その幕は下ろされて
「ガアァッ!! ま……さ、か……!」
短い悲鳴と言葉が発せられたかと思うと、巨大な悪魔は煙のように消失し、本来の人間としてのイメルダの姿に戻った。その際彼女の指から、赤い光を発する指輪が外れ、アデラの足元へと転がっていく。
「あぁ……指輪……」
彼女がそれを拾い上げると「イメルダの役目は果たした」と言わんばかりに、指輪はその光を鎮める。
「漸く……その指輪から……忌まわしい輪廻から……解き放たれる時が……」
そう呟くと、イメルダは己の死期を悟ったのか、穏やかな笑みを浮かべて立ち上がり、「フフフ……」と小さく笑いながら、足を引き摺るようにして、徐に4人の許へと歩み寄っていく。
「私の見込んだ通り……あなた達は逸材だった……私をも超える……だってそうでしょ……? 私を……至高の終劇へと……導いてくれたんだもの……」
更に4人の許へ、足を引き摺って近付き、満面の笑みで一言だけ発する。
「……有難う」
それが、大陸随一の大女優が放った最後の台詞となった。
――――――――――――――――――
その翌日――
スフィージュの大広場に建立された1基の慰霊碑。そこへ多くの貴族が喪服に身を包み、咽び泣きながら花を手向けにやって来ている。
「イメルダ様……何という事……」
「劇中の事故で亡くなられてしまうなんて……」
「あなた様の魅了する演技……我々は一生忘れませんぞ……」
「どうか安らかにお眠りください……イメルダ様……」
その様子を、アデラ達4人は遠目に見守っている。
「彼女の大いなる名声は、死してもなお語り継がれるのでしょうね……」
「あぁ……未来永劫途切れる事無くな……」
「そんな事されたところで、あの人はきっと喜びもしないだろうけど……」
「袖で見ていて、奴の演技には、ある意味身震いさせられたがな……」
アデラ達にとってはあまり納得のいく形では無かっただろうが、一先ずスフィージュの者達が【本物】を見誤る最悪の事態だけは免れた。
「嘗て、1人の女性はマリアを名乗っていた……」
すると突然、ティアナが詩のような言葉を口遊み始める。
3人が驚く中、彼女は気にする素振りも無く、次々と言葉を紡いでいく。
――見世物小屋で働き、いつしか大女優になる事を夢見て、男と2人幸せな生活を送っていた……
――しかし……その者を雇い主に奪われ、殺されて、彼女の中で全てが壊れた……復讐を遂げたものの、彼女の中には何も残らなかった……演じる事以外は……
――その後、彼女はイメルダを名乗り、舞台に立ち続けた……異常な程の情熱と現実味への執着心と共に……
――でも……彼女の中には、マリアの人格が残っていた……眼前でイメルダとしての犠牲が増えると同時に、マリアは傷付き、藻掻き苦しんだ……
――そして彼女は悟った……いつしか自分が、この惨劇に幕を下ろす存在を探し求めている事に……
「それが私達だった……」
その言葉で締めると、ティアナは物悲しそうな表情を浮かべて俯く。
「どうしたんだ、ティアナ……? 急に詩人めいた事を……」
ショーンの問いに、ティアナは首を振りながら「いえ……」と小声で答える。
「若しかしたら彼女は……私達と出会った時から、そんな感じで物語を進めようと、自らが演じていたのかもしれないと、ふとそう思っただけです……」
「俺達によって人生に終止符を打たれるのも、彼女にとっては演劇の一部だったって事か……気に食わねぇし、溜飲も下がらねぇ」
「でも……強ち間違いでも無いと思うわ」
「どういう事だ、アデラ?」
「『私を殺して』って叫んだ時の――そして死に際に『有難う』って囁いた時の表情……とても演じていたとは思えなかった。心の底からの本音だったように私は感じた。飽くまでも推測だけど……彼女は自分がおかしくなっている事を理解してはいたけれど、止めるに止められなくなって、こんな形でなければ勇退出来ないだろうと考えていたのかもしれないわね」
「去り際を他人に委ねた、か……」
厳めしくもしめやかな雰囲気が大広場を支配し、それはアデラ達をも飲み込まんと更に重苦しく広がっている。
そんな空気を吹き飛ばすかのように、ショーンは「フンッ」と強く鼻息を出す。
「ところで、ティアナ……」
「……はい?」
「お前はこの後どうするつもりなんだ? 聖炎教会に戻るのか?」
「いえ……司教様への報告は既に済んでいますし、今のところ私宛ての依頼は来ていないみたいなので……」
「そうか……」
「ならいっその事、俺達と同じように、アデラの【本物】探しの旅に同行しねぇか? 格物致知や事上磨錬の意味も込めてさ」
「ちょっと、ジュノ!? 何よ、藪から棒に!?」
突然口を衝いて出た提案に、アデラは素っ頓狂な声を上げる。
「アデラ、お前あの時言ってただろ? 自分と志を共にしてくれるなら、いつでも刎頸の交わりを誓うって――旅は道連れ世は情けだって。しかもだ……昨夜ティアナが、もしアデラが自分をお供してくれるなら、微力ながらも驥尾に付す所存だって、俺達に心の内を語ってくれたんだ。ある意味2人は、既に互恵の関係にあったって訳だ」
「……へっ?」
ユーティリティに富み、大陸中の人々の依頼を卒無く熟し、最早聖者と崇められても何ら不思議では無い地位を確立しているであろう、聖炎教会の神官・ティアナ。
そんな彼女が、自分と志を共にしたい――【本物】を探す旅に協力したいと言っていたという事実に、アデラは度肝を抜かれ、間抜けな声を漏らしぽかんとする。
確認の為にティアナの方へ視線を向けると、彼女は赧らめた顔を隠すように両頬に手を当てながら「……お恥ずかしい限りです」と呟く。嘘では無いようだ。
「そういう事なので……その、アデラさん……もし御迷惑で無ければ、是非お供させていただきたいのですが……」
「ご、御迷惑だなんて滅相も――!」
そこまで言い掛けると、アデラは1度咳払いをし、改まった態度でティアナを直視する。
「ティアナさん、これは通りすがりの旅人からの依頼です……この大陸に数多存在する、まだ見ぬ【本物】を見つける旅に同行していただけませんか? きっと今後は、あなたの力も必要になる程過酷になると思うんです。なので……拙い私ですが、どうか宜しくお願いします……!」
深々と頭を下げて依頼を申し出るアデラ。
彼女の畏まった姿勢に若干戸惑いを覚えたティアナだったが、己を信頼してくれている事に喜びを覚え、神官らしい微笑みを浮かべると、そっと目を閉じて両手を胸に当て――
「私にこのような出逢いを与えていただいた事……聖炎のお導きに感謝致します……」
信仰する聖炎への感謝の言葉を口にし、ふっと目を開けると、徐にアデラの許に歩み寄り――
「あなたの依頼、謹んでお受け致しましょう」
彼女の依頼を快く承諾する。
「有難う御座います、ティアナさん……!」
顔を上げて満面の笑みを浮かべ、ティアナの手を握る。
「正に信じる者は救われる、だな」
「これが続く事を、俺達も祈るばかりだ」
傍目で見守っていたジュノとショーンも、2人の微笑ましさに満更でも無いようだ。
「それじゃあ、この4人で次へ行くとしますか」
「はいっ……!」
「あぁ、善は急げだ……!」
「この旅団も少し賑やかになってきたな」
4人は次なる【本物】を求めて、スフィージュを出発する。
悲しみに染まった静寂の重みを背に感じながら――
これにて【第3章 嫉妬を授かりし者】終了です




