浮雲翳日へのカウントダウン(ヨアディシュ編)
「ここね……」
アデラ達4人は、ヨアディシュという大陸で1番小さい街に到着した。
「それにしても……この街、ちょっと暑いわね……」
足を止めるなり、頬を伝う汗を手で拭いながら呟くアデラ。
「ここは方々を山に囲まれてる、所謂盆地だからね。山からの風が熱を帯びて吹き付ける、ちょっと変わった街なのさ」
「まぁでも……その気候であるが故に、適した存在が集まってくるものよ……特に私やアデラのような、ね」
自分と同じように露出の多い服を着ている事に親近感を覚えたのだろうか、ウルスラはそう言いながらアデラにそっと抱き着く。
反論しようと彼女の方へ顔を向けたアデラだったが、それ程年の違わない筈のウルスラの妖艶で煌びやかな微笑みに思わず息を呑んでしまい、頬を赧らめるだけで全く声を出せなかった。
「あたしは通気性のある服だから、大して問題は無いんだけど……そうじゃないのが1人いるんだよねぇ……」
片や、呆れたように言いながら河畔へ目を移すクレオ。その視線の先には、マントを脱いで跪き、何度も川の水を掬っては喉を潤し続けているジュノの姿が――
「道中暑くなっていくに連れて、顔がどんどん辛そうになってたんだよ。きっと碌に水分を事前に採ってなかったんだろうね。だからあたしは何度も水を飲ませようとしたんだけど、強がって頑なに飲もうとしなかったんだ」
「それで途中から、あんなに後れを取ってたのね……」
「ジュノったら……素直に『水をくれ』って言ってくれれば、ちゃんと飲ませてあげたのに……! 変なところで意固地になるんだから……!」
3人の女仲間に白い目で見られている事など露知らず、ジュノは鱈腹川の水を飲み、仕上げとしてバシャバシャと音を立てながら顔を洗う。
「ぷはぁー、生き返るー!」
水を得た魚の如くスッキリとした様子のジュノ。
「ほら、使え」
「おぉ……!」
何者かに布を差し出され、濡れた顔を拭う。
「サンキューな――」
返却しようと思って、布の持ち主の顔を見たジュノは言葉を失う。
そこにいたのは、アデラでもクレオでもウルスラでもない、全くの見ず知らずの女だったのだ。しかしその顔立ちは、彼の知る者と非常によく似ていて――
「エルベルト――じゃねぇな。誰だ、お前?」
思わずその名を口にしたものの、性別からして全くの別人である事を瞬時に理解し、改まった様子で問い質す。
「驚かせて済まない。私はマギー、ただの通りすがりの旅人だ」
マギーと名乗ったその女は、顔立ちは勿論の事、髪や瞳の色、背丈に至るまでエルベルトと瓜二つと言っても過言では無い程にそっくりだった。だが髪型はサイドポニーテールになっており、身体の線もどちらかと言えば華奢な方だ。
「マ……マギー……?」
「ジュノ?」
若干困惑している様子のジュノの許へ歩み寄る3人。
「その人は誰? 知ってる人?」
「否、エルベルトの空似のマギーっていうただの旅人だ」
ジュノに紹介され、マギーは3人へ向けて深々と頭を下げる。
「ジュノが何か仕出かしたのかぃ?」
「否……彼が洗顔していたものだから、拭う為の布切れを貸してやっただけだ」
「そう……でもどうして旅人のあなたが、1人でこんな辺鄙な街に……?」
「この街で密談があると、風の便りで聞いた。トラヴィス王とタレス王との」
「おいおい、何でこいつが密談の事知ってんだ……? 囁き千里って奴か……?」
「今ポスマーニ王国とマームスト王国の間で交わされていた不可侵条約が陰で揺らいでいるらしくて、私はその行方を追って、この街に馳せ参じた次第だ」
「あんた、何でそんな事……一介の旅人が知れる事じゃないだろ?」
「私はポスマーニの出で、王の圧政から祖国を救う為に旅に出ている。そして、その関係で密談を阻止したい――今話せるのはここまでだ」
「奇遇ね……実は私達も、タレス王の暗殺を阻止したくてここに来たの……」
「私と目的は同じ、か……ならば、ここは一つ手を組まないか? きっと互いに力になれる事がある筈だ」
協力を要請するマギーに、アデラ達は若干躊躇する。
無理も無いだろう。目的が同じとはいえ、素性の知らない者といきなり手を組む事は、その裏に大きなリスクを孕んでいるのだ。
況して相手は、情報屋でも何でもない一介の旅人である。
しかし、旅人である点はアデラ達も同じである上、マギーもアデラ達の素性を一切知らない――つまり彼女は、その裏に孕むリスクを百も承知で協力しようと言ってきているに他ならない。
「そうね……人手は多いに越した事は無いし……いいわ、協力しましょう」
そんな考えを汲み取ったのかは定かではないが、アデラはマギーの要請を快く引き受ける。
アデラが快諾したのなら、と他の3人もマギーを迎え入れる事になった。
マギーは「感謝する」と言い、深々と頭を下げる。
「さて……そうと決まれば、タレス王を捜すとしよう。もう既にここへ到着しているだろうからな」
5人はヨアディシュにいるであろうタレス国王を捜索する事となった。
――――――――――――――――――
その頃、アデラ達とは反対側の河畔で、整った顔立ちをした商人の男が、従者である初老の男と共に商売の準備をしていた。
「済まぬが、そこの美しい方……」
河畔で水を汲んでいる1人の女性に声を掛ける商人の男。
「水を1杯恵んでいただけぬか? 西方から遠路はるばるやって来たのだが、生憎水を切らしてしまってな……」
「はい、商人様」
女性は小さな器に水を汲み、商人の男に手渡す。
彼はそれを飲み干すと、スッキリとしたかのように「ふぅ……」と息を吐く。
「感謝する。いやぁ、熱帯の気候は、女性の心をも蒸発させると聞くが……どうやらとんだ間違いのようだな。其方の心は、滾々と湧き出る泉の如く麗しい」
「まぁ、御上手な事」
そんな感じで談笑している2人に気付き、従者の男が駆け寄る。
「サディアス様……! 少し目を離した隙に……一体何をしていらっしゃるのですか……!?」
「あぁ、済まぬなルイ」
商人の男はサディアス、従者はルイという名のようだ。
「さぁ、参りましょう。商談が控えております」
「分かっているとも、ルイ。大事な商談がな……」
改めて水を恵んでくれた女性に御礼を述べるサディアス。女性は微笑みながらその場を後にする。
そんな彼女と擦れ違いで、アデラ達がサディアスの許へ現れる。
「あの商人の男、もしや……」
「どうしたの、マギー?」
「あの人に何か心当たりでもあるのかぃ?」
「済まないが、4人はここで待っていてくれないか?」
「えっ……? どうして急にそんな事を……?」
「大勢だと却って警戒される。私に考えがある故、ここは任せてくれ」
「任せろって……さっきから意味分かんねぇんだが?」
「後で説明する」
4人を待機させ、マギーは単身サディアスに近付く。
「おぉ、旅の者。梨を御所望かな?」
「結構だ。私はマギーと申す者……タレス陛下とお見受けした」
何という事だろう、マギーは商人のサディアスこそがマームストの国王・タレスであると、この場ではっきりと言い切ったのだ。
深々と頭を下げる彼女に対し、アデラ達は若干困惑している。
「サディアス様、お下がりを……貴様、何者だ……!?」
ルイはサディアスを下げさせ、腰に携えた鞘から剣を抜くと、マギーの首元に刃を宛てがう。
「私はポスマーニの出の旅人……タレス陛下に進言したく、ここへ赴いた次第。決して危害は加えない」
だがマギーは怯える様子も無く淡々と目的を話し、他意が無い事を示すかのようにその場に跪く。
「武器を下ろせ、ルイよ」
サディアスは、そう言ってルイに剣を納めさせ――
「旅の者……ご名答だ。如何にも、私がマームストの国王・タレスだ」
自分がマームスト国王・タレスであると認めたのだった。
言質が取れた為、マギーは待機させていた4人に対して「こっちに来い」と首と手を振りながら合図する。
指示された4人はタレスの許へ足を運び、深々と御辞儀をする。
「それで……其方等が、このタレスに何の話だ?」
言葉にする事さえも憚れる内容であるが為に、アデラ達4人はやや躊躇してしまうが、マギーはそんな様子を一切見せずに口を開く。
「陛下殿……此度の会談において、トラヴィス国王はマームスト王国の支配権を要求します」
「な、何を申す貴様……!? 神聖な会談を愚弄する気か……っ!?」
「熱くなるな、ルイよ。少し落ち着け」
神妙な面持ちで窘めるタレス。
どうやらルイは、少々熱くなりやすい性格のようだ。
「其方は、何故その事を知っている?」
「ポスマーニの要人が、周囲に吹聴しているのを耳にしました」
「では、何故それを敵である私に態々教える?」
「不可侵条約を破り、陛下を討てば……ポスマーニは間違いなく信頼を失います。大陸各国を敵に回した挙げ句、排除されても何ら不思議ではありません。私はただ、祖国の平和を願っているだけなのです、陛下。トラヴィス国王の野心如きで、国を滅ぼさせはしません。そしてその為には、不可能と言われた不可侵条約を結ばせた、【賢帝】と呼ばれ讃えられているタレス国王――あなた様のお力が、否が応でも必要なのです」
不可侵条約が崩れれば、ポスマーニ・マームスト両王国はおろか、クォージウス大陸全体の存亡が揺らぎかねない――そんな想像もしたくないであろう未来像を阻止したいのだと、マギーは事細かに説明し説得を試みる。
それに対する返答に迷いがあるのか、タレスは「ふむ……」と声を漏らすと、彼女の傍らにいるアデラ達4人へ視線を向ける。
「そこにいる4人も、同じ志でここへ?」
「無論」とでも言うように、アデラ達は首を大きく縦に振る。
「まぁ……あたしも大陸西方の出ではあるんでね、これ以上あのトラヴィス王にやんちゃされると困るんだよ。糸で食ってきた商人としてはね……」
トラヴィスのせいで自分の生活に支障が出ていると主張するクレオ。
「それに……この2人も、あの王には大きな借りがあるみたいなんです……」
ウルスラも、アデラとジュノの肩に手を置きながら説得をし、2人もまた同調するように再度首を縦に振る。
それから暫く、タレスは5人の顔を窺いながら熟考していたが、その目と表情が嘘では無いと――己を陥れようという魂胆が一切無いと確信したようだ。
「うむ、良かろう。其方等を信じよう」
「へ、陛下……!?」
「私とて、この会談を全く疑わなかった訳では無い。それに――」
マギーの許に歩み寄り、その顔をまじまじと見詰めるタレス。
「フフフ……どういう風の吹き回しだろうか、何となく其方等が気に入った……」
「忝い」とでも言うように、マギーは再度深々と頭を下げる。
「だがこのタレス、断じて逃げはせぬ。この街の酒場が会談の場所となっている故、後には引けぬ。しかし、護衛がこの老兵1人だけでは流石に心許無い」
「なっ……!?」
あまり頼りにされていない事に、ルイはショックのあまり間抜けな声を漏らす。
「そこの背に棒を携えている美しき者よ……其方、アデラであろう?」
「えっ……? 私の事知ってたんですか?」
初対面である筈のタレスが自分の事を知っていたようで、アデラは目を丸くする。
「フフフ……戦と商いは、相手を知る事が重要な鍵となる。異国の出である其方のクォージウスでの武勇譚は、方々から聞き及んでいるぞ」
「あ……有難う御座います」
気恥ずかしくなったアデラは、消え入りそうな声で感謝を述べる。
するとジュノが、口角を上げながら彼女の許へ擦り寄り――
「アデラ……どうやらお前、この大陸で相当な有名人みてぇだな……?」
「ちょっと、茶化さないでよ……!」
耳元で揶揄いの言葉を囁くと、当然の如く咎められた。
「是非とも同席願いたいが……どうかな?」
「あっ……も、勿論です……!」
「私も微力ながら助太刀致そう……」
「あぁ、当然俺もだ」
「あたしもね」
「是非立ち会わせてもらうわ……」
「うむ、決まりだな。宜しく頼むぞ」
アデラ達5人が護衛として会談に同席する事になったのだが、どうにも納得出来かねるという者が1人そこにはいた。
「陛下……鵜呑みにするのは危険ですぞ?」
「ルイよ、私が信じると言っているのだ。それに、其方もアデラの武勇譚を耳にしているのだろう? これ以上信じられぬ理由があると言うのか?」
「うっ……も、申し訳御座いません……」
これ程心強い者達が味方をしてくれるというのに、何故賛同せぬのか――そんなタレスの圧を感じたのか、ルイは頭を垂れて謝罪の言葉を呟く他無かった。
「さて……では、酒場へ向かうとしよう」
一行は密談が行われる酒場へと赴く。
――――――――――――――――――
ヨアディシュの酒場は、他の街とは比べ物にならない程の広さだった。
それが故に、給仕や接客として、多くの踊子達がここで働いているようだ。
店の中央のテーブルにタレスとルイが座り、それを左右から挟むようにして位置しているテーブルにアデラ達5人が配置された。
周囲に怪しまれないよう、5人は一般客を装い、各自酒を――アデラはホットミルクを――飲んで備えている。
そんな中、黒一点のジュノは変に落ち着きが無い様子だ。
「何してるの、ジュノ? 口開けたままキョロキョロして……」
「この街の酒場は何なんだ? 女神だらけじゃねぇか……!」
これ程多くの踊子が接客している酒場の物珍しさ――というよりは、心の底からの好色さが露骨に出ている事で、同席のアデラとマギーは呆れるあまり頭を抱える。
しかし、それはジュノだけではないようで――
「何と美しい……その美貌、一国の主すら虜とするだろう」
「ウフフ……御上手ですのね、商人様」
「陛下……!」
ルイに窘められ、タレスは咳払いをする。
「私はこれから大事な商談があってね……それを無事に終えられたら、其方に一杯馳走しよう」
「はい、喜んで」
口説きの常套句ともいうべき言葉でその場を取り繕い、踊子もまた営業スマイルともいえる笑顔を浮かべて退散する。
「陛下、国運を左右する会談の前ですぞ? 主たるものが、一介の踊子に鼻の下を伸ばしていては――」
「案ずるな、ルイよ。国の主たるもの、如何なる時も懐の深さが重要になる。双方の国王は、そうやって互いを受け入れてきたのだ――今日までは、な……」
心寂しさを覚えたようにも落胆しているようにも聞こえるタレスの言葉に、ルイも「本当に残念でなりません」と言いたげな顔を浮かべる。
そして徐に立ち上がり、5人に改めて気を引き締めるよう鼓舞する。
「皆の者……この会談、最早何が起こっても不思議では無い。万が一に備えておくように。いいな?」
5人は力強く首を縦に振る。
「陛下の護衛……くれぐれも宜しく頼むぞ……!」
そう言って着席すると同時に酒場の扉が開き、そこから1人の男が赤いマントを翻しながらこちらへ1歩ずつ近付いてきた。
「さて……どうやら、御出座しのようだ……」
赤マントの男は、タレスの向かいの席に座るや否や、偉そうに踏ん反り返って足を組む。とてもではないが、会談をしに来た態度には見えない。
「「……」」
そんな状況の中、双方は一言も話さず、互いに暫く目を合わせたままだ。その張り詰めた空気に、ルイも5人も固唾を吞んで成り行きを見守っている。
「して……貴公はどちらかな?」
「我が王は参りませんよ。あっ、申し遅れましたね。私は彼の代理で参りました、使いのシリルと申します」
使者・シリルと名乗る赤マントの男の敬意を欠いた態度に加え、トラヴィス本人が顔を出さない事に、タレスは若干の憤りを覚える。
「何故貴公は使者を差し出したのだ? 訳をお聞かせ願おうか」
分かり切った事を――そう言いたげに、シリルは「フンッ」と鼻を鳴らす。
「貴国マームスト、そして我がポスマーニ……二国は不可侵条約を結び、これまで手を取り合ってきました……が、我が国の力は既に、貴国を上回っています。それ故、公平な契りを結ぶ理など、こちらには微塵も無いのですよ」
「ほぅ……では、其方は一体何を話しに来たのだ?」
「話はただ1つだけ……我がポスマーニに降り、併呑され、クォージウスを統べる礎となれ――それが我が王の御意思だ、という事です」
大方予想出来ていた事とはいえ、あまりにも一方的且つ横暴な要求に、タレスは眉間に皺を寄せる。
「さぁ、お答えをどうぞ」
半ば強引に要求を呑ませようとするかのように、シリルは回答を急かす。
その手には乗るまいと、タレスは腕を組んで目を瞑り、暫く沈黙する。そしてフッと目を開くと、睨み付けるような強い視線をシリルに向ける。
「貴国の意思は承知した……が、もし断ると言ったら?」
その言葉に、シリルは嘲りを込めた笑い声を漏らすと、席を立って数歩程テーブルから離れる。
「我が王は予見していましたよ、貴公の愚かさを……これが答えですよ」
そう言って振り返った彼の手には、何本もの鋭い刃が付いた籠手が装着されていた。所謂鉤爪と呼ばれる武器だ。
それに気付いたアデラ達5人とルイは、反射的に立ち上がる。
「どう答えようが、端から私の首を狙う腹だったのだろう?」
「陛下、お下がりください……!」
透かさずルイがタレスの前に出る。それと同時に、マームスト軍と思しき鎧を纏った2人の兵士が、シリルを取り押さえようと距離を詰める。
だが何という事だろう、シリルは鉤爪で兵士を2人同時に斬り裂いてしまう。
「……っ!? な、何と……!?」
「馬鹿な……! 我が国が誇る剣士を一瞬で……!?」
「ククククク……! この程度で? 貴国の誇りが聞いて呆れますなぁ」
鉤爪に付着した血を振り払いながら嘲笑するシリル。
「そこまでにしてもらおう、マームストを愚弄するのは……! そして、表へ出られよ。酒場を荒らすのが目的なら話は別だが……」
「フンッ……まぁ、いいでしょう。一時でも命拾い出来ただけ感謝してください」
ほんの僅かだけ寿命が延びましたね――そんな風な嫌味を吐きながら、シリルはその場にいる全員を引き連れて酒場を後にした。
――――――――――――――――――
アデラ達一行が連れて来られたのは、ヨアディシュからそう遠くない所に位置する、人気の無い山道だ。
先導していたシリルは、ふと足を止めて彼女達の方へ振り向く。
「では、ここを死に場所とするという事で宜しいですね?」
「はてさて……誰の死に場所かな?」
「ククククク……戯言を……私は、貴公の首を取る為に、我が王に選ばれし者……あなたも先程目の当たりにしたでしょう? 私の実力を……」
「其方等、どうかこのタレスに力を貸してくれ……!」
そう言われると、5人はすぐさまタレスの前に出て各々の武器を構える。
「いくら護衛を投じようと無駄ですよ……【賢帝】タレスはここで死に、クォージウスの歴史は変わっていく……そういう定めなのですから……」
見下すような表情と冷笑いと共に、シリルもまた鉤爪を構える。
「さぁ、全員覚悟しなさい……!」
地面を強く蹴ると、一気に5人との距離を詰めて鉤爪を振り上げる。
「速いっ……!?」
過去に類を見ない敏捷性に一瞬たじろぎつつも、アデラとマギーは振り下ろされた鉤爪を、棒と剣で受け止める。
「ほぅ……私の爪を見切るとは、マームストの兵とは違いますなぁ……」
「隙ありっ!」
ジュノがガラ空きとなっているシリルの背中へ槍を突き刺そうとしたが――
「甘いですよっ……!」
「がぁっ……!?」
一瞬で振り向くや否や、鉤爪でジュノの腕に掠り傷を負わせる。
「このヤロ――ぐっ……!」
すぐに態勢を立て直そうとしたジュノだったが、突然全身の力が抜けたかのように、その場に跪いてしまう。
「ど……どうしたんだぃ、ジュノ……!?」
「何で、だ……!? 身体が……思い通りに、動かねぇ……!」
自分の身体の急変に困惑している。
しかし、ウルスラは見逃さなかった。彼の身体が僅かながらに痙攣しているように震えている事を――彼が典型的な麻痺状態に陥っている事を。
「気を付けてっ……! あの爪に痺れ薬が塗られてるみたいよ……!」
「ククククク……御名答です、お嬢さん。しかし分かったところで、私は止められませんよ……!」
手の内が暴かれようと問題は無い、というような不敵な笑みを浮かべ、シリルは再び地面を強く蹴る。
「そうかい……これでもかな……!?」
我が子の尊厳を踏み躙られた母親の如く、静かな怒りを込み上げるクレオが両手を前に突き出すと、そこから細長い物体が何本も現れ、シリルの籠手や脚に巻き付いて動きを封じ込める。
彼女の武器でもある【糸】だ。
「……!?」
「あたしの糸に絡め取られても、同じ事が言えるんだよねぇ?」
嫌味ったらしく挑発するクレオ。それに対してシリルも――無理をして強がっているのか、将又演技をしているだけで本当は余裕綽々なのだろうか――ぎこちなさそうに口角を上げる。
「フンッ……! 何の此如き……!」
ギリギリと音を立てながら、シリルは右手を少しずつ、左の籠手に巻き付いている糸へと伸ばしていく。
そして鉤爪が糸に引っ掛かると、力強く糸を斬り裂く。
左が自由になった事で、右の籠手や両脚に巻き付いている糸も一瞬で斬り裂き、再び動けるようになり、シリルは北叟笑む。
「糸など私の鉤爪の前には、焼け石に水も同然ですよ……!」
「そいつはどうかな?」
「何? ……なっ!?」
よく見ると、彼の籠手や足元には、粘り気を帯びたゲル状の物体がこびり付いていたのだ。
「これは……粘着糸か……!?」
「おまけにその成分……可燃性なんだよ」
「ま……まさかっ……!?」
シリルが勘付く頃には時既に遅し、クレオの手には火の玉が……
「火よ、燃え広がれっ!」
それが彼の足元へ投げ込まれると、一瞬にして火の柱が立ち込める。
「ぬぅっ……!?」
「クレオさん、私も加勢します!」
直後、アデラも透かさず棒を構え――
「火よ、彼の者を燃やせ!」
先端から勢いよく火を放ち、シリルの籠手に類焼させる。
「このっ……! 小娘共がぁ……!」
透かさずその場を離れると、己のマントに籠手を叩き付けて鎮火させる。
だがその直後、彼の足が若干ふらつき始めた。
「な、何だ……? 何だ、これは一体……?」
更には気管支に異常を来したのか、苦しそうな呻き声まで出てきている。
「まさか、これは……毒?」
誰が自分に毒を盛ったのか、そう思って相手を見遣ると、1人の青髪の女性の姿が目に映る。
その手には、如何にもな粉が塗されている扇が……
「さては……お前が、私に……!?」
「今頃気付いたのかしら……? 私の毒霞扇が原因だって……あなたって敏捷性に長けてても、意外と鈍感なのね……」
でも欠点のある男は嫌いじゃないわよ、と言わんばかりに「ウフフ……」と妖艶に微笑んで挑発すると、ウルスラは別の扇を取り出し――
「香よ、和らげ奮わせよ!」
動けなくなっていたジュノに向けて力強く振るう。
するとどうだろう、彼の麻痺状態は嘘のように消え失せ、何事もなかったかのようにスクッと立ち上がる。
心做しか彼の目付きも、今まで以上に鋭くなっているようだ。
そしてジュノは、槍から弓へ持ち替えて、幾多の矢を手に取ると――
「さっきの仕返し……たっぷりとしてやるぜっ!」
間髪入れずに、次々と矢を乱射する。
「くぅっ……! 小童ぁ……!」
毒を受けた事で動きが鈍くなりながらも、悪態を吐きつつ矢を回避する。
そして己を鼓舞するように「うおぉっ……!」と雄叫びを上げるが――
「がぁっ……! ぐぅっ……!」
突然呻き声を上げたかと思うと、力が抜けたように立ち尽くしてしまう。
マギーの剣が彼の腹を貫いたのだ。
「ここまでのようだな……」
死刑宣告を下すと、彼女は剣を一気に引き抜く。
シリルは口から大量の血を吐き、数歩蹌踉めくとその場に跪く。
「ちっ……まさか……しくじる……とは……陛……下……申し……訳……」
トラヴィスに非礼を詫びる言葉を漏らしながら、その場で絶命する。
「陛下、御無事ですか……!?」
「うむ……其方等がいなければ、間違いなく危うかった。礼を言う」
護衛の役目を果たしてくれた5人に、タレスは感謝を述べる。
「陛下っ!!」
すると突然、後方から男の声が……
全員が振り返ると、マームスト王国の宰相と思しき男が、息を切らしながら走って来るではないか。
「何事だ?」
「たった今、使いガラスが報せを……!」
「報せだと?」
「ポスマーニ王国が、北方へ迂回した上で、マームスト王国へ進軍を……!」
その場にいる全員が、報せの内容に絶句する。
「指揮官でもあるタレス王がいない今の状況じゃ、マームストの軍隊は丸腰も同然じゃないか……! そんなんで進軍されたら……」
「そんな……本当に奇襲を掛けてきたって事……!?」
「トラヴィスの真の狙いはこれだったのか……王が不在となったマームスト王国を襲撃し、このタレスをも、離れた地で刺客に消させようと……」
「ちっ……! アイザックの読み通り、やっぱり罠だったか……!」
「予想していたとはいえ……これは流石に不味いわ……」
「何と恐ろしい……トラヴィス王には、最早血も涙も無いという事か……」
「遂に、双方で交わされた不可侵条約が崩れた……トラヴィスが到着するのも時間の問題……我がマームストが落ちれば最後……クォージウスがあの暴君の手に落ちたも同然となってしまう……はてさて、どうしたらいいものか……」
マームストの王として国や民を見捨てる訳にはいかない、しかし使いガラスを利用したとしても、ポスマーニ軍の到着前に指示が伝わるとも限らない。
最早八方塞がりのタレス。
だが、アデラ達は動かずにはいられなかった。
「最短で行ける別のルートを使って、急いでマームスト王国へ戻れば、まだ間に合う可能性は十分あります……! 私の仲間がマームスト王国へ先回りしているので、最悪私達が若干遅れても、進軍を止めてくれる筈です……!」
「アデラ殿……他にも仲間がいたとは……実に心強い……! では、その者達に一縷の望みを託しつつ、我々も急いでマームストへ戻るとしよう……!」
「でも……あっちの人達は、進軍の事に気付いているのかしら……?」
「万が一鉢合わせたら、エルベルトやハルマンも気が気じゃないだろうに……」
「エルベルト……!?」
その名前に反応したのはマギーだった。すると次の瞬間、彼女は一目散にマームストへ向かっていくではないか。
「あっ、おいマギー! 待てよ、どうしたんだ!?」
ジュノの制止の声も聞かず、無我夢中で走って行くマギー。
「私達も追わないとっ!」
「私が御案内します、付いて来てください……!」
ルイが先導し、アデラ達は足早にマームストへと駆け出すのだった――




