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愚弟の帰郷

スフィージュを後にしたアデラ達一行は、彼女自身が手にしている地図を頼りに、人通りが多くなっている遊歩道を進んでいる。擦れ違う人の中には、異国出身であるアデラの物珍しさからか、あるいは職業の異なる者達が行動を共にしている驚きからか、目を丸くして視線を向ける者がちらほらと存在している。だがアデラ達は、これまでの旅路で人に注目される事に慣れているからだろうか、特に視線を気にする様子も無く堂々と歩を進める。


「えぇっと……この道の先にある崖道を抜けると……」


地図をなぞるアデラの指先が示したのは、ポスマーニという国のようだ。

ショーン曰く、ポスマーニはクォージウス屈指の大国という事だ。

武器や防具等の鍛冶が主な産業となっている他、クォージウスに流通している【フィーベ貨】の発行も行っているのだという。


その崖道に差し掛かると、先程までの人通りが嘘のように激減し、アデラ達以外には殆ど歩く人の姿が見えなくなる。

岩肌が剥き出しになり、歩道も整備されておらず、文字通りの悪路である。靴底がしっかりと安定している3人とは違い、グラディエーターサンダルを履いているアデラには、かなり足に負担が掛かる道だろう。時折ジュノやティアナに辛くないか心配されるが、彼女は「小さい頃からずっとこういう環境で生活してたから大丈夫」と、これと言って苦にしている様子は無い。

そんな感じで、あと少しでポスマーニの入り口付近に差し掛かろうという、正にその時――


「おい、待ちな」


前方から剣を腰に携えた大男が、取り巻きの2人の男を率いて、語気を強めながら現れた。


「貴様等、ポスマーニの人間か?」

「……はぁ?」

「有り金と金目の物を、全部ここに置いてけ。そうすりゃ、命だけは助けてやる」

「ならず者の盗賊が、大した金品を持っていそうもないただの通りすがりの旅人を強請(ゆす)るとか、大男総身に知恵が回りかねるにも程があるだろ」

「何だとぉ? 俺達に軽々しく大口叩くんじゃねぇ……!」


ジュノの言葉に気を悪くした男達は、一斉に剣を抜いて戦闘態勢に入る。しかしその構えは、通常とは若干異なる独特のものだ。

すると、ショーンがその様子に反応し――


「その剣の構え……まさかポスマーニの……!?」


と、口を開く。どうやらその体勢に見覚えがあるようだ。


「何だ、お前……知ってるのか?」

「伊達に人の癖を観察してないからな……その独特の構えは、ポスマーニの軍兵達しか習得し得ないものだ。それをさも当たり前のように出来るという事は――」

「へっ、バレちゃ仕方無ぇ。お前の想像通り、俺達は昔、ポスマーニに仕える剣士だった。だが、()()()の気紛れで、全員国を追われた。食い扶持が無くなった今、こうするしか生きていけねぇんだよ……!」

「あなた達の苦労を強いられた人生は、察するに余りあります……ですが、私達も【本物】を見つける為に、ここで屈する訳にはいきません……!」

「そうよ……! あんた達には、強請る相手を間違えたって、その身を以て後悔させてやるわ……!」


4人は一斉に武器を手にして、戦闘態勢に入る。


「身を以て後悔するのはそっちの方だ。俺達に力尽くを選択させたんだからな……ここで死んで、死んだ事も気付かずに彷徨(さまよ)って悔やみ続けろっ!」


そう叫んで、大男達は一斉に襲い掛かる。

元ポスマーニの剣士という事で、やはりそれなりの実力はあった。だが場数を踏んでおり、尚且つ化け物並みの強者を何度も退けてきた4人には、大男達など最早敵では無かった。

取り巻きの2人は絶命し、大男も息絶え絶えでその場に跪いてしまった。


「ふぅ……何か杞憂に終わってしまいましたね」

「元ポスマーニ軍の実力がどれ程のものか、ちょっと期待していたけど……とんだ張り子の虎だったわね」

(べつ)人を食わんとして却って人に食わるだな、完全に」


暗に「朝飯前だった」と口々に漏らす3人を尻目に、ショーンが唯一生き残っている大男に止めを刺す為に、改めて短剣を握り徐に歩み寄る。

だが、その時――


「あれ……? ショーンさん? ジュノさん? ティアナさん?」


背後から3人の名前を口にする男の声が聞こえた。

振り返ると、そこにはオフホワイトカラーでフード付きのマントを羽織り、腰に剣を携えている、茶色のウルフカットと紫色の瞳が特徴的な、垢抜けた雰囲気の青年が立っていた。


「「エルベルト……!?」」

「エルベルトさん……!?」


その顔を見た3人は、男の名を叫びながら目を丸くする。


「やっぱりそうでしたか……!」


【エルベルト】と呼ばれたその男も、喜びと驚きが綯い交ぜになった返事をする。


「お前、()()()()を終えてすぐ故郷に帰ったんじゃなかったのかよ……!?」

「あの後、偶々(たまたま)手が足りていなかった騎士団に声を掛けられまして、そこで今日までお世話になって――って、今は僕の事はいいんです……! それよりも、どうしてあなた達がこんな所に?」

「ポスマーニへ向かおうとしたら、こいつが襲い掛かって来たもんでな……」


そう言ったショーンが短剣で、跪く大男を差す。

その顔を見たエルベルトは――


「マルクスさん……!?」


彼の事を知っていたのだろう、大男・マルクスの名を叫ぶや否やすぐさま駆け寄り、身を屈めて視線を合わせる。


「あなた……何故盗賊なんかに?」

「ククククク……今度は()()御出座(おでま)しか……」


相対する人数が増えた事への諦めとも、エルベルトに対する侮辱とも取れる笑い声を漏らすマルクス。


「マルクスさん……あなたはその腕を、こんな所で消費すべきではありません。盗賊など辞めて、剣士としてもう1度――」

「トラヴィス王に――貴様の父に忠誠を誓えってか……? 死んでも御免だっ! 俺達の隊は当時、大きな戦果を挙げて国へ帰還した……だが隊長の、出迎えた王への態度が、その逆鱗に触れた……ほんの一瞬だけ王と目を合わせちまったばかりか、勝利の高揚からなのか、(こうべ)を垂れるのが若干遅れちまった……たったそれだけの理由で、隊長は斬首された……! 俺達部下は皆、国を追われる羽目になり、その結果がこの(ざま)だ……」

「マルクスさん……」

「実の息子なら知ってるだろ……!? あれはそういう王だって事ぐらい……!」

「……」

「さぁ、もう未練は無ぇ……さっさと殺せ……ここで見逃せば、またいつ襲わないとも限らねぇぜ……?」


エルベルトが、不気味な笑みを浮かべながら止めを刺すよう唆すマルクスに戸惑っていると、誰かに背中を小突かれる。振り返ると、その場に佇んでいるショーンが、「俺が止めを刺す、退け」と言わんばかりに、短剣を握った手を軽く振る。

困惑しながらも、エルベルトは徐に立ち上がって数歩下がる。


「そんなに非業の死をお望みなら、一瞬も痛みを感じないようにしてやる」


その言葉が満更でも無かったのか、マルクスは小さく笑いながら立ち上がって、抵抗する気が無い事を示すように両手を広げる。


「あの世で見届けてやるよ……あの王の末路をな……!」


ショーンは握り締めた短剣で、マルクスの頸動脈を搔っ切る。

首筋から大量の血飛沫を上げると、そのまま崖の下へと落下していった。

それを見届け、ショーンは「フンッ」と鼻を鳴らして短剣を鞘に納める。


「とんだ邪魔が入ったな……まっ、何処にでも水を差す奴はいるものか」


すると、傍にいたエルベルトが――


「あのぅ……ショーンさん」


恐る恐るといった感じで声を掛けてくる。


「んっ?」

「ジュノさんとティアナさんと一緒にいる……棒を携えた、見掛けない顔の美しい女性は誰でしょうか?」

「あぁ……そういえば紹介してなかったな」


そこまで言うと、アデラが「私が自分で言うわ」と右手を突き出して制止する。


「私はアデラって言うの。この大陸中に存在する【本物】を探して、モハディウスから旅を続けている棒術師よ。その道中で3人と出会って、今は私の旅に同行してもらっているの」

「アデラ……? 棒術師……? あぁ、あなたがそうでしたか……!」

「えっ?」


合点が行ったようにパッと表情が明るくなったエルベルト。


「異国の身でありながら、その実力は大陸中に名を馳せる強者をも凌ぎ、各地の自警団や騎士団が喉から手が出る程だと言わしめた女棒術師――その名はアデラ……噂は耳にしていましたが、まさかこんな所で御目見え出来るなんて……!」


エルベルトはそう言ってアデラの手を取ると、握手をするように大きく振る。


「この上無く光栄です……!」

「は……はぁ……」


少々手荒い歓迎に、アデラは面を食らう。


「それで、エルベルト」


すると、ショーンが思い出したように声を掛ける。


「今日まで騎士団の補佐をしていたお前が、何故ここへ来たんだ?」


そう聞かれ、エルベルトも「そうでした……」とアデラの手を離して、3人の方へ視線を移す。


「実は、兄がポスマーニ軍の主将に就く事になって、明日街を挙げて盛大に就任式を行うんです。弟として、兄の昇進を祝おうと帰郷した次第です」

「まぁ……ガルシアさんが主将に?」


3人はエルベルトだけでなく、兄のガルシアという人物とも知り合いのようだ。


「英俊豪傑且つ雲中白鶴のガルシアが国軍の主将か……飛竜乗雲の期待が高まるなぁ……!」

「やはり弟として、鼻が高いんじゃないか?」

「勿論ですよ……! ポスマーニが生んだ英傑剣士、気高き不死鳥と称された兄は、僕の憧れであり、誇りでもありますから……!」


話が盛り上がっている4人に対し、アデラは蚊帳の外にされているような気がして若干不満げだったが――


「身内の御目出度(おめでた)い話みたいね……それなら……」


スフィージュで新たに購入した、腰に付いている小さいポーチの中を手で探りながら、エルベルトの許へ歩み寄り――


「エルベルト……はい、これ。()()()()()わ」


取り出した巾着袋のような物を手渡す。


「……? アデラさん、これは……?」

「私の故郷では、御祝い事の時には、その親族に御守りを渡すのが慣わしなの。その幸せが親族に更なる福を呼ぶように……(わざわい)が降り掛からないようにって」

「あ、有難う御座います……! 因みに中身は?」

「それは言えないわ。言ったら御守りの効果が消失するばかりか、逆に禍を引き寄せてしまうから。無論、袋を開けて中身を見るのも御法度よ」

「そうですか……すみません、野暮な事を聞いて。大切にします……!」


エルベルトは微笑んで、御守りを懐へ仕舞い込む。


「皆さん、ここまでの長旅でお疲れでしょうから、今日は宿屋でゆっくり休んでください。僕が案内します」


エルベルトの先導の下、アデラ達はポスマーニへ進入する。

その背後から、不審な影が尾行しているとも知らずに――

次話より【第4章 傲慢を授かりし者】スタートです

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