囚われた棒術師
「アデラー! 何処いるんだー!」
「近くにいるなら出て来ーい!」
アデラが己の武器である棒を残して、忽然と姿を消した事に気付いた2人は、棒を手に酒場を後にして彼女を捜索する。
当初は先にアーサーの家に戻ったと考えたのだが、彼女が棒を残して、且つ2人に黙って帰るなど有り得ないと判断し、酒場周辺を捜す事にしたのである。
「あいつ、何故自分の武器を置き去りにするなんてポカを……そんな抜けた奴じゃ無い筈なのに――」
「ショーン! ちょっと来てくれ!」
酒場の背後からジュノの声が聞こえ、ショーンはすぐさま駆け出す。
裏に回ってみると、ジュノが地面に落ちている何かを見る為に跪いている。ショーンが彼の許に近付き、見ている物を確認する。
それは小さな袋のようだが、その袋の柄に、2人は見覚えがあった。
「これって……アデラの香袋……だよな……? 何でこんな所に……?」
「この雑に置かれた感じ……まさか、あいつ……!」
彼女の身に良からぬ事が起こったと察したショーンは、反射的にジュノの腕を引いて、無理矢理立ち上がらせる。
「痛って……! 何だよショーン……!」
「ジュノ、これは緊急事態だ……一旦アーサーの家に戻ろう……!」
「緊急事態だと……? どういう意味だよ……!?」
「帰りながら説明する……! 来い……!」
ショーンは手早く香袋を回収し、ジュノの腕を引きながら、急いでアーサーの許へと戻っていった。
――――――――――――――――――
「ん……うぅん……」
軽度の頭痛を覚え、か細い呻き声を出しながら、アデラは目を覚ます。
「ここ……は……?」
ぼやけていた視界が徐々にはっきりとしていき、自分が周囲が異様に薄暗く、一部が鉄格子になっている小部屋――牢獄の中にいる事に気付く。
意識を覚醒させ立ち上がろうとするが、何故か手が思うように動かない。
どうやら手枷のような物で後ろ手に拘束されているようだ。
「何これ……!? 何で私、こんな事に……!?」
「もう目が覚めたのか……」
聞き覚えの無い声がしたかと思うと、軋むような音と共に格子扉が開かれ、薬師風の男――リチャードが数人の兵を連れて中に入ってきた。
彼は厭らしく口を三日月型に歪ませ、下卑た含み笑いを漏らしている。
そんな彼を見て、彼女は反射的に顔を顰める。自分を投獄した張本人だと勘付いたのが理由だが、それ以上に、彼が自分をそういう目で見ていると感じてしまった事が最も大きいだろう。
「あんた何者なの……!? 何の為に私をここへ……!?」
「ククククク……貴様に話す事など何も無い……何故なら貴様は――」
「今この場で殺されるんだから……とでも言いたいのかしら?」
見透かされたような気がしたのか、彼は「分かっているなら聞くな」と言わんばかりに舌打ちをしたが、すぐに「分かっているなら話が早い」といった感じの禍々しい笑みを浮かべる。
「カーティス様を嗅ぎ回っている者の中で、貴様は最も利用し甲斐のある存在……貴様を殺し、その亡骸を晒し、それに反応したお仲間達をも一網打尽する……つまり貴様は、残りの異国の人間を誘き寄せる為の餌って訳だ」
「嗅ぎ回ってる? 一体何の事?」
「この期に及んで惚けるのか? 俺は見たんだよ……貴様とそのお仲間が、カーティス様の弱みを探る為に、この施設の地下へ向かって行ったのをな……!」
「地下?」
その単語を聞かされたアデラは、ここが数時間程前に3人で踏み入った場所と同じ敷地内にある事、そしてラルフを探す為に地下へ向かったのをリチャードに見られていた事を初めて知る。
しかし同時に、彼が思い違いをしている事にも気付く。故に反論しようとしたが、彼が聞く耳を持つ気がしなかった為、すぐに言葉を呑み込む。
「……私に選択肢は無いって訳ね」
「本来なら気絶している間に、その少ない布地も全て引ん剥いた方が、より家畜感を醸し出せて、貴様にこの上無い屈辱を与えられるが……どの道殺すのなら、お楽しみは後に取っておいても腐りはしないからなぁ」
「……」
この場で無様に殺される事よりも、予想していた通り――自分を好色な目で見ていた事に、アデラは奥歯を強く噛み締めて嫌悪感を露わにする。
「恨むなら、異国の地に生まれ、我々常磐之理に目を付けられた自分自身を恨むんだな。カーティス様は、貴様のような異国の人間をカモにするのが得意でな……そいつ等の御蔭で、俺はミイラ取りがミイラになっていく様を何度も目の当たりにしてきた……ククククク、カーティス様の糧となるとも知らずに……結局異国の人間はその程度の存在――貴様等もそいつ等と同類の下等生物だったって訳だ……お仲間が餌に翻弄されている光景が目に浮かぶぜぇ」
彼女のみならず、遠回しにショーンとジュノをも嘲うリチャード。
だが彼女は、彼の表情に微かな違和感を覚えたのか――
「それは本心から出た言葉? それとも、そのカーティスって人に命令されたから仕方無く発した言葉なのかしら?」
そう言って揺さ振りを掛ける。
「……何だと? どういう意味だ?」
すると彼の顔から、一瞬にして歪んだ笑みが消える。
「本当に餌に翻弄されているのは、そっちなんじゃないの? あんたの口振りからは、カーティスに何か命の次に大切なものを人質に取られて、それを一時でも早く、そして無傷で取り戻したいが為に躍起になっている――そんな焦りにも似た感情が滲み出ている。つまりあんたは、私達にカーティスを討たれる事よりも、カーティスからその大切なものを2度と取り戻せなくなる事を恐れている。だから彼のご機嫌取りの為に、私を捕らえて殺そうとしている……違う?」
「だ……黙れっ!!」
図星を突かれたせいなのだろうか、彼は怒声を上げると、アデラの左の蟀谷目掛けて回し蹴りを食らわせる。
防ぐ事が出来ない彼女は、攻撃を受けた瞬間に横に大きく飛ばされ、苦悶の表情を浮かべて倒れ込む。脳が揺れているせいで、目を開けても視点が定まっていない。
「ハァ……ハァ……黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れっ!! 下等な異邦人如きが、知ったような口を利くなぁっ!!」
瞬間的に頭に血が上って、過呼吸に近い状態になり、アデラに向けて罵詈雑言を浴びせるリチャード。
「貴様等がカーティス様への謀反を企てた! だから貴様はその罰としてここで死ぬんだ! 貴様は、仲間である他の異国の人間に対する見せしめなんだよ! 大罪にはそれ相応の罰が絶対不可欠なんだ! 分かったか!?」
一頻り怒声を上げた後、何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、彼は再び厭らしい笑みを浮かべてアデラを睨み付ける。
「いくら強がろうと……貴様が喘ぎながら死ぬ事に変わりは無いんだよ……」
冷笑いながらそう宣告すると、徐に背を向け――
「さぁ、お前達……カーティス様から直々のご命令だ。この女の身包みを剥がし、好きなように甚振り凌辱して……殺せ」
後ろで控えていた兵達に命ずるや否や、乾いた笑い声を漏らしながら、フラフラとその場から立ち去っていく。
残された兵達は、アデラを囲うようにしてじりじりと近付く。
彼女は好きにはさせまいと必死に抗おうとするが、何しろ手を拘束されていて、思うように動けない。
そして、口元を厭らしく歪ませた兵達の手が、彼女の身体へと伸びていった。
――――――――――――――――――
「クソッ!!」
帰ってきたショーンとジュノから、アデラの身に起こったであろう事態を聞かされると、アーサーは声を荒げ、壁に拳を力強く打ち付ける。
だがその怒りの対象は、カーティスや常磐兵では無いようだ。
「何て事だ……! 僕が無理にお願いしたばかりに、無関係な筈の彼女が命を散らしてしまうなんて――」
「少し落ち着け……! まだ彼女が死んだと決まった訳じゃないだろ?」
「カーティスを甘く見てはいけません……! 奴は例え無関係の人間でも、自分の害になると判断した者は、即座に排除するんです……! 武器も手にしていない状態で常磐兵に連れ去られたとなれば、最早彼女は――」
「だから、それは飽くまでも可能性の話だ……! 本気にして、他人の疝気を頭痛に病んでどうするんだよ……!?」
「ですが――」
アーサーが反論しかけたその時――
バンッ!
突然家の扉が勢いよく開けられる。
「誰だ!?」
「闖入とはいい度胸だな!」
反射的に構えるショーンとジュノだったが……
「……えっ?」
「嘘……だろ……?」
「な、何で……?」
そこに立っていた人物に、3人は驚愕の表情を禁じ得なかった――




