一堂に会し同志達――追究の逃避行
「クレオさん……ウルスラさん……アイザックさん……!」
まさかの人物の登場に、エルベルトは目を見開きながらその者達の名を口にする。
脱色したようなボブカットの白髪と赤い瞳が特徴的で、頭には橙色のバンダナを巻き、鮮やかな商人風の衣装を身に纏った糸使いの女性・クレオ――
煌びやかな青いセミロングヘアと水色の瞳で、アデラに負けず劣らずのプロポーションの持ち主である、紫色の艶やかな服装の踊子風の女性・ウルスラ――
やや長めの赤みがかった黒髪を項辺りで結い、銀色に輝く瞳を持った、全身黒で統一された服を纏っている学者風の男性・アイザック――
「久方振りだね、エルベルト」
「ウフフ……また会えて光栄だわ」
「しかし、まさかこんな形で再会するとはね……」
再び会えた事の喜びと驚きの言葉で挨拶を交わす。
「僕も吃驚ですよ……まさかあなた方がここへ来るなんて……!」
「あの任務以来だよな、俺達7人が一堂に会すのは……」
「俺達にとっては、この邂逅は天佑神助って感じだな」
「これも聖炎の御加護と御導きなのかもしれませんね」
顔見知りである為か、4人の声にも若干明るさが滲み出ている。
だが、この状況を呑み込めていない者もいるようで――
「ねぇ、エルベルト……この人達は、誰?」
差し出がましいだろうと思いながらも、居た堪れない気持ちに苛まれたのであろう、アデラは恐る恐る問い掛ける。
「あっ……すみません。アデラさんは会った事無いですもんね。紹介します。こちら、クレオさんとウルスラさんとアイザックさん――僕達4人が就いた任務に、サポートとして同行してくださいました」
「は、初めまして……アデラです。この大陸中の様々な【本物】を探して、モハディウスから旅をしている棒術師です。ショーンとジュノとティアナさんとはその道中で出会って、今私の旅に同行してもらっています」
「ほぅ……君が遥か遠くの異国から来て、クォージウスで幾多の武勲を立てたと噂されている、棒術の鬼才・アデラ君か……実力はもとより、その持ち前の美貌も大陸中の者達を虜にする程だ」
「は……はぁ……」
アイザックに褒められているのか口説かれているのか分からず、曖昧な返事をするのがやっとという感じのアデラだったが、その頬は若干赧らんでいた。
彼女をその気にさせるような言葉に、クレオは溜息を漏らしながら――
「アイザックの自覚が無い言葉は扨置いといて……ハルマンだったっけ?」
話を変えるかのように、ハルマンに顔を向けて言葉を発する。
「あたし達の口から真相を語ればいいんだよね?」
「然様です」
「あっ、そうでした……あなた方が【本物】の出来事を知っているんですよね? ならば、是非聞かせてください」
「あたし達はね……この地へ導かれたんだよ。そこのアデラって子がしてる指輪から発せられたであろう青い光に、ね」
「指輪の光に……導かれた……?」
クレオの言葉を聞き、アデラは嵌められている指輪を一瞥して呟く。
「その導きに従って、あたしはマーガヒック峡谷へと足を運んだ。すると偶然なのか必然なのか、ウルスラとアイザックもその導きで峡谷に来ていて、この3人が再び集まったって訳」
「そこで私達は、山岳異民族が敗走して峡谷から下って来るのを目撃したんだけど、それから程無くして、峡谷の麓付近で、俄には信じ難い光景を目の当たりにしてしまったの……」
「それこそが、君の兄・ガルシアが殺害される瞬間だった……」
3人の目撃証言に、エルベルトは勿論、濡れ衣を着せられた4人も驚愕の表情を禁じ得ない。
「それで、誰が……誰が兄さんを殺したんですか……!?」
「それはだね……」
そこまで言うと、アイザックは逡巡して口を噤み、クレオの方へ視線を向ける。彼女は暫くアイザックを見詰めると「言っちゃいな」といった感じで首を振る。
それに応対するように小さく頷くと、再びエルベルトに視線を移す。
「トラヴィス現ポスマーニ国王――君の父だよ」
「……っ!! 何ですって……!?」
真相を聞かされ、エルベルトは1歩後退る。
「いくら実力と人徳を兼ね備えている人でも、頭の上がらない者には隙を見せるものよ……それが自らの親ともなれば尚更……」
追い打ちを掛けるようなウルスラの言葉に、更に後退する。
「でも……何で父が、兄さんを……?」
将来を熱望されていた子を、期待を掛けている親が殺す訳が無い――そんな先入観が根深くあったのであろう。改めて問い質すエルベルトの声は、悲嘆と恐怖が綯い交ぜになったかのように震えていた。
「ガルシアは民の英雄で、行く行くはポスマーニを背負っていくだろうと期待されていた……でもそれは同時に、父であるトラヴィスにとって目の上の瘤となった事を意味していた……」
「兄さんが……目の上の瘤、ですか……?」
「然様です、エルベルト様」とハルマンが断言する。
「最早陛下は、己の座を脅かさんとする者がいるならば、手段を選ばずに殲滅させるおつもりです。例えそれが、自らの血を引く息子であろうと……」
「……」
父の【傲慢】な本心を知り、言葉を失ってしまったようだ。
「エルベルト様も、どうかご用心ください」
「えっ……? それって、一体どういう意味ですか……?」
「あんたねぇ、今の話で勘付かなかったのかぃ?」
呆れたようにクレオが言い放つ。
「トラヴィスは次に、あんたを粛清するつもりだって事だよ」
「えっ……えぇっ……!?」
まさかの発言に、エルベルトは目を白黒させて素っ頓狂な声を上げる。
「本来なら使いの者を雇って、離れた地で人知れず殺そうと思ったけど、自ら帰って来てくれた御蔭で探す手間が省けた――トラヴィスはあなたの事を、そういう風にしか見ていないのよ……」
己の帰郷を一切歓迎しておらず、寧ろ端から亡き者にしようと画策していた――そう言いたげなウルスラの言葉に、彼の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
「残念だけど、この国はもう終わりが近いだろうね……」
「そうね……あの国王が君臨し続ける限り、復興は到底不可能……」
「誰かが彼を阻止するしか……最早手立ては無いだろう……」
ポスマーニの行く末の不安を掻き立てる3人の言葉に、そこにいる誰もが顔を伏せて沈黙する。
「旅の方々……」
その沈黙を破るように、ハルマンが口を開く。
「あらぬ噂が立たぬ内に、早くこの国からお逃げください。陛下への謁見は、最早叶う事も無いでしょうから」
「えっ……? でも逃げたところで、この国は私達を御尋ね者みたいに――」
「御心配には及びません。幸いにも、あなた方を貶めたという嘘は、今のところ誰にも知れ渡ってはいない様子です。恐らくは、主将が通りすがりの旅人に殺されたとなれば、国にとっては恥ずべき汚点となってしまうからでしょう」
アデラの不安を取り除くように、ハルマンが淡々と現状を説明する。
「皆様、どうかご無事で――」
「待ってください……!」
ハルマンの言葉を遮り、エルベルトが声を上げる。
「皆さんが逃げるなら、僕も一緒に城を出ます……!」
「「「「「「「……!」」」」」」」
「エルベルト様?」
「クレオさんの言う通り、最早この国は終わり掛けています。でもだからと言って、このまま指を銜えている訳にはいきません。僕が父を止めます。必ず止めてみせます……! 兄さんの無念を晴らす為にも……だから、協力のお願いも込めて、どうか皆さんと同行する事を許可してください……!」
そう言って、3人に深々と頭を下げるエルベルトだったが――
「エルベルト……頭を下げる相手が違うんじゃないかぃ?」
おおよそ見当違いの行動をクレオが窘める。
「えっ……?」
「あたし達は、同志を助けて真相を話しにここまで来たっていう体だから」
「えぇ……私達はまだ旅の一員じゃないの……」
「頼むなら、ここの3人にするべきじゃないかな……?」
3人は各々が救出したショーン・ジュノ・ティアナを彼の前に差し出す。
「そうですね……すみませんでした。では改めて……ショーンさん、ジュノさん、ティアナさん……お願いします……!」
再び深々と頭を下げるエルベルトだが、回答に困っているのだろうか、3人は複雑な表情で互いの顔を見合っている。
「俺達は別に構わんが……主の許可も必要だろうな」
「主……?」
「俺達もある意味導かれた身だからな。一蓮托生の覚悟を持った主に」
「えぇ。なので、恐らく大丈夫だとは思いますが、一応アデラさんに……」
「えっ? 私?」
突然話を振られたアデラは目を丸くする。
「いやっ、私は別に皆の主でも何でも無いし、その――」
「アデラさん……」
彼女の謙遜を遮り、エルベルトが神妙な面持ちで歩み寄る。
「誤解だったとはいえ、先程は刃を向けてしまって、本当に申し訳御座いませんでした……!」
「もう、そんな事気にしなくていいのに……」
「そんな僕がこんな事を頼むのもおかしいですが……父を止める為に――【本物】の国と民の幸せの為に……ここにいる6人を僕の許に導いてくれたあなたの力を、是非とも貸してください……! お願いします……!」
三度深々と頭を下げるエルベルト。
「アデラ、俺からも宜しく頼む……!」
「エルベルトの我儘、聞いてやってくれ……!」
「お願いします、アデラさん……!」
「あたしからも頼むよ、この通り……!」
「今の彼と私達には……あなたの力が絶対不可欠なの……!」
「アデラ君……っ!」
その他の6人も、次々と頭を下げていく。
この場にいる中で最年少である自分に、人生の先輩でもある7人が頭を下げて懇願する光景に、アデラは一瞬だけ逡巡したものの――
――如何なる時も、汝の持つ7つの信念を貫き通すのだ……
――さすれば、更なる共鳴し得る者が直に現れよう……
――【欲望】という深淵への堕落の危機を免れられるか否か……
――それは、其の方達8人に委ねられた……
宿屋で休息していた時、頭の中で聞こえた言葉を思い出した彼女に、回答を渋る理由など無かった。
「このまま濡れ衣を着せられ続けて、落ち落ち旅なんて続けられないわ……冤罪を晴らして、この国の【本物】の平穏も取り戻すわよ……この8人で……!」
それは彼女が7人全員を旅の仲間と正式に認めた事を意味し、エルベルトが率先して「有難う御座います」と御礼を述べる。
それを傍らで見届けていたハルマンが――
「それでは、この私も同行させていただきますよ」
と、突然宣言してきた。
「えっ? ハルマンも来るんですか?」
「私は飽くまで、陛下の継承者の従者です。ガルシア様がお亡くなりになった今、あなたに付くのが道理だと考えておりますので」
「……分かりました。不束者ですが、どうか宜しくお願いします」
「このハルマンで良ければ、何なりとお申し付けください」
こうしてハルマンも、アデラ達に同行する事が決まった。
「では、皆さんは城の前で待っていてください。準備が出来次第、僕もハルマンもすぐに落ち合いますので」
エルベルトからの指示を受け、アデラ達7人は部屋を後にする。
――――――――――――――――――
「お待たせしました、皆さん」
アデラ達が城外に出てから数分も経たぬうちに、エルベルトがハルマンと共に姿を現した。
「では、参りましょう」
9人は城の向こうへと伸びている、幅広の道を歩いていく。
ところが、道の中腹に差し掛かった時――
「……!」
ハルマンが傍らから殺気を感じ、その方へ顔を向ける。
すると、鎧を纏ったモヒカン刈りの筋肉質な男が、9人の許へ歩み寄って来る。
「アルフォンスさん……」
「今し方、陛下より暫定的に主将の座を仰せ付かりました。故に、今後はそれをお忘れ無きように。それは扨置き……エルベルト様、これ程多くの者を率いて一体どちらへ?」
正直に言えば、間違い無く彼によってこの場で殺される――エルベルトはそう思って一瞬逡巡したものの、彼自身の性分からして、言わずにはいられなかった。
「アルフォンスさん――否、アルフォンス主将……僕は、もう1度城を出ます」
「やはり……なれど、認める訳にはいきませぬな。陛下より、あなた様を1歩たりとも城外へ出すなとの命が出ております」
「既に父が手を回していましたか……」
「王位継承者であるあなた様の逃亡を見過ごせば、陛下は私を断じて許しますまい。故に、ここで逃がすくらいなら――」
そこまで言うと、アルフォンスは腰の鞘から剣を引き抜き――
「私の手で斬殺致します」
エルベルトの首筋に刃を宛てがう。
「エルベルト様……!」
ハルマンを含め、そこにいる全員がエルベルトの身を案ずる。しかし彼は怯える様子を見せず、アルフォンスからも一切視線を逸らす事無く、「お気遣い無く」とでも言うように手で合図を送る。
「アルフォンス主将……僕個人の問題は最早、ポスマーニ国内で解決できる程小さくはありません。それに……国民の幸せは、父の下で叶う事など金輪際有り得ません。1日でも早く、変えていかなければ――そんな兄の遺志を継ぐ為にも、僕は再度城を出るんです……出なければならないんです。それでも斬るというのなら構いません……一思いに殺してください……!」
エルベルトは両手を広げ、抵抗する意思が無い事を示す。
そんな彼を、アルフォンスは鋭い目で睨み付け、剣を握った手に力を入れる。だが首元を斬る事はせず、突然己の思いを口にし始める。
「私は……予てより主将の座を狙っていました。武力を以て、己を認めさせたかったのです。ガルシアの持つ七光りになど負けてなるものかと……」
「……」
「だが……ガルシアは七光りを鼻に掛ける事を極端に嫌い、武力で伸し上がろうなどとは微塵も考えていなかった。国と民を第一に思い、剣を取っていた。それ以来……私は彼に勝つ事が出来なくなった。ガルシアなら、きっとこの国は……」
そこまで言うと、アルフォンスは口を噤み、徐に剣を下ろして鞘へと戻す。
「見届けさせていただきます。彼の遺志を継ぐあなたを……」
「僕だけではありませんよ。ここにいる方々も皆、志は一緒です」
彼に顔を向けられたアデラ達は、全員が首を強く縦に振る。
「必ず……取り戻して見せます……!」
そう強く宣言し、エルベルトはアデラ達と共にその場を後にする。
アルフォンスもまた、幸運と無事を祈るように、その背中に向けて頭を下げる。
――――――――――――――――――
一方、アデラから巾着袋を奪ったトラヴィスは、中に入っていた3つの指輪を取り出し、手の上に乗せてまじまじと見詰める。
すると、一瞬にして表情を曇らせたかと思うと、彼は指輪を自分の足元に落とし、あろう事かそれ等を思い切り踏み躙る。
3つの指輪は、元の形が分からない程に細かく砕かれる。
「偽物か……これ程までの精巧さとは……」
何という事だろう、彼が手にした指輪は全て贋造だったのだ。
「あの小娘……余を謀ったな」
予見されていた事で、【選ばれし者達】から――特にアデラから受けた屈辱に対する怒りが沸々と込み上げていた。
その時、フランが慌てた様子で王の間に入室してきた。
「陛下……一大事で御座います……!」
「何事だ?」
「エルベルト様が、【選ばれし者達】と共に行方を眩ました模様です」
「……然様か」
「陛下? 何故冷静に? 御捜しにならないので?」
「捨て置け……何れ指輪と共に自ずと戻る。究極の絶望を与えるのは、己の手で希望を膨らませた後に限る」
「流石は陛下、掌握に抜かりはありませんねぇ」
そう言って、フランは口を三日月型に歪める。
「私は陛下にお仕えして以降、幾多の戦を見て参りました。そして、多くの者が陛下に平伏する姿も……えぇ、そうです。我が陛下・【武神】トラヴィス国王……あなた様こそが【本物】の王――否、全ての神をも凌駕する【本物】の神で御座います……! では……私は任務を遂行する為、これにて失礼致します」
一礼した後、狂気に満ちた笑い声を上げながら王の間を後にする。
「宰相め……失態を犯しておきながら、尚も何食わぬ顔で余を手の上で操るつもりか……? 甘いわ……! 貴様には何れ、相応の褒美を与えてやろうぞ……」
トラヴィスは冷めた表情で、フランの背中を見詰める。
――――――――――――――――――
ポスマーニを去って間も無いアデラ達一行。
「あっ、そうだ……エルベルト」
「はい?」
「さっきあなたに渡しておいた袋、まだ持ってるわよね?」
「えぇ、一応ここに……」
アデラに言われるがまま、エルベルトは懐から巾着袋を取り出す。
すると彼女は、それを手にするや否や、袋の口を開け始めたではないか。
「ちょっと、アデラさん……!?」
慌てふためく彼を無視し、アデラは中に入っている物を取り出す。
「おい、それって……」
「指輪じゃねぇか……! しかも3つ全部……!」
「何故贈り物の袋の中に……?」
ショーン・ジュノ・ティアナの驚きと疑問の声にも耳を傾けず、アデラは手の上の3つの指輪をまじまじと見詰め、納得したように小さく頷き微笑む。
「よしっ、大丈夫……全部【本物】ね……」
「アデラさん、何してるんですか……!? 袋を開けても中身を見てもいけないって、あの時散々僕に釘を刺しておいて、あなた自身がその禁忌を破るなんて――」
「エルベルト……それに関して、私あなたに謝らなきゃいけないわ……御免なさい、その話は全部嘘なの」
「う、嘘……?」
「御祝い事の時、親族に御守りを渡すって慣わし……そもそも私の故郷には存在しないの」
「えっ……えぇっ……!?」
まさかの告白に、目を見開き声を上げるエルベルト。
「アデラ……何故架空の慣習を捏ち上げてまで、そんな物を――」
「こうでもしないと、指輪を守れないと思ったからよ」
「指輪を守れない? どういう事ですか?」
「細大漏らさず説明してくれよ、アデラ。じゃなきゃ、俺達は納得出来ねぇぞ?」
「無論そのつもりよ」
アデラは8人を前に、ここまでの経緯を話し始める。
「スフィージュを離れる少し前に、この指輪が語り掛けてきたの……『3つの指輪を狙う者が、これから向かう先に必ず存在する』って」
そう言いながら、右中指に嵌められている指輪を見せる。
「だから皆が寝静まった頃を見計らって、私は予めゲオンバート近くの洞窟で採取した材料を素材屋に持って行って、【本物】そっくりの指輪を作ってもらって、別の巾着袋に入れてポーチの中に忍ばせておいたの」
「そして【本物】の指輪が入った巾着袋は、贈り物という形で、エルベルトに一時的に預けた……って訳か」
「そういう事。あの時は確かに初対面だったけど、彼なら絶対肌身離さず持ってもらえるって、直感でそう思ったの」
「なるほど……敵を欺くにはまず味方から、か……というか、まさかお前が指輪を奪われる事を想定していたなんてな……正に才色兼備の棒術師だな」
ジュノの褒め言葉を尻目に、アデラは【本物】の指輪を巾着袋に入れ、ポーチの中へ仕舞う。
「さて……これから私達は何処へ行けばいいのかしら?」
「そうですよね……このまま流離っていては、ポスマーニから逃げた意味が無くなってしまいます……」
ティアナと共に些かの不安を口にしていると――
「あたし、小耳に挟んだんだけどね……」
と、クレオが徐に挙手しながら口を開く。
「近くトラヴィスが、西方のマームスト王国のタレス王と、ヨアディシュでこっそり会うらしいよ」
初めて聞く地名に頭を傾げるアデラに、ショーンが簡潔に説明する。
マームストは、大陸最西端に位置する、ポスマーニと並ぶ大国で、ヨアディシュは、ポスマーニとマームストに挟まれるように存在している小さな街であるとの事だ。
「私もその噂は耳にしているわ……」と、クレオの言葉にウルスラが続く。
「何でも二国間で交わされている不可侵条約についての密談だとか……」
「だが……私の耳には、それについての良からぬ情報が……」
「良からぬ情報? それは何だぃ、アイザック?」
「フランという宰相が、周囲に密談の真相を漏らしていたみたいだけど……」
「何なの、真相って……? 勿体振ってないで言ってちょうだい……」
「……トラヴィスは和平を騙り、タレス王を暗殺する気らしい」
暗殺という言葉に、その場にいる誰もが息を呑む。
「そんな事になったら、不可侵条約は崩れ、また戦が起こります……! ポスマーニの人達は、これ以上の戦は望んでいない筈です……!」
祖国が大陸中からの信頼を失いかねない危機に、エルベルトは声高に訴える。
「……トラヴィス、か」
「それしか考えられませんよね……?」
「ならヨアディシュに行って、密談を阻止するべきだろ?」
「だが私としては、宰相のフランの動向も気になるんだ……」
「アイザック、それはどういう意味だぃ?」
「宰相ともあるべき者が、外部に漏れたら国の一大事となるような真相を、態々周囲にペラペラと喋ると思うか?」
「言われてみれば……確かに不自然ね……」
「私が思うに、フランは密談を利用してトラヴィスを唆し、マームストに奇襲を仕掛けるのではないかと――密談の噂自体が罠なのではないかと見ている……」
アイザックの推理に誰もが感心し、アデラに至っては「一理あるかも……」と無意識に声を漏らしている。
「それなりの危険が、2つの地でほぼ同時に訪れるって事ですね?」
「ではここからは、ヨアディシュへ向かう組とマームストで諜報を行う組に分かれて行動致しましょう」
ハルマンの提案により、アデラ達はこの場で一旦分かれる事になった。
全員で話し合った結果、アデラ・ジュノ・クレオ・ウルスラがヨアディシュへ、ショーン・ティアナ・エルベルト・アイザック・ハルマンがマームストへ赴く事に決まった。
斯くして、クォージウス大陸の未来を占う、アデラ達による水面下の戦いの火蓋が切られたのだった――




