故郷の凋落
アデラ達は深手を負ったクレオを担いで例の空き家に逸早く戻り、彼女をベッドに横たわらせるや否や、ジュノが必死に救命治療を施す。
「ジュノ……クレオさんの容体は……?」
「傷が心臓に届いてないのが救いだが、それでもかなり危険な状態だ……」
「どのくらい経てば意識が戻るんだ?」
「済まねぇ……こればかりは、俺でも皆目見当が付かねぇ」
「クレオさん……」
クレオが刺された現場に居合わせた3人は気が気でならなかった。
――――――――――――――――――
意識の無い中、クレオの頭の中では、幼少期の頃の親友との出会いの記憶が、走馬灯のように映し出されていた――
「あんなにいっぱい作ったのに、2日掛けて売っても、パン1個分のお金にしかならないなんて……でも、食べられるだけでも幸せだと思わないとね」
自身の糸を使って編んだ、子供用の衣類や簡易的な縫い包み、小さなレース等を売って儲けた金で、少し大きめのコッペパンを購入した。
当時の彼女にとっては、2日ぶりの食事だった。
「早く食べて、次の為に精を出さないと……いただきま――」
「そのパン……私にちょうだい」
突然現れた同い年くらいの少女。異様に痩せ細っていて、見るからに十分に食べていないのは明らかだった。
「もう3日も何も食べてない……お腹空いて死にそう……私は生きたいの……1人で生きていかなきゃいけないの……だから……」
そこまで言うと、少女は徐に短剣を取り出す。
「あなたを殺してでも……絶対にパンを食べてやる……!」
クレオを脅そうとしているが、目からは涙がぽろぽろと溢れ、短剣を持った手はガタガタと震えている。非力でありながら虚勢を張っているのがバレバレであった。
そんな少女の様子を見て、クレオは「やれやれ」といった感じで首を振ると、持っていたパンを半分に千切り、少女の許へと歩み寄る。
「半分あげるよ。少ないけど、食べないよりはマシだよ」
自分が食べる分が少なくなるのは百も承知だが、それが彼女の本心だった。
だが少女は、余程辛い境遇に晒されて何も信じられなくなっていたのか、クレオを睨み付けながら、更に短剣を強く握り締めてじりじりと後退る。
「そんな優しい言葉なんかに騙されないよ……どうせ油断させて、私を殺す気なんでしょ……!?」
彼女は相当捻くれている――そう感じたクレオは「ハァ~……」と溜息を吐いて、呆れながらも敵意の無い事を示すように微笑む。
「あたしはそんな事絶対にしないよ。だって、大事な物は誰とでも共有しないと」
「……!」
「あたしクレオっていうの。あなたの名前は?」
少女は短剣を下ろし、涙を拭いながらその名を呟いた。
「……ペトロニラ」
――――――――――――――――――
気落ちしている3人の許に、アイザックがそっと歩み寄る。
その手には1枚の紙切れが……
「取り込み中のところ申し訳無いが、実は今し方私達の許に手紙が届いたんだ」
「手紙……? 誰からですか……?」
「それが……【全てを貪り食いし者】だと……」
「「「……!」」」
その二つ名を聞いた3人は、反射的に紙切れを手に取る。
そこにはこのような言葉が認められていた。
――親愛なる友及び取り巻き達へ
――砂漠に隠された街・イーアゾックへ来たれよ
――見せたき物ここにあり、御殿にて待つ
「挑発のつもりか? 随分と無礼た真似してくれるな、こいつは……!」
ショーンが肩を震わせて悪態を吐いていると――
「あれ? ちょっと待って」
アデラが何かに気付いた。
「隅のところに、走り書きのメモみたいなのが……」
彼女が指差す箇所には、確かに小さく速記で書かれたような文字があった。
「【御殿の書物庫――領主スペンサーの手記】……これは一体……?」
「兎も角、そのイーアゾックって所に行けば、きっと何か分かる筈……!」
「アデラが行くのなら、俺も同行するぞ。例えこれが罠への誘いだとしても受けて立ってやる……!」
「ならば、私も行きます。この人の真意を聞き出さなければ……!」
イーアゾックへ向かう意思を示してはいるが、3人にはクレオを災難に遭わせてしまった後ろめたさもあるのかもしれない。
「では私も行かせてもらおう。3人だけでは心許無いだろうし」
アイザックもサポーターとしてアデラ達に同行し――
「ジュノ君は引き続きクレオ君の療治を頼む」
「あぁ。だが俺は付きっ切りになるだろうから、クレオの許を離れる訳には……」
「なるほど……新たな治療道具や薬の調達役が必要という訳か……エルベルト君、ウルスラ君……どうか頼めないかな?」
「はい、謹んでお受けします」
「ウフフ……お安い御用よ……」
残る3人はクレオの治療に専念する為、ガーヴェックに残る事になった。
こうしてアデラ・ショーン・ティアナ・アイザックの4人は、砂漠に隠された街――イーアゾックへと発って行った。
――――――――――――――――――
「ふぅ……やっと着いたわね……」
アデラ達4人は長い旅路を経て、大陸南西部に位置するイーアゾックに到着した。
ショーン曰く、イーアゾックは――スザンヌの手紙に記された通り――周囲一帯が砂漠に囲まれた小さな街なのだという。
スペンサーという領主が統治しており、宝玉や砂金が発掘される事でも有名らしいが、その発掘の任を担っているのは、スペンサーによって駆り出された街の貧民達であり、四六時中飲まず食わずで働かされている上、動けなくなれば見張り兵によって容赦無く殺されるという。
トラヴィスが存命していた頃のポスマーニ以上の悪政に、イーアゾックの住民は長年苦しめられているという事だ。
そんな情報に辟易していると、前方から神官風の衣装を纏い、三つ編みにした茶髪を靡かせる1人の女性が近付いてきた。
その女性は正気を失ったような虚ろな目をしていて、何か良くないものに憑依されてしまっているようでもある。
「おぉ……悩める小鹿が迷い込んできたようですね」
「えっ……? あなた誰……? いきなり来て何を……?」
「申し遅れました。私は敬虔な主の信徒であります、ニネットと申します」
ニネットと名乗る女性から醸し出る異様な雰囲気に、アデラ達は若干引いているようである。
「この世は苦痛に満ち溢れています。解放されたくば、主を信じるのです。主はあなた達と変わらぬ存在……故に苦悩を理解し、道を示してくださいましょう」
胡散臭い宗教への勧誘なのだろうか、アデラ達は彼女の言葉を話半分に聞く。
すると、既に呆れ気味になっていたショーンが口を開く。
「下らない説法に興味は無い。その主とやらの許に帰れ」
「……何と不躾な。主の声が聞こえないのですか?」
「あぁ、聞こえるさ。お前の撓に実った桃を思う存分揉み拉きたい、とな」
「……っ!?」
耳を塞ぎたくなるような言葉を聞き、ニネットは絶句するや否や、目を血走らせて表情を大きく歪ませると――
「主を冒涜する不届き者めっ……! 地獄に堕ちなさい……!」
捨て台詞を吐き、その場から離れる。
「ショーンさん……何てはしたない事を……」
「私やティアナさんの横で卑猥な言葉出さないでよ……!」
だが絶句していたのは、ニネットだけでは無かったようだ。
ティアナは顔を青褪めさせ、アデラは彼の頭をピシャリと叩く。
「ああいう胡散臭い奴は、態と憎まれ口を叩いて、関わりを持たない方が得策だ。とはいえ、少々言葉が汚かったのは否めないがな……」
「今後は自重したまえ、ショーン君……」
アイザックも頭を抱えながら小声で注意するのが関の山のようだ。
兎にも角にも、手紙に記された御殿へ向け、アデラ達は再度歩を進めていった。
――――――――――――――――――
アデラ達が御殿へと向かっている頃、街の隅でニネットが辻説法を説いていた。
彼女の周囲には既に数人の貧民が集まっているが、時が進むに連れ、誘われるかのように、1人また1人とその数を増やしていく。
「蓄えを持たざる哀れな小鹿達よ……主を信じなさい」
先ずは決まり文句で、己の主張を展開し――
「その昔、私も小鹿でした。あなた達と同じような……ある領主に飼い馴らされ、家畜同然に扱われていました。鎖に繋がれ二足で立つ事すら許されず、納屋に閉じ込められ豚と同じ餌を食わされました」
過去の凄惨な生い立ちを語って共感を得――
「しかし、道は開かれたのです……! 主が現れたもうたが為に……! 主はその忌々しい領主を八つ裂きにし、醜い皮を剥いで、私の目の前で晒し者にしてくださった……! こうして私は、自由の身を勝ち取ったのです……!」
主こそが【本物】の救世主であると崇め奉り――
「さぁ、集まりし哀れな小鹿達よ……今こそ主を信じるのです……! さすれば、必ずやあなた達には【本物】の夜明けの時が来るでしょう……!」
必ず明るい未来がある事を高らかに宣言した。
――――――――――――――――――
「ここが噂の御殿ね……」
遂に目的地である御殿に辿り着いたアデラ達。
百単位で部屋が存在しているであろうその圧巻な出で立ちに、誰もが息を呑む。
「流石は領主の邸宅といった雰囲気ですね……」
「一介の盗賊なら金目の物を狙うのに絶好の標的だと思いそうだが、あれではそう簡単にはいかないだろうな」
そう呟くショーンの視線の先には、ゴトラ風の布で頭を覆い、カンドゥーラ風の衣装を身に纏った数多くの男達が、周囲を警戒するように佇んでいる。
目視出来るだけでも30人は下らないだろう。
「見た感じ、見張りは抜かり無さそうだね。きっと金が有り余ってるんだろう」
「そうなると他の出入口も同じような警固の可能性がありますね」
「何とか進入出来る隙を作れればいいんだがな……」
3人が無理難題に頭を悩ませていると――
「……私が単身で正面突破するわ」
アデラが突拍子も無い言葉を口にする。
「ア、アデラ君……!? 正気か……!?」
「1人で押し掛けるなんて無謀ですよ……!」
「正面で派手に暴れてやれば、間違い無く見張りは総動員せざるを得ないでしょうね。でもそうすれば――」
「他の出入口の警備が手薄になる……俺達はそこから進入すればいいんだな?」
「そういう事。それに向こうも、こんな身形の女が1人で乗り込んできたら、無礼て掛かってくると思うのよね」
「で……ですが、流石に危険が大き過ぎるのでは?」
身を案じて狼狽えるティアナ。そんな彼女を宥めるように、アデラは棒を手にして「ティアナさん」と真剣な眼差しで見詰める。
「クォージウス大陸の秩序を長期に亘って保つ為に、大陸で1位2位を争う棒捌きの実力を習得し、幾多の武勲を立てた異国の棒術師は、4つの属性魔法の力を得たこの棒に……そして、私を信じて【本物】を見つける旅路に同行してくれている皆さんに誓って……決してしくじりませんので……!」
嘘偽りの無い彼女の強い意志に、ティアナも折れるしか無さそうだ。
「アデラ君を信じよう」
「……分かりました。アデラさんに聖炎の御加護があらん事を」
「よしっ……俺達は他の出入口を、早いところ見つけ出そう」
アデラにその場を託し、3人は進入出来そうな場所を探しに向かう。
それから程無くして、10人程の見張り兵がアデラの存在に気付いたのか、一斉に駆け寄って彼女を取り囲み、剣や槍や鞭といった武器を手に構える。
「そこの女、何者かっ!?」
「格式高い御殿に、そんな恰好で足を踏み入れるとは、身の程知らずがっ!」
「ハァ……身の程知らずはどっちなんだか」
「何っ!?」
「私の棒術を受けても、同じ事が言い続けられるのかしら?」
「フンッ! 大人しく引けば良かったものを……そんな棒1本で何が出来る!?」
「棒1本だからこそ出来る事もあるのよ? その身を以て教えてあげるわ!」
「虚勢を張りよって……後悔しても遅いぞ……掛かれぇっ!」
見張り兵が一斉に襲い掛かり、アデラはニヤリと口角を上げながら棒を構える。
――――――――――――――――――
アデラの安否を気にしながら、3人は御殿の裏手に足を運んだ。
「俺が確認した限りでは、ここが最も手薄だ。だがそれでも、10人程度で警固しているようだがな」
「ここから先はアデラ君次第という訳だね」
「でも、本当にアデラさん1人に任せて大丈夫だったんでしょうか……?」
「あいつの棒術は【本物】だ。味噌を付けはしないだろう」
「私達の中で1番アデラ君と長くいるショーン君が言うんだ。間違いないよ」
「そうだと良いんですが……」
「正面より侵入者あり! 総員で援護に回れ!」
「「「……!」」」
突然声がした方へ3人が顔を向けると、見張り兵達が血相を変えて一斉に御殿の中へと消えていくではないか。
「どうやらアデラ君、きっちり仕事を熟しているみたいだね」
「あぁ……杞憂に終わったみたいで安心しました……」
「今の内に進入するぞ……!」
3人は無防備となった出入口から御殿内へ進入した。
正面玄関先では、アデラが見張り兵達を次々と倒している。
「そんなんで見張りが成り立つのかしら? あんた達の主も見る目無いわね」
「スペンサー様を愚弄するか!? 恥知らずの痴女めっ!」
「女1人止められないあんた達の方が恥の上塗りよ!」
挑発しながら、続々と現れる見張り兵達を駆逐していくアデラ。
その様子を、進入した3人が、通路の陰から見守っている。
「あれ程の見張り兵を1人で退けるとは……やはりアデラさんは頼もしい【本物】の棒術師ですね……!」
「感心している場合じゃないよ、ティアナ君……一先ず彼女と合流して、残っている見張りを撒かなければ……!」
「それなら俺に任せろ……!」
そう言ってショーンが一気に飛び出していく。
「一体何人雇ってるのよ!? 切りが無いわ!」
ここまで100人近くを相手にし、流石に疲弊の色が見えてきたアデラだが、倒せども倒せども湧いて出てくる見張り兵に多少の苛立ちを覚え始める。
「アデラ! こっちだ!」
「……!」
そんな時に聞こえた声に反応し振り向くと、ショーンが「急げ!」と手で合図を送り先導しようとしている。
彼女は透かさず彼の指示に従って駆け出す。
「待てっ! 逃がすかっ!」
当然見張り兵達が追い掛けてくるが、隠し通路に潜んでいたティアナとアイザックの助けもあり、間一髪撒く事が出来たのだった。
――――――――――――――――――
その頃、御殿の前にニネットが姿を現した。
多くの信者達――先程の辻説法に感化され、純白の服に身を包んだ貧民達――を引き連れて……
見張り兵達はアデラに次々とやられ、今や御殿の警備は手薄である。
その光景を目の当たりにしたニネット達は、神に――主に背中を押されたような感覚となっている事だろう。
「皆さん、遂に機は熟しました……! 今こそ夜明けの時……!」
天を仰いで両腕を広げ、自分達の使命を声高に叫ぶ。
「富める者に裁きを! 蓄えを持つ者に粛清を!」
「富める者に裁きを!! 蓄えを持つ者に粛清を!!」
「驕れる者に裁きを! 多くを求む者に粛清を!」
「驕れる者に裁きを!! 多くを求む者に粛清を!!」
信者達は一斉に御殿へと雪崩れ込み――
「なぁっ!?」
「うおぉっ!?」
御殿内に残っている見張り兵を短剣で次々と殺め、奥へ奥へと進んでいった。
――――――――――――――――――
一方、見張り兵を撒いたアデラ達は、本が所狭しと保管された一室にやって来た。
「ここは……書物庫ね」
「そういえば例の手紙に、書物庫に関するメモがありましたね」
「確か【領主スペンサーの手記】だったな」
「何か重要な事が書かれてるんだろう。手分けして探そう」
4人は目を皿のようにして、本棚を隈無く見て回る。
暫く探していると――
「あった……!」
アデラが漸く見つけたようだ。
その声に反応し、3人がすぐさま駆け寄る。彼女の手には、表紙に【領主スペンサーの手記】と書かれた1冊の本が握られている。
「じゃあ、開くわよ……」
恐る恐る中を開き、書かれている文字を読み上げる。
――その当時、私は一介の宝石商に過ぎなかった
――大陸中を放浪し、幾多の石を売ってきたが……
――イーアゾックの宝玉と砂金は、他を凌駕する値が付いた
――だからこそ私は近付いたのだ、あの夫婦に……
――ハーメネイ家はイーアゾックの領主だった
――宝玉や砂金を独占し、莫大な財産を築いていた
――だが、当主のオリバー・ヴィオラ夫妻は善人だった
――蓄えを民に施し【白金の泉】は安寧を得ていた
――私は2人に取り入る事にした
――足繫く通い、多くの宝玉や砂金を仕入れた
――じゃじゃ馬の一人娘に媚びを売ってまで……
――私の目的はただ1つ……【白金の泉】だけだ
――軈て私は計画を開始した
――手練れを雇い、ハーメネイ家と繋がる商人達を殲滅し……
――この地一帯の流通路を完全に遮断した
――それは同時に、街の食糧の枯渇を招いた
――食糧を外部に頼っていたイーアゾックは飢餓に瀕した
――私は食糧を求めた渡航者をも殲滅した
――こうして一月も経たぬ内に、ハーメネイ家は没落した
――彼等の財産は、価値を持たないゴミ屑となったのだ
――2人は衰弱し切った民を守る為……
――全財産と領主の座を、信頼を寄せる私に譲渡した
――そして私は元当主の2人を処刑し、遂に念願を手にしたのだ
――追い求め続けた【白金の泉】を……
「……度し難いとしか言いようが無い」
アイザックがそう絞り出すのが精一杯という程に、領主スペンサーが欲望に取り憑かれた救いようの無い人間である事が露呈してしまった。
「財産というものは、そこまでして手にしたいものなのかしら?」
「それに、この手記とスザンヌには、一体どんな関係が……」
「……っ! まさか……!」
ショーンが何かに勘付いた、正にその時……
「オオオオォォォォ!!」
「「「「……っ!?」」」」
何処からか多くの人間がこの御殿の中へ押し掛けている激しい声が、4人の耳に飛び込んできた。
「一体何が起こったんですか……!?」
「向こうの方から聞こえているようだ……!」
「俺の勘が正しければ、これはかなりヤバい状況だぞ……!」
「なら急いで行かないとっ……!」
アデラ達は足早に、声のした方へと駆け出していった。
――――――――――――――――――
「くっ……! 何をしている!? 早くやれっ! 殺せぇ!!」
多くの宝玉や砂金が貯蔵された部屋で、領主スペンサーは追い詰められていた。
【全てを貪り食いし者】スザンヌによって……
護衛を務める見張り兵など、彼女にとっては蟻も同然。一瞬にして殲滅し、不気味な笑みを浮かべ、残された領主を見詰めながら歩み寄る。
「私の事覚えてる……? 馬鹿領主さん……」
「ひいぃっ……! き、貴様のような女など知らん……! そ、それよりも……何が望みだ? こ……この宝玉と砂金か? い、いくらでもくれてやるっ……! だから……私の命までは取るな!」
部屋一面に転がっている宝玉と積まれた砂金の山々を見渡したスザンヌは、蔑むような低い笑い声を漏らし、再び冷ややかな視線をスペンサーに向ける。
「誰が欲しがるのよ……そんな馬鹿玉と馬鹿砂を……」
すると、ニネットが多くの信者を連れて部屋に入って来るや否や、全員でスザンヌへの忠誠を示すようにその場に跪く。
「全てあなたの仰せの通りに致しました」
「そう……いい働きぶりだったわ……有難う……」
スザンヌは微笑みながら、ニネットの許に歩み寄って彼女の頭を優しく撫でる。
ニネットは感無量と言わんばかりに恍惚の表情を浮かべる。
「あぁ……そうです……私はあなた様の従順なる下僕……我が主はあなた様だけです、スザンヌ様……!」
「……スザンヌ?」
聞き覚えのある名前に反応するスペンサー。そしてそれは同時に、彼の過去の記憶を呼び覚ます切っ掛けとなった。
「ま、まさか……! 貴様は……ハーメネイ家の一人娘……スザンヌ・ハーメネイなのか……!?」
「馬鹿遅過ぎるのよ、思い出すのが……」と言いたげに顔を歪ませるスザンヌだったが、すぐさま不気味な笑みを浮かべて、徐に彼の方を向く。
「やっと思い出したみたいね、馬鹿商人上がりの馬鹿領主……まさか久々の実家がこんな事になってるなんてねぇ……でも、今日まで待った甲斐があったわ……馬鹿豚が馬鹿みたいに馬鹿太りするまで、ね……」
彼女がパチンと指を鳴らすと、信者達は全員一斉に立ち上がり、短剣を握り締め、スペンサーを包囲していく。
「さぁ、思い出しなさい……あの日を――惨めで貧相だった毎日を……その恨み辛みを短剣に込めて……1人ずつ、一突きずつ……この馬鹿豚に己の心の内を伝えてやりなさい……!」
信者達はじりじりと、スペンサーとの距離を詰めていく。
「止めろ……! 止めてくれええぇぇ!!」
命乞いの悲鳴など聞く筈も無く、1人の信者が彼の胸に短剣を突き刺す。
痛みに悶える中、間髪入れずに別の信者の短剣が腹を突き刺す。
血を吐いて倒れてもなお、信者達はその身体に短剣を突き立て続けた。
腕にも脚にも頭にも顔にも……
刺せる箇所が無くなるまで、信者達は1人ずつ彼の肉体を抉っていった。
――――――――――――――――――
ニネットが部屋から出ると、そこには騒ぎを聞いて駆け付けたアデラ達の姿が……
ショーンの言葉を思い出し吐き気を催した彼女には、同時に主を侮辱した事に対する殺意が芽生えていた。
「あなた達……あの時の……やはり邪魔をする気なのですね? 主に牙を剥くとは……何と愚かな……!」
同じような言葉ばかり口にする事や、主への従順過ぎる態度に嫌気が差したショーンは、呆れるように「はぁ~……」と大きな溜息を吐く。
「了見が狭い女は、老若男女満遍無く嫌われるぞ。大人しく道を開けてくれるなら、俺達がお前に【本物】の救われた世の中を見せてやってもいい。お前にとっても決して悪い話では無いと思うが?」
挑発とも取れる嫌味に、ニネットは唸り声を上げるや否や、痺れを切らしたかのように、己の武器である杖を素早く取り出し構える。
「スザンヌ様の許へは……断じて行かせない……!」
「視野を広めるつもりは無い……か」
「でもこっちとしては、その方が寧ろ好都合よ……!」
「えぇ。複雑な心境にならなくて済むんですから……!」
対抗姿勢を見せるように、各々の武器を手に構える。
「主に背きし哀れな小鹿共……死を以て主に許しを乞いなさい!」
ニネットが、その場に駆け付けた数人の信者と共に襲い掛かった――




