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忠告と猜疑

大陸北部に位置する雪国・オーシェンウーカ――

クォージウスが誕生した際、大陸を司る聖炎の神・アグラウスが降臨した地と言われ、それを機に、アグラウス神と聖炎を崇める聖炎教会が発足。程無くして、その大本である大聖堂がこの地に建立された。

大聖堂の中には、教会のシンボルともいえる青く清らかな炎――大聖炎が、祭壇の中で力強く上がっている。

その炎を真剣な眼差しで見詰める、祭服を身に纏い杖を携えた老人の姿が……

聖炎教会の教皇・ヨハンだ。


「【正義に選ばれし者】――名はアデラ……彼女とその同志達により、4つの指輪が闇から救い上げられた……」


非常に喜ばしい事を口にしている筈だが、その表情に笑みは無かった。


「だが、これで終わりではない……全ての指輪が、在るべき場所へ同時に導かれなければ……それを一刻も早く進言せねばならぬ……其方が……」


そう言って後方を一瞥するヨハン。

そこにはオフホワイトカラーのマントを羽織り、フードで顔を覆った1人の男が佇んでいた。


「……炎の赴くままに」


男は徐に開いた右手に現れた青く澄んだ炎を見詰めながら呟くと、足早にその場から立ち去って行った。


――――――――――――――――――


その頃、ポスマーニを後にしたアデラ達一行は程無くして、黒いローブを纏った3人の男達と鉢合わせ、足止めを食らっていた。


「貴様等【正義に選ばれし者達】だな……」

「な……何なの、あんた達? 一体何処の誰なの?」

「そんな事はどうでもいい……貴様等には忠告すべき事がある……」

「忠告?」

「その指輪から手を引け……さもなくば、貴様等に待つのは死のみだ……それ故に、指輪を全てこちらに渡してもらおう……!」


陳腐な脅し文句ではあるが、今は亡きトラヴィスと同様、アデラが持つ指輪の強奪が目的である事に相違無さそうだ。

アデラ達は戦闘態勢に入る為、各々の武器を手に取ろうとする。

だが次の瞬間、男達の背後から、フードを被り、オフホワイトカラーのマントを羽織った1人の男が駆け寄っていき、透かさず剣を引き抜くと、2人の男の背中を一瞬で斬り付ける。

斬られた男達はその場に倒れ、残された男はそちらへと視線を向ける。


「何奴っ……!?」

「青く清き炎は己が魂、己が守り人……邪な大罪を焼き尽くせっ!」


叫んだ男が持つ剣が青い炎を纏い、ローブの男に振り下ろされると、彼の身体が青い炎に包まれる。そして断末魔の声を上げながら、その場で絶命した。

あっという間の出来事に、アデラ達は言葉を失って立ち尽くす。

すると男は「驚かせて済まなかった」と詫びながら、アデラの許へと歩み寄り、被っていたフードを外して素顔を晒す。

水色の長髪を靡かせ、()()()を向けてくるその顔は、見るからに美男である。


「其方が【正義に選ばれし者】アデラだな?」

「えっ……? どうして私の事を……?」

「聖炎教会の教皇から、其方と同志の活躍の話は常々聞いていた……おっと、済まない。私は聖炎環護長・ホーヴァンと申す」


ホーヴァンと名乗るその男は深々と頭を下げる。


「セイエンカンゴチョウ……?」

「神々の力を宿した指輪の守護の任を担う者――とでも言おう」


聞き慣れない言葉に首を傾げるアデラに、内容を簡潔に説明するホーヴァン。


「聞くからに、何だか途轍も無くすごい感じだけど……そんな任務を担っている人が、どうしてここに?」

「其方達に御礼と忠告を伝えに、な」


忠告という言葉に、僅かに眉を顰めるアデラだったが、ホーヴァンは特に気にする様子も無く話を続ける。


「神々の力を宿した指輪は、本来あるべき場所へ導かれ、封印されなければならないのだが……どういう訳か、クォージウスのあらゆる場所へ散らばり、欲に飢えた者達の手に渡り、大陸の世を混沌に陥れた。人類の欲望は底無しの谷の如く深く、そして許されざる大罪だ。だが4つの指輪は、其方達が無事に取り戻してくれた。改めて感謝する」


そう言って頭を垂れるホーヴァン。

片やアデラは、4つの指輪が入ったポーチを一瞥し、一瞬だけ手を添える。


「だが指輪は……あと3つ存在する」

「あと3つ? という事は、指輪は全部で7つあるの?」


ホーヴァンは小さく頷き「如何にも」と答える。


「このクォージウスの何処かで、闇へ堕ちようとしている。放置すれば、再び混沌の世へと逆行してしまう……手遅れになる前に探さねば……」


残る3つの指輪を手にした者達が、在りし日のトラヴィスがそうであったように、自分が持っている全ての指輪をも欲さないとも限らない――そう考えたアデラは、ある提案を思い付いたのだが……


「ならせめて、4つだけでも封印しておいた方が――」

「それは(かえ)って危険だ」


彼の口から危険という言葉が出てくるとは思わず、アデラは息を呑む。


「7つの指輪は互いに干渉し合って、力を均衡に保とうとしている。分かりやすく言えば、いくつかの指輪の力が弱まれば、その他の指輪の力が強まるという事だ」

「それって、つまり……」


アデラの呟きに応えるように「察しての通りだ」と頷くホーヴァン。


「今ここで4つの指輪を封印してしまえば、残る3つの指輪の力が強大化し、下手をすれば制御が利かず暴走しかねない。手の施しようのない程に、な……」

「じゃあ、それを阻止する為には……」

「7つの指輪を同時に聖地へ封印する他無い」

「その聖地って何処にあるのかしら?」

「大陸の最北端に聳えるミーナケネッグという山がある。そこの山間に、指輪を封印する為の祭壇が鎮座しているそうだ。だがそこは、其方が持つ【正義】の力が宿りし指輪に選ばれた者しか立ち入れない聖域だ。私のみではどうする事も出来ぬ」

「【正義】の力が宿った指輪……」


アデラは自らの右中指に嵌められている指輪を見詰める。

その時彼女には、指輪が「如何にも我こそが」と答えるように、一瞬青い光を放ったように感じた。


「【正義に選ばれし者達】よ……」


ホーヴァンの声で我に返り、アデラは改めて彼の方へ視線を移す。


「この事態を逸早く収束させるには、其方達の力が必要不可欠だ。()()()を迎えるまで、牙を研ぐ事を怠るな」


そう……1つの区切りは付いたものの、まだ完全に終結した訳では無い。

指輪を全て取り戻し、あるべき場所へ封印しなければならない――その試練がアデラ達に新たに課せられたのだから。


「其方達に話す事は、これが全てだ。では、私は失礼する。其方達に聖炎の御導きがあらん事を……」


そう言ってホーヴァンは深く頭を下げ、アデラ達の許から立ち去って行った。


――兎にも角にも、私達で残る3つの指輪を取り戻して封印する……

――そうすれば、私が探している【本物】もその先に……


その強い思いを心に、アデラは前を見据えて歩を進める。

ところが数歩進んだところで、彼女はすぐに違和感を覚える。後方から全く足音がしないのである。

何事かと思い振り返ると、7人は怪訝そうな表情を浮かべて立ち尽くしていた。


「ん……? どうしたの、皆?」


アデラが彼等の許に歩み寄りながら問い掛けると――


「あのホーヴァンという男……何処かで会った気がするんだ……」


ショーンの口から思いもよらない言葉が発せられた。

他の6人も、彼に同調するように、ほぼ同時に首を縦に振る。


「……えっ?」


7人がホーヴァンと面識がある可能性が仄めかされ、アデラは言葉を失う。


「それって……いつの話?」

「多分……僕達7人が遂行した()()の時、だったと思うんです……」


エルベルトの言葉に、他の6人はまたしても首を縦に振る。


「ねぇ……その()()って、詰まるところどういったものだったの? そろそろ私に話してくれてもいいんじゃないかしら?」


彼女がそう唆しても、誰もが口を噤んでいる。


「何で皆黙ってるの? そんなに部外者に知られちゃいけない事なの? それとも、私が皆との守秘義務を怠るような口の軽い女だって――」

「……分かった」


痺れを切らしたように重い口を開いたのは、意外にもジュノだった。


「俺達は最早管鮑(かんぽう)の交わりだって、お前も言ってたし……何れは話さなきゃいけねぇと思ってたしな……俺から洗い浚い全部話す」


彼の口から、例の任務について語られた。


――――――――――――――――――


7人に課せられた任務とは、簡潔に言えば、大陸の終末の阻止である。

それは今から5年程前――アデラがクォージウスへやって来る直前に遡る。


大陸の最北端に聳える山――ミーナケネッグは、神々の力を宿した指輪が封印されている祭壇が存在する事で大陸中の人々に知られており、誰も立ち入れぬ聖域として崇め奉られていた。

ところがある日、クォージウスを終末へ導かんとする不届き者が、不躾にも聖域に足を踏み入れ、封印されていた指輪の力を解いてしまったのだ。

しかし聖炎教会がそれを察知し、不届き者を粛清する為に、大陸の各地から精鋭を集結させた。それが目下(もっか)アデラと共に旅をしている7人だったのである。

激しい攻防の末、7人は遂に不届き者を征伐する事に成功した。

だが解放された指輪は、既に大陸中に散らばってしまい、そのまま行方知らずとなってしまったのだった。


――――――――――――――――――


「そんな大事件があったなんて……」

「僕達にとってもあまりにも凄惨な惨禍だったので、解散後は出来るだけこの件に触れないようにしていたのですが……まさかアデラさんが切っ掛けで、再び巻き込まれる事になろうとは……」

「皮肉なものだよ、運命というのは……」


指輪を巡る事件のスパイラルからは、どう足掻いても抜け出す事が出来ないのかもしれない――恐らく7人は、そんな複雑な思いを抱きながら、アデラの旅に同行していた事は否定出来ない。故に、彼等が(くだん)の事案を【任務】という言葉で濁していたのも甘んずる他無いだろう。

だがアデラはその瞬間、良心の呵責に苛まれたのだろう、今にも泣きそうな顔をして、7人に対して深々と頭を下げる。


「本当に御免なさい……! 知らなかったとはいえ、私のせいで皆に5年前と同じような苦労と負担を強いる形になっちゃって……!」

「お前は当時この大陸にすらいなかった。そんな忌々しい歴史があったなんて知る由も無かったんだろ? だったら、お前が責任を感じる必要なんて微塵も無い。旅の果ての【本物】を見たいと言っていたお前に変に甘えて、早めに打ち明けなかった俺達にも非はある……済まなかった」


7人を代表して、ショーンが詫びの言葉を返す。そして「これで御相子(おあいこ)だ」と言わんばかりに、彼女の肩をポンと叩く。

ところがアデラは、何か引っ掛かる事があったのか「あれ……?」と小さく零し、徐に顔を上げる。


「ちょっと待って……」

「どうした、アデラ?」

「それってさ……皆はそのホーヴァンって人が、5年前に大陸を終わらせようとした不届き者だって考えてるって事だよね……?」


その指摘に7人は、(あた)らずと(いえど)も遠からずといった感じで、天を仰いだり腕を組んだりしながら「う~ん……」と小さく唸る。


「否……フードを深々と被っていて、顔は全く認識出来なかったからなぁ……そいつの正体があいつかどうかってのは、飽くまでも五分五分ってところだな」

「でも向こうは、あたし達の事を知っている素振りは一切無かったみたいだし……単なる思い過ごしっていう可能性も否定出来ないんだよねぇ」


確かに対峙した事実があるならば、何かしらの反応を示しても不思議では無い。だが少なくとも、先程のホーヴァンの対応からして、7人を恨んでいるような雰囲気は見出せなかった。


「だが、あの剣捌きや立ち振る舞い……あの時の者に非常に似ていた……」

「えぇ……声もそっくりだったわ……」


それでもアイザックやウルスラも、疑念は払拭出来ていない様子だ。

するとティアナが「あの……」と小さく手を挙げる。


「私には、もう1つ気掛かりな事があるんです……」

「何ですか、ティアナさん?」


ティアナは暫く口籠ると「非常に申し上げにくいのですが」と前置きする。


「あの方の肩書……【聖炎】という言葉が頭に付いていたので、少なくとも()()聖炎教会の関係者である事は間違い無いと思うんです……教皇様とも顔馴染みであるような口振りでしたし……ですが私が知る限り、聖炎環護長などという役職は聞いた事がありません……」

「……えぇっ?」


それはホーヴァンという男に対する疑念が更に深まる指摘だった。


「じゃあ、あの人は嘘の肩書を騙って……!?」

「いえ……若しかしたら、私が知らない間に設けられたのかもしれませんし、元から存在していたにも拘らず私が知らなかった可能性もありますので、それだけで嘘だと判断するのは尚早かと……」

「これに関しても確証は無し、か……」


結局ホーヴァンが何を意図としてアデラ達の前に現れて進言をしてきたのか、(もっと)もらしい答えを出すには至らなかった。

そしてこのまま頭を悩ませていても仕方が無いと思い、アデラはパンッと手を叩いて注目させる。


「まぁ、旅の道中で追い追い分かってくる事かもしれないし……今はあまり深く考えないようにしましょう」

「それもそうだな……そうだ。折角だし、何処か近くの街の酒場で祝勝も兼ねた慰労会でもやろうぜ。上下一心(しょうかいっしん)の親睦も深める為にもな……!」

「ったくジュノは……食う事に関しては、相変わらず一丁前だな」

「アハハ……そういうところは本当に変わりませんね、ジュノさんは」

「まぁまぁ、ショーン君もエルベルト君も、そう邪険にするような事言わずに……長旅には息抜きも必要だよ?」

「そういう事なら……あたし、ここから南に下った先にある港町のいい酒場知ってんだよねぇ。良かったら案内してやろうか?」

「本当ですか? 宜しくお願いします、クレオさん」

「ウフフ……きっと最高に美味しい海鮮物に出会えるんでしょうね……」


クレオの先導の下、アデラ達は港町へ向けて南下していったのだった――

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