失う財、消えない財
「ううぅぅがああぁぁあぁああぁ!!」
断末魔のような雄叫びが上がると、巨大な悪魔は一瞬で消え、本来の人間としてのエドガーの姿に戻った。その時、彼の指から赤い光を発する指輪が外れ、アデラの足元に転がっていった。
「ああぁ……私の……私の指輪が……」
彼女がそれを拾い上げると「エドガーは最早用済みだ」と言わんばかりに、指輪はその光を鎮める。
「な……何という事……」
「もうお前は終わりだ。観念するんだな」
「……」
深手を負った身体を庇うように跪いているエドガーに対して、ショーンは完全降伏するよう迫る。
指輪をも失い、プライドさえも傷付けられ、最大級の侮辱を受けてしまったエドガーは、歯を食い縛って目の前の反逆者を睨み付ける。
するとエドガーは、1本の柱の方へ視線を逸らし――
「渡すものか……私の地位は……誰にもっ……!」
その方向へ全身を引き摺っていく。
「あの人……何をするつもり……!?」
「気にするな。あの満身創痍の状態で、打開策などある筈が無い。放っておいたところで、直に事切れる」
ショーンの冷たい視線を尻目に、エドガーは目を付けていた柱の許に辿り着くと、それの根元部分にある細くて小さな支柱に向けて徐に手を伸ばす。
「……っ!」
するとショーンは、何かの凶兆に勘付いたのだろうか――
「アデラ、逃げるぞっ!」
「えぇっ!?」
透かさずアデラの手を取り、一目散に地下通路へと逃げていく。
2人の姿が消えたのと同時に、エドガーは支柱を一気に取り払う。
その直後「ゴゴゴゴゴ……」という地響きのような音が聞こえ始めると、それは時間と共に大きくなっていく。
軈て頭上からパラパラと無数の礫が降ったかと思うと、大きな音を上げながら天井が崩落していくではないか。
そう……建物が倒壊を始めたのだ。
だがエドガーは逃げる素振りも見せず、壁に全身を預けて、その様子を不気味な笑みを浮かべながら眺めている。
崩れ行く己の権力の象徴と運命を共にする事を悟り、喜んでいるかのように――
「侯爵は、私だけの栄誉……この身死すとも……その地位は永遠に私の物……!」
それが瓦礫と化していく建物の中で、エドガーが口にした最後の言葉となった。
――――――――――――――――――
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
エドガーの道連れを回避し、命辛々屋敷から逃げてきたアデラとショーンは、森の出口付近で肩で息をしていた。
「危うく罠の餌食になるところだった……」
「ショーンが先導してくれなかったら、多分私――」
アデラがそこまで言い掛けた時、突然大きな地鳴りが2人の耳を劈き、同時に周辺の木々や屋敷が大きく揺れ出す。
「な、何……!? 何が起こったの……!?」
「ここまで影響を及ぼす、大掛かりな罠を作動したって事か……!?」
予想だにしなかった事態に、立っている事も儘ならない2人はその場に跪く。
暫くして揺れが治まると、2人は徐に立ち上がる。
「エドガー……一体次は何を考えてるんだ……? こんな周囲が恐怖を覚える程の地鳴りまで起こして――」
「ショーン、あれ!」
そう叫ぶアデラが指差す先には、森の奥から立ち上がる砂煙が……
「確かあの辺って……!」
「離れのあった場所だ……あいつ、まさか死ぬつもりで……!」
もくもくと上がる砂煙の中に時折見られる、装飾品の一部と思しき金粉は、その舞い上がる動きが、エドガーの亡魂が天に召されていくようでもある。
「財を成し、過ぎたる欲を晒す者は、己の財を以て身を亡ぼす……か」
「……」
大量の砂煙が延々と続いているのを、2人はただ見詰める事しか出来なかった――
――――――――――――――――――
それから4日が過ぎた――
エドガー侯爵の死により、彼に雇われていた兵士達は全員投降した。
シモアンティは、彼の悪政を阻止したショーンを新たな領主に迎え入れようとしたが、本人はこれを固辞。代わりに彼の伯父が領主を務める事となった。
彼は雇用情勢の改善や商売販路の回復等、エドガーの時代に失われたものを次々と復活させ、商売の街として活気付けていった。
そう……シモアンティは、文字通り【本物】を取り戻したのである。
そんな中、アデラはショーンに連れられて、シモアンティの街を一望出来る高台に来ていた。
そこには1基の墓標が静かに佇んでいた。
「ロジャー……」
埋葬されている嘗ての同士の名を零しながら、ショーンはそっと花を手向ける。
自身を裏切った者とはいえ、決して彼を憎んではならない、その死を忘れてはならない――と、アデラには彼がそう戒めているように見えた。
「富や名声以上に人の心を動かす物……お前に確と見せてやりたかった……」
唯一の心残りを噛み締めながら、同士の冥福を祈って黙祷を捧げる。
そして徐に目を開けると、アデラの方へ身体を向ける。
「アデラ……お前の力があったから、こうして【本物】のシモアンティを取り戻す事が出来た。感謝している」
「ううん。ショーンが【本物】を取り戻す事を最後まで諦めなかったからよ。だから私もあなたに同調して、一緒に目的を果たせた。それだけの事よ」
「だが、俺1人だけでは絶対に成し遂げられなかったのもまた事実だ。それに、1つの【本物】を見つけられたというのは、お前にとっての勲章で、胸を張って誇れる事だと思うがな」
「そうかもしれないわね……」
アデラはそう言うと、次なる目標へ向けて気持ちをリセットするかのようにウーンと伸びをして、フーッと大きく息を吐く。
「そうとなれば……また自分の力で探さないとね」
「もう発つのか?」
「うん。このクォージウスには、まだまだ私が追い求めるべき【本物】がごまんと存在している筈よ。それ等を私は、この目で確かめたい。だから、この旅はこれからも続けていくつもりよ」
「……そうか」
そう呟いたショーンの目は、何処となく寂しさを浮かべているようにも見える。
「短い間だったけど、いろいろと世話になったわね。これからは、伯父さんと一緒に【本物】のシモアンティを見守ってあげて」
「……」
顔をやや俯かせて難しそうな表情を浮かべるショーンだったが、アデラはそんな彼の様子を特に気にも留めずに――
「じゃあ……そろそろ行くわ。元気でね」
別れの言葉を零して踵を返す。
ところが……
「……なぁ、アデラ」
数歩進んだところで、ショーンが呼び止める。
静かに見送ってくれると思っていた彼女は、声が聞こえた事で足を止めて振り返る。その表情は、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのではと思う程ポカンとしている。
「俺は確かに【本物】のシモアンティを取り戻せた。だがさっきも言ったが、それはお前の助けがあったからこそだ。お前には大きな借りが出来た」
「借りって……私は貸しを作った覚えは無いわ」
「それに……お前が【本物】を求めて旅を続けるなら、1人でも探し手は多いに越した事は無いだろう」
「えっ……? それって……」
「その指輪が紡いだ縁だ。お前の【本物】探しの旅、俺も同行させてもらうぞ」
「えっ……? えぇっ? ええええええぇぇぇぇぇ!?」
まさかの帯同宣言に、アデラは素っ頓狂な声を上げる。
「ちょ……ちょ、ちょっと待って……! 私と旅をするって……! じゃあ、シモアンティの事はどうするのよ……!? これからより良い街にしていくんじゃないの……!? それを伯父さん1人に任せっきりにするつもり……!?」
「伯父貴ならきっと大丈夫だ。俺はそう信じている」
何処からその自信が来るのか、アデラにはいまいち理解出来なかった。だが、彼がこのままシモアンティに残るつもりが無い事は、その力強い視線からも明白だ。
「俺の勘では、この先に待ち受ける壁は更に大きく厚くなる。1人では乗り越えも突き破れもしない程の巨壁がな。ならば俺が、お前がその壁を越える為の踏み台にも、打破する為の砲丸にもなってやる。それに、お前の言う通り、このクォージウスに存在する【本物】は、何もシモアンティだけじゃない。俺も自分の視野を――世界を開いていかなければならない……お前の悪いようには絶対にしない。だからアデラ、俺をお前の長旅に同行させてくれ。俺に多くの【本物】を見せてくれ……この通りだ、頼む」
珍しく深々と頭を下げて懇願するショーン。
アデラは彼の頑なな姿勢に少々困惑している様子である。
――信念を揺るがせずに貫き通せば……
――必ず共鳴し、助けとなる者が現れよう……
しかし、あの時頭の中で聞こえた言葉を思い出すと、彼女は目から鱗が落ちたような表情を浮かべ、右中指に嵌められた指輪を見詰める。
ショーンの言う通り、これは指輪が紡いだ縁によって齎されたのかもしれない――彼女はそう強く感じた。
そして、小さな溜息を吐き――
「踏み台や砲丸だけじゃなくて、属性魔法の師匠としても動いてもらうわよ?」
そう言い放つと、ショーンは目を見開きながら徐に顔を上げる。
「さっき世話になったって言っちゃったけど、前言撤回よ。これからもいろいろと世話になるわ。改めて宜しくね、ショーン」
「アデラ……恩に着る!」
再び深々と頭を下げるショーン。その姿が面白かったのだろうか、アデラは思わず小さく吹き出す。
「フフッ……それじゃ、改めて行くとしますか」
「あぁ、勿論だ」
2人は次なる【本物】を求めて、その場を後にする。
高台に吹き付ける柔らかな風を浴びながら――
これにて【第1章 強欲を授かりし者】終了です




