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Question of JUSTICE ~8つの指輪物語~  作者: 瑠璃唐草
第2章 憤怒を授かりし者
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抗う微かな光

カーティスは鐘楼の屋上から、ゲオンバートの中心街を見下ろしている。


「カーティス様、成果は上々のようです」

「そうか……実に素晴らしい事だ。遂に我々は完全なる磐薬を手に入れたぞ!」


傍らにやって来た常磐兵からの報告を受け、カーティスはほくそ笑み、己の地位と権力が、文字通り磐石となったと考え高らかに笑う。

すると、屋上へ駆け上がって来る足音と共に、1人の常磐兵の声が木霊する。


「カーティス様……! カー……ティスさ……ま……!」

「騒々しい! 何の用だ!?」


現れた兵に対して、カーティスは(しか)め面を見せながら近付いていく。

その兵は何故か顔色が悪く、明らかに様子がおかしい。


「うっ……ぐぅ……」


突然苦しそうな呻き声を出したかと思うと――


「ウゥゥゥゥゥグオオオオオァァァァァ!!」


耳を(つんざ)く程の叫び声を上げると同時に、皮膚が一瞬にして土気色へと変化し、目から赤黒い光が放たれる。

つまりは、凶人に変貌してしまったのだ。


「……っ!?」

「オ……オゴゴゴゴ……ゴ……!」


カーティスは驚愕しながらも、透かさず凶人と化した常磐兵を長剣で斬り裂く。

兵は肉体を爆発させ、煙のように消失する。その様子を見たカーティスの表情には、困惑の色が滲み出ている。


「何故だ!? 何故常磐兵まで凶人に!? 間違い無く機漿を飲んだ筈だぞ!」


機漿とは、磐薬の効果を完全に無効化出来る、言わば拮抗薬だ。これを飲みさえすれば、凶人に変貌する事は絶対に無くなる。

にも(かかわ)らず、機漿を飲んだ兵が目の前で凶人と化した――こんな由々しき事態が起これば、誰もが混乱し疑問を抱くのも致し方無い。


「まさかっ……!」


しかし、カーティスには何か思い当たる節があるのか、懐から機漿が入っていた空の小瓶を取り出し、暫く見詰める。

するとどうだろう、見る見るうちに彼の顔が怒りに満ちた形相に変化し、その直後に小瓶を思い切り床に叩き付ける。パリンという破裂音が虚しく響き渡る。


「アーサーめえぇ……! 裏切ったかあああああぁぁぁぁぁ!!」


亡国の生き残りの背信に対する怒号が、鐘楼の屋上に響き渡った。


――――――――――――――――――


「これが……磐薬の効力……」

「ゲオンバートが……【本物】が壊されていく……」

「そん……な……」


緑色の雨が降り(しき)る中心街から程近い場所にいるアデラ達。

凶人と化して暴れ狂う者、磐薬を大量に吸入し命を散らす者、阿鼻叫喚の中でパニックに陥る者――

時間と共に悪化していく状況に対して何も出来ず、ショーンとジュノは絶句して立ち尽くし、アデラに至っては、膝から崩れ落ちて(むせ)び泣いている。


「俺達は……時既に遅しだったのかよ……?」

「【本物】の終わりは……こんなにも呆気無いのか……?」

「私達……守れなかった……取り戻せなかった……【本物】を……うぅ……」


磐薬のリスクがあり、迂闊に近付けない事も、彼等に更なる絶望を生ませる。

だが、たった1人だけは違った。


「……いえ、まだ僅かながら可能性はあります」


その言葉に、3人は声の主の方へ顔を向ける。


「気休め言わないでよ……今更私達に何が出来るのよ……?」

「そうだ、アデラの言う通りだ……この雨の中を強行突破して奴の場所に向かっても、辿り着く前に命を散らすのがオチだ……もう打開策なんて無い……」

「ですから、命を散らさずに行ける唯一の方法があるんです」

「本当にそんな方法があるのか……? ただの当て推量――机上の空論だったら、例えお前でも殺るからな……!」

「空論なんかじゃありません。僕自身がちゃんと実証実験を繰り返し行って、その効果は間違いなく証明されていますので」

「それで……どうすればいいの……?」

「これを使うんです」


アーサーは懐から、薄紅色の液体が入った小瓶を複数取り出す。

ショーンとジュノがそれをまじまじと見詰め、遅れてアデラも、涙を拭いながら歩み寄って覗き見る。


「これは?」

「機漿――磐薬の拮抗薬です。これを飲めば、磐薬の効果を完全に打ち消す事が出来ます。カーティスには偽物を渡しておきました」

「偽物だと? じゃあ、あいつは……」

「えぇ、今頃磐薬を大量に吸入し、身体を蝕まれているでしょう」


再度小瓶を差し出されると、3人は手に取って蓋を開け、中の液体――機漿を一気に口腔から流し込む。


()()()()()()()、この街も【本物】の姿に戻れる筈です。その為に、カーティスの許へ急ぎましょう。僕が案内します」

「うん……!」

「頼むぞ……!」

「今度こそ目に物見せてやるぜ……!」


3人はアーサーの先導の下、カーティスがいる鐘楼へと駆け出していった。


――――――――――――――――――


その頃、カーティスは鐘楼の屋上で、凶人と化した常磐兵達を次々と斬り捨てていた。だがそうしている間も、彼の体内には磐薬が絶え間無く吸入されている。


「うぐっ! ぐぅ……! はぁ……はぁ……まさか……己の身体が、磐薬で蝕まれる事になろうとは……」


藻掻き苦しみながらも、絶対に凶人にはなるまいと、命は落とすまいと、辛うじて気力と意識を保っている状態だ。


「アーサー……アーサー何処にいるぅ!? 出て来い!」


カーティスの怒号に応えるかのように、屋上へ通ずる階段から姿を現すアーサー。無論、アデラ達も同行している。そしてその背後から、何故かリチャードがフラフラと付いてきている。

裏切りの大罪には、粛清の罰を――それを決行せんと、カーティスはアーサーを指差しながら、鋭い視線で睨み付ける。


「従う者すら分からなくなったのか!? 能の無い下等な異邦人めっ!」

「そうです……私は下等な異国の人間です……でも……だからこそ、磐薬という恐ろしい兵器を生み出してしまった罪を少しでも贖いたいんです……!」

「この期に及んで、罪滅ぼしを御所望か……ならば【本物】の機漿を渡せ!」

「……」

「『持っていない』などと(うそぶ)いても無駄だぞ。あれは貴様が我々常磐之理の為に、磐薬と並行して製作した拮抗薬だ。製作者である貴様が持っていない筈は無い」

「製作する権利があるのなら、それを廃棄する権利もある……数多の産廃を生み出してきたあなたこそ、それを1番分かっている筈なのでは?」

「私に意見する気か……亡国の生き残りの分際でぇ……リチャード! こいつを殺して【本物】の機漿を奪え!」


リチャードは前に出てくると、アデラ達を一瞥する。その表情は何処か虚ろだ。

そんな彼は、川に落ちたのを拾得したのか、あるいは新しい物を提供してもらったのか、腰の鞘から徐に小刀を抜くと、それを横一文字に振って斬り殺そうとする。


「なっ……!?」


ところが、彼が殺害しようとしたのは、主であるカーティスだった。

寸のところで(かわ)したものの、カーティスはまさかの背信行為に目を見開く。


「リ、リチャード……!?」

「はぁ……! はぁ……!」


驚きを禁じ得なかったのはアーサーも同じようだ。だがリチャードは、そんな彼には目も()れず、荒い呼吸を繰り返しながらカーティスを睨み付ける。


「この役立たずめがぁ……! 貴様も産廃にしてくれるぅー!」


カーティスはそう叫ぶと、再びリチャードが振った小刀を躱しつつ、一瞬にして彼の胴体を斬り裂く。

斬られたリチャードは、断末魔のような声を上げ、その場に崩れ落ちる。斜めに刻まれた深い傷からは、大量の血が止め処無く流れ出ている。


「父さん……母さん……今そっちに逝くからね……」


涙を浮かべながら、先立った両親へ向けた言葉を静かに呟くと、リチャードはそのまま倒れ事絶えた。


「全く馬鹿な男だ……下らん情などに流されるからだ……!」


自分の言う通りにしていれば早世せずに済んだものを――そう言わんばかりに、この上無く蔑んだ視線をリチャードの亡骸にぶつける。

そしてその視線は、程無くしてもう1人の裏切り者に向けられる。


「もういい、機漿は私が奪ってやる! アーサーよ、まさか貴様がリチャード以上の背信者だったとは……その大罪、私は心底失望した! 貴様のような産廃は、私が成敗してくれよう!」


おどろおどろしい低い声でそう宣言したカーティスは、怨念を纏わせた長剣を構える。それに対抗する姿勢を見せるように、アデラ達も武器を構えて、透かさずアーサーの前に出る。


「貴様等……その虫けらを庇い、私に楯突くつもりか? 否、貴様等がリチャードの言っていた、私の脅威となり得る異国の邪魔者だというのか?」

「だったら何だ?」

「私に歯向かえる異国の者など、この世には存在しない! アーサー諸共、貴様等も産廃にしてくれる!」


そう叫ぶや否や、カーティスは3人との距離を一気に詰め、アデラ目掛けて長剣を力強く振り下ろすが、彼女はそれを棒で受け止める。

互いの武器がギリギリと鈍い音を立てる。


「何……!? 異国の女如きが、私の剣を受け止めただと……!?」

「異国の人間を無礼(なめ)てもらっちゃ困るわね……! 世の中には、あんたと渡り合える力を持った人間なんて、いくらでも存在するものなのよ……! その事実に今まで一切気付かなかったなんて……あんたは大海を知らずに、井の中で威張り続けてた、哀れな蛙ってところかしらね……!」


世間知らずの男を扱き下ろすように叫ぶと、アデラは一瞬棒に力を込めて、彼の身体を一気に後方へ押し返す。


「ぐぅ……図に乗るな、異国の阿婆擦れがぁ……!」

「ショーン! ジュノ!」


既にカーティスの両端を陣取っていた2人は――


「闇よ、引き裂け!」

(いかずち)よ、貫け!」


紫のオーラと雷を纏った矢を同時に放つ。


「小癪なっ!」


カーティスは剣で横一文字に撫で斬り、同時攻撃を掻き消す。

霧散したオーラが舞い上がり、折られた矢がポトリと地面に落ちる。

効かぬわ、といった感じで口の端を吊り上げるが――


「うおぉー!!」


舞い上がった砂煙の中から、突如黄金色の瞳の黒い人影が現れると、一瞬にしてカーティスの眼前にまで迫り、両手に握られた短剣を振り下ろす。

だがカーティスも即座に反応し、剣で受け止める。


「フンッ……! そんな安直な戦法が私に通用するとでも思ったのか……? 全く以て御目出度い奴だ……!」

「御目出度いのはどっちだ? まんまと罠に掛かったとも知らずに……」

「何っ――ぐおゎっ!?」


突然背中に鋭い痛撃を受け、若干蹌踉(よろ)めくカーティス。ジュノが斧を使って、彼の背中を斬り裂いたのだ。

それに気付いたカーティスは、目を血走らせて「貴様ぁー!」と叫び、ジュノへ向けて剣を振り下ろすが、ジュノもまた斧でそれを受け止める。


「汚い真似をしおってぇ!」

「勝負に綺麗も汚いも無ぇだろ? 鎧袖一触(がいしゅういっしょく)出来ると甘く見てたお前の落ち度だ……柔()く剛を制す時もあるって事を、お前は少し学んだ方がいいな……!」

「何だと――うぐゎっ!」


今度は脚部に痛みを覚え、その場にしゃがみ込む。ショーンの短剣が脹脛(ふくらはぎ)を斬り裂いた為だ。


「アデラ、行け!」

「はあぁー!!」


アデラは棒を振り被って、カーティスとの距離を一気に詰めると、がら空きになっている彼の首元に力強く叩き付け――


「があぅっ!」

「でやあぁー!!」


磐薬をばら撒いてゲオンバートを阿鼻叫喚に陥らせた事に対する憎しみを込めて、顔面を蹴り上げる。

カーティスは呻き声を上げて転がり、その場で(うずくま)ってしまう。

斬られた背中と脹脛から止め処無く出血しており、身に纏った衣装に真っ黒な染みが広がっていく。


「何故だ……何故私が……何処の馬の骨とも知れぬ異国の人間に……」


こんな筈は無いと言わんばかりの言葉を口にし、カーティスは蹲りながらも徐に顔を上げ、アデラ達を蔑むような眼で睨み付ける。

すると、彼の言動を否定するかの如く、アデラの指に嵌められている指輪が、ほんの一瞬青い光を放つ。

それに気付いたカーティスは、反射的に立ち上がって後退る。


「それは……指輪……!? ()()()指輪の持ち主か……!?」


アデラを指差しながら叫ぶが、磐薬が彼の血となり始めているのだろうか、直後に苦しみ出しその場に(ひざまず)く。


「がふっ! ぐぅ……最早……この身体では持たぬという事か……?」


彼の身体が、悲鳴を上げるかのように、小刻みに震え始める。部位によっては、痙攣を起こしたかと思う程に震えが激しくなっている。


「許さん……絶対に許さんぞ……どいつもこいつもぉ……!」


徐に立ち上がるや否や、彼は震えている右腕を掴み、中指に嵌められている、アデラとは異なるデザインが施された指輪に語り掛ける。


「【憤怒】の力宿りし指輪よ……我の声を届け、真なる姿を……真の【憤怒】を我に与えたまえ……」


その直後指輪が赤く発光し、彼の身体が禍々しい漆黒のオーラに包まれたかと思うと、その体積を見る見るうちに膨らませていく。

そして次の瞬間、激しい衝撃音と共にオーラが取り払われると、そこにはカーティスとは似て非なる全く別の姿をした巨大な化け物が、鋭い牙を剥いて4人を睨み付けていた――

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