絶望の終焉
「余は……余こそが……」
全身が焼け爛れた上に両断された状態で、その場に立ち尽くすトラヴィス。
痙攣させながらも、なお悪足掻きのような声を漏らすが――
「お父様……もうここまでです……」
終焉を告げる呪文のような言葉がマーガレットから発せられると、巨大な悪魔は煙のように消失し、本来の人間としてのトラヴィスの姿に戻った。それと同時に彼の指から、赤い光を発する指輪が外れ、アデラの足元へと転がっていく。
彼女がそれを拾い上げると「トラヴィスには荷が重過ぎた」と言わんばかりに、指輪はその光を鎮める。
トラヴィスは苦悶の声を漏らしながら徐に立ち上がり、天を仰ぎ、神に縋るかのように両腕を広げる。
「余は……何者なのだ……? 己の強欲さに身を任せ、私腹を肥やす王か……? 憤怒や嫉妬に荒れ狂い、虚勢を張る王か……? 余は……」
「いいえ……どちらでもありません」
「あなたは、初めから何も無かった……ただの孤独な王です……」
「ぁ……ぁぁ……」
息女と子息からの無情な宣告に、国王は言葉を失い、糸が切れたマリオネットのようにその場に倒れ息絶えた。
――――――――――――――――――
アデラ達が屋上に戻ると、そこでは何も知らないポスマーニ軍と連合軍の兵達が、未だに戦闘を繰り広げていた。
その群衆に向けてエルベルトが「皆さん!」と斬り裂くような声を上げると、その場にいる全員が手を止め、アデラ達の方へと顔を向ける。
「これ以上の争いは無意味です! 今し方、トラヴィス国王は討たれました!」
「この戦い、私達の勝利です!」
姉弟の高らかな勝利宣言に、連合軍の者達が全員勝鬨を上げた。
斯くして件の戦は、マーガレット・タレス王率いる連合軍が勝利を収め、トラヴィスの長きに亘る独裁は幕を閉じたのである。
指輪の存在は、その危うさから人々に隠蔽され、争いを終息へ導いた【正義に選ばれし者達】もまた、ほんの一握りの王のみが知る存在となり、歴史の陰に紛れる事となった。
――――――――――――――――――
そして、時が流れ――
「姉さん……大丈夫?」
「何だか照れ臭いし……やっぱり緊張するわね……」
「まぁ、誰だってそうなるよ」
城の屋上にエルベルトとマーガレットの姿があった。その傍らには、アデラ達7人の姿も……
ただ、マーガレットは深紅の煌びやかな服に身を包んでいる。
そう……彼女は民衆からの支持により、ポスマーニの女王に就任したのだ。
「【正義に選ばれし者達】……あなた達無しでは、この日を迎える事は出来なかった。感謝するわ」
マーガレットはアデラ達に向けて、両手でスカートの裾を摘まんで、軽くスカートを持ち上げながらお辞儀をする。所謂カーテシーと呼ばれる挨拶だ。
「私達もあなたの【本物】の強さが無かったら、きっと途中で心が折れていたかもしれないわ。感謝するのは、寧ろ私達の方よ……有難う、マーガレット女王」
微笑みながら謙虚に感謝を述べるアデラ。
「沈魚落雁の上に閨英闈秀……ポスマーニが誇る才色兼備に感謝されるとは……俺も鼻が高いぜ、ヘッヘッヘ――痛って!」
「あんまり図に乗ってると、いつか鼻毛を読まれるぞ」
ショーンに脛を蹴られ、その場に屈んで悶えるジュノの姿に、アデラ・ティアナ・クレオ・ウルスラの4人は失笑しそうになる。
「まっ、調子外れのジュノ君は扨置き……マーガレット女王、あなたは他に引けを取らない人望や仁徳、そして【本物】の芯の強さを兼ね備えていて、正に王国の長になるべくしてなった女性と言えるだろう。しかし、決してそれに胡坐を掻く事無く、常に国民への傾聴を心掛け、粉骨砕身の精神を忘れないように」
「えぇ。確と肝に銘じておくわ」
「さぁ、そろそろ出番だよ姉さん――否……女王様」
エルベルトに促され、マーガレットは端の方へと歩いていき、城前の広場へと視線を向ける。
そこには、新たなポスマーニの長の誕生を喜ぶ国民達が一堂に会していた。その中には、先の争いで彼女と共闘した同志達の姿もある。
その群衆に向けて、マーガレットは慎ましくお辞儀をする。
「この日を皆さんと共に迎えられた事、大変幸甚に存じます」
喜びに満ちた言葉で、彼女の演説は始まる。
「今から約200年程前、ある王族の諍いが勃発しました。その果てに、王孫によって崖の上に建てられた国――それこそが我がポスマーニです。ですが……人間の欲望とは、底無しの谷の如く深きものです。時が経ち、ポスマーニは多くの国と民を傷付け従えました。そして争いから生まれた国から、また新たな争いを生み続けました。ここにいる皆さんは、その歴史と経験から、大きな痛みと苦しみを分かち合った事でしょう……それでも私達は希望を捨てませんでした。如何なる時も……」
ポスマーニの歴史は、悲哀に満ちたものであった――その象徴を目の当たりにしてきた彼女だからこそ、語られる言葉に重みがあった。
そして同時に、今こそが転換の時である事も訴える。
「皆さんには、守るべきものはありますか? 私にはあります。それは……ポスマーニの未来です。亡き母と兄、そして……共に歩んでくれた弟と大切な者達から託された、希望の光です」
群衆のみならず、後ろで見守る8人の思いも一身に背負う覚悟が彼女にはあった。
自らが未来を照らす光となり、【本物】の平和を実現せんとする覚悟が……
「守りましょう、己が大切なものを……! 守りましょう、己が親と子の温もりを……! 守りましょう、己が家族との掛け替えの無い瞬間を……! 守りましょう、誰もが分け隔て無く与えられた日を……!」
誰にでも守るべきものが存在し、その為なら人は抗う事が出来る――力の籠った彼女の言葉に、誰もが感銘を受けている。
そして……
「そして、共に歩みましょう……! さすれば、その先に必ず、皆さんが望む未来があるのです……! クォージウスに光があらん事を!」
高らかな宣言に、群衆は万歳三唱を行い、歓喜の声を上げた。
そして、ポスマーニとマームストの二国間で再び不可侵条約が締結され、新たな女王の名前は大陸の各地に語り継がれたのだった。
クォージウスを照らす、新たな【光】として……
――――――――――――――――――
「本当に行くの?」
「うん。この国での僕の役目は、一先ず区切りが付いたからね」
演説終了後、エルベルトは城の前にマーガレットとハルマンを呼び出し、再びポスマーニを離れる事を伝える。無論、アデラ達の旅に同行する為である。
「そう……それじゃあ、一旦お別れね」
「また必ず顔を出すよ」
「えぇ、絶対よ?」
「うん」と短く声を発すると、別れを惜しむようにマーガレットと抱擁を交わす。
「ハルマン、姉さ――女王様をお願いします」
「お任せください、エルベルト様」
マーガレットの警護をハルマンに一任すると、エルベルトは2人に背を向け城を後にする。
城前の橋を渡り切った先では、アデラ達7人が待っていた。
「皆さん、お待たせしました」
「本当にもういいの?」
「えぇ。未練がましいものは、何もありませんから」
「まさかお前の方から、俺達に同行したいと言い出すとはな……」
「不束者の愚弟である事に変わりありませんが、また宜しくお願いします」
「いえ……こちらとしてはとても心強いです、エルベルトさん」
「ただその御蔭なのか、金魚の糞みてぇに他の奴等も……」
ジュノが流し目で見詰める先には、サポーターの3人の姿が……
「ちょいと、ジュノ……金魚の糞って、随分と失礼な言い回しをするねぇ」
「せめて『花も実もある同士』とか言ってほしかったわね……」
「まあまあ、以前と同様に上手くやっていこうじゃないか。武士は相身互いだよ」
そんなやり取りを傍目で見ていたアデラは――
「あの夢の通りに……本当に8人になるとはね……」
と、感慨深そうに呟く。
「えっ? 何ですか、アデラさん?」
近くでエルベルトが聞き耳を立てていた事に気付かず、思わず「へっ?」と間抜けな声を漏らしてしまうアデラだったが――
「あぁ、何でも無いの……! ただの独り言だから、気にしないで……!」
と、苦し紛れに取り繕う。
エルベルトも特に食い付く様子も無く、「そうですか」と引いた。
「じゃっ、改めて8人で次の【本物】を見つけに行きましょう……!」
「はいっ、アデラさん……!」
「これだけ人がいれば、益々賑やかになりますね……!」
「賑やかどころか騒がしくなりそうな気がしてならないがな……」
「そんな事言って、また同志が集まれて愁眉を開いてるくせによぉ……!」
「いやはや、今回は前よりも少し長い付き合いになりそうだねぇ」
「ウフフ……私は大歓迎よ……? 刺激のある旅は……」
「新たな興味深いものを目の当たりに出来そうな予感もするしね」
8人の旅団は次なる【本物】を求め、ポスマーニの地から去って行く。
未来へと進む光の餞別を送られながら――
これにて【第4章 傲慢を授かりし者】終了です




