ラースサタン・カーティス
「また指輪の力が……!?」
「何だ、こいつは? 本当にカーティス……なのか?」
人間の時の何倍、何十倍にも巨大化し、尚且つ人間としての原型を完全に留めていないカーティスの悍ましい容姿に、4人はただ愕然とした表情で見上げ、立ち尽くす事しか出来ない。
鼬に似た長い胴体と短い手足、猿のような真っ赤な顔を持っているが、その口元から剥かれる牙と手足から伸びている爪は、狼のそれにそっくりだ。
その姿はやはり、数多存在する悪魔の一種と捉えても差し支え無いだろう。
「ギャアアシャアアアアアア!!」
複数の声が重なっているような、理性を失っているようにも聞こえる奇声が、今のカーティスの憤りと恐ろしさを更に増殖させている。
「異民ゾく……みナ殺しダ……! 私ニ……ヒれ伏せ……!」
譫言のような言葉を口にしながら荒れ狂う様子は、磐薬に侵された者達と同じような雰囲気すら感じさせる。
「こんな鼎の軽重を問わざるを得ない暴君の圧政に加えて、人間性を完全に破壊する磐薬……ゲオンバートの住民にとって、今は正に重き馬荷に上荷打つ状況……だが窮鳥懐に入れば猟師も殺さず……偉大な救世主とまではいかなくても、是が非でも俺達が【本物】のゲオンバートを取り戻す……! この悪魔の合成獣を討ち取ってなっ! そうだろ? ショーン! アデラ!」
「当然だ……言わずもがなだがな!」
「えぇ……私達の【本物】探しの旅、こんな所で終止符を打たせはしないわ!」
鼓舞するように叫ぶジュノも、それに呼応するショーンとアデラも、再び武器を構えて戦闘態勢に入る。
「あなたは安全な所に避難して! 早くっ!」
「わ、分かりました!」
アデラに促され、アーサーはその場から離れる。
「抗ウモのハ……全テサん廃に……産ぱイニィィィィィィ!!」
刹那、叫び声を上げたカーティスは、目の前にいる3人を捕獲せんと両手を――両前足を勢いよく振り上げ、力強く振り下ろす。
3人は高く跳躍してそれを躱すと――
「闇よ、引き裂け!」
「雷よ、貫け!」
「火よ、彼の者を燃やせ!」
各自の持ち前の属性魔法を同時に放つ。
だがカーティスはすぐに顔を上げ、迫り来る属性魔法を目視すると――
「グウオオオオオオォォォォォォ!!」
それに向けて、狼の遠吠えのような、耳を劈く程のけたたましい声を上げる。
するとどうだろう、その声が放射線状の衝撃波となって、全ての属性魔法を霧散させてしまったではないか。
「何っ……!?」
「嘘でしょ……!?」
「あんなのアリかよ……!?」
3人が唖然としていると、衝撃波によって舞い上げられた砂煙の中から、鋭い爪を帯びた巨大な手が突然現れ、彼等を力強く地面に叩き落とす。
「皆さんっ!!」
3人が叩き落とされた地点の近くに隠れていたアーサーが、思わず声を上げる。
「何のこれしき……!」
「俺達のタフさを無礼んなよ……!」
「心配無用よ……! 引き続き隠れてて……!」
それでも3人はすぐに立ち上がり、再びカーティスの許へと駆け出す。アデラに至っては、アーサーを窘める余裕まで見せている。
困惑しながらもアーサーは「はいっ!」と返事をして、再び身を隠す。
「わたシニ敵ウ異みン族ナど……イナい……!」
カーティスはそう言って、自身に迫って来る3人を捕獲しようと、またしても両前足を振り上げては力強く振り下ろす。
3人はそれを俊敏且つ柔軟に左右へと躱し、素早く後ろへ回ると、ガラ空きとなっている後足や臀部に、短剣を斬り付け、槍を刺し、棒で叩き付ける。
同時攻撃を受け、カーティスは透かさず振り返り、前足で地面擦れ擦れをなぞるようにして、3人を払い飛ばそうとする。
だがそれをも予見していたかのように、ショーンとジュノは左右へ、アデラは上空へ跳躍して躱す。
そして男2人は、カーティスの胴体を横切る際に、短剣と斧で深手を負わせる。
一方アデラは、持ち前の身の熟しで、カーティスの頭上を越える程まで跳躍し、落下するタイミングで、隙だらけの後頭部へ向けて棒を力強く振り下ろそうとする。
しかしその寸前、カーティスがそんな彼女の姿を捉え――
「グウオオオオオオォォォォォォ!!」
再び耳を劈く程のけたたましい声が上がると、その衝撃波で、アデラの身体は一瞬で吹き飛ばされてしまう。
彼女は壁に力強く叩き付けられると、その場に崩れ落ちる。
「「アデラっ!」」
ショーンとジュノが、飛ばされたアデラに一瞬気を向けたその時――
「グギャアアアアァァァァ!!」
「ぐわぁっ!」
「あぅぐっ!」
2人はカーティスの前足に絡め捕らわれてしまった。
「ショーン! ジュノ!」
それに気付いたアデラは、すぐに立ち上がり駆け寄ろうとする。
「今コノ手で……産廃ニふさワしイ姿にしてクレる……!」
だが、カーティスは2人を握り締めるや否や――
「グオオオオァァァァ!!」
雄叫びを上げながら、前足を地面に叩き付ける。2人を血みどろの肉塊にせんとばかりに、何度も何度も……
間髪入れずに起こる地響きと砂埃で、アデラは近付く事も儘ならない。
どれ程叩き付けていたのだろうか、暫くして地響きが聞こえなくなったかと思うと、カーティスは捕らえていた2人を、まるで玩具に飽きた子供のように、アデラの後方へポイと投げ捨てる。
「ショーン!! ジュノ!!」
悲鳴のような声を上げながら、彼女は2人の許へと駆け寄り跪く。
全身傷だらけの血塗れで虫の息となってはいるが、何とか己の力を振り絞って立ち上がろうとしている。最早、カーティスの計画をこの場で頓挫させようという気持ちだけが、彼等の気力を支えているようにさえ見える。
その姿に、アデラは彼等への憐みと、カーティスへの怒りと、己の中で込み上げる悔しさから、徐々に涙目になっていく。
「イ民ぞクノ分ざイデ……私ニナど勝テぬ……! いクラ貴さマラが……如何ナる力ヲ付けヨウとモ……!」
カーティスの侮蔑するような声が耳に入ると、彼女は一気に振り返って彼をキッと睨み付ける。その瞬間、溜まっていた涙が筋となって彼女の頬を伝う。
そして徐に立ち上がると、棒を握り締めて彼の方へと歩を進め始める。
「ま……待て、アデラっ……!」
「1人で行くなっ……! 分が、悪過ぎるっ……!」
満身創痍の2人は、必死に立ち上がって止めようとするが、それでも彼女の足は前へ前へと進んでいく。
「あんたは……あんただけは許さない……! 管鮑の交わりのショーンとジュノを傷付けて貶して蔑んで……そして同時に、私の事も侮辱した……! おまけに、この街のあるべき【本物】まで奪い取ろうとして……そんなあんたの事は……例えあんたを救世主と崇め奉る人が沢山いたとしても……私は絶対に許さない……!」
「【本物】……? 異民ぞクヲこのヨカら完ぜン排ジョする絶たイ的な力……それコソ真ノ【本物】だ……!」
「……そんなの間違ってるわっ!」
「何だト……?」
「力というのは、何も戦いだけで発揮されるものじゃないのよ……! 四海兄弟の精神――人種も国籍も民族も関係無く相手を尊重して、どんな時でも真心を持って受け入れる……そして、そうであるべきと強く願い続ける……それこそが【本物】の力であり【正義】なのっ! あんたはその受け入れを拒否した……いいえ、受け入れるのが怖かった……だから一国を滅亡させた……それは決して、あんたに力があるからじゃない……あんたが弱さを隠したかったからよっ! だから――」
そこまで言い掛けると、アデラは右中指に嵌められている指輪を見詰める。
「だからこそ私は、この指輪と行動を共にしてきた……【本物】の信念を貫けば、ショーンとジュノ以外にも、必ず協調してくれる人が現れると信じて……指輪に導かれて、一蓮托生の覚悟を持っているのなら、私は誰一人として来る者は拒まない……その為にも、あんたみたいな救世主の皮を被った独善的な暴君なんかに、【本物】を完全に奪われる訳にはいかないのっ!」
アデラはそう叫んで、改めて両手で棒を握り締めて構える。
「【本物】の信念を貫く……あいつだからこそ、響く言葉だ……」
「正に、泥中の蓮だな……アデラって棒術師は……」
「私ニ意見すルトは……余ホど命ガ惜シくなイト見た……良かロう……私ガ全て証メいしてヤる……キ様の死ヲ以てナ!!」
最早生かして甚振る価値も無いと見限ったかのような、恐怖さえ覚える程の低い声で宣告を下したカーティスは、両前足の爪を立てると、彼女を滅多刺しにせんとばかりに力強く振り下ろす。
だがその時、アデラの指輪が一瞬青く発光し――
「グォアッ……!?」
何かがカーティスの目に直撃したのだろうか、彼は突然目を両前足で覆い、藻掻き苦しみ始めたのだ。
「目ガッ……目がアアアあああぁぁぁァァァ!!」
「えっ……何、突然? 何がどうなってるの……!?」
カーティスのあまりの変貌に、アデラは困惑の色を隠せない。
すると突然、彼女の目の前に、白色に輝く光の玉が浮遊しながら出現した。眩しささえも覚える程に、それは強く発光している。
「何なの、この眩い光は……!?」
「お……おいジュノ、あれってまさか……!」
「あぁ……間違いない……!」
どうやらショーンとジュノには、その光の玉に心当たりがあるようだ。
「アデラ、それは光のソウルだ……!」
「光のソウル?」
「光属性魔法を得る者に与えられる、光属性の精霊の力だ……!」
「えっ? でも、1人が授かれる属性魔法は、7つある内の1つだけだって、前にショーンが言って――」
「ごく稀に、複数の属性魔法を授かる者がいると聞いた事がある……アデラ、お前は正にそれに当て嵌まった逸材――天賦の才を複数与えられし者なんだ……!」
「私は……火だけじゃなくて、光をも操れるの?」
そう呟いた瞬間、白色の光の玉もとい光のソウルが、彼女の目の前で細かい粒子となって弾ける。すると彼女が手にしている棒が、ほんの一瞬仄かに白く発光した。
それを受け入れたかのように、アデラは棒を見詰めて軽く頷き、再びカーティスへと視線を向ける。
「オ……オのれェ……!」
彼は漸く目が慣れてきたのか、呻くような声を上げながら、徐々に前足を目から外そうとしている。
「光が目に毒だっていうのなら、私はそれを更に盛るまでよ!」
だがアデラは、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに、気丈に棒を構えるや否や、頭に浮かんだ新たな属性魔法の呪文を唱える。
「光よ、彼の者を眩ませ!」
棒の先端から白い光の玉が放たれると、カーティスの眼前で拡散して閃光を放つ。
「グガアァッ!! マた目ガぁっ……!」
「火よ、彼の者を燃やせ!」
怯んだ瞬間を見逃さず、アデラは棒から火炎を噴出させる。
真面に火炎を浴びたカーティスの身体は、瞬く間に炎に包まれる。
「な、何ダ……!? アつい……熱過ギるぞ……!」
「闇よ、引き裂け!」
すると直後に、紫色のオーラが飛んできて、カーティスの顔面に直撃する。更に動けなくなったところに、ショーンが全身に鞭打って、一気に距離を詰めて高く跳躍すると――
「うおぉー!!」
両手に携えた短剣で、彼の身体を真っ二つにせんと、頭部から一気に斬り落とす。
「グゴガアァ……ア……!」
「ジュノ、決めろ!」
「あぁ!」
視界を遮られた中で様々な苦痛を味わい、気絶しているかように、その場に立ち尽くしてしまっているカーティス。
そんな彼の心臓部に狙いを定め、ジュノは矢を番えた弓を引いていき――
「カーティス……これこそが悪因悪果ってやつだ……! 最早お前に賛同する人間はいない……! 何故なら、お前は端から領主の器じゃ無ぇからだっ!」
目にも留まらぬ速さで放たれた矢が、その巨大な胴体を貫いていった――




