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14話 ギャップ


 負傷したシスター・ペルフェを首都ニラグルで有名な医師の所へと運び込み、すぐに治療を施して貰った。命に別状は無いが、腕機能がしっかり回復するか経過を見る為にとしばらく泊まる事になった。また襲われる可能性も捨てきれないので、常に護衛が一人は病室で待機する必要があるだろう。


「だったら、明日私からパナエス先生に人を回してくれるよう頼みますよ」


 デニスがそう申し出たため、ロゥは深々と頭を下げた。ペルフェの屋敷には、腕の立つ使用人が少ないらしい。先日の襲撃事件もあったし、もっと警戒して欲しいものなのだが。


 この日はもうペルフェは目を覚ましそうに無かったため、私達は行く宛ての無いカタリラを連れて屋敷に帰る事にした。道中、苛々が爆発寸前のイオーラを宥めるのに苦労はしたが、なんとか穏便に帰宅する事が出来た。

 ドスドスと音を立てながら階段を上がって行くイオーラと、フラフラと居間に入り体を休めるデニスを横目に、カタリラは物珍しそうな表情で屋敷の中を見回した。


「へぇ……良い所に住んでるんだねぇ」

「間借りさせて貰ってるだけだよ」


 その相手がケリクツトの第一王子だとは口が裂けても言えない。


「そういえば、私の矢を跳ね返した黒髪ロン毛と、金髪の強そうな兄さんもいるんだろ? もう寝てるのか?」

「あぁ……旅に出ててしばらく帰って来ないの。――カタリラはお腹すいてる? 軽食なら用意出来るけど」

「あぁ、食べる食べる」


 ミィノが用意しておいてくれた野菜入りのパイをカタリラに出しながら、私はお茶を飲むのにお湯を沸かす事にした。

 またしても椅子の上で胡坐をかきながら、カタリラはパイを咥えながら残念そうな顔をした。


「ロン毛に、矢を弾いた手品の解説でもして貰おうと思ったのになぁ」

「零れてる零れてる」


 彼女が口を動かす度に、パイの皮がぽろぽろと床に落ちていく。行儀作法とは全くの無縁の彼女が、スラムから出た後大丈夫かと少し心配になってしまった。


「カタリラは、お世話になる難民の方は決まったの?」

「……あぁ、うん。酒場で働く事になったよ。私の世話をするカッサのおばはんも、元々店をやってたらしくてさ。一緒に働いて、金が貯まったらまた店を開きたいんだって言ってた」

「へぇ! いいじゃない。私も客として行きたいから、お店の場所教えよ」

「……気が向いたらね。そんな事より、旅ってどこに行ったのさ? いつになったら戻るんだい?」


 カタリラはもうパイを食べ終えてしまったらしい。両手についたパイのくずを盛大に払い落とすので、後から床掃除をしなくてはならないだろう。

 私は茶葉を投入したティーポットにお湯を流し入れながら、彼女の質問に答える。


「ちょっとやる事があってね……まぁ、あと五カ月くらいかなぁ」

「五カ月か……へぇ……随分長い事離れるんだね。アンタ、あの兄さんと恋仲なんだろ? 浮気とか気になんないの?」

「へ? ――あっつぅ!」


 その発想は無かった。あまりに想定外の発言過ぎて、私はうっかりポットのお湯を溢れさせてしまう。指にかけたりはしていないが、蒸気で軽い火傷になってしまった。


「ドジだなぁ。……で? 気になる? どうなんだ、教えてくれよ」

「意外と食いつくね……。いや、今の今まで気にしてなかったし」


 そう、本当に気にしていなかった。そもそもの旅の内容を考えれば、健康や怪我の事の方がよっぽど心配だ。――しかし、改めて言われてみると変に意識してしまうのも事実だった。

 

「本当のところは?」

「……いや、大丈夫……大丈夫な、はず……多分」

「そんな自信無いのかよ、情けない」

「なんでカタリラにそこまで言われなきゃなんないのよ……」


 私はお茶を淹れた二つのカップをテーブルに置き、自分の分のパイを手に椅子に座った。退勤後にバタバタと出かけていたので、かなり疲労を感じている。


 そして、浮気だとかの心配は金輪際しない事にしようと心に決める。信じるだとかの前に、今の状態の彼に首輪を付けようなんて無謀な事を考える方が胃に悪い。どうせやるなら、全部終わった後でにしよう。――じゃぁ今のうちに浮気し放題なのかと問われれば、それは決して容認出来ないのだが。


 複雑な心境でパイに齧り付いていると、この話の発端である少女がふぅっと軽い溜息を吐いたので、『溜息を吐きたいのはこっちだよ』と言いそうになった。


「やっぱりさぁ……無理だよなぁ、するよなぁ、浮気……」

「しないってば!!」


 私が声を荒げてテーブルを叩いたので、紅茶の水面に激しく波が立ち、隣の居間からはデニスが「何事ですか?」と様子を見に来た。私は平謝りで彼には気にしないでくれと言った。


「そ、その人の性格によるでしょっ! あとは信頼関係とか……それと……隙を作らせない……? とか……?」


 語るに落ちるとはこの事だ。恋愛経験がほとんど無い私が、浮気防止策なんてものを提示出来る筈がないのである。どうやらカタリラにもそれが伝わったらしく、彼女は半笑いでこちらを見ている。


「一応聞かせなよ。隙を作らせないって、例えば?」

「参考にするつもりが無いなら聞かないで……」


 それにしても、カタリラがこんな話を振ってくるのは本当に意外だ。私は半分冗談で、


「近い将来、恋人と離れる予定でもあるの?」


 と聞く。すると彼女はぐっと体をテーブルに乗り出させ、私の顔をじろじろと眺めた。そして、何かを話したそうに口を開けたが、「……いや、やっぱいいや」と肩を落とす。

 恐らく、私にまともなアドバイスが出来ないと踏んだのだ。失礼な。


「気になるから話してよ。気の利いた事を言えるかは分かんないけど」


 カタリラは短めの茶色の髪をくるくると指に巻き付け、眉を寄せた。元々相談がしたくての話題振りだったのだろう、さほど時間を置かずに彼女は唇を尖らせながら話し始めた。


「……別に……なんだ。恋人とかってわけじゃないけどさ……ルーオの馬鹿がババアの援助を受けずに、首都を出て傭兵団に入るって言い出して……。付いて来るかって言われたんだけど、アタシはこっちに残りたいし……断ったんだよ」

「へぇ……ルーオは、こっちに残りたがると思ってたけど。スラムの仲間達と離れたくなさそうだったし」

「そうなんだよ、急に心変わりしちゃってさ。なんか、スラムでもニラグルでも無い所に一度行ってみたいんだと」


 そう言うと彼女はごくごくと音を鳴らしながら紅茶を一気に飲み干した。

 つまりルーオは、カッサからの難民と共に国の援助を受けながら生活していくのでは無く、自分の力で生きる方を選んだと言うわけだ。勿論それも選択肢の中に存在するし、度胸のあるルーオならきっと傭兵団でもやっていける。見聞を広めたいと言うのなら、それも良いだろう。

 しかし、彼は元々スラムに固執していた。今後は立て直しの手伝いをやるのだろうと私は予想していたのだが、気が変わったのだろうか。


「何かあったの? スラムで」

「……ババアの援助で、病気の奴らは郊外の病院に、ガキ共は孤児院に行って、残った奴らは少しずつカッサの難民の奴らと組んで出て行った……だから、スラムの住人はかなり減った筈……なのに、なんでか住人が……日に日に増えてる様に感じるんだ」

「えっ」


 怖い話だろうか、と私は一瞬身構える。するとカタリラは呆れたと言わんばかりに、「違う」と呟いた。


「難民問題のごたごたに紛れて入ってきやがったんだよ。どこから来たのかは知らないけど、当たり前の様にスラムで生活を始めてさ。不気味で仕方ないったら」

「……!」


 これが、ノアスミルの言っていた『スラム閉鎖の裏での怪しい金の動き』に関係する事なのだろうか。どこから来たのかが分からない者達が、すぐ近くで我が物顔で生活している……元々の住人にとっては恐怖でしか無いだろう。


「ルーオがババアに伝えようとしていたのも、多分これさ。……あいつが外に行きたい理由とは関係あるかどうか分かんないけどね」


 空になったカップをいじくりながら、カタリラは頬杖をつく。そうだった、ルーオが首都から出て行くと言う話だったのだ。スラムの新しい問題も気になるが、それはルーオやペルフェを交えてしっかり考えたい。

 

 それにしても、先程カタリラは私とドンがしばらく会えないと言う話を聞いてすぐに“浮気”と言う言葉を連想していたが……。そこで私はハッと閃いて彼女を真っ直ぐに見た。


「えっ、二人って付き合ってたって事!?」

「ちっげーよバーカ」

「そ、そういう話の流れじゃないの……?」


 若い子の考えている事が分からない。そしてどうして私の周りには口の悪い人ばっかり存在しているのだろうか。


「……はぁ。ルーオが言って来たんだよ。『金を貯めて経験を積んだら帰ってくるから、スラムの仲間と一緒に住もう』って。……いや、それは別にいいんだけど。分かったって返したら、『一緒に住むなら、夫婦になるって事だから』とか言い出してさ……だから、なんだ? この状態って……別に恋人ってわけじゃないし……」

「うーん……婚約者、とか? それにしてもややこしいね……普通に付き合っちゃダメなの?」

「だってアタシ、ルーオの事を男としてなんて見てないから。あっちも絶対そうだろうし」

「……そ、そうなんだ?」


 幼い頃から苦楽を共にしてきた仲間、という想いが強いのかもしれない。パートナーとしてはお互い意外考えられないけれど、特に異性としては見ていない……とか、その辺りだろうか。しかしそれはカタリラ目線の話であって、ルーオがどう思っているかの本当のところは分からないが。


「いますぐ男として意識しろって言われても無理だけど、離れてる間に別の女のところに行かれたら、それはそれで腹立つだろ? だってあっちが夫婦とか言い出したんだから」

「う、うん……」

「体の関係だけなら許すのかって話もあるけど、それも却下だ。でも、アタシがルーオの相手をするのは現時点では論外。男兄弟と関係持つみたいな感じよ、アタシからしたら。吐き気しかしねーわ」

「なるほど……?」

「んで結局、アタシらみたいな曖昧な関係でどっちかが他に男なり女なりと親密な関係になったら浮気になんのかね? てか浮気ってどっから浮気だと思う? そこんとこどうよ?」

「…………あの、カタリラ」


 私は一度椅子から立ち上がり、テーブルを迂回してカタリラの横に立つと彼女の両肩を掴んだ。


「ごめん……やっぱり、何も助言してあげられそうにない……」


 私にはこの手の相談はハードルが高かったらしい。

 目の前の少女はきょとんとした表情で私を見ていたが、そのうち私のその手をぽんぽんと優しく叩いた。

 そして彼女にしてはやたらと優しい声で「いいんだよ」と声を掛けられる。それは哀れみなのか慰めなのか……聞こうとも思わない。


 



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