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Question of JUSTICE ~8つの指輪物語~  作者: 瑠璃唐草
第3章 嫉妬を授かりし者
24/73

逆鱗に触れた先に待つもの

「あんたは愛憎劇を喜劇か何かと混同してるの? 最後の演技……あれは何?」

「えっ……?」


先程の公演で共演していた女優に対して、イメルダは青筋を立てていた。その傍らでは、4人の若手舞台俳優・女優達が、その一悶着を止めるでもなく、我関せずといった感じでただただ傍観している。


「何よ、『あぁ……』って……あんたは首を絞められたら『あぁ……』って言う人間なの? そんな台詞を聞かされて、誰が現実味を覚えるっていうの!?」

「も……申し訳ございません、イメルダ様……!」


平謝りする女優だったが、イメルダの怒りは治まりそうになかった。


「少しでも現実味が欠ければ、その演劇は単なる茶番に成り下がるものよ……だから、今この場で身を以て学びなさい……!」


そう言ってイメルダはその女優に徐に近付くと、両手で彼女の首を絞め上げる。

演技などでは無く、力の限り本気で――


「かはっ……! か……はぁ……! あ……ぁ……」


藻掻き苦しむ声を発していた女優だったが、(やが)てその声も聞こえなくなり、遂には全身の筋肉が弛緩したかのようにぐったりとする。

イメルダが手を離すと、女優はその場に倒れピクリとも動かなくなった。

その様子に、イメルダは満足したかのような不気味な笑い声を発する。


「アハハハハハハハ! 何よ、ちゃんと出来るじゃないの! 次に同様の役を演じる時は、そういう演技をしなさい!」


そんな言葉を投げ掛けられても、無論女優は反応など示す筈も無い。

小さく舌打ちをして、イメルダは倒れている女優の許に(ひざまず)く。


「あら……? 息をしていないわね……なら、もう彼女は用済みね……彼女の代役となる者は、今の演技をしっかり身体に叩き込むように……」

「「「「ご指導いただき感謝申し上げます、イメルダ様」」」」


1人の女優が目の前で絞殺された――にも(かかわ)らず、若手達は動揺すら見せずに、寧ろ演技指導を(のたま)ってもらったといった感じで、淡々と御礼を述べる。

動揺を見せていたのは、その様子を俯瞰で見ていたアデラ達の方だった。


「酷い……酷過ぎます……あの教え方は、未来の希望の星を消してまでやる事ではありません……!」

「あれが演劇界の常識なの……? 否、そんな筈無い……! あんなのは、舞台役者が追求すべき【本物】なんかじゃないわっ……!」

「大樹の下に美草無しとはよく言うが、育たないどころか、あいつ自ら根こそぎ枯らしてんじゃねぇかよ……!?」

「それに、人を殺めた事に対して誰一人咎めようとせず、寧ろ演技指導の一環だったとして感謝を乞うとは……最早正気の沙汰じゃない……!」

「イメルダは今や、若手の役者達にとって……神も同然の存在。神の所業は全て肯定され、決して否定してはならない。楯突こうものなら、あなた達もあの女優と同じ運命を辿る事になる。だから、今は身を潜めておくのが得策……いいわね?」


マリアは冷静な口調で(たしな)めるが、4人の心情は全く穏やかでは無かった。


「片付けておきなさい」


イメルダがそう指示すると、近くにいた2人の男女が遺体に近付いて担ぎ出す。


「さぁ、次の公演に向けて各々稽古に勤しむように」

「「はい、イメルダ様」」


残っている2人も、イメルダの命令により、足早にその場を後にする。

すると部屋の傍らから、1人の舞台俳優が彼女の許に歩み寄る。


「ジミー……」


彼女がそう呼ぶ男――ジミーは、先の公演で【ユーグ】を演じており、且つイメルダの良き理解者だ。一部では、2人は(ただ)ならぬ関係ではないかと噂されている。


「あなただけよ、私の心情を汲んでくれるのは……」

「イメルダ……今日(こんにち)の私があるのは、君の御蔭と言っても過言では無い。若輩者の私に目を掛け、ここまで育ててくれたのだからね」

「……」

「一流の舞台役者を目指す者達にとって、君は今や雲の上の存在だ。しかし、君は演技指導と銘打って、過去5回の公演の間に、7人もの役者を手に掛けている。これ以上演者を失い続ければ、後進の育成が滞るばかりか、君自身の不利益にもなりかねないんじゃないか?」


(もっと)もらしい言葉で、彼女のこれまでの悪行を戒めるジミー。しかし当の本人は、その事自体が不満なのだろうか、腕を組んで蔑むような視線を浴びせている。


「……手塩に掛けてあなたを育てた私に意見するの?」

「そういう訳じゃない……! ただ、私は心配なんだ。君の事をずっと傍で見てきたから分かるんだ……! イメルダ……今の君は、ありもしない感情に支配されているようだ。言葉では形容し難い、大きな負の感情に――」

「……(うるさ)い」


そんな言葉でジミーの発言を遮ると――


「煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩いっ! 何故私が負の感情に支配されなきゃならないの!? そんな根拠が何処にあるの!? 説明してみなさいよっ!」


烈火の如く怒り出し、狂乱したかのように彼を罵倒する。

その後にイメルダは項垂れ、心を落ち着かせるように何度も肩で息をし、僅かに顔を上げて、ジミーを三白眼で睨み付ける。


「口の利き方に気を付けなさい、ジミー……お望みなら、今すぐにこの場であなたを【糧】にしてあげてもいいのよ……?」

「……っ! 済まない、イメルダ……私とした事が、つい……」


脅しとも取れる言葉に、ジミーは慄いて後退り、出過ぎた真似を謝罪する。

イメルダは「フンッ」と鼻を鳴らすと、その場から立ち去ろうとする。


「イメルダ、何処へ行くんだ?」

「今日は(すこぶ)る気分が悪いの……外の空気を吸ってくるわ……否、どうせ外に出るんだったら……」


――演技の【糧】が見つかるかもしれないわね……


良からぬ考えが頭を過った彼女は、不気味な含み笑いを漏らしながら部屋を出ていく。そんな彼女を、ジミーは不安げな表情で見送る他無かった。

その様子を俯瞰で見ていたマリアは、徐に立ち上がり――


「私は引き続きイメルダを尾行する。もう1度だけ言うわ……あなた達はこのまま身を引きなさい。これ以上深入りすれば、命は無いと肝に銘じておく事ね」


4人にそう言い残し、足早にそこから離れていった。

彼女の姿が見えなくなり、残されたアデラ達は――


「……それで、私達はこれからどうするの?」

「まぁ、恐らく答えは1つしか無さそうだけどな」

「……? と言いますと……?」

「分かるだろ、ティアナ……案内を続行してくれ」

「えぇっ……!?」


ショーンの言葉に、ティアナは素っ頓狂な声を上げて慌てふためく。


「な、何を言ってるんですか……!? あの方も今し方言ってたじゃないですか……!? 深入りせずに身を引きなさいと……!」

「お前、ここに来る前に言ってたよな? この街が【本物】を見誤ってしまう程の、憎悪にも似た(おぞ)ましい空気がこの劇場に渦巻いていると」

「はい……確かに言いました」

「これは義賊の勘だが……あのマリアという女も、その事に少なからず関係しているかもしれない」

「えっ……?」

「勿論、確証は無いから断定は出来ない。だが、あいつがイメルダを尾行する理由が分かれば、俺達の味方なのか敵なのかも自ずと判明する筈だ」

「その為に、手紙を渡す事を口実に深部へ潜入しよう、って事ね?」

「あぁ」

「初対面の人間の話を鵜吞みにしねぇで、すぐ群疑満腹(ぐんぎまんぷく)になるのが、ショーンの長所でもあり短所でもあるなぁ……ある意味職業病って奴か」

「とりあえず、今は手紙を誰かに託すのが先だ。仮にあのジミーという俳優に会えれば、若しかしたらイメルダの事を色々と話す可能性は高い」

「そうね……ティアナさん、私からもお願いします」


アデラも頭を下げて、この先への案内を乞う。


「ティアナ……あの女の忠告を聞くのは勿論だけど、ショーンの意見も一理ある。長い物には巻かれろじゃねぇけど、臥薪嘗胆の覚悟で、時には折れるのも大事だ。()()()だって、俺達はそうやって披荊斬棘(ひけいざんきょく)しただろ?」


どうやら今回は、ジュノも2人に乗るようだ。

ティアナは多勢に無勢と悟ったのか、頭を抱えながら溜息を吐くと――


「……分かりました。しかし、もし何か不都合が起きたら、その時点ですぐに引き揚げますよ。いいですね?」


渋々了承し、3人も彼女の交換条件を承諾した。


――――――――――――――――――


「この先が舞台俳優さん達の楽屋です」


ティアナの案内で、3人は劇場の更に奥へと足を運んでいた。

廊下の奥の方で通路が枝分かれしている。恐らくそれぞれの先に、舞台俳優達の楽屋があるのだろう。

そこへ向けて、再び4人が歩み寄っていた、正にその時――


「あっ……」

「……っ!?」


突然部屋から出てきた1人の男性と鉢合わせてしまう。

改めて見ると、それは先程イメルダと話をしていたジミーだった。


「何だ君達は? ここは部外者の立ち入りは禁止している筈だぞ?」

「すみません、私が連れて来ました」


ティアナが1歩前に出て説明を始める。


「関係者以外立ち入り禁止なのは重々承知しているのですが……」

「君は確か衣装担当の……何故君が部外者を連れてここへ?」

「それはですね……」


そこまで言い掛けてティアナは口を噤む。やはり、彼女なりに後ろめたい気持ちが働いているのであろう。


「まさかとは思うが……彼等がイメルダに会いたがっているから……とかじゃないよな?」

「……そのまさかです。あっ、でも会いたがっているという訳ではなく、この手紙を彼女に渡したいだけなんです」

「手紙……?」

「この方達が、観客の1人に無理矢理使いを頼まれてしまったみたいで……ただ、本人に直接渡せなかったとしても、関係者の誰かに会えれば可能性はあると思い、私が案内役を買って出て、こちらへ赴いた次第です。御無礼をお許しください」

「そうか……今回の行為は、君に免じて目を瞑ってあげよう……無論、イメルダにも伏せておく……手紙は私が預かっておこう……後で彼女に渡しておくよ」

「御厚意に感謝致します……何卒宜しくお願いします……」


ティアナは持っていた手紙をジミーに託す。

彼はそれを懐に仕舞うと――


「彼女の演技には、言い表し難い不思議な魅力がある」


突然イメルダについて語り始める。


「全ての観客の心に潜んでいる本能を曝け出させてしまうようなね。そして彼等は知るのさ、己の内に秘めた歪んだ【正義】を……まぁ、ある意味それを求めて、大陸中の人々がこの劇場に足を運ぶんだがな」


そう言ってジミーは、自嘲気味の微笑を漏らす。


「彼女は今、大陸随一の大女優と崇め奉られている。だが、彼女はそんな事に一切興味は無い。彼女の興味はただ1つ――極限までに現実性を帯びた、至高の演技を求め続ける事だけだ。まるで、何かに取り憑かれたかのように……」


やや俯きながら、まるでイメルダが変わってしまった事を憂いているような、寂しげな雰囲気を纏った言葉を漏らす。


「さぁ、こんな所に部外者がいたとなれば大騒ぎになる。君達はすぐにここを離れなさい。それともう1つ……彼女には金輪際近付かない事だ」

「御忠告有難う御座います……では、失礼致します」


ジミーに一礼し、ティアナ達はその場を後にする。


――――――――――――――――――


その頃、気分転換の名の下で、演技の【糧】を探しているイメルダは、舞台の客席に佇む1人の貴族の男を見つけ声を掛ける。


「あなた、こんな所で一体何しているの?」

「おぉ……!? イ……イ、イメルダ様……!? わ、私はただ……イメルダ様に一目お会いしたかっただけで……!」

「そう……それは奇遇ね」

「えっ?」

「ここで会ったのも何かの縁ね……どう? 舞台の上に立ってみたくない?」


そう言うと、イメルダは自らの手を男に優しく添えて、舞台上に連れて行く。

初めて舞台の上に立った男は、その眺めに恍惚としている。


「フフフ……どう? ここから見える景色は?」

「あぁ……こんな経験は滅多に味わえない……正に夢のようだ……! イメルダ様が私のような者を、このような神聖な場にお招き下さった事も……!」

「本来、部外者は絶対に舞台には上げないんだけれど……あなただけは特別よ」


大陸随一の大女優に持て囃され、男は最高潮の幸福を噛み締めている。


「先程の公演の時、舞台の上からあなたが見えてね……一目見て確信したの、私の()()()()()()人だって……」


そう言いながら、イメルダは舞台の奥へと歩を進め、改めて男の方を向く。


「今夜は、あなただけの私になってあげるわ……」

「おぉ……」


完全にその気になった男は、好色な表情を露わにして、彼女の許へと近付く。


「イメルダ様……私めで宜しければ……是非……!」

「さぁ……来て……」


男は言われるがままに、イメルダに寄り添ってそっと抱き締める。

ところが……


「……へっ?」


その刹那、男の首筋には、1本の短剣が突き刺さっていた。それが引き抜かれると、彼は大量の血飛沫を撒き散らしながら絶命する。

その様子を見て、イメルダは満足そうに、そして不気味に笑う。


「明日ありと思う心の仇桜……極限の幸福の最中に違和感を覚えた表情、そして頸動脈を裂かれた瞬間の死に様……なかなかいい演技の【糧】だわ……!」


人を殺めた罪悪感など微塵も存在していない。彼女にあるのはただ1つ――命と引き換えに、現実味のある演技を教えてくれた事への歪んだ感謝のみである。


「でも……まだある筈よ……これをも凌駕する【糧】が……必ず……」


全ての観客を魅了する、現実味溢れる演技を習得するには、斯様(かよう)な男だけでは足りないと感じたイメルダは、次なる【糧】を求め、静かにその場を立ち去る。


――――――――――――――――――


「何処……? ここなら間違いなくある筈なのに……」


マリアは劇場内の書庫に潜入して、様々な資料を読み漁っていた。イメルダのこれまでの悪行を糾弾する為の証拠が記されている物が必ずあると踏んで、独自で調査しているのだろう。


その時だった。


「誰?」


人気(ひとけ)の無い筈の書庫に突然聞こえた女の声に、マリアは目を見開いて振り向く。

そこには、彼女が良く知る人物が佇んでいた。


「イメルダ……!」

「あら? 誰かと思ったら……()()()()盗賊に成り下がった女、マリアじゃない」

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