新たなる地へ導きし者
九死に一生を得たアデラは、呆気に取られた感じで盗賊風の青年と目を合わせる。
それから、傍らに倒れている男の口元に、恐る恐る手を近付けてみる。微かな呼吸を感じられ、少なくとも気絶しているだけで死んではいないようだ。
青年が殺しを働いていない事に若干安堵した彼女は、叢に転がり込んだ棒を手に取って立ち上がり、付着した土埃を払いながら、棒を背中に斜めに差し直す。
身形を整えて、改めて青年の方へ目を向ける。
彼はアデラよりも頭一つ分背が高く、青みがかった黒い長髪を微風に靡かせ、黄金色の瞳をこちらに向けて仁王立ちしている。
「有難う、助けてくれて……」
「危機に瀕した非の無き者は、誰であろうと、どんな手を使っても必ず助ける……義賊として当然の事をしたまでだ」
淡々とそう言う青年は、持っていた短剣を、腰に備え付けている鞘の中に納める。
「まぁ、厳密に言えば……俺が導かれたのかもしれないがな」
「導かれた……? 誰に……?」
「その指輪から発せられたと思しき青い光に……というべきか」
「指輪の……光……」
――必ず共鳴し、助けとなる者が現れよう……
モハディウスの酒場で、頭の中に聞こえた言葉を思い出し、彼女は嵌められている指輪を見詰める。
暫く見詰めていると、とある疑問が頭に浮かび、視線を再び青年の方へ移す。
「若しかしてあなた、この先にあるシモアンティって所から来たの?」
「そうだ。そこはある意味、俺のホームグラウンドだからな」
「でも確か、そこの一本道は魔物の死骸で塞がれて――あれ?」
アデラが指差す先には、まるで初めから存在していなかったかのように魔物の死骸の丘が無くなっており、シモアンティへと通ずる道が伸びているだけだった。
「えっ、何で……? 確かに魔物の死骸が――」
「俺が消滅させておいた。必要な素材を取り終えてからな」
「必要な素材……?」
「魔物から得られる牙や皮等は、武器や必需品に加工出来る。内臓とかも乾燥させれば、儀式の供物や薬の調合等に利用される時もある」
「へぇ~……そんな使い道があるなんて……」
「この中に収納されている。興味あるなら見てみるか?」
そう言うと青年は、腰からぶら下がっていた4つの小袋を手に取って、アデラに突き出してくる。
あんなに堆く折り重なっていたのが、必要な素材だけになると、こんなにも容積が小さくなってしまうのか、と全く異なる点で感心していたアデラだったが――
「遠慮しておくわ」
と言って、興味無さげに突き返した。
「そう言うだろうと思った」と言わんばかりに、青年はフンッと微かに鼻を鳴らして、小袋を腰に付け直す。
刹那、アデラはもう1つ疑問に感じる事を思い出し、「それから」と続ける。
「魔物を消滅させたって言ってたけど、一体どうやって?」
「闇属性魔法を使って、肉体ごと消した」
「ま……魔法……!? 魔法なんて使えるの……!?」
「人は皆成人すれば、火・水・雷・風・香・光・闇の何れかの属性の力を使えるようになる。俺も闇の力を得て4年、漸く板に付いてきたという感じだが……お前まさか、魔法を使った事が無いのか?」
青年の言葉に、アデラは終始ぽかんとしていた。
無理もないだろう。彼女は魔法の存在について、今日まで誰からも聞かされていなかったのだから。
「2年前に成人した私にも、そんな力が宿ってるのかしら……?」
「まぁ、己の力に気付かずに年月が経ってしまう事は、決して珍しくはない。焦って知り急ぐ必要は無用と言っていい」
「そう……なんだ」
彼女に【本物】の属性魔法の力が宿っているのならば、それは間違いなく彼女にとって得である。しかし、例えそれが宿っていたとして、思い通りに使い熟せるのかとなると、今の彼女にそんな自信は皆無だろう。
魔法の存在すら知らなかった者が、突然魔法を自由自在に操れるようになれる程、この世は決して甘くないのだから。
ならば青年の言う通り、この場で全てを知ろうとせずに、段階を踏んで習得した方が無難であろう。
「そういえば――」
すると今度は、青年が何かを思い出したように声を上げる。
「まだお前の名前を聞いてなかったな。だが名を尋ねるなら、俺から名乗るのが筋ってものだろう……俺の名はショーン。シモアンティを拠点に、大陸中を回っている義賊だ」
義賊が軽々しく、初対面の者に名乗るのはどうなのか、とアデラは一瞬思ったが、逆に考えれば、それは自分を信用しているという事でもあり、彼こそが【共鳴し助けとなる者】である可能性が十分にあるという事だ。
ならば、互いに警戒心を抱く理由は無い。
「私はアデラ。【本物】を探しに、モハディウスから来た棒術師よ」
「アデラ? あぁ……風の便りにその名は聞いている。大陸では1位2位を争う程の棒捌きに長けた女がいると……しかし、何故妖艶な踊子のような姿をしているのか甚だ疑問だったが……なるほど、そっちは本職ではないという訳か」
「だからぁ……私は踊子じゃないし、なるつもりも無いんだってばぁ……!」
「フフ……冗談のつもりだったんだがな……気分を害したようなら謝る……済まなかった」
外方を向きながらも、素直に謝罪するショーン。
口元が布で覆われていて分からないが、アデラにはショーンが一瞬微笑んだようにも感じられた。
「大陸屈指の女棒術師……か。若しかすると、今のシモアンティには必要不可欠な存在かもしれないな……」
「ん? 今何か言った?」
ショーンの呟き声に気付き、アデラは透かさず聞き返したが、彼は「何でもない」と言う感じで首を横に振る。
しかし、すぐに真剣な表情で彼女を見詰める。
やはり何でもないという事は無いようだ。
「アデラと言ったか。お前は確か【本物】を探し求めているんだったな?」
「えぇ、そうよ。それが私の旅の1番の目的」
嘘偽りの無い、真っ直ぐな視線をショーンに向けて、アデラはそう宣言する。
対するショーンは、そんな彼女を暫く見詰めると、やや俯きながら徐に目を閉じ、長く息を漏らす。
子供じみた目的に呆れているのだろうか、それとも何か思い当たる節があって、それを伝える為の言葉を考えているのだろうか。
するとショーンは、息を出し切る寸前のところで、突然アデラに背を向けるや否や、そのままシモアンティの方向へと歩き出してしまう。
「えっ……? ち、ちょっと……何処行くの……!?」
「百聞は一見に如かず……」
「……へっ?」
「【本物】を探し求めているのなら、1度その目で、シモアンティの現実を見るといい。そこで起きている、全ての【本物】を……それ等を受け入れる覚悟があるなら……ついて来い」
一瞥してそう言い残すと、ショーンは「止めてくれるな」と言わんばかりに、無言で奥へと進んでいく。
対してアデラは、足元で気絶している男について聞こうと思ったのだが、ショーンが言う【本物】を知る事が最優先だと考え、小走りで彼の後を追い掛けていった――
次話より【第1章 強欲を授かりし者】スタートです