魅入らせる大女優
【第3章 嫉妬を授かりし者】スタートです
アデラは今、ショーンとジュノと共に、ティアナに案内された大劇場で披露されている公演を鑑賞している。
案内してくれたティアナ本人は、次回公演へ向けての衣装製作の為に一時的に3人の許を離れ、公演が終わってから再合流するそうだ。
因みに3人が鑑賞しているその演劇というのは、貴族のユーグとその妻のリオンの侍女であるメリッサが、ふとしたきっかけでユーグに恋心を抱き、それが故に彼の妻であるリオンに対する嫉妬心を滾らせ、彼女を亡き者としてユーグを我が物にせんと暗躍する、所謂不倫愛憎劇だ。
アデラは演劇のストーリーに魅入られたかのように釘付けになり、ショーンも舞台役者達の卓越した演技に感心している。一方ジュノはというと、演劇自体に興味が無いのか、あるいは小難しいストーリーの理解を諦めてしまったのか、公演の後半辺りからずっと船を漕いでいる。
そんな3人を余所に、演劇は愈々最後の場面へ――
「まさかあなたが誑かしてたなんて……私の傍で、ずっと欺き続けて……!」
「目に映るもの……目の前で起こっている事全てが、真実とは限らないの。私にとっては、ユーグの愛こそが真実……彼は私だけのものよ……! 如何なる天罰が待ち受けようとも、私は己の愛を貫き生きていくの! リオン……最早あなたに、私の生き方を否定する資格は無いわっ!」
【メリッサ】はそう叫ぶや否や、両手で【リオン】の首を絞め上げる。
「そう……私に資格なんて無い……あぁ……あの方を……愛せて……私、は……」
その言葉を最後に【リオン】は絶命する。
目的を達成させた【メリッサ】は、ほくそ笑みながらも何処か虚ろな表情を浮かべながら、徐に彼女の亡骸から離れていった――
こうして公演の幕は下ろされ、劇場内はスタンディングオベーションに包まれた。
――――――――――――――――――
公演終了後、席を立ったアデラ達は、ホールの片隅で語り合っている。
「私の故郷ではこんな施設なんて無かったからすごく新鮮! 演劇って心を揺さ振られる事の連続だから、幕が下りるまで一瞬たりとも目が離せなかったわ! ショーンも瞬きを忘れる程釘付けになってたわね?」
「そうだな。まるで実際にその現場に居合わせたような感覚に陥らせる……それ程までに観客を魅了する圧巻の演技……見事としか言葉が出てこない」
「フフッ、ショーンも楽しめてたみたいね。それに引き換え――」
ジト目になりながらジュノを睨むアデラ。
「あんな状況で、あんたはよく寝れるわねぇ~……」
「俺は、ああいった狼心狗肺とか暗箭傷人とか幸災楽禍に満ち溢れた見世物はどうも受け入れ辛くて……適当に聞き流してたら、いつの間にか……」
「お前の考えを否定するつもりは無い。そういうのを生理的に受け付けない者も一定数いる事も重々承知している。だがな、飽くまでも演劇は虚像――現実とは掛け離れた世界だ。絶対に起こり得ない事柄を偶像化させた、創作物の1つとして見れれば、少しは自分の世界も広く映ると思うが?」
「そうよ。私も【本物】を求めて旅をしているけど、時にはああいう【虚像】とちゃんと向き合うのも大事だと思うわ。人生のバランスを保つという意味でも」
「……あぁ、ティアナに満面の笑みでチケットを渡された挙げ句、演劇に興味津々だった2人に流された自分が憎ぃ」
そんな会話を交わす3人の近くでは、観覧客である多くの男性貴族が集っている。
「イメルダ様は大陸随一の大女優だ」
「彼女の鬼気迫る演技は……観客の心を映す鏡のようなもの」
「幕が下りた瞬間、大成を遂げた達成感と、その中に入り混じる虚無感に襲われて、一瞬自分の事ではないかと錯覚してしまうよ」
「それを何度見ても、常に新鮮さを味わわせてくれるのが彼女って訳さ」
「あぁ……是非とも一目お会いしたい、イメルダ様に……」
その時、噂をすれば影が差すものだと言わんばかりに、先程の公演で【メリッサ】を演じた大女優・イメルダが、公演時の衣装を纏って、ダークブラウンの長髪を揺らしながらホールに姿を現した。
「おい……イメルダ様、イメルダ様だ……!」
1人の男の嬉々とした声を皮切りに、彼女を取り囲むように、男達が一斉に駆け寄っていく。
「イメルダ様……!」
「いつ見てもお美しい……!」
「イメルダ様は今や、大陸随一の名優です……!」
「この大陸で、その名を知らぬ者などおりません……!」
「あなた様の名演技は、百年先――否、千年先まで語り継がれるでしょう……!」
「同じ時に生を受ける……これ程幸福な事は御座いません……!」
口々に褒めちぎる貴族の男達。
「……数々の身に余るお褒めの言葉、感謝しますわ」
しかし当の本人は、喜びを噛み締めているのだろうが、表情からはそれを読み取る事が出来かねる程に虚ろである。
「イメルダ様……もし良ければ、この花束を……!」
そんな中で1人の男が、様々な花で形成された花束を差し出すが――
「……御免なさい、そういうのは受け取らない主義なので」
イメルダは素っ気無く答え、男を押し退けるような形でその場から立ち去る。
「やはり大女優だ。舞台の上とはまるで人が違う」
「いやいや、あの態度は人としてどうなんだ?」
口々に賛否両論が飛び交っているのを尻目に――
「あなた達……」
何かを感じ取ったのか、イメルダはアデラ達の許へ歩み寄り声を掛ける。
「んっ? 俺達の事か?」
「なかなかいい眼をしているわね。私が妬いてしまう程に惹かれる眼を……」
「は?」
「えっとぉ……何か御用でしょうか?」
大陸中に名を轟かせる大女優が、突然自分達に声を掛けてきた事に、ショーンとジュノは訝しむように彼女を見詰め、アデラは恐れ慄いてじりじりと後退る。
「いいえ……あなた達には、私の知らない実体験を持っているような気がしたものだからね……いい演技の【糧】になりそうだと思って……」
「私達は言わば、通りすがりの旅人みたいなものです」
アデラの言葉に、ショーンもジュノも首を縦に振って同調する。
「旅人ねぇ……」と呟きながら、イメルダは3人を順番に凝視し、徐に口を開く。
「あなた達の眼は、無垢な子供のような、穢れの無い純粋な美しさに溢れている。見たままをそのまま信じてしまう……そんな純真な眼をね。でもあなた達は、本当に自らの眼に映し出されたものを信じる人達なのかしら?」
禅問答のような言葉に、3人は頭の上に疑問符を浮かばせながらも――
「己の眼に映されたものは現実だ。現実を信じられずに生きていける人間など、いる訳が無いだろう」
「受け入れ難い現実を目の当たりにしたとしても、諦めは心の養生だ。全てを信じて受け入れて次へ進む――それが俺の人生のモットーだ」
「【本物】を探し求めて旅をしているので、私も勿論、眼に映った【本物】は全部信じてます。これまでも、これからも……」
3人の答えに、イメルダは納得したのだろうか――
「フフフ……そうね、あなた達ならそう答えると思ったわ。それを保持し続けられれば、きっと素晴らしい結末を見れるわ。きっとね……」
含み笑いを漏らしながら、その場から立ち去る。その際に一瞬立ち止まると、3人を一瞥して視界から消えた。
「何だかミステリアスな雰囲気を纏った女優さんね……」
「ああいう胸三寸が読めない女程、大火傷する危険性を孕んでいるものだ……」
「美しい薔薇には棘がある、か……」
3人が立ち尽くしながらぼやいていると――
「おい、そこのお前達」
突然男の声がした為、その方へ振り向く。どうやら声を掛けてきたのは、1人の貴族の男のようだ。
アデラは「私達ですか?」と言いたげに、自分を指差して確認する。
「そうだ、お前達だ。今し方、イメルダ様と随分親しげに話していたな?」
「親しげ? 藪から棒に何言ってんだ、お前?」
「惚けても無駄だぞ。この目で確と見ていたんだからな。そんなお前達に、折り入って頼みたい事がある」
「た……頼みたい事ですか?」
男は懐から、小さく折り畳まれた1枚の紙切れを取り出す。
「この手紙を、是非イメルダ様に渡してもらいたいんだ。彼女に対する思いの丈を綴った、とても貴重な1通だ。無論、タダでとは言わない。渡してくれた暁には、お前達が望む物を何でも与えてやろう」
そう言うと男は、近くにいたショーンに、有無を言わさず紙切れを押し付ける。
「お、おいっ……!」
「頼んだぞ!」
反論の声にも耳を貸さず、男は足早にその場を後にしてしまった。
「全く迷惑千万極まりねぇな……」
「勘違いから降り掛かった、とんだ災難ね……」
「選りに選って、顔を覆っている俺に押し付けるとか、完全に人選ミス――」
「皆さん、お待たせしました」
そこへ、一通り担当の仕事を終えたティアナが3人の許へ戻って来た。
「公演はいかがでしたか?」
「あっ……はい。私【本物】の演劇を見るのは初めてだったので、登場人物の喜怒哀楽や抑揚のある起承転結に、ずっと心を揺さ振られっ放しでした。良い物を見せていただいて、本当に有難う御座います!」
「フフッ、喜んでいただけたようで何よりです」
「だがその後で、水を差すような面倒事が起こっちまって……」
「……?」
「観客であろう貴族の男が、イメルダという女優に手紙を渡してほしいと、半ば強引に押し付けてきた」
そう言って、ショーンは渡された紙切れを提示する。
「まぁ……」
「俺達はその女優の居場所なんて知らないし、況して知り合いでもない。こんな物を託されたところで、ただの旅人で通している俺達が渡せる訳が――」
「私が案内しましょうか?」
ティアナの提案に、3人はキョトンとする。
「衣装担当として、何度も彼女とは顔を合わせて話もしています。私が事情を話せば、十中八九理解していただけると思います」
正直3人は、この面倒事にティアナを巻き添えにしたくは無かったようだが、彼女がイメルダとの唯一の交渉窓口である事もまた事実だ。
その為、3人には彼女の提案を甘んじて受け入れる他無かった。
――――――――――――――――――
「この先には稽古場があります」
ティアナの案内で、3人は劇場の舞台裏へ足を運ぶ。
ところが、禁断の場所へ踏み入ろうとしたその時――
「待ちなさい。その先へは行かない方が身の為よ」
背後から凛とした女性の声が聞こえる。
4人が振り返ると、青っぽい盗賊風の衣装を身に纏った、黒のシニヨンヘアの女が歩み寄って来た。
「知らない方が幸せな事が、世の中にはごまんとあるもの……さぁ、今すぐ引き返しなさい、旅人さん達」
「えっ? 何で私達が旅人だって分かるの?」
「知らない方が幸せだと? お前、あの女優の何を知ってるんだ?」
アデラとショーンは、突然現れた素性の分からぬ女に訝しげな視線をぶつける。
だが、ティアナとジュノは違った。
「アデラさん、ショーンさん……きっとこの方は、私達に降り掛かるであろう危機を、未然に防ごうとお考えなのではないかと……」
「あぁ、俺もそう思う……狩人の勘からして、こいつが嘘を吐いている感じは全く無ぇ……恐らく自ら毫毛斧柯しようって魂胆だろう……」
2人の説得に、アデラとショーンも溜飲が下がったかのような表情を浮かべる。
「理解してもらえたようね……彼女に関わるべきでは無いわ」
女も安心したかのような声を漏らす。
ところが、その直後――
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
奥から耳を劈くような女性の悲鳴が……
「何ですか、今の悲鳴は……!?」
「奥の方からだ……! 行くぞ……!」
4人が駆け出そうとすると、女が再び「待ちなさい……!」と制止する。
「……引き返すといった手前、行くつもりなの?」
「あの尋常じゃない悲鳴を聞いて、聞こえない振りなんか出来るか……!」
「というか、それ以前にあなた一体誰なの……!? いきなり現れるや否や『引き返せ』とか『関わるな』とか、よく分からない忠告をしてくるし……!」
「アデラの言う通りだ……! お前、一体何が目的なんだ……!?」
「そうだったわね……名乗るのが遅れて申し訳なかったわ。私はマリア、訳あってあの女優を尾行しているの」
「その訳とは何ですか? しかも尾行って――」
「詳しくは追って説明する。どうせあんた達、私の忠告を聞く耳なんて持つつもり無いんでしょ? だったら、兎に角今は急がないと……!」
「その切り替えの機敏さ……俺は嫌いじゃないぜ……!」
5人は声のした方へ向けて、一斉に駆け出す。
奥へ進んでいくと、吹き抜けになっている大部屋に辿り着く。その手摺りから俯瞰すると、何やら物々しい雰囲気を醸し出す人影が見えた。
彼等は身を屈めて、手摺りの柱の間から下にいる人物の様子を窺う。
それは、鬼の形相で立ち尽くしているイメルダの姿だった――




