7つの大罪
アデラ達はクォージウス随一の港町と称されるミオザークに到着すると、その足で酒場へと直行した。
ジュノが提案した上下一心の親睦会と銘打った祝勝会兼慰労会を行う為だ。
そこでは、世にも珍しいヨツバサミガニをふんだんに使った料理が振舞われ、酒も進んだ事もあり、盛大な賑わいを見せた。
夜分遅くまで楽しんだ一行は、すぐ近くの宿屋で休む事となった。
そして、夜も更けた頃――
――――――――――――――――――
汝よ……【正義に選ばれし者】よ――
其の方は【正義】の力を宿した指輪を使い――
多くの人や事を、正しき【本物】の方向へと導いた――
そして何より其の方は――
此度の旅で多くの【本物】を目の当たりにし、手にしてきた――
其の方の働きぶりには、実に度肝を抜かされる――
されど、汝は既に気付いている筈だ――
其の方が望む【本物】は――
常に歪められた【正義】の闇に包み隠され――
【欲望】の巨壁に阻まれている事を――
なれど、決して臆するでない――
汝の持つ7つの信念と、共鳴する者達の【本物】の志――
それ等を貫き通し、良き方向に作用すれば――
厚き巨壁を砕き、暗き闇をも照らしてくれよう――
さぁ……更なる【本物】を見つけるのだ――
そして、この先の汝の旅が、実り多きものにならん事を――
――――――――――――――――――
「……はっ!」
あの時の声が頭の中で聞こえ、アデラは宿屋のベッドの上でパッと目を覚まし、徐に上体を起こす。
もう朝を迎えたのかと思い窓を見るが、外はまだ暗く、差し込んでくるのは月の光だけだった。
部屋のベッドの1つでは、ティアナが小さな寝息を立てながら眠っている。
だがよく見ると、もう2つのベッドで寝ていた筈のクレオとウルスラの姿が無い。
不審に思ったアデラは、音を立てずにベッドから下り、静かに廊下へと出る。
すると不可解な事に、下の階から薄らと明かりが漏れており、微かではあるものの人の話し声も聞こえてくるではないか。
一体誰がこんな夜更けまで起きているのか――そう疑問に思ったアデラは、明かりに吸い寄せられるように廊下を歩き、階段を下りていく。
下の階に着くと、談話室のようなやや広めのスペースに、小さなテーブルを囲んで何やら真剣な表情で話をしている3つの人影を目視する。
「あら……?」
すると、そんなアデラに気付いた1人が小さく声を出し、残る2人も彼女の方へと視線を向ける。
「クレオさん……ウルスラさん……アイザックさん……」
そこにいたのは、所謂サポーター組の3人だった。
「どうしたんだぃ、アデラ……眠れないのかぃ?」
「眠れないというか……目が覚めちゃったというか……」
「そうか……なら丁度良かった。実は、君に話しておこうと思っていた事があってね……どうかな? 紅茶でも飲みながら」
「……」
アデラが逡巡していると、ウルスラが「そこに座って……」といった感じで、微笑みながら空いている椅子を差し、紅茶を淹れる為に一旦席を外す。
流石に3人の誘いを無碍にする訳にはいかないと思ったのだろう、アデラは素直に指定された椅子に座った。
程無くして、彼女の手元にハーブティーが入ったティーカップが置かれ、運んできたウルスラは自分の席に戻る。
アデラは用意されたハーブティーを一口飲み、フーッと息を吐くと、アイザックに視線を向けて「それで……」と口を開く。
「私に話しておきたい事って何ですか?」
「あぁ、そうだったね……実は……」
アイザックは一瞬だけ逡巡し、2人の方へ視線を向ける。
クレオは「言ってやんな」といった感じで頷き、ウルスラも「話してあげて……」と言わんばかりに手を差し出す。
そんな彼女達の反応を見て、再びアデラへと視線を移す。
「2人には既に話したんだけど……君の指輪の事なんだ」
「指輪ですか?」
そう言われ、右中指に嵌められた指輪を見詰めるが――
「そっちじゃないよ。君がこれまでの旅で取り戻した4つの方だよ」
「あぁ……」
訂正を受けて、ポーチの中の指輪を取り出そうとするアデラだったが、アイザックは「出さなくても大丈夫だよ」と手を前に出す。
「それ等の指輪には、一体どういった力が宿っているのかな?」
「ど、どういったって……いきなりそんな事聞かれても……」
「焦らなくていいわ……じっくり思い出してみて……」
「例えば、指輪を持ってた奴等が、力を解放する際に言った言葉とか……」
「言葉……ですか……」
アデラはやや俯きながら瞑想し、記憶を呼び覚まそうとする。
エドガー……カーティス……イメルダ……そしてトラヴィス……
彼等は人ならざる存在に変貌する直前、呪文のようなものを唱えていた。
誰もが似たり寄ったりの言葉を発していたものの、唯一の違いといえば――
「あっ……若しかして……」
「何か思い出せたみたい……?」
「確か……【強欲】と【憤怒】と【嫉妬】と……後は【傲慢】だったかと……」
「……やはりそうか」
「アイザックの見立て通りだね」
「十中八九間違い無さそうね……」
「へっ……? どういう意味ですか……?」
合点がいったような表情を浮かべる3人に対し、アデラはただ頭の上にクエスチョンマークを浮かべるのが関の山のようだ。
そんな感じで困惑する彼女に向けて、アイザックは「アデラ君」と神妙な面持ちで口を開くと――
「君にとっては少々飛躍した感じに聞こえるかもしれないが、今後の為にも聞き流す事無く頭に刻み込んでもらいたい」
「は、はい……」
アデラは緊張した様子で固唾を呑む。
「指輪に宿っている神々の力とは即ち……【7つの大罪】だ」
「な、7つの大罪……?」
初めて耳にする言葉を聞き首を傾げる。
「過去にある文献で目にした事があってね……古来人類を破滅へと導く可能性があると見做されてきた欲望――それが【7つの大罪】なんだ」
「その強大な欲望の力が納められた指輪が封印されていたから、聖域に立ち入ったり指輪に触れたりする事は、身を灰と化される――文字通り破滅へと導かれる禁忌として大陸中の人達に知られてるんだよ」
「でも5年前……神々の逆鱗を恐れない不届き者が聖域に侵入して封印を解いたが為に、指輪は大陸中に散らばった……そして、それを手にした欲深い人達が、その力に魅入られてしまった……」
その結果、破滅という名の不幸に誘われた4人は命を散らした。指輪を手に入れた事で、過ぎた欲を掻き続けたが故の末路と言えるだろう。
するとアデラは、何か勘付いたのか「あれ……?」と小さく声を漏らす。
「という事は、あと3つの指輪にも【7つの大罪】の力が……?」
その言葉に、3人は無言で首を縦に振る。
「残っているのは【暴食】と【色欲】と【怠惰】……こうしている間も、指輪は拾い主の欲望を吸い取り続け、更なる力を得ていないとも限らない」
「……」
指輪の力に魅入られた者は必ず己の破滅を呼び寄せる――それは取り戻した指輪の拾い主達が、その身を以て既に証明している。
残る3つの指輪を拾った者達にも、同様の結末が大口を開けて待っているに違いない――そう考えるアデラは、混沌に陥り掛けている大陸の未来は勿論、欲望に駆られる者達の行く末を案じずにはいられなかった。
ところが暫くして、緊張の糸が切れたのか、あるいは張り詰めた空気に疲れたのか、アデラは次第に目をショボショボさせて、こくりこくりと頭を動かし始める。
「おや? 船を漕ぎ出したみたいだねぇ」
「すみません、何か急に眠気が襲ってきて……」
「少し話が長引いてしまったね。今日はもうゆっくり休むといいよ」
「有難う御座います……それじゃあ、お言葉に甘えて……お休みなさい」
「お休み、アデラ……」
アデラは椅子から立ち上がって3人に一礼すると、欠伸をしながら階段を上がっていき、部屋へ戻るや否やベッドに横たわりそのまま眠りに就いた。
あの声の通り、今後の【本物】探しの旅が実り多いものになる事を祈って――
次話より【第5章 暴食を授かりし者】スタートです




