浮雲翳日へのカウントダウン(マームスト編)
「ここですね……」
5人はポスマーニと肩を並べる大国・マームストに到着した。しかし、国の地に足を踏み入れるや否や、全員が些かの違和感を覚える。
「何か……随分と静かじゃないか?」
「外に人の姿がありませんね……」
「どうやら住民は、全員家の中にいるようだね……」
「まるで嵐が過ぎ去るのを待っているかのようです……」
大国らしからぬ静寂に包まれており、その不気味さ故に、4人は何か言葉を紡いでいないと穏やかでいられない程であった。
「……んっ?」
そんな中、1人ハルマンがある一点を見詰めて疑問の声を漏らす。
「ハルマン、どうしました?」
「あちらに見える城は、ミーハック城ですよね?」
彼の手が指し示す方向には、一際目立つ大きな城が聳え立っている。
「えぇ、そうですが……それが何か?」
「正面の門に、衛兵が見張りとして立っていないんですよ」
目を凝らしてみてみると、正面の門はおろか城の周囲にも、1人も衛兵の姿が認められないのである。
「我がウィーグム城がそうであるように、王国の城の門には必ず衛兵が見張っているものです。国の主から留守を任されているのなら尚更です」
「確かに、あれでは警固が疎かだと咎められてもおかしくないですよね……」
「あの光景を見た瞬間、私は何とも言い難い胸騒ぎを覚えました」
「城内で何か起きているんでしょうか……?」
「確かめてみる価値はあるかと思います」
こうして5人は、真相を探る為に、ミーハック城へ進入する事となった。
――――――――――――――――――
「城の中に1人も衛兵がいないとか異常過ぎだろ……?」
「明かりも灯っていないので、余計に不気味です……」
「これは廃墟だと思われてもおかしくないね……」
薄暗い城内を歩いている5人。点在する窓から差し込む陽の光だけが道標だ。
最奥へと進んでいくと、目の前に階段が現れる。
「この階段を上った先が王の間のようです……」
「行きましょう、皆さん……」
全員が固唾を呑み、やや重い足取りで階段を上っていく。
上り切った5人の視界に飛び込んできたのは広大なホールのようだ。ここで様々な集まりや催しが行われているのであろう。
その奥に王の間へ通ずる入口を見つけ、5人はそこへ足を運ぶ。
と、その時――
「貴様等、何者だ!?」
「ここをどなたの城と心得ている!?」
入口の傍らに佇む2人の衛兵が槍で進路を閉ざし、強い口調で問い質してくる。
「無礼者、武器を下げよ! 貴殿等こそ、この方をどなたと心得ている!?」
ハルマンも負けじと、エルベルトを差しながら声を張り上げる。
「衛兵よ、下がるが良い」
すると奥の方から、エルベルトとハルマンには聞き慣れた声が……
程無くして、声の主が部屋から出てきて、5人の前に姿を現す。
「エルベルト殿……そしてハルマン殿……ご無礼をお許しください」
「タレス……陛下……?」
マームストの国王【タレス】だ。
しかし本来であれば、彼は現在城を留守にしている筈……なのに、何故城内に――そんな疑問が真っ先に頭の中に浮かび、エルベルトとハルマンは目を丸くし、言葉を失っていた。
「あんた、何故ここにいるんだ?」
「陛下はトラヴィス国王との会談の為にヨアディシュへ赴いたと、私達は風の便りでそう聞いていたのだが……」
「中断になったという事でしょうか……?」
ショーンもアイザックもティアナも、次々と思い思いの疑問を投げ掛ける。
すると【タレス】は、それ等を払拭するように首を横に振り――
「否、寧ろ逆だ。思いの外、早めに話が纏まってな……」
そう言ってエルベルトを一瞥する。
「君の御父君は、改めて不可侵条約を堅持する事をお約束してくれました。ポスマーニとマームストは、未来永劫支え合うと……」
あのトラヴィスが、果たしてそのような事を公言するだろうか――その場にいる誰もが、更なる不信感を抱かずにはいられなかった。
その時、エルベルトが項垂れながらフラフラと前に出たかと思うと、突然鞘から剣を抜くや否や、【タレス】目掛けて思い切り振り下ろしたではないか。
「陛下っ!」
2人の衛兵はすぐさま【タレス】の許へ駆け寄る。
「貴様、誰に刃を向けている!?」
無礼を働いた剣士に烈火の如く怒鳴り散らす衛兵。
しかし徐に顔を上げたエルベルトの表情は、それ以上の怒りに満ち溢れていた。
「あなた……誰なんですか?」
その眼差しは、ハッキリと【タレス】へ向けられている。
「おい……エルベルト……?」
「誰って……君は一体何を言っているんだ……? 彼はタレス陛下――」
「【本物】のタレス陛下なら……何故僕と目が合っても、あんな素っ気無い反応なんですか……!?」
「……えっ? どういう意味ですか、エルベルトさん?」
「それだけじゃありません……! タレス陛下は、僕がトラヴィスの息子だと知っていて、相当な顔見知りの筈なのに、何故『君』とか『エルベルト殿』とか他人行儀な呼び方なんですか……!?」
「ふむ……確かに、私も僅かながら違和感を覚えていました……陛下殿、理由をお聞かせ願いますかな?」
タレスと親交のある2人でしか分からない――2人だからこそ気付く不審な点。その僅かな違いを突かれ、【タレス】は口を噤んでしまう。
「ククククク……ヒヒヒヒヒ……」
すると暫くして、彼の口から、本来出る筈の無い小さな笑い声が漏れて――
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!」
それは狂気に満ちたものへと変貌する。
次の瞬間、彼の身体が禍々しいオーラに包まれたかと思うと、その中から茶色い服を纏い、道化師のようなデザインの仮面を付けた不気味な男が姿を現す。
「バレてたんですかぁ、相変わらずムカつく餓鬼ですねぇ」
口を三日月型に歪めてはいるが、これまでの鬱憤が溜まっていた事を示すように、その声はお道化ていながらも不気味に低くなっていた。
「な……何者だ、貴様っ!?」
戸惑い気味に声を上げる衛兵達に身構えさせる暇も与えず、その男は短剣を用いて、一瞬の内に彼等の身体に深い傷を負わせ絶命させた。
まさかの出来事に、そこにいる誰もが泡を食っている。
「お待ちしておりましたよ、エルベルト殿」
「あなたは……フラン宰相……!?」
「何故あなたがここに……!?」
単身で乗り込む必要の無い筈のフランが、遠く離れたこの地に――況してタレスに変装して城内にいる事に、彼を知る2人は驚きを禁じ得ない。
「陛下の命令により、タレス国王の御姿をお借りし、あなた方をお待ちしていたんですよ。あっ、因みにですが……【本物】のタレス国王は、陛下が差し向けた使者によって、ヨアディシュの街中で殺されました。あなた方の御仲間と共にね……ヒャッヒャッヒャ!」
「な……何と……!」
「陛下と……アデラさん達が……!?」
最後の砦とも言えるタレスとアデラ達が死んだと告げられ、ハルマンもエルベルトも絶望に打ち拉がれた表情を露わにし後退る。
だが他の3人は、そんな話を素直に受け止める筈も無く――
「2人ともそう簡単に信じるな。何も確証がある訳じゃない。彼のハッタリという可能性も十分有り得る。乗せられたら、向こうの思う壺だ……!」
その中で最年長のアイザックに、鵜呑みにするなと釘を刺され、2人は幾分落ち着きを取り戻す。
「お前……宰相たるもの、口から出任せを言ったり、らしからぬ巫山戯た笑いを発したりするのは慎むべきじゃないのか? 下品極まりないぞ……!」
「そもそもあなた……こんな事をして、一体何が目的なんですか……!?」
「目的? そんな物ありませんよ。私は真の主に命ぜられるままに、あらゆる者達を唆し、戦を起こさせた……ただそれだけの事です」
ショーンの忠告を無視し、ティアナの追及をいなし、単に真の主が見たい光景を見せる為に一芝居打っただけだと、淡々と自分の正当性を口にする。
「全く……人間とは誰も彼も醜い生き物ですねぇ。底無しの谷の如く、深き欲を曝け出して……ヒャッヒャッヒャ!」
「……止めろと言ったのが聞こえなかったのか?」
耳障り且つ狂気的な笑い声に、ショーンはかなり苛立っている。
「真の主の命令、ですって……? 単に破壊を楽しみたいが為の、エゴから来る自発的行為の間違いでしょ……!?」
「おやぁ? エルベルト殿……あなたも他人の事など言えませんよ?」
「ど、どういう意味ですか……!?」
「自らの欲望の為に、民も国も棄て、ここへと赴いたのでしょう? 無論、これはここにいる全員に言える事ですがねぇ」
揺さ振りを掛けるような挑発的な言葉。だがエルベルトは、そうは問屋が卸さないと暫く目を瞑って深く息を吐き、そして徐に目を開ける。
「確かに、僕は国を出ました。父の下では、絶対に守れないと悟ったから……兄が愛した民も、国も……それが僕の欲望だと言い張るのなら構いません。それを貫けるのなら、僕はもう何も恐れませんよ……!」
「ほぅ……それはつまり、その首が飛んで、既に旅立たれた御仲間と感動の御対面を果たす事も――と捉えて宜しいですね?」
歪んだ笑みを浮かべるフランに対し、いつまで嘯くつもりだと言わんばかりに、苦虫を噛み潰したような表情を露わにする5人。
「ですがエルベルト殿……宰相として、1つお教えしておきます。最期というものは、いつでも哀れで陳腐なものなのですよ……ヒャッヒャッヒャ!」
「止めろと言ってるだろ、ド外道がぁっ!」
業を煮やしたショーンは、怒鳴り散らしながら隠しナイフを、お道化た表情の仮面目掛けて投げ付ける。
フランはそれを、首を傾げるようにして難無く躱す。
「エルベルト殿……あなたが出向いてくれた御蔭で、全ての手間が省けました……これでやっと、血筋を絶つ事が出来るんですから……真の主の邪魔者は、例え陛下の御子息であろうと排除致します……【選ばれし者達】、無論あなた方もね……」
「ハルマン、今すぐ安全な所へ! ここは僕達が方を付けますっ!」
「分かりました……! どうかご無事で……!」
ハルマンが離れた事を確認し、4人は各々の武器を手に構える。
「国を混乱に貶めたお前だけは、俺達が絶対に許さないぞ……覚悟しろっ!」
「私に牙を剥いたところで、その戦意もすぐに削がれる事でしょう……」
「何だと……!?」
「もうすぐこちらに、あなた方の御仲間とタレス国王の首が届けられる事になっているんです……それを目にすれば――」
「陛下もアデラ君達も、そんな容易に殺られる程柔じゃない事を、私達は重々承知している……根拠の無い脅しはいい加減止めたまえ……!」
「その通りです……! あの方達は、必ず生きて私達の前に再び現れます……!」
「無駄話はそこまでです……後はごゆっくりあの世でお寛ぎください……!」
不気味な笑みを浮かべ、大量の短剣を手にするや否や――
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!」
闇属性魔法を宿らせ、狂気的な笑い声を発しながら、4人目掛けて間髪入れずに次々と投げ続ける。
「くっ……! 何て数だ……!」
「これでは、付け入る隙がありません……!」
「況してや近付く事さえ至難の業だ……!」
「ならば、私が断ち切ります……!」
ティアナは杖を強く握り締め――
「風よ、引き裂け!」
鎌鼬のような風の塊を、フランに向けて放つ。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!」
だが当たる寸前のところで、狂気の笑い声と禍々しいオーラと共に、フランの姿は忽然と消失してしまう。
「消えた……!?」
「私の前に、精霊の力など無に等しいのですよ」
禍々しい声が背後から聞こえ振り返った時には、既に闇属性魔法が宿った短剣が、彼女目掛けて振り下ろされていた。
「……!?」
その先端が肉を抉る事は無く、義賊風の男が持つ2本の短剣に阻まれた。
「お前の攻撃も、俺の瞬発力には及ばないようだがな」
「ショーンさん……有難う御座います……!」
ティアナがその場を離れたと同時に、ショーンは力強くフランを押し返す。
「ほぅ……若造の割には、戦闘慣れしているようですなぁ……」
感心したような口振りだが、その表情からは軽蔑の念が滲み出ている。
その直後、魔導書を持ったアイザックが――
「水龍よ、呑み込め!」
龍を象った水を操って、フランに襲い掛かる。
それを見て、余裕と侮辱を込めた笑みを浮かべるフラン。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ……無駄だと言ってるでしょう? 全く学びもしない愚か者――」
そこまで言い掛けた直後、彼の身体はオーラを纏う事無く、水に呑み込まれてしまう。
水龍が消えると、全身に無数の切り傷を負ったフランが、その場に跪き肩で息をしていた。
「な……何故だ……!? 精霊を宿した属性魔法が、私に傷を負わせるなど……有り得ん……!」
「生憎だが……私の水属性魔法は、ティアナ君とは違って、精霊の力によるものでは無いのでね……否、寧ろティアナ君のような、精霊の力を扱える人の方が却って特殊なんだよ……その珍しさにばかり目を取られて、抗う方向性を誤った宰相こそ、基本を学ばなかった愚か者だよ……」
痛いところを突かれたのか、フランは血走らせた目でアイザックを睨み付け――
「学者擬きが……私に難癖を付けるのですかぁ……!?」
闇属性魔法を宿らせた大量の短剣を、アイザック目掛けて投げ付ける。
「闇よ、散らせ!」
透かさずショーンが間に入り、己の魔法で短剣を全て打ち落とす。
「私を無礼るのも大概に――」
怒りの表情を露わにして、言葉を口にした瞬間――
「ぐっ……! あぁっ……」
突然腹部に鋭い痛みを覚え、目をひん剥きながらその場に立ち尽くす。
徐に視線を下に向けると、エルベルトの剣が胴体を貫いていた。
「これで……最後です……!」
戦闘の終焉を告げ、一気に剣を引き抜く。
フランは仮面の口元を血で染め、数歩蹌踉めいてその場に跪き――
「馬……鹿な……申し、訳……御座いま、せん……様……!」
真の主に詫びを乞う言葉を漏らしながら、その場で絶命する。
程無くして、静寂に包まれたホールに、ハルマンの足音が響き渡る。
「エルベルト様……! 旅の方々……! 御無事ですか?」
「えぇ。ハルマンにも怪我が無くて良かったです」
「しかし、フラン宰相は何がしたかったのでしょうか……?」
「真の主がどうとか言ってましたけど……」
フランの目的や真の主の正体などは、結局分からず仕舞いとなった。
「エルベルト!」
その時、王の間に剣士の名を叫ぶ女の声が木霊した。
全員が一斉にその方へ顔を向けると、そこには肩で息をしながら佇んでいる旅人・マギーの姿が……
「良かった……無事だったのね?」
暫くして、彼女から安堵の言葉が漏れる。
すると、名前を呼ばれたエルベルトが、驚いたように目を見開きながら、彼女に近付くようにフラフラと数歩前に出る。
「姉、さん……? まさか、マーガレット姉さんなの……!?」
「マ……マーガレット王女様……!?」
「そうよ……! 私よ……! マーガレットよ……!」
旅人マギー改め、自身の姉・マーガレットが目の前に現れた事で、エルベルトは反射的に彼女の許へと駆け寄っていく。
「姉さんっ!」
そのまま彼女と抱擁を交わすエルベルト。目から大粒の涙を流しながら「夢じゃないんだね?」と言えば、マーガレットも「やっと会えた」と喜びを噛み締めるように言葉を漏らす。
その傍らで、ハルマンも喜びと驚きが綯い交ぜになったような表情をしている。
「な、何だ……? 何がどうなってる……?」
「エルベルト君……これは一体……?」
「そちらの方は、どなたなのでしょうか……?」
3人は状況を理解しかねており、ポカンとしている。
そこでハルマンが「この方は」と言うと、透かさずエルベルトが「僕から話します」と遮り、涙を拭って3人に改めて説明する。
「この人は……僕の双子の姉なんです」
「姉だと? お前、そんな事俺達には言ってなかったじゃないか」
「幼い頃に、母と共に事故に遭って亡くなったと聞かされてたので……」
「だが彼女は生きていた……ならば、母親は?」
「それは私から説明する」
今度はマーガレットが口を開く。
「お母様は……私をお父様から守る為に、自ら命を絶ったの……」
彼女の言うところによると、姉弟がまだ幼かったある日、世継ぎはガルシアとエルベルトがいれば十分だから、女であるマーガレットは数日後に処刑する、とトラヴィスが断じたのだという。
それを阻止すべく、亡母・エレオノーレはその覚悟を示す為に、小刀を用いて自らの命をトラヴィスに差し出した。
彼女の行為に敬服したトラヴィスは、情けとしてマーガレットの処刑を撤回した。だがその代わり、留学と銘打って、当時の彼女の従者と共に、離れ小島へと島流しにしたのである。
時は流れ、成人から5年を経た今、従者を重病で亡くして実質孤独の身となった彼女は、旅人を装って単身クォージウス大陸へ戻ってきた。
それから程無くして、兄・ガルシアの訃報とトラヴィスによる更なる圧政の噂を耳にし、ポスマーニを救うべく力になれそうな者を探していたのだという。
「数奇な人生を歩まれていたのですね……」
話を聞いていたティアナは、目に薄ら涙を浮かべていた。
「しかし……よくぞ御無事に戻られました、王女様……」
「本当に過酷だった……でも、漸く光が見えた」
そう言ってから程無くして――
「皆っ!」
アデラ達4人と【本物】のタレス国王が姿を現す。
「皆さんっ! あぁ、良かった……聖炎の御加護に感謝致します……」
「一緒にいるのは……タレス国王、なのか?」
「如何にも。私がマームストの国王であるタレスだ――んっ?」
エルベルトとマーガレットの姿を確認すると、その方へと駆け寄っていく。
「若様……若様ではないですか……! それと……」
「陛下、彼女は――」
「マーガレット……エルベルトのお姉さんなんでしょ……?」
「さっき本人から聞かされたから説明不要だよ」
ウルスラとクレオに先を越され、アイザックは出端を挫かれたような複雑な表情を浮かべる。
「まぁ、何て言うかな……風雨対牀じゃねぇけど……兎も角、彼女が冬来りなば春遠からじと信念を曲げずに生きてきたからこそ、こうやって再会出来たんだろうな。正に埋もれ木に花が咲くって奴だな」
「……いいえ、まだ花は咲いてません」
ジュノの言葉を、エルベルトは首を振って否定する。
「父を……トラヴィス国王を討たねば……!」
諸悪の根源を叩かぬ限り、ポスマーニやマームストのみならず、大陸そのものに未来は無いと言っても過言では無いのだ。
「本気で、お父様と戦うつもりなの?」
「うん。そうじゃなきゃ、兄さんが浮かばれない」
「……そう」
「姉さんも、勿論一緒に戦ってくれるよね?」
マーガレットは一瞬だけ逡巡し、口を開く。
「そうしたいのは山々だけど、今すぐには無理……私には、もう1つだけやらなきゃいけない事が残ってるの……それを済ませたら、必ずあなた達の許に駆け付ける……約束する……!」
「そうか……分かったよ、姉さん」
「じゃあ、私は行くから。エルベルト、絶対に死なないでね」
「うん、姉さんもね」
全員に見送られ、マーガレットはその場を後にする。
「さて……我々も態勢を整えねばな」
切り替えて準備に取り掛かろうとするタレス。
だがアイザックは、些かの違和感を覚え、恐る恐る問い掛ける。
「そういえば……何故陛下は単身なのでしょうか? 本来であれば、お付きの者がいる筈なのでは?」
「うむ……それがだな……」
彼の言うところによれば、ここに来るまでの道中で、多くのマームスト軍の兵士達の屍が転がっていたのだという。ポスマーニ軍の奇襲による犠牲者と見られる。
その後、あと少しでマームストに到着するというところで、街中に残っていた一部の兵達と運悪く鉢合わせ、タレスとアデラ達を庇って、従者のルイが犠牲となってしまったのだ。
「結果的に……国の長が、国も民も大切な従者をも見捨てて、ここまで生き延びてしまった……何と惨めな……」
己の情けなさに嫌気が差し、顔を伏せて唇を噛み締める。
そんなタレスの肩に、エルベルトが優しく手を添える。
「惨めだなんて……御自身を卑下しないでください。生き延びたという事は、足掻ける機会を頂けたって事じゃないですか……! 確かに今回の奇襲で多くの兵を失ったかもしれません。ですが、全滅した訳では無いんです……! それに、僕達も全員、タレス陛下に全面的に協力致します……! だからタレス陛下……最後まで希望は捨てないでください……!」
「若様……感謝する」
深々と頭を下げるタレス。
「では、兵が集まり次第ここを発つ。そして例の場所で落ち合おう」
「分かりました。こちらでも出来る限り人を集めます」
トラヴィスを討つ為に手を取り合う事を固く誓い、アデラ達9人はマームストを後にする。
――――――――――――――――――
「失礼致します、陛下……」
一方ウィーグム城内では、フランとは別の宰相が、トラヴィスへの報告の為に、王の間に入室してきた。
「たった今、使いガラスが報せに参りました……フラン宰相が任務に失敗した、との事です……」
「……然様か」
その報告に、トラヴィスは素っ気無く答える。
「相応の褒美をくれてやったのだ、感謝するがいい」と、フランに言い聞かせんとばかりに……
「それと、水面下でマームストが不穏な動きを……」
その言葉を聞き、トラヴィスは傍らに立っているアルフォンスへと目を向ける。
「アルフォンス主将よ……兵を集めよ」
「はっ、直ちに」
「我が息子・ガルシアに勝るとも劣らぬ武と知を見込み、主将の後釜を任せたのだ……くれぐれも抜かり無きように……」
「ガルシアは確かに強かった――しかし同時に、甘い男でもありました。あの日、敵の残党に討たれたらしいですが……彼なりの情けでも掛けたのでしょう。奴らしいしくじりで笑えてきます。ですが、私は奴の二の舞になど断じてなりませぬ。故に……私に全てお任せください、陛下」
「うむ……ではその言葉に懸けて、もう1つ……」
トラヴィスは玉座から立ち上がると、アルフォンスに対して「近う寄れ」と手で合図をする。
そして彼の耳元で、ある任務を小声で指示する。
「仰せのままに……」
アルフォンスは一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべたものの、「全ては陛下の為だ」と迷いを捨てるように深々と頭を下げ、すぐさまその場を後にする。
「見ておるがいい……余の【本物】の力を……」
抗えるものなら抗ってみるがいい――トラヴィスはそう言わんばかりの冷酷な笑みを浮かべる。
――――――――――――――――――
それから暫くして、ポスマーニ近くの崖道の開けた高台にいるアデラ達9人の許に、多くのマームスト軍の兵士を引き連れたタレスが姿を現す。
そこには既に、武器を手にした一部のポスマーニの住民が集まっていた。
「タレス陛下……お待ちしておりました」
「若様、そして【選ばれし者達】……決起していただき、感謝する。しかし、未だポスマーニ軍との戦力差は大きいままだ……逸早く策を練らねばな」
「はい……そして、共に大陸の未来を……!」
「うむ」
そしてタレスは、ポスマーニの住民とマームスト軍の兵士の前に立つ。
「皆の者、よく聞いてくれ! 私はマームスト国王のタレスだ。今この場には、我が国が誇る兵とポスマーニの民――嘗て手を組んだ両者が集まっている。だが、トラヴィスはその約を違え、我が国に手を掛けた! あの暴君を討たずして、我等の――そして大陸の未来など無い! 己の誇りを胸に、共に戦おうではないか!」
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
一国の王の力強い言葉に、その場にいる全員の士気が高まる。
だが、エルベルトは見逃さなかった。
群衆に紛れ、タレスに向けて矢を放とうとしている男の存在に……
「……っ! タレス陛下!」
叫びながら身を挺してタレスを庇うエルベルト。
程無くして放たれた矢は、彼の胸部を貫いた。
「なっ……若様……!? 敵が紛れ込んでいるぞ! 捕らえよ!」
タレスの暗殺に失敗し、男は舌打ちをしながら顔を歪ませ、その場から足早に立ち去る。その後を、複数の兵達が追い掛けていく。
アデラ達とハルマンとタレスは、倒れているエルベルトの許へ一斉に駆け寄る。
「うぅ……タレス……陛、下……」
「それ以上喋るな、若様……!」
「どうか……民と……国を……お守、り……くだ……」
彼の口から、その先の言葉が出てくる事は無かった。
「エルベルト様……エルベルト様あぁー!!」
ハルマンの悲哀に満ちた叫び声だけが、一帯に木霊していた――




