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望まざる第一関門

モハディウスを後にしたアデラは、少し前に商店で購入した大陸の地図を片手に、林道を道形(みちなり)に進んでいる。しかし実際歩いてみると、大小様々な石が道の随所に埋まっていたり、湿気のせいで泥濘(ぬかる)んでいたりしていて、林道というよりは寧ろ獣道と見る方が近いかもしれない。


「このまま進んでいくと、シモアンティっていう街に出るのね……先ずはそこを目指しますか」


広大な平原に存在する街――シモアンティは、茶畑や果樹園等が街の至る所に点在していると言われている。なかなか市場に出回らない農作物も多く、それ等の取引の為に、盛んに商人が往来しているらしい。

モハディウス以外の大きな街に繰り出した経験があまり無いアデラは、シモアンティに自らが求める【本物】があるかもしれないという期待に、胸を躍らせていた。


ところが、ある程度進んだところで、彼女は1つの違和感を覚える。


「それにしても……やけに静かね……人の手があまり加わってない道の割に……」


本来であれば、このような人通りが殆ど無い場所には、動物のような姿の魔物が群れを成して、(くさむら)の中や樹木の陰に潜んで、常に獲物を狙っている。

しかし彼女がいくら進んでも、魔物の(かす)かな唸り声も聞こえない。それどころか、物陰で機を待っている気配すら感じられない。

人間という見た事の無い存在を見てその場から退散したのか、あるいは武器を携行しているのを見て警戒心を強めているのだろうか。

(いず)れにしても、不気味な静寂だけがアデラの周囲を支配していた。


「……ん?」


その時、彼女の第六感が、言葉では形容し難い不穏な空気を感じ取った。

進む先に、旅の第1関門とも言うべき、彼女にとって好ましくない何かを……

それでも彼女は、己の信念を揺らがせる事無く歩を進める。


「何あれ……?」


暫く進むと、道を塞ぐかのように、何かが(うずたか)く積み上げられ、小さな丘のようになっている。だがその色合いを見る限り、その辺の土を盛ったものとは考え難い。

不審に思ったアデラは、恐る恐るその丘に近付いてみる。


「なっ……! これって……!」


そこに積まれていたのは、無数の動物の死骸だったのだ。恐らくこの林道に棲み付く魔物なのだろう。それ等が全て、潰されたように身体が歪められて、無造作に投棄されている。更には、殴打されたような傷や出血も見られる事から、鈍器のような物で殴られた上に、(とど)めとして全身を押し潰されたと考えられる。


「何で魔物がこんな風に――」


こんな風に不適切に処理されているのか……そう呟こうとしたのだが――


「オイオイオイィ! 魔物の次は女が引っ掛かったぞぉ~?」


突然聞こえた粘り付くような男の声で、呟きは止めざるを得なかった。

声のした方に顔を向けると、見るからに重そうな金属製の棍棒を携えた筋骨隆々の大男が、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、アデラに近付いてきた。


「これ……まさかあんたが全部……?」

「ゲッヘッヘッヘ……だったら何だ? そんなに魔物を狩れる俺の腕前を見たいってかぁ? でも残念だったなぁ……今狩られるのは、お前なんだぜぇ? まぁ、こんな場所に興味本位で、しかも1人で色気の漂う大胆な姿で来る()()()()にも非があるってもんだ……悪く思うなよぉ?」


自分を無垢な踊子に見られ、イラっとした表情を浮かべるアデラ。抜群のスタイルに露出の多い衣装、あどけなさが残る顔付きが災いしているのだろう、やはり初見の者に、棒術師とは見られていないようだ。


「私を逃がすつもりは無いって訳ね?」

「ったりめーだろぅ! こんな上物を逃すかってんだぁ!」

「なら……手加減しないわよっ!」


背中に挿していた棒を引き抜き、戦闘態勢に入る。


「ゲッヘッヘッヘ……そんなチンケな棒で俺に抵抗しようってかぁ~?」

「ただの棒って思ってもらっちゃ困るわね……!」

「いいねぇ、いいねぇ~! その鋭い視線が(そそ)るぜぇ~! 俺にヤられた時のギャップを想像するだけで(たぎ)ってくるぜぇ~!」


余程自分の実力に絶対の自信があるのだろう、男は耳を塞ぎたくなるような言葉を吐き、歪んだ笑みを浮かべながら、棍棒をアデラへ向けて振り下ろす。

対してアデラは、(かわ)しても良かったのだが、敢えて棒でそれを受け止める。

ガンッと金属同士がぶつかり合うような音を出し、互いの武器が交錯する。

するとどうだろう、アデラの棒は折れるどころか曲がってもおらず、男の攻撃を防いでいるではないか。()して彼女は、全く力負けしていないのである。


「なっ……! 俺の攻撃をいとも簡単に……!?」

「隙ありっ!」


男が怯んだその一瞬を見逃さず、アデラは棒の一端で男の腹部を勢い良く突く。


「ぐへぇっ……!」


男は苦しげな声を漏らしながら後方に蹌踉(よろ)めいた。

苦悶の表情をしながらも、すぐさま顔を上げたのだが、何故か目の前からアデラの姿が消えていた。


「何処だ? 何処行きやがった……!?」

「……遅いっ!」


鋭い声が聞こえるや否や、男の背中に鞭で叩かれたような衝撃が走った。


「がぁっ……!」


今度は前方に蹌踉(よろ)めく男。透かさず振り返るが、その時には既にアデラの棒が、男の左頬を、平手打ちするかのように殴り付けていた。


「ぐはぁ……! て、てめぇ……!」


見た目には――伊達に強靭な肉体を兼ね備えていないが故に――ごく僅かな浅手しか負っていないように見える。だが、3度も連続で攻撃を受けて、男のプライドは相当傷付いているに違いない。


「うがああああぁぁぁー!!」


怒りとも威嚇とも鼓舞とも取れる雄叫びを上げたかと思うと、これまでとは比べ物にならない程、男の動きは機敏になり、棍棒を何度も振り下ろしてくる。

しかしアデラも、自慢の棒捌きでそれをいなし、隙あらば胴体を突き、脚を払い、頭部や腕を殴り付ける。


状況は圧倒的にアデラ優勢だ。


それでも男は、降参する様子など一切見せず、棍棒を水平に――遠心力を利用して――勢いよく振る。

それを読んでいたかのように、アデラは高く跳躍して難無く躱す。

だが、その時――


「あっ!」


着地した地面の泥濘に足を取られ、その場に尻餅をついてしまう。その反動で手元から棒が離れて、近くの叢にコロコロと転がる。

それを拾う為に手を伸ばそうとするが、自ら作った隙を、男が見逃す筈も無く――


「ゲッヘッヘ……随分と無礼(なめ)た真似してくれたじゃねぇか、踊子ちゃんよぉ?」


何処に隠し持っていたのだろうか、彼女の首筋に当てられているのは、やや長めの刃渡りの小刀。男は片方の頬を引き上げ、歪んだ笑いを彼女に向けながら、徐に身を屈めてくる。


「な~に、殺しゃしね~よ。これまでのお礼に、た~っぷり可愛がってやるだけだからさぁ~……ゲッヘッヘッヘ……!」


舌舐めずりをしながら、更に表情を歪ませて、空いている手を伸ばしてくる。

露になっている肌を撫で回すか、あるいは衣服を剥ぎ取るつもりのだろう。

無論抵抗しようとしたが、首筋に刃が当てられている為、下手な動きをすれば動脈を斬られ、命を落としかねない。

まだ始まってすらいないのに、自分の旅は、本物を見つけるまでも無く、こんな絶望的な形で終末を迎えるのか――そんな思いが頭を(よぎ)った、その時……


ドスッ!


突然聞こえた鈍い衝撃音。それと同時に、男は視線が上の空になり、表情も粘ついた笑みから苦悶に満ちた感じになるや否や、そのまま倒れ込んで動かなくなってしまった。

何事かと思い、アデラが視線を上げると――


「……大丈夫か?」


そこには彼女と同い年くらいの、口元を黒いマスクのような布で隠した、盗賊風の見た目の青年が、短剣を握って佇んでいた――

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