エンヴィリヴァイアサン・イメルダ
「この人も……指輪の持ち主……!?」
2度も同様の光景を目の当たりにしているとはいえ、舞台上を独占してしまう程までに巨大化し、且つ人間の原型が全く残っていないイメルダの悍ましい容姿に、アデラを始め、4人はただ立ち尽くして驚愕の表情で見上げるのが関の山だ。
蛇のような細長い胴体から、猫に似たしなやかな手足が出ているが、その先端の爪は土竜の如く鋭く長い。犬と思しき牙が剥かれ、更には顔に張り付いている目や背中の翅は、蜻蛉のそれに見えなくも無い。
やはりその姿は、合成獣とは異なる悪魔の一種と考えるべきだろう。
「フフフ……フフフフフ……」
複数の声が重なっているような不気味な笑い声が、イメルダの悍ましさを更に引き立たせている。
「さて……これで準備は万端ね……あなた達の死という幕引きの……!」
「巫山戯ないでくださいっ!」
怒りの表情を露わにし、声を張り上げたのはティアナだ。
「人様の人生に、他人が幕引きを強制する事などあってはなりません! いいえ、寧ろ……私達の【本物】を見つける旅は、ここからが本当の序章なんです!」
「そうだ! お前のその眠てぇ台詞は、もう疾うに聞き飽きてんだ!」
「俺達がお前の構想通りになると思ったら大間違いだ!」
「【本物】を弄んだあんたに……今の台詞、そっくりそのまま返してやるわ!」
4人は悪魔に変貌したイメルダを睨みながら、各々の武器を構える。
「フフフ……まだそこまで言える程に肝が据わっているとはね……いいわ……あなた達がその気でいるのなら……私に見せてちょうだい……この物語の【本物】の至高なる終劇をね……!」
開戦を告げるような言葉を発したイメルダは、目の前にいる4人を斬り刻まんと両手の――両前足の爪に毒々しいオーラを纏わせ、勢いよく腕を振り上げると、アデラ達目掛けて力強く振り下ろす。
4人はひらりとそれを躱すと――
「闇よ、引き裂け!」
「雷よ、貫け!」
「火よ、彼の者を燃やせ!」
ティアナ以外の3人が各自の持つ属性魔法を同時に放つ。
だが、イメルダは迫り来る属性魔法を目視しても、余裕の態度を崩していない。
「フフフ……単調ね……」
するとイメルダは、自身の翅を広げ、鏡面仕上げとなったかのような光を放つ。
その瞬間、属性魔法がそのままの威力で反射され、繰り出した3人に向かって来るではないか。
「嘘……!? 跳ね返してきた……!?」
「マジかよ……!? 魔法逆襲って奴か……!?」
「不味いぞ……! あの規模は流石に避け切れない……!」
「風よ、散らせ!」
しかしティアナが、透かさず3人の前に出て巨大な風の壁を作り、反射された魔法を霧散させる。
「済まねぇ、ティアナ……! 恩に着るぜ……!」
「皆さん、気を付けてください。どうやらあの翅には、属性魔法をそのまま反射させる効果があるようです」
「なるほど……無闇に属性魔法は使ってはいけないって事ね」
「ならこっちは、接近戦であの翅を斬り落としてやるまでだ……ジュノ!」
「おぉ! 弁慶の泣き所を突いて、一敗地に塗れさせてやるよ!」
ジュノは弓を斧に持ち替え、ショーンと共に、イメルダの翅を斬り落とさんと立ち向かっていく。
「フフフ……あなた達の筋書き通りには行かないものよ……」
だがイメルダは、宙返りをするようにして、2人の攻撃を次々と躱していく。彼女の身体が蛇のように細身である事も相俟って、余計に攻撃が当たらない。
「くっ……! 俺達の敏捷性を更に上回ってるだと……!?」
「ちょこまか動きやがって……! あれが【本物】の蜻蛉返りってか……!?」
「上手い事言ってる場合かしら……?」
すると、イメルダは宙返りをしながら、細長い尻尾を鞭のように撓らせ、2人を思いっ切り弾き飛ばす。
「ショーンさんっ!」
「ジュノ!」
為す術無く飛ばされた2人に、ティアナとアデラは気を取られてしまい――
「2ペア目……!」
イメルダの口から吐き出された大量の水砲の餌食となってしまった。
着弾した水砲が、霧のような水飛沫となって辺りを覆い尽くしている。
ある程度飛沫が治まってくると、露わになったのは、舞台上で満身創痍になって倒れている4人の姿……
しかし諦めの悪いアデラ達は、各々の武器を再び握り締め、足元が覚束無くなりながらも徐に立ち上がる。
そんな様子を、イメルダは面白がるように「フフフ……」と侮蔑を込めた含み笑いを漏らしながら見ている。
「造作も無いわね……所詮は【本物】の苦労も知らずに、勢いだけで伸し上がった小童集団に過ぎなかったってところかしら……?」
「演劇の為に……人を何人も殺める事を『苦労』と軽々しく宣うお前に……小童呼ばわりされて説教までされる筋合いは無いんだがな……」
「私は全ての犠牲を払ってでも、現実味を帯びた演技を追い求めていた……でも同時に、苦痛に苛まれる日々が続いた……恐れていた事が実際に起こりかねなかったから……」
「恐れていた事……ですか……?」
「舞台役者が1番恐れている事が何なのか、あなた達に分かる……?」
「そんなもん分かるかよ……否、分かって堪るかよ……!」
「それは、演じられなくなる事よ……演じられない役者ほど、存在価値を見出せないものは無い……それを払拭する為なら……【糧】に出来るのなら……私は何だってするって決めたの……こんな風にね……!」
イメルダは再び毒々しいオーラを纏った爪を振り下ろしてくる。
ショーン・ジュノ・ティアナは、各々の武器を構えて防ごうとする。
と、その時――
ガキンッ!
鋭い刃物同士が交錯したかのような音が聞こえたかと思うと、3人の目の前で、アデラが単身でイメルダの爪を棒で防いでいた。その並外れた力に、3人は驚きのあまり若干足が竦む。
アデラ自身も、顔を伏せて歯を食い縛りながら、懸命に防いでいるが――
「あんたの言葉って……ホント寒いものばっかり!」
そう叫んで顔を上げた彼女の目からは、涙が次々と湧いていた。
「寒い……? どういう意味かしら……?」
アデラの言葉にカチンと来たのか、おどろおどろしい低い声で問い質す。
「人の【死に様】ばかり追求して、何が現実味を帯びた演技よ!? 【本物】の人間味は、それぞれの【生き様】があってこそ存在するものなのよ! あんたは、ただ自分が思い描いている【死に様】に酔っていただけじゃない! 人の【生き様】に一切目を向けないあんたが、私達に自らの眼に映し出されたものを信じるかどうかを問う資格なんて微塵も無いわ! そして――」
そこまで言うと、アデラは右中指に嵌められている指輪を一瞥する。
「私はこれからも、その【本物】の生き様を見つけていきたい……ショーンやジュノ、ティアナさんは勿論、それ以外にもこれから指輪に導かれるであろう人達の生き様を……私と志を共にしてくれると言う人がいるのなら、私は常に刎頸の交わりを誓うわ……3人とそう誓い合ったように……だから、【本物】の生き様から目を背け続けてるあんたを、【本物】を追い求めている私達が、この場で必ず倒す!」
そう叫び、アデラは力強く爪を押し返し、気丈に棒を構える。
往生際の悪い態度に、若干の苛立ちを覚えたイメルダだったが、すぐに宴も酣だと言いたげな、不気味な笑い声を漏らす。
「その負の感情に支配された涙と表情……私の見立て通り……あなたってやっぱり最高ね……! いいわ……ここまでの功績を称える意味でも……手始めに……あなたを極上の【糧】にして取り込んであげる……!」
後はあの世でごゆっくり――そう言わんとするイメルダは、アデラを【糧】として食い尽くしてやろうと、涎に塗れた大口を開けて彼女へと迫っていく。
だがその時、アデラの指輪が一瞬青く発光し――
「……ッ!?」
何かがイメルダの身体を貫通したかと思うと、彼女は突然痙攣を起こしたかのように、全身を強張らせているではないか。
「何、これっ……!? 身体が……動か、ない……!」
「えっ……な、何?」
イメルダの身体が硬直している事に、アデラはただただ困惑するばかりだ。
すると突然、彼女の目の前に、黄色に輝く光の玉が浮遊しながら出現した。その周りには細かいスパークのようなものが発生しているようにも見える。
「何、このバチッと来るような光は?」
「あれはっ……!」
「あぁ……間違いない……!」
「俺が授かったのと瓜二つだ……!」
3人はその光の玉に心当たりがあるようだ。特にジュノは、自分と密接な関係のある物だと確信していた。
「アデラさん、それは雷のソウルです……!」
「雷のソウル?」
「雷属性魔法を得る者に与えられる、雷属性の精霊の力です……!」
「雷属性って、確かジュノが持ってるのもそうよね?」
「あぁ。だが、複数の属性魔法を授かる者がいるとは聞いてたが……3つ以上も授かったって話は聞いた事が無ぇ……」
「若しかしたら……アデラにはあの才が秘められているのかもしれない……!」
「私が……3つも属性魔法を与えられるなんて……」
そう呟いた瞬間、黄色の光の玉もとい雷のソウルが、彼女の眼前で細かい粒子となって弾けると、彼女が手にしている棒が一瞬、仄かに黄色く発光した。
それを受け入れる事の覚悟を決めたかのように、アデラは棒を見詰めながら強く握り締める。
「小癪、なぁ……!」
身体の麻痺が薄れてきたのだろう、イメルダは憎しみの籠った低い声を出し、再び4人に襲い掛かろうとする。
「聖炎よ……我等に癒しの力を与えたまえ……」
その直前、ティアナが信仰する聖炎に祈りを捧げた事で、4人の身体が一瞬光に包まれると、全員の体力が回復して傷も完全に癒える。
「身体が軽くなって……まさか、ティアナさん?」
「そうだったな……ティアナは回復魔法も使えたんだったな」
「またその献身ぶりに助けられたな……!」
「皆さん、まだ戦いは終わっていませんよ……! ここから一気に畳み掛けましょう……!」
ティアナの呼び掛けに、3人は強く相槌を打ち、再びイメルダへ視線を向ける。
そして、アデラは真っ先に棒を構えると――
「あんたさっき、舞台役者が最も恐れているのは演じられなくなる事だって言ってたわよね? だったら、私がその恐怖を、嫌と言う程味わわせてあげるわ!」
頭に浮かんでいる新たな属性魔法の呪文を唱える。
「雷よ、彼の者を封じよ!」
すると、棒の先端から黄色い光の玉が放たれ、すぐさま格子状の巨大な球体に変化する。それがイメルダの全身を包むと、彼女は再び身体を強張らせた挙げ句に痙攣を引き起こす。
「身体の……自由が……これが……演じられない恐怖……?」
「翻筋斗さえ打たせなければ、こっちのもんだ……!」
刹那、ショーンが高く跳躍しながら一気に距離を詰めて――
「おおぉー!!」
両手に携えた短剣で、彼女の翅を瞬時に全て斬り落とすと――
「風よ、引き裂け!」
「火よ、彼の者を燃やせ!」
跳ね返されるリスクが無くなった事で、ティアナとアデラの持ち前の属性魔法を連続で浴びせる。
更にジュノが、2本の矢を番えて弓を引いていき――
「これこそが、【本物】の捲土重来だ!」
その大きな眼に向けて、勢いよく矢を放つ。
寸分の狂いも無く、矢は彼女の眼の真中に命中した。
「あぁぅ……っ!?」
身体の自由が利かない中で翅を斬り落とされ、反撃の手段を失い、目をも潰され、その場に平伏すかのように倒れ込んでしまったイメルダ。
そんな彼女の許へ、ティアナは風の精霊の力を先端に集中させている杖を握り締めながら歩み寄り――
「イメルダ……あなたの真実味を帯びた多彩な演技……それを得る為に出した多くの生命の犠牲……あなたは、その大きな代償を支払わなければなりません……今こそがあなたの終劇の時ですっ!」
脳天目掛けて、杖を力強く振り下ろした――




