐から何本もの短剣を取り出し、刃先をアデラ達へ向ける。
「それが……あんたが描く理想って訳かぃ?」
「私はあんたとは違うの……」
「あたしとは違う、か……」
「ククククク……否定するならしてみなさいよ……本当に出来るのならね!」
そう叫ぶや否や、スザンヌは手にしている短剣を、クレオ目掛けて間髪入れずに投げ付けてくる。
対するクレオも、2度も同じ手は食わないとばかりに、負けじと鞭のような斬糸を駆使して、迫り来る短剣を次々と払い落としていく。
「……うっ!」
だが全て払い落とした瞬間、再び胸部に痛みを覚えると、短い声を上げてその場に跪いてしまった。
そうなる事を予期していたのだろうか、スザンヌは攻撃の手を止め、フッと鼻で笑い、徐にクレオの許へと歩み寄ると、嘲りの表情を浮かべて彼女の顔を覗く。
「まだ傷が癒えないみたいね……だったら大人しく見てなさいよ、クレオ……ガーヴェックが灰になる結末を、ね……」
クレオの身の危険を察したアデラが、咄嗟に駆け寄ろうとするが……
「クレオさ――」
「動くなぁっ!!」
スザンヌがクレオの首筋に短剣を宛てがいながら怒声を上げる。鬼の形相でその視線をアデラに向けて「あんたのせいよ……」と低い声で恨み節を呟く。
「あんたが……あんたが私の計画を全部狂わせた……! あんたがクレオに更なる力を漲らせた……! あんたが……この馬鹿女の馬鹿みたいな馬鹿理想なんかに感化されたせいで――」
「あんた……」
突然口を挟むように呟いたクレオが、徐に立ち上がって、首筋に宛てがわれた短剣を持つスザンヌの手を払い除け、真っ直ぐな視線を彼女にぶつける。
「嘗てあたしと、同じ夢を語ったね……『この大陸を少しでもいい方向に導いてやろう』って……覚えてるだろ?」
「ククククク……だったら何……?」
「その言葉すらも……全部嘘だったって言うのかぃ?」
出来る事なら、全てが冗談であってほしい。自分を揶揄ってるだけであってほしい――そんな藁にも縋るような淡い期待が、クレオの中にはあったのだろう。
だがスザンヌは、そんな彼女の真剣な表情すらも無下にするかのように、大きく突き飛ばして背を向けると、天を仰ぎながら乾いた笑い声を漏らす。
「今更気付いたの……? あんたって本っ当に馬鹿ね……!」
見下すような言葉を口にしながら振り向いた時の彼女の表情は、侮蔑よりも寧ろ苛立ちによって支配されていた。
「あんたはそうやって、いつも偽善者として生きてた……ねぇ、クレオ……いつまでなの……? いつまで馬鹿みたいに化けの皮被ってんのよ、えぇっ!? 何が大陸をいい方向に導く、よ!? どうせあんたも【財産】が欲しいだけなんでしょうが!! あんただって化けの皮が剥がれれば、そんじょそこらの馬鹿と何も変わんないのよっ!! さっさと認めなさいよ、クレオォ!!」
これまでの彼女からは想像も付かない形相で、クレオの人生を全否定するように罵詈雑言を浴びせる。
「お前こそ認めたらどうだ……!? クレオはそんな人間じゃないと……!」
仲間の人柄をこれでもかと貶める事が余程許せなかったのだろう、ショーンが語気を荒らげながら反論する。
だが彼女も引くつもりはないのか、ショーンを鋭い眼光で睨み付ける。
「馬鹿なあんた達が信じるものなんて……全部馬鹿空想に決まってる……!」
「あたしは信じてるよ、ガーヴェックの未来をね……!」
クレオの強い主張に対し、スザンヌは嘲笑を交えて「あっ、そう……」と呟き――
「だったらその目でちゃんと見なさいよ……ガーヴェックの現実を……ガーヴェックが辿り着いた未来を……!」
全ては後の祭りだと言わんばかりの口で、街の方を指差した。
――――――――――――――――――
その頃ガーヴェックでは、鎮静化に動いていた4人によって、至る所で上がっていた火は全て消し止められていた。
更に彼等は、大通りで住民達に大声で訴え掛け、説得していた。
「ガーヴェックの住人の皆、良く聞いて……! 今のこの街は、壊滅の危機を迎えているわ……! 間違い無くね……! でも……こんな状況だからこそ、皆で力を合わせるの……!」
「私達の同士であり、故郷であるこの街を1番に思っているクレオ君なら、必ずこう言うよ……! 『大事な物なら、皆で共有しなきゃ駄目だよ』って……!」
「愚公、山を移すだ……! かなり焼失したかもしれねぇが……根気強く掻き集めれば、食糧も武器も必ず出てくる筈だ……!」
「その物資を共有して……僕達と共に、例の集団に抵抗しましょう……!」
その声が届いたのだろうか、住民達は先程までの行動を悔いるような言葉を次々と漏らし始め――
「そうだ……この人達の言う通りだ……!」
「クレオさんがいい方向に導こうとしているこの街で、俺達が真逆の行為を繰り返してどうするんだ……!」
「私達も、この人達に力を共有しなきゃっ……!」
軈てそれは、鎮静化に協力しようとするものに変わっていったのだ。
「やっと目が覚めたみたいね……」
「あぁ……クレオ君の御蔭で、住人が皆【本物】の心を取り戻してくれた……」
「よっしゃぁ! そうとなれば、速戦即決で行くぞ!」
「ガーヴェックの底力を、今こそ見せ付けてやりましょう!」
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
鼓舞する声に応えるように、住民達は拳を突き上げて士気を高める。
――――――――――――――――――
ガーヴェックが焼失していると信じ切っていたスザンヌは、眼下に広がる光景に愕然としている。
「……!? 何で……? 火が……消えてる……!?」
「スザンヌ様……!」
そこへ1人の信者が、報告の為に駆け寄っていく。
「ガーヴェックの住人が蜂起した事で……包囲網が崩されてしまいました……これ以上、街を封鎖出来ません……」
状況が飲み込めない――否、飲み込みたくないスザンヌは、目を見開いて頭を抱えながら後退りする。
「嘘よ……嘘よ、こんなの……」
「スザンヌ様ぁ……」
信者が縋るような弱々しい声を漏らすと――
「喋るなあぁっ!!」
スザンヌは正気を失ったように怒鳴り散らし、信者目掛けて短剣を投げ付ける。
額を貫かれた信者は、その場に倒れ込み命を散らす。
直後、ガーヴェック壊滅計画が失敗した事に青筋を立てたスザンヌが、頭を無造作に掻き毟りながら叫び声を上げる。
「何で……!? こんな事は絶対に起きなかった……! 他の街でも……! なのに、何でガーヴェックは……!?」
「これで分かっただろ? 少なくともガーヴェックは、いい方向に導かれてるって事さ。あんたの思う壺になるような、単純な街じゃないって……」
その言葉に神経を逆撫でされたスザンヌは――
「何で……何で思い通りにならないのよ、この街は!? 誰も彼も馬鹿女に感化されてぇ……巫山戯んじゃないわよ!! この馬鹿たれ共がアアアアァァァァ!!」
目を血走らせ、近くに置かれていた椅子を持ち上げると、ヒステリックに暴れ回ってテーブルを破壊し、持っていた椅子も地面に思い切り叩き付けて粉砕させる。
そんな自我を失った彼女を、アデラ達は哀れな目で見詰める他無かった。
一頻り暴れたスザンヌは、数度肩で息をした後、全てに絶望したような表情で天を仰いで歯を食い縛る。
「何処まで馬鹿共は蔓延れば気が済むのよぉ……! 塵芥の臭いを撒き散らす化けの皮を、馬鹿みたいに被ってくれちゃってさぁ……!」
「いい加減にしてっ……! それは断じて違うわ……!」
「……!?」
アデラの怒りの反論に、スザンヌは僅かにたじろぐ。
「もう手駒は残ってない筈だよ、スザンヌ……大人しく罪を償いな。そして、もう一度やり直しな。あの時のように……」
「……っ!」
初めて親友と呼べる者と出会った時の記憶が一瞬蘇ったものの、馬鹿げた事だと掻き消すかのように――
「偉そうにぃっ!!」
怒声を上げながら、クレオ目掛けて短剣を投げ付ける。
しかし一瞬で作られた糸の盾によって防がれ、短剣は虚しく地面に落下する。
それでもなおスザンヌは、憎悪の視線を浴びせ続け――
「クレオォ……あんたのその、分かったような口振りと真面目そうな馬鹿面がずっと癪に障ってたのよぉ……! だったら聞くけど……何で私があんたみたいな馬鹿の傍にいてあげたと思う……!?」
「……?」
「さっさと死に晒せや、馬鹿クレオォ……! それを見届けられるまで……何度だって出直してやるぅ……!」
捨て台詞を残すと、そのまま屋上から飛び降りる。
「待てっ!」
透かさずショーンが追おうとするが、既にスザンヌは影も形も無くなっていた。
――――――――――――――――――
暴動が収束したガーヴェックの街中で、クレオは鎮静化――という名の抗戦に動いた4人に譴責していた。
「あのさぁ、あたしは確かに『鎮圧してくれ』とは言ったけど、武装して抗戦しろとまでは言ってない筈だよ?」
「だけどクレオ……あなたはこうも言った筈よ……『最早手段を選んでいる場合じゃない』って……」
「そ、それは……」
「いいんじゃねぇか、別に? 終わり良ければ総て良し、だろ?」
「そうですよ。被害も比較的小さくて済んだ訳ですし」
「ハァ~……まっ、それは確かにそうだね」
大惨事には至らなかったという事で、クレオも厳重注意程度に済ませて4人をそれ以上責めなかった。
するとショーンが「ところで……」と話題を変えるように口を挟む。
「奴は今回の1件で、多くの蓄えと信者を失った。残っている物はそう多くは無い筈だが、これからどう立て直すっていうんだ?」
大幅に戦力が削がれたとはいえ、スザンヌが「何度でも出直す」と宣言した以上、彼女が再びガーヴェックを攻めて来ないとも限らない。
しかし、これといった新たな手掛かりが無い以上、アデラ達も無闇には動けない。
するとその時、アイザックが徐に懐から1冊の本を取り出す。
アデラはその本に見覚えがあった。
「アイザックさん、それって……!」
「領主スペンサーの手記だよ。今後の役に立つかもしれないと思ってね……あの時の混乱に乗じてくすねておいて正解だったよ」
「いつの間に……」
「アイザック……まさかお前に盗賊の才能が秘められていたとはな……」
「フフフ……お褒めの言葉として受け取っておくよ。それは扨置き……この中に気になる記述を見つけたものでね」
「ほぅ……」
「ハーメネイ家は莫大な資産を隠していたみたいなんだよ。スペンサーは全財産を譲渡された身の筈だけど、そんな彼ですら御手上げだったみたいだね。ほらっ、ここにもしっかり記載されているよ」
アイザックは記されている文章を指差す。
――遺産の隠し場所は、銀砂の段丘周辺と判明した
――しかし巧妙に隠されているようで、発見には至らなかった
「うん……? って事は……スザンヌはその在り処を知ってるって事かぃ?」
「可能性は高い。元々自分の家の物だからね」
クレオは手記の内容と先のスザンヌの発言から考察し、ある推論に行き着いた。
「スザンヌは物資を買い占めた上で街を壊滅させ、その金を全て回収する――これを繰り返して力を付けてきたみたいだけど……今回ガーヴェックの襲撃に失敗した事で、大きな痛手を負った筈。それでも、その遺産を元手に再起するだろうね」
それを聞いていたアイザックは、感心するかのような溜息を漏らすと、持っていた手記をクレオに差し出す。
「アイザック……?」
「これはもう私には必要無い。因縁の相手と雌雄を決する為に役立ててくれ」
「済まないね……貸しにしておくよ」
そう言って快く手記を受け取る。
「それと……私はこれまで君の代理としてスザンヌを追っていたが、復帰した今となっては、最早出る幕も無いだろう」
「そうかぃ……ならガーヴェックを頼むよ、アイザック」
微笑みながら頷き、依頼を快諾するアイザック。
「ウルスラ君、ジュノ君、エルベルト君……君達も私とここに残って、万が一に備えてくれたまえ」
「ウフフ、勿論よ……」
「何事も遠慮無ければ近憂ありって言うしな」
「僕達は僕達が出来る事をするまでです」
こうしてジュノ・エルベルト・ウルスラ・アイザックの4人は、ガーヴェックに残る事となり――
「行きましょう、クレオさん……!」
「俺達で【全てを貪り食いし者】を食い止めるんだ……!」
「この惨禍に【本物】の終止符を打ちましょう、私達の手で……!」
「ティアナ……ショーン……アデラ……うん、そうだね。これはあたし達が終わらせなきゃね……!」
アデラ・ショーン・ティアナ・クレオの4人で銀砂の段丘へと赴く。
【全てを貪り食いし者】スザンヌに引導を渡す為に――




