隠されざる2つの顔
「グゥゥガアアアァァァ!!」
暴漢以上の人ならざる者と化している男は、呻き声を上げながら、人間とは思えぬ程の鋭い爪で3人を無造作に斬り裂こうとしてくる。
しかし場慣れしている3人にとって、それを躱したり己の武器でいなしたりするのは造作も無い事のようだ。
そして、男が攻撃の効き目が無い事に動揺したかのような僅かな隙を見せたのを、3人は決して見逃さなかった。
「闇よ、引き裂け!」
ショーンが紫のオーラを放出して怯ませ――
「雷よ、貫け!」
ジュノが雷を纏った矢を放って動きを止めると――
「火よ、彼の者を燃やせ!」
アデラが棒の先端から火を放つ。
「オ……オオゴゴ……ゴ……!」
3人の属性魔法を受けた男は、苦悶の声を漏らしたかと思うと、次の瞬間肉体が小さな爆発を起こし、煙のように跡形も無く消失してしまった。
その様子に戸惑いながらも、3人は武器を収納する。
「何だ……? 案ずるより産むが易しというか……俺達じゃ役不足だっていうくらい、意外とあっという間だったな……」
呆気無い終わり様に、ジュノはキョトンとした感じで言葉を漏らす。
「でも今の消滅の仕方……明らかに人間じゃないわ……やっぱり魔物?」
「仮にそうだとして、何故街中に出現したんだ? 魔物は人間が多くいる場所に無闇に立ち入る筈は無いんだが……」
不可解な点にアデラとショーンが疑問を抱いていると――
「あの……」
近くの建物の陰から、薬師のような出で立ちの1人の青年が現れると、恐る恐るといった感じで声を掛けてくる。
「あなた達、さっきの暴漢を退治してくれたんですか?」
「退治というか……まぁ、そんなところかな」
「実は僕、その暴漢に今し方襲われ掛けたんです……辛うじて撒けはしたんですが、また襲われるかもと思ったら、恐怖で動くに動けなくてしまって……助けてくれて有難う御座います」
微笑みながら深々と頭を下げる薬師の青年。
「えっと……」
「あっ……すみません、申し遅れました。僕はアーサーと言います。この街で薬師の傍ら科学者として働いています。あなた達は?」
「私はアデラ。こっちの2人はショーンとジュノ。私達は【本物】を求めている、言わば旅人の集まりみたいなものよ」
「旅人さんですか……長旅ご苦労様です。あっ、そうだ。良かったら僕の家に来てください。すぐ近くですし、御礼と言ったら何ですが、軽食も御用意しますので」
「礼だなんて……俺達はそんな大それた事なんか――」
「僕が旅人さん達に御礼をしたいんです。ご遠慮なさらずに」
「どうする、アデラ?」
「恩を仇で返すような悪い人じゃないと思うのよね……実際襲われ掛けたって言っている訳だし……」
「お前がそう言うなら、俺も乗るぞ。ジュノ、お前もだろ?」
「……確かに、俺だけがハブられるのは癪だな」
「有難う御座います。では参りましょう」
薬師兼科学者の青年・アーサーに案内され、3人は彼の家へと赴く。
家の中に入ると、アーサーはすぐさま3人をテーブル前の椅子に座らせ、台所に立つや否や、慣れた手付きで調理していく。
そして、ものの十数分程度で完成した軽食を振舞う。
アデラが「これは何か」と問うと、街を流れる川の上流からの天然の雪解け水と、近くの洞窟で採取してきたというオウノスダケを使ったスープだという。
「どうぞ、召し上がって下さい」とアーサーに勧められ、3人は「いただきます」と言ってスープを一口飲む。あっさりとした口当たりだが、オウノスダケの出汁が利いていて、少々濃厚な後味だ。初めての味に、アデラは食い意地を張るように、次々とスープを口に運ぶ。
そんな中、彼女とは裏腹に、ショーンは食事の手を止めて「聞きたい事がある」とアーサーに問い質す。
「この街では、さっきのような暴漢がいつも現れるのか?」
「いつもという訳では無いんですが、神出鬼没というか……」
そこまで言い掛けると、アーサーは神妙な顔になり「実は……」と続ける。
「この街は事情があって、あまり治安が良くないんです。だから住民は皆、なるべく被害を受けないようにと、最小限の行動しか出来ていません」
「そのストレスもあって、街全体が張り詰めてるって訳か」
ジュノの言葉に、無言で頷くアーサー。
すると彼は、何かを思い付いたかのように「そうだ、折角だし……」と独り言のように呟くと、3人にある事を提案する。
「今日は家に泊まっていってください。丁度2階の寝室が空いているので」
「え? それは悪いわ。私達はこの後宿屋に泊まるから、お気遣い無く――」
「宿屋は街の中心部にあって、ここからはかなり距離があります。向かっている間に、またさっきみたいな暴漢が出没するかも分かりません。それに……」
「それに?」
「宿屋の主は治安の事もあって、この街の住民の紹介無しに、他の地域からの人を泊めてくれないみたいなんです」
「なるほど……大きなリスクを冒して宿屋に辿り着けたところで、門前払いを食らうのがオチって訳か」
「そういう事です……」
「累卵之危の状況か……最早打つ手無し――八方塞がりだな」
「仕方無いわ。お言葉に甘えて、今日はご厄介になりましょう」
止む無しといった感じのアデラに、2人も同調するしかなかった。
それから数分経って全員がスープを飲み干すと、3人はアーサーの案内で2階の寝室へ通される。
「今日は本当に有難う御座いました。今夜はゆっくり休んでいって下さいね。それでは、お休みなさい」
そう挨拶して、アーサーは1階へ下りていく。
特にすべき事も無いので、3人は灯りを消し、早めに就寝する。
――――――――――――――――――
深夜、全員が寝静まっている中――
「……時間だ」
玄関の向こう側から聞こえた男の声でアーサーは目を覚ます。そして手早く身支度をすると、音を立てないように家を出て行った。
だが、その際の僅かな音で、2階で眠っていたショーンとジュノも目を覚ました。
「ジュノ……」
「お前も聞こえたか……?」
「あぁ……それと共に、途轍も無く悪い予感も……」
「なら、行くしかないな……」
2人はベッドから下り、階段の方へと向かう。
ふとジュノの視界に、眠っているアデラの姿が入る。
「アデラはどうする……? 起こして連れて行くか……?」
「いや、人数が増えれば尾行し難くなる……得策では無いだろう……」
「分かった……」
2人は音を立てずに階段を下り、家を後にする。
だが、彼等は気付かなかったのだ……玄関の扉が閉められたのと同時に、アデラが目を覚ました事を――
――――――――――――――――――
「こんな夜更けに何処へ行くつもりなんだ……?」
「俺達にはあまり治安が良くないって警戒させておいて、当の本人は無防備でフラフラと外に出ていくなんて……言行相反にも程がある……」
ブツブツと愚痴を零しながらも、2人はアーサーを見失わないように尾行する。
彼は静寂に包まれた街の中を、何者かに操られ導かれているかのように歩き、近くの洞窟の中へと入っていく。
薬の材料の調達にでも行ったのかと2人は思っていたが、アーサーは暫く歩くと急に足を止め、壁の方を向いたかと思うと、そのまま壁をすり抜けるかのように消えてしまったのだ。
「壁の中に……!? どういう事だ……!?」
通常ならばどう考えても起こり得る筈の無い現象を目の当たりにした2人は、彼が消えた場所へすぐに駆け寄る。
「これは……」
するとそこには、人が1人やっと通れるかという程の割れ目があった。つまり、アーサーはこの割れ目の中へ入っていったという事になる。
「薄暗い洞窟内に、極狭の隠し通路か……これは分かり辛いなぁ……灯台下暗しを地で行っているってところか……」
「感心してる場合か、ジュノ……これで奴を見失ったら、この尾行も水泡に帰す事になる……急ぐぞ……!」
「急いては事を仕損じるぞと言いたいが……確かに、骨折り損の草臥れ儲けになる方がよっぽど御免だもんな……」
2人は慎重に且つ俊敏に、隠し通路への暗闇の中へ消えていった。
――――――――――――――――――
通路を進んでいくと、廃墟と化していると言っても差し支えない程に古びた研究所の内部と思しき場所に出た。
「如何にも表に出せない研究をしている場所って感じだな……薄気味悪い……」
「薄気味悪いのは雰囲気だけじゃないぞ、ジュノ……見ろ……」
ショーンが指差す先には、薬物が入った容器がずらりと並んだ小部屋。その中に、魔物と化した動物が、ホルマリン漬けの如く大量に瓶詰めにされている。
「何だよ、これ……! 趣味悪過ぎだろ……!?」
「ここに関連する者にとっては、貴重なデータとなる実験体なんだろうがな……」
「これの存在が、ゲオンバートの良くない治安と関係があるのか……?」
「断定は出来ないが、ほぼ間違い無いだろう……ん……?」
何かの気配を感じたのだろうか、ショーンがふと視線を逸らす。
「どうしたんだ、ショーン……?」
「微かだが、人の話し声が聞こえる……こっちだ……!」
ショーンに先導され、ジュノはその場を後にする。
暫く進むと、ある大きな部屋の前に辿り着く。ショーン曰く、ここから複数の人の話し声が聞こえるというのだ。
2人は近くの柱の陰に隠れながら、中の様子を窺う。
大きなテーブルを挟んで、アーサーが誰かと話をしている。
すると突然、彼は驚いた様子で声を上げる。
「何……!? リチャード、アレを使ったのか……!?」
「当たり前だろ? カーティス様を陰で蔑んでいた輩だ。天罰を下されて当然さ」
リチャードと呼ばれた、アーサーと似た衣装を纏っている男は、薄ら笑いを浮かべながらそう断言する。彼の言う【輩】とは、恐らく3人に襲い掛かった暴徒化した男の事と思われる。
「魔物に憑依されたって、街中で騒ぎになったんだ。これはアレの完成も間近って事だ。そうだろ、アーサー?」
彼等が口にする【アレ】の開発が最終段階に入っているという事で、リチャードは相当嬉しいのだろう、大口を開けて高笑いする。
――あの旅人さん達に襲い掛かったのは、やはり……
――このまま実験を続ければ、間違いなくこの街は終わりだ……
方やアーサーは、面従腹背といった感じで、心の中で葛藤の声を漏らしており、表情も全く穏やかではない。
「アーサー、俺達【常磐之理】の使命は重大だ。【磐薬】さえ完成すれば、俺達は文字通り磐石だ……! カーティス様の地位も揺るぎないものになる……!」
「……」
沈黙に陥っているアーサーには目もくれず、リチャードは饒舌に語り続ける。
その時、部屋の奥から何者かの姿が現れるや否や、2人は改まって、その者へ向けて深々と頭を下げる。
現れたのは、身長2m程の筋骨隆々の男。
緑色の軍服のような衣装を纏い、腰には重厚そうな剣を挿している。
数々の修羅場を潜り抜けてきた代償で失明したのだろうか、左目には黒い眼帯が付けられている。
彼こそがゲオンバートの領主・カーティスその人である。
「実験は順調に進んでいるのか?」
「はい、滞り無く。成果は上々です。磐薬の完成はもう間近かと……」
「そうか」
リチャードの嬉々とした報告を受け、顔には出していないものの、カーティスはかなり満足気のようだ。
すると、身形の良い使用人と思しき1人の若い男が、大きな肉の塊が乗った皿を手に入室してきた。
「カーティス様。ご夕食は質の良い猪肉をご用意しま――」
そこまで言い掛けた瞬間、男は何も無い筈の床で躓き、皿ごと肉を落としてしまう。パリンという陶器の割れる音が虚しく部屋中に響き渡る。
「し、失礼致しました! 直ちに片付けますので!」
「……」
手際良く後始末をする男を、カーティスは怒りを覚えたかのように蔑んだ目で睨み付け、徐に彼の許へと近付く。
「ラルフよ……貴様が私の下に付いて、随分と長い年月が経つな……」
ラルフと呼ばれた使用人の男は、手早く後始末を終えると、主の言葉に反応してスクッと立ち上がる。
「は、はいっ! 傭兵団長時代からですので、10年は下らないかとっ!」
「なるほど……」
するとカーティスは、懐から何かを取り出す。
それは透明な液体が入った小瓶だった。ラルフにアピールするかのように小瓶を軽く振ると、中の液体が僅かな音を立てて揺れる。
「この小瓶の中には、貴様のような役立たずを生まれ変わらせる薬が入っている。どんな軟弱なクズでも、一瞬にして鋼の肉体を得られる薬がな……どうだラルフ、貴様自身の身体で試してみたくはないか?」
勧誘するかのような柔らかな口調だが、その笑みには「貴様に使わないという選択肢など無い」という強制を含んだ禍々しさがあるようでもある。
その恐怖すら覚える笑顔に、ラルフはじりじりと後退りながら、震えているかのように、小刻みに首を横に振る。
「い……い、いえっ……! わ、私は……その……」
「ハハハハハ!」
突然カーティスは、瓶を持っていない方の手で目元を覆い、天を仰ぎながら哄笑する。何事かと思っているのだろう、ラルフは勿論の事、傍らで見ていたアーサーとリチャードも呆然としている。
「何をそんなに畏怖している? まさか本気にしたのか? 馬鹿正直者め……! これは未完成の試薬だ。大きなリスクを伴う未完成品を、大切な使用人に試させる訳が無いだろう」
「あ……あはは……で、ですよね……有難う御座います」
しかしカーティスは、徐に小瓶の蓋を開けると――
「……貴様が大切な使用人であれば、の話だがな」
突き放すように冷たく言いながら、ラルフの頭上に液体を振り掛ける。
「カ……カーティス様、何故――ウゥゥゥゥワアアアァァァァ!!」
ラルフが絶叫すると同時に、彼の皮膚が一瞬にして土気色と化し、目から魔物の如く赤黒い光を放つ。
「カーティス様!?」
「軟弱な役立たずは産廃として生まれ変わらせるのが道理だ……」
「グゥゥガアアアァァァ!!」
人ならざる者へ変貌したラルフは、呻き声を上げて部屋を飛び出す。
その様子を冷めた目で見届けたカーティスは、残された猪肉を手に取ってテーブルの上に置き、自分の席に座る。
「さぁ、我々は食事にしよう。お前達も今し方聞いただろう? 質の良い猪の肉が入ったのだ。遠慮無く食べるがいい」
「は、はい……では、い……いただきます……」
「すみません……私は実証実験の続きがありますので、これで失礼します……」
渋々といった感じで食事の誘いに乗るリチャードに対し、アーサーはその場から一刻も早く離れたいという気持ちの表れなのか、一切猪肉に手を付ける事無く、罰が悪そうな表情を浮かべながら退室する。
――――――――――――――――――
部屋を出たアーサーは、すぐ近くの柱の傍らに佇んでいるショーンとジュノの姿を見るや否や、困惑の表情を露わにする。
「な……何故あなた達がここに?」
「こんな時間に、お前が家を出て行くのを不審に思ってな、尾行させてもらった」
「……」
家を出た時からずっと見られていた事を聞かされ、アーサーは観念したかのように溜息を吐く。
「という事は、先程の事も全て見ていたと……」
「当然だ」
「そういう事でしたら……お願いがあります」
「何だ?」
「今し方飛び出していった使用人のラルフを――否、今となっては最早ラルフでもありませんが……どうか彼を見つけて黙らせてもらえませんか? このまま彼を放置すれば、いつ何処で誰に危害を加えるかも分かりませんから。そして事が済んだら、ここでの出来事は絶対に口外せず、そのまま僕の家に戻ってください。詳しい事は帰宅次第、僕の口から直接申し上げますので……」
アーサーはそう言い残すと、肩を落として通路の向こう側へと歩いていった。
依頼を受けた2人は、凶人と化したラルフを探す事に。
「走って行った方向からして、地下の方だな……」
「まだここから出ていなければいいが……」
「その依頼に、女は危険だから連れて行きませんって魂胆かしら?」
「「……!?」」
聞き覚えのある、透き通るような凛々しい女の声に、2人は同時に全身を強張らせながら目を見開き、声のした方へ顔を向ける。
そこには長い棒を背中に挿し、腰に手を当てて仁王立ちしている、銀髪の妖艶な若き女性が立っていた。
「ア、アデラ……!? お前何でここに……!?」
「女の勘――というのは冗談で……実際にはそれの御蔭」
そう言うと彼女はジュノを指差す。差された本人は一種の恐怖を覚え、反射的に身の回りを徹底的に手で探り回す。
すると、腰部辺りで手に何かが当たる。全体的に柔らかいものの弾力も兼ね備えている、何とも言葉にし難い感触だった。
手で掴み取って見てみると、それは小さな香袋のようだ。何故か下の方が僅かに綻んでいて、袋を振ると綻びから中身が少量零れ出る。
「お前……いつの間に……!?」
「目を覚ましたら誰もいなくて……でも、2階に上がる際にそれを付けておいて正解だったわ。御蔭でいとも簡単に尾行する事が出来たんだもの。まぁ、諜報まで出来たのは意外だったけど」
実は、アーサーに寝室を案内されている際、アデラはこっそりジュノの腰のベルトに香袋を付けていたのだ。ショーンとジュノが顔見知りの同士である事とゲオンバートの治安が芳しくない事で、2人が秘密裏に動く可能性を鑑みたのだろう。
ジュノが歩く度に香袋が揺れ、それによって綻びから中身が零れる――それを辿って行けば、2人が何処へ行ったか手に取るように分かるという訳である。
「諜報も出来たという事は……俺達がこれからどうするかも把握していると?」
「当然……!」
「何もかもお見通しか……俺達に拒否権は無さそうだ、ショーン……」
「……分かった。連れて行こう」
「それでこそ旅の仲間よ。感謝するわ」
アデラを加え、3人はラルフがいると思われる地下へと向かっていった。
しかし、部屋から出てきたリチャードが、そのやり取りの様子を見ていた事を、彼等は知る由も無かった――




