ユーティリティ・フリーランス・プリースト
「火よ、彼の者を燃やせ!」
「光よ、彼の者を眩ませ!」
ゲオンバートを後にした3人は、正規のルートから外れた所にある、人の手が加わっていない洞窟内に進入し、そこに群がっている両生類や爬虫類を模した魔物を、片っ端から討伐していた。
手に入れた素材を売却し軍資金を調達するのが上辺の目的だが、最も大きな目的は、やはりアデラの属性魔法の鍛錬だろう。
本来であれば、己の武器に自身が持つ属性魔法を宿しつつ、気力も殆ど消費せずに武器を操れるようになれば理想的だが、属性魔法を習得してから日も浅く、且つ魔力の制御も儘ならないアデラが、その境地に達するに及ぶ筈も無い。
故に先ずは、ショーンとジュノのサポート役に徹しながら、魔力の制御の仕方を自分の身体に叩き付ける事になった。
初めの内は、周囲に黒ずみや焦げ臭さを残してしまう程の火炎を噴射してしまったり、味方である2人をも目眩ましに遭ってしまう程の強い閃光を発してしまったりしていたが、何度か場数を踏んでいく内に、気力をあまり消費せず、尚且つ彼女自身がイメージした通りの規模の魔力を放出させられる程までに制御出来るようになっていった。
――――――――――――――――――
洞窟内の魔物を一掃した後、アデラ達一行は彼女自身が手にしている地図を頼りに川沿いを進んでいく。そのまま道形にずっと下っていくと、スフィージュという街に出るようである。
ショーン曰く、スフィージュは所謂芸能の街として知られる小都市らしい。
大陸中から一流の舞台役者や吟遊詩人、踊子になるのを目指す者が集まり、誰もが鎬を削りながらも切磋琢磨し合っているのだそうだ。
またそれに関連して、楽器の製作や衣装の仕立て等も盛んに行われているという。
「本当に詳しいのね、ショーンって。いつも助かるわ」
「あぁ……」
いつもより若干素っ気無い感じの返事をしたかと思うと――
「なぁ、アデラ」
「ん?」
口元の布を直しながら、流し目気味に彼女を見て改めて口を開く。
「この旅が終わったら、スフィージュで踊子として躍動するのも悪くないんじゃないか? お前はプロポーションも抜群だし、身の熟しも申し分無いし、うら若さもあるし、何より人を惹き付ける魅力もある訳だし……」
「冗談止めて。私はこれからも【本物】を探求する棒術師として生きていくつもりなの。いくら私にそんな能力が秘められていたとしても――」
「いや、二足の草鞋を履くのも案外悪くないと思うぞ?」
口を挟んできたのは、狩人と薬師を両立させているジュノだ。
「確かに身が持つか不安になる程大変だが、摩頂放踵の精神を鍛えられるし、何より1人の成人として自立していく上で、決して損は無い筈だ。俺だって、魔物の討伐と薬の調合を同時進行せざるを得ない時なんてざらにあったからな」
「経験者の話、説得力あるわ……」
「アデラに当て嵌めて考えれば、昼は棒術師で夜は踊子……なかなか妖艶的じゃないか? 下手な芸能気取りの奴よりも稼げる気がしないでもないが?」
「何か、どうしても私をそっち方面に持っていこうとしているように聞こえる……全く、どうして男の人は鼻の下を伸ばした感じで歯が浮くような言葉を――」
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
ショーンとジュノの助兵衛心に満ちたような発言に対するアデラの愚痴は、突如として聞こえた耳を劈くような女の悲鳴によって呑み込まざるを得なくなった。
「何、今の悲鳴!?」
「下の方からだ!」
3人は下り坂を一気に駆け抜けていく。
――――――――――――――――――
声がしたと思われる場所に辿り着くと、道を塞ぐようにして蠢く、大きな黒い物体が3人の目に飛び込んできた。
それは巨大な蟷螂を模した魔物であった。そしてそれの視線の先では、修道士のような白いワンピース風の衣装を纏った、赤紫色のポニーテールと青紫色の瞳が特徴的な女性が腰を抜かしている。
「あの服装……聖炎教会の神官じゃないか!?」
聖炎教会とは、クォージウス大陸を司ると信じられているアグラウス神と聖炎を信仰する宗教の事であり、多くの信者が大陸に存在している。
因みに、ショーンがシモアンティにて寄付をしていた教会というのは、聖炎教会の支部の1つである。
「何故聖炎教会の神官が1人でこんな所に……!?」
「兎に角、あの人を助けないとっ!」
ジュノはすぐさま魔物の目に向けて複数の矢を放つ。
見事に命中し、目を潰された魔物は、その場で呻き声を上げる。
「……えっ?」
女性が呆気に取られている間に、ショーンが短剣で、悶絶している魔物の鎌を素早く斬り落とし――
「火よ、彼の者を燃やせ!」
止めとして、アデラが棒から火炎を噴射させる。
丸焼きにされた魔物は、文字通り灰と化して、煙のように跡形も無く消失した。
「フゥ……こんなところか」
「そろそろ造作も無くなってきたんじゃねぇか?」
「この程度なら朝飯前ね」
あっという間に終わらせた3人の許へ――
「あ、有難う御座います。助けていただいて……」
神官の女性が徐に立ち上がって歩み寄り、感謝の意を述べてくる。
見る限り、彼女の背丈はアデラとほぼ変わらないようだ。
「足を竦めてる人間には、救いの手がいるだ――」
「神官が単身且つ丸腰でここに来るとは、あまり褒めたも――」
ジュノとショーンは振り向きながら話し掛けるが、女性の顔を見るや否や、絶句して目を見開き――
「「ティアナ……!?」」
驚いたような素っ頓狂な声を上げる。
「その顔と声……若しかして、ショーンさんとジュノさんですか?」
【ティアナ】と呼ばれたその女も、驚嘆したように2人の名前を口にする。
「えっ? 2人とも、この人の事知ってるの?」
アデラは疑問を抱きつつも、そのやり取りに何処か既視感を覚える。
「1年くらい前にある任務で、ジュノと一時共闘したって話はしたよな?」
「えぇ、覚えてるわ」
「実はな……その任務に彼女――ティアナも加わってたんだ」
「えぇっ? 任務に当たってたのって、ショーンとジュノだけじゃなかったの? 私、てっきり2人だけで遂行したもんだと――」
「俺とショーン、そしてここにいるティアナも含めて全部で7人だ。だが、ショーンと再会した時には、烏頭白くして馬角を生ずる事もあるもんだと割り切れたが、ティアナとも邂逅したとなると、最早偶然では片付けられない可能性が……本当にアデラの指輪が――」
「あの~……」
恐る恐るといった感じで、ティアナが声を掛ける。
「お取り込み中のところすみませんが……ショーンさん、ジュノさん……そちらにいる、棒を携えた女性の方は?」
「あぁ……そういえば初めてだよな、会うのは。こいつは――」
「初めまして、アデラです。この大陸中の【本物】を探して、モハディウスから旅をしている棒術師です。ショーンとはシモアンティで、ジュノとはゲオンバートで出会って、今は私の旅に同行してもらっています」
「まぁ……」
右手を口元に当てて、感心したかのような声を漏らすティアナ。
「あなたの噂は予々耳にしています。異国出身の棒術師であるあなたがこの大陸を訪れてから、大陸の秩序が長期に亘って保たれるようになったと……」
「ど……どうも」
「そのような御方に、ショーンさんとジュノさんがお供しているとは……これも聖炎のお導きによるものなのでしょう。では、改めまして……私はティアナと申します。フリーランスの神官です。以後お見知り置きを」
「フリーランス……?」
聞き慣れない言葉に、アデラは首を傾げる。
「ティアナは聖炎教会の神官を本職としてはいるが、薬草の研究や酒場の給仕、書物の翻訳に天候の予測――神官としての仕事に捉われず、ありとあらゆる分野の補佐として、大陸中から様々な依頼を受けているんだ」
「彼女の快刀乱麻ぶりに、俺達を含め皆助けられた……正に柳絮の才だな」
ショーンもジュノも、ティアナの甲斐甲斐しさに一目置いているようだが、当の本人は首を横に振る。
「行き詰まって困窮している人がいれば、躊躇無く手助けをする……私は人として当然の事をするだけです。その為にも、寸暇を惜しんで努力し続ける所存です」
「……ところで、ティアナ」
話題を変えるような感じで、ショーンが改まった様子で声を掛ける。
「こんな所で一体何をしていた? ここは神官が来るような場所じゃないだろ?」
4人がいる場所は、至って普通の川沿いの道。神官が1人で来る事はおろか、祈祷や儀式を行うにはあまりにも場違いだ。
嘗ての同士であるショーンとジュノにとっては、彼女がここへ足を運んだ事自体、不思議で仕方無いのであろう。
するとティアナは、一瞬だけ逡巡してから口を開く。
「実は私、スフィージュにある大劇場で、次回行われる公演の衣装担当を任されていて、それに必要な染料となる植物を探していたんです」
「衣装の染料……ですか?」
「はい。衣類に使われる染料は、植物由来の物を使う事が多いんです。私はその調達の為に、こちらに赴いた次第です」
「だがそれに夢中になるがあまり、魔物に気付かなかったと?」
「……えぇ。お恥ずかしい限りです」
小声でぼやくように言うと、ティアナは頬を僅かに赧らめて俯く。
「まぁ、あんな至近距離まで詰められたら、流石のティアナでも、短時間で杖を造成させるのは至難の業だろうなぁ」
「杖を造成? どういう事?」
「ティアナが武器としている杖は、彼女が持つ風属性の精霊の力が集結して実体化される代物なんだ。普段はこんな感じで丸腰を装っている。ある意味、被褐懐玉を地で行っている感じだ」
「その分、本気で怒らせたら最後――誰を以てしても止められない制裁が待っているんだ。その場にいる事さえも憚れる程のな……」
「わ、私はそんな事は決して――!」
そこまで言い掛けると、既に話の本筋から掛け離れている事に気付いたのか――
「閑話休題、本題に戻りましょう……」
と言って、本来語るべき内容へと引き返す。
「私の勘では、その大劇場で、何か憎悪にも似た悍ましく淀んだ空気が渦巻いているような気がするんです。それこそ、スフィージュの人達が【本物】を見誤りかねないような、不気味に蠢く何かが……」
「「「……!」」」
「衣装担当を務めながら、密偵としてその正体を掴めればいいのですが、私も1人の人間です。出来得る行動には限界があります。しかし、ここであなた方に逢えたのも、聖炎のお導きによる御縁なのでしょう……是非皆さんには協力していただきたいのです。お願いします」
深々と頭を下げて懇願するティアナ。そんな彼女に対する答えは、3人の中では既に決まっていた。
「そうだな……手数が多ければ、容量過多になる確率が激減し、不得手な分野を補う事も可能になるしな」
「おまけに状況を把握出来れば千方百計を考えられるし、その中で神機妙算を思い付けるかもしれない。正にいい事尽くめだ」
「【本物】を見誤りそうになっているのなら、それを修正させるのが筋というものです。ティアナさん、私達で良ければ尽力させていただきます」
「皆さん……ご厚意に感謝致します。では、大劇場までご案内しますね」
そう言って、ティアナは3人を先導する。
だがその直後に「あっ!」と短く声を発するや否や、3人の方へ振り返り、懐から複数枚の紙切れを差し出すと、満面の笑みを浮かべて――
「もし宜しければ、今行われている公演、皆さんで見て行ってください」
ちゃっかりと鑑賞を勧めるティアナであった――
次話より【第3章 嫉妬を授かりし者】スタートです




