厭わぬ犠牲
ポスマーニは建国以来、山岳異民族の脅威に曝されてきた。
歴代の王が和平交渉を試みるも、その都度決裂していた。
時は流れ、【武神】として君臨するトラヴィス現国王は即位以来、武力による異民族の排斥を掲げ、ガルシア率いるポスマーニ軍は、度重なる戦において勝利を収めてきた。
そして遂に……その永き戦に終止符が打たれようとしていた。
「フラン宰相はいるか?」
「はい、陛下」
トラヴィスに呼ばれ、フランが入室する。
「兵達は集っておるか?」
「勿論です。それはそれはもう、蝿の如く……すぐに発たせます」
報告を受けたトラヴィスは、何を思ったのか、徐に玉座から立ち上がり、その場を後にする。
「へ、陛下? 一体どちらへ?」
フランは驚きのあまり、その場に立ち尽くすのが関の山だった。
――――――――――――――――――
その頃、広場では――
「誇り高きポスマーニの兵達よ! 山岳異民族は長きに亘り、我が国を冒涜してきた! 奴等に我等の誇りを見せ付けてやろうではないか! マーガヒック峡谷を落とし、民の平穏を取り戻すまで! この戦、全身全霊で臨むと心得よ!」
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
ガルシアが集められた兵達を鼓舞して、士気を高めていた。
そこへ、彼と同じ鎧を纏った、モヒカン刈りの筋肉質な男が歩み寄って来る。
「やはりいつ見ても見事だ、ガルシアよ」
「アルフォンス副将か……」
「兵の士気も高い。その様子なら、この戦の勝利も堅いだろう。だが……くれぐれもしくじるなよ? 貴様の立場に甘んじて、主将の座を譲ってやったのだからな」
「譲られた覚えは無いぞ、アルフォンス。それと……その前置きを口にするのはいい加減止めろ。反吐が出る」
「フン……相変わらず鼻に掛ける事も太鼓を叩かれる事も忌み嫌っているな。だが、剣を交えれば自ずと分かる。どちらが【本物】の主将として相応しいか……」
「フフ……なるほど」
「俺達は幼き頃から、陛下の為に、そして国の為に強くなろうと、常日頃から剣の腕を磨いた。だが、結局は血筋のある貴様が気に入られた……それだけの話だ」
親の七光りだと持ち出されて憤りを覚えたガルシアだったが、ここで一悶着起こす訳にもいかず、グッと言葉を呑み込む。
「私も、父上は勿論の事、国と民の為に今日まで忠誠を誓い歩んできた。だがな、ここ最近思う事がある……若しかすると、父上はこの国を――」
「準備は整ったか?」
ガルシアが言葉を言い切る前に、トラヴィスが軍の前に姿を現す。
2人の将を皮切りに、軍兵達が一斉に跪く。
「父上……」
「苦しゅうない……面を上げよ、ガルシア」
そう言われ、ガルシアは顔を上げる。
「其方はポスマーニに、幾多の勝利を齎してくれた……あの幼子が、見事に主将の任を務めてくれている……実に見上げたものだ」
「身に余るお言葉です、父上……!」
「さて、本題だが……この戦、余も戦地に赴こうではないか」
「な……何を仰るのですか?」
予想だにしていなかった言葉に、ガルシアは反射的に立ち上がる。
「戦において、父上の手を煩わせる訳には――」
「ガルシアよ……余は決して其方の力を疑ってはおらぬ。だが……山岳異民族の排斥は、余の宿願だったのだ。故に、余の目で見届けたいのだ……彼奴等が我が国に降る様を、な……」
逡巡するガルシアだが、トラヴィスは1度口にした言葉を絶対に取り消さない事を知っている為、一方的に呑む他無かった。
「分かりました……では、我等で手厚くお守り致します。そして、必ずや勝利を捧げましょう……!」
「うむ……期待しているぞ、我が息子よ」
ガルシアは一礼し、再び兵の方を向く。
「兵達よ! 命を賭し、国の壁となれ! ポスマーニの誇りを胸にっ!」
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
士気を高めた兵達は、足早に戦地へと赴いていく。
――――――――――――――――――
「私達みたいな部外者が参戦しても大丈夫なのでしょうか?」
「あんなに期待してくれていたんです。心配無いですよ、ティアナさん」
「それに、俺達には王への謁見も懸かってるしな」
「俺達が加われば、間違い無く龍に翼を得たる如しだ」
兵達が発って少し経った頃、アデラ達はガルシアに例の件の返事をする為にウィーグム城へと赴く。
そして城の前に到着するや否や、ガルシアの姿を見つけ、彼の許へ歩み寄る。
「おや? 君達……」
戦場へ向かう準備を万全にしていたガルシアが、アデラ達の存在に気付き、すぐさま駆け寄っていく。
「ここへ来てくれたという事は、我が軍への参加を承諾してくれたと捉えて間違いないな?」
「はい。私達で良ければ、是非」
「おぉ、実に有り難い……!」
期待通りの返答に、頬を緩めるガルシア。
「これから我が軍が赴く戦は、その大勢を決するものだ。君達のような達人がいれば、我々としても非常に心強いよ」
喜ぶガルシアとは裏腹に、ティアナは少々違和感を覚えて辺りを見回し、彼に問い質してみた。
「あの、ガルシアさん……エルベルトさんはどちらに? 既に軟禁は解かれている筈では?」
「それが……父が自ら戦地に赴く事になってな、エルベルトはその間留守を任される事になった」
「まだ城から出れないのか……あいつも熟不運だな」
「ある意味身から出た錆だろ。まぁでも、あいつにとっては、少しいい薬になるかもしれねぇがな」
「エルベルトの話はそれくらいにしてくれ。戦場はマーガヒック峡谷だ。私は一足先に、軍と共に陣を敷いておく。君達もすぐに後を追ってきてくれ」
そう言い残して、ガルシアもまた足早に戦場へと赴く。
――――――――――――――――――
その後アデラ達は、絶壁に敷かれた本陣へ赴き、ガルシアから、一部の兵と共に後陣でのトラヴィスの守護を任された。一方彼自身は、アルフォンス副将や残りの兵と共に、前線にて敵将の首を討ち取りに向かった。
戦況はポスマーニ軍が圧倒していたのだが――
「どうも腑に落ちぬ……」
そんな中ガルシアは、些かの違和感を覚える。
「どうした、ガルシア?」
「敵将の守りが、あまりにも手薄過ぎはしないか?」
「フン……! 俺達が強過ぎるんだろ」
大口を叩くアルフォンスだったが、ガルシアは勘付いてしまったようだ。
「まさか……一部が守りを捨てて……!?」
そして、その悪い予感は――
「敵襲! 敵襲!」
不運にも的中してしまった。
槍を持った敵軍の男と2人の取り巻きが、本陣に辿り着いてしまったのだ。
「馬鹿な……! あの前線を突破したというのか……!? だが、敵は少数……立て直せ! 陛下をお守りせよ!」
軍の隊長がすぐさま討伐しようと剣を構えるが、男の槍が一瞬の内に隊長の腹を貫き、隊長はそのまま絶命してしまう。
「なっ……! 隊長殿が、一瞬で……!? だが、こちらには数がある! 一斉に掛かれ!」
複数の兵が、同時に3人を迎え撃つ。だが、男はその数にも屈する事無く、取り巻きと共に兵を一掃してしまった。
「くっ……何て強さだ……!」
「待て……! あの槍は若しや……山岳の狂犬・セスか……!?」
「ククククク……如何にも」
その男――山岳の狂犬・セスは、その自慢の槍で、10は下らない将の首を落とした、山岳地一帯で名を馳せる剛腕の持ち主だ。
「守りを捨てての速攻を選んだが、どうやら千載一遇の好機に恵まれたようだな。何せ、自ら首を晒しに来ているのだからな……愚かな王もいたものだ。その首……我が国の旗に串刺しにしてやる……! 覚悟しろ……!」
「フン、取れるものなら取ってみよ。そう安い首では無いぞ」
挑発するトラヴィスを護衛するように、アデラ達4人は武器を手にし、セスの前に立ち開る。
「ん? 貴様等……どう見てもポスマーニの兵では無いな。ククククク……頼りない兵に代わり、態々出てきたってところか……! 一介の人間に護衛を任せるとは……ポスマーニなど恐るるに足らんわ!」
そう叫んで、セスは槍を振り回し、取り巻きと共に一斉に襲い掛かる。
幾多の将の首を落としただけの事はあり、その実力は【本物】であった。だが山岳地帯のみならず、様々な環境下で戦闘を重ねてきた4人にとっては、彼等を黙らせる事など赤子の手を捻るようなものだった。
取り巻きと共に、セスはその場で絶命する。
「あの狂犬・セスを一瞬で……何て強さだ……!」
4人の圧倒的な実力に、兵達は舌を巻くばかりだ。
「貴公等、ガルシアが連れた者達か……大義であった、褒めて遣わそう」
トラヴィスに認められ、4人は一礼する。
すると、ガルシアとアルフォンスが本陣へと戻って来た。
「父上、御無事でしたか……!」
「うむ……見ての通りだ」
「申し訳御座いません……このような状況を作ったのは、全て私の責任……!」
「良い。其方の兵が働いたのだ。して……敵将の首は?」
「えぇ、この通りで御座います」
ガルシアの手には、敵将の首がしっかりと掴まれていた。
「うむ、見事だ」
「おぉ……敵将を難無く……」
「流石は無敵の龍……!」
「勝った……勝ったぞー!」
完全勝利に、兵達は諸手を挙げて喜んだ。
――――――――――――――――――
戦が終わり戦地から戻る途中、峡谷の中腹でガルシアとアルフォンスが会話を交わしている。
「何故だ、ガルシア?」
「何故とは?」
「前線で敵の罠だと気付いておきながら、貴様は迷う事無く敵将の首を取りに行った。何故陛下の護衛に回らなかった? 仮にも貴様の肉親だろ?」
親を守るのが子の務めだろう――そんな説教じみた言葉に対して、ガルシアは淡々と答える。
「父上の護衛は、信ずる者達に任せた。故に私は、己の務めを果たしに行った。それだけの事だ」
その言葉に納得したのだろうか、アルフォンスは「フンッ」と鼻を鳴らし、ニヤリと口角を上げる。
「ガルシア……貴様はやはり【本物】の将、天晴だ。だがな……いつか必ず、俺がその座を奪取する。断じて忘れるな」
「無論だ。覚えておく」
アルフォンスの宣戦布告に、笑みを浮かべながら答えるガルシアだった。
――――――――――――――――――
その頃本陣では、兵達が帰国の準備をしているが、そんな中アデラが、頻りに峡谷の裾の方を気にしている。
不審に思ったショーンが――
「どうしたんだ、アデラ?」
と問い掛けると、思いもよらない言葉が返ってくる。
「いや、何て言うか……すごく嫌な予感がするのよ」
「嫌な予感?」
「上手く言葉で表せないけど……これから【本物】の波乱が起こる気がして……」
「俺も、一瞬だが狩人の勘が働いたんだ。無論、悪い方向にな」
「ジュノさんもですか?」
「それも国だけでなく、大陸の秩序さえも揺るがしかねない轍鮒之急が……」
「2人がそう言うのなら……とりあえず下りてみましょう」
「あぁ、何かあってからじゃ手遅れになりかねないしな」
胸騒ぎを覚え、4人は駆け足で峡谷を下りて行った。
――――――――――――――――――
一方、峡谷の裾では、ガルシアが跪き、トラヴィスと会話を交わしていた。
「ガルシアよ……見事な戦であった……流石は我が国が誇る龍だ」
「身に余るお言葉です、父上……!」
「それでだ……もし、万が一の話ではあるが……余に若しもの事があった時は……其方が余に代わって国を率いてはくれまいか?」
「父上……今の私は一国の兵士です。国事などは想像も出来ません。ですが、民を守り導くという事であれば……周囲の手も借りながらも、必ずや民を正しき道へ導いてみせます。ですので、どうかご安心を」
「……そうか。良くぞ言ってくれた」
期待通りの言葉に、トラヴィスは口角を上げる。
「我が息子よ……さぁ、この父を抱き締めてくれよ……」
「父上……喜んで……!」
ガルシアは徐に父の許へ歩み寄り、抱擁を交わす。
ところが――
「……なっ?」
ガルシアは腹部に鋭い痛みを覚えたかと思うと――
「ガハッ……!!」
大量の血を吐き、腹部を押さえながらその場に蹲る。更には、その手も真っ赤に染まっていくではないか。
トラヴィスが隠し持っていた小刀で、ガルシアの腹を引き裂いた為だ。
「ち……父上……な……何故……」
「ガルシアよ……貴様は確かに優秀な男……だが、些かその度が過ぎた。そんな貴様に、国や民を率いる資格など無い。国を率いる者は、1人だけで良いのだ……民が迷わぬように」
「……ぁ……ぅ」
「案ずる事は無い……龍は死してこそ伝説となるのだからな」
「エル……ベル……ト……」
譫言のように弟の名を呟きながら、ガルシアはその場で絶命する。
周囲に己の血の海を広げながら……
「あの玉座に相応しいのは余のみ……文武に長け、人望も厚く、民に愛される者に生きる価値など無い……」
トラヴィスは、己にのみ王としての確たる才を持っていると妄信している。
そして、己の上に立たんとする者・己を蔑まんとする者を、彼はあらゆる手段で悉く殲滅してきた。
次期ポスマーニ国王として期待されていた憎き兄を毒殺したように……
出来損ないと陰で罵り続けていた下卑た者達を撲殺したように……
そしてその矛先が、この度、己の息子・ガルシアに向いたのだ。
冷たい視線でその亡骸を一瞥すると、トラヴィスはその場を後にする。
すると、目の前にアデラ達が姿を現す。
鴨が葱を背負って来たとばかりに、トラヴィスは不気味な笑みを浮かべる。
「其方達――特にそこの小娘……名は確か、アデラと言ったか……実に良い指輪をしているな……?」
「……?」
ほぼ初対面である筈のトラヴィスが、何故自分の名前を知っているのか、そして何故突然指輪の話を持ち出したのか――アデラには全く理解が出来なかった。
「余が何も知らぬとでも思うてたか……【正義に選ばれし者達】よ……愚かよ……実に愚かなり……兵よっ!」
トラヴィスの声に、何百もの兵がその場に駆け付ける。
「ポスマーニの誇り高き龍にして、我が息子であるガルシアが殺された……この者達によってな……!」
「「「「なっ……!?」」」」
「1人残らず捕らえよっ!」
多勢に無勢……成す術も無く、アデラ達は兵の群衆によって確保されたのだった。
――――――――――――――――――
ポスマーニに戻ると、ウィーグム城前にガルシアの遺体が納められた石棺が安置され、神官が冥福を祈る言葉を述べる。
「ガルシア・ウィーグム……我らが誇り高き、無敵の龍よ……その御心を鎮め、安らかに天に召されたまえ……どうか聖炎の御加護があらん事を……」
それを囲む国民達は、皆誇り高き主将の死を嘆き悲しんでいる。
「ガルシア様が……戦死だなんて……」
「嘘よ……そんな事……」
「無敵の龍が死んだら……俺達も……この国も……もう終わりだ……」
そんな葬儀の様子を、アルフォンスは複雑な表情で遠目に見守っていた。
――――――――――――――――――
その頃、トラヴィスは独房内で気を失っているアデラの許へ歩み寄り、彼女の腰に付いているポーチから、3つの指輪が入った巾着袋を奪い取り、更には彼女の右中指に嵌められている指輪をも奪おうとする。
「……っ!」
しかし、指輪が一瞬放った青く眩い光によって、それは阻まれてしまった。
「【正義】の力宿りし指輪……余の支配を拒むというのか……? まぁ、良い……3つの指輪はこの通り、余の支配下に入った……貴様も何れ知る事になる……誰が【本物】の【正義】の主として相応しいのかを、な……」
「今に見ているがいい」と言わんばかりの不気味な笑みを浮かべながら、トラヴィスはその場を後にする。
――――――――――――――――――
「……はっ!」
暫くして、漸くアデラは意識を取り戻した。
身体を起こして辺りを見回すと、自分の棒が没収され、劣悪な環境の独房に収監されている事を改めて認知する。
自分だけがいる事から、3人は別の場所に囚われていると考えられる。
アデラは徐に立ち上がり、目の前の鉄格子に触れてみた。
鉄格子はかなり重厚であり、そこに掛けられている錠前も見る限り頑丈そうである。人の手で揺らした程度ではビクともしない。素手で壊して脱獄する事は間違い無く不可能であろう。
次に彼女は、牢屋の中を見回してみる。
床には割れた壺の破片や石の欠片が散乱していて、誤って踏めば足を切って流血沙汰になってしまうだろう。
すると彼女は、その中で一際大きな石の欠片を見つける。若しかしたら、これが脱獄に使えるかもしれないと、僅かな希望が彼女の中に芽生える。
その後も辺りを見回してみたものの、他に使えそうな物は無いようだ。
彼女は一縷の望みに賭けて、手にしている一際大きな石の欠片で、目の前の鉄格子を思いっ切り叩く。
だが結果的に、大きな金属音が響き渡っただけで、鉄格子には掠り傷すら付けられなかった。
「おい、貴様! 一体何をしている!? 大人しくしていろっ!」
すると、音を聞き付けた門兵が、怒声を上げながら近付いてくる。
そして格子越しに、アデラの姿をまじまじと見てくる。
その視線に、アデラは嫌悪感を抱き、苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。
「貴様……肌の色からして、異国の者だな? まぁ、そんな事はこの際どうでもいい。貴様は明日、陽が昇った時に処刑される。国の宝を殺したのだから、罰として当然と言えば当然だがな」
無実の大罪を着せられた身として、処刑など到底受け入れられる筈は無い。アデラは無言ながらも、覚えの無い罪だと訴えるような目で門兵を睨み付ける。
それが面白くない門兵は――
「何だ、その目は? そんなに悔しいのか……俺もだよ。こんな国賊が、俺達の味方を装っていた事に全く気付かなかったんだからな」
自虐を交えながら、蔑むような表情でアデラの顔を覗き込むと――
「貴様もその仲間達も、明日この手で殲滅されられると思うと……今から武者震いが止まらないよ……!」
そう言って目を引ん剥き、口を三日月型に歪め、嘲罵の念をこれでもかという程に込めた、甲高く気味の悪い笑い声を浴びせ続ける。
ところが、暫く笑い続けていると――
ドスッ!
突然鈍い衝撃音が聞こえ、笑い声が止まると同時に門兵の視線が上の空になり、そのまま倒れ込んで動かなくなってしまった。
何事かと思い、アデラが呆気に取られていると――
「さぁ、こちらへ……急いでください……!」
ハルマンが門兵を鈍器で気絶させ、その隙に鍵を奪って牢獄の扉を開けたのだ。
その手には、没収されていた彼女の棒も握られていた。
アデラはすぐに牢獄から出て、ハルマンから棒を受け取った。
――――――――――――――――――
その頃、最早誰も使用する事の無くなったガルシアの部屋で――
「兄さん……どうして……?」
エルベルトが兄の死を受け入れられず、壁に凭れて咽び泣いていた。
「エルベルト様……重要なお話が……」
そこへ、恐る恐るといった感じでありつつも毅然とした態度で、ハルマンが入室してきた。
「出て行ってくれ……今は聞きたくない……」
「それは失礼致しました……では、適当に聞き流していただいて結構です……ガルシア様を殺したとされている者を連れて参りました……入りなさい……」
ハルマンに言われ、アデラは気まずい雰囲気を纏いながらも、エルベルトの前に姿を見せる。
「……っ!!」
当然の如く、彼は絶句せざるを得ない。
「アデラ、さん……? あなたが……兄を……!? 許さない……!」
エルベルトは歯を食い縛りながら、反射的に剣を引き抜くと――
「兄の仇いいいぃぃぃっ!!」
アデラを斬り殺そうと、剣を振り被って駆け出す。
「落ち着きなさい、エルベルト様!」
しかし、透かさずハルマンが制止する。年を召している筈の彼だが、丸腰且つ素手でエルベルトの剣を持つ手を押さえ付けている。その光景からして、彼が従者としてかなりの実力を内に秘めている事は想像に難くない。
「放せ、ハルマン! 彼女を殺さないと、僕の気が済みません!」
「ガルシア様は、彼女を心の奥底から信用し、兵に徴用したのです! そんなガルシア様を裏切り殺したところで、一体彼女に何の得があるというのですか!?」
「彼女が兄さんを殺したと、連れて来たのはハルマンじゃないですか!」
「あなたのお知り合いの御三方も、彼女と同様の理由で投獄されたのですよ!?」
「……えっ?」
努々思いもしない事実を聞かされ、エルベルトは顔を強張らせ、抵抗を止める。
「あなたがガルシア様を敬い、尊び、目標としている事を、当然あの者達は皆存じ上げております。それでも、彼女を含め、彼等がガルシア様を殺害する根拠が存在すると……あなたは本気でお思いなのですか!?」
「……」
ハルマンに窘められ、エルベルトは剣を持った手を力無く下ろす。その表情は絶望でも愕然でもなく、寧ろ混乱によって歪められている。
その間に、ハルマンはエルベルトの手から剣を外し、彼の鞘へと戻す。
「今……事の真相を知る者達が、お知り合いの救出へ赴いております。恐らく、もうそろそろこちらへ戻られる頃かと――」
「ハルマン殿」
扉の向こうから男の声が聞こえた。だがそれは、ショーンやジュノとは明らかに違う――アデラの知らない者から発せられたものだ。
片やハルマンは、その声に聞き覚えがあるのか、若干表情を緩め――
「どうやら無事に救い出せたようです……お入りください」
扉の方へ顔を向けて一言発し、入室を促す。
そして扉が開かれると、やや俯いた状態でショーン・ジュノ・ティアナの3人が部屋に入って来た。そして彼等の傍には――アデラにとっては初対面となる――やや大人びた雰囲気の男性1人と女性2人の姿があった。
「あっ……あなた方は……!?」
その姿を見て、エルベルトは驚愕の表情を禁じ得なかった――




