13話 情報②
シスター・ペルフェの屋敷に到着する。しかし普段の静かな雰囲気とは違い、ランタンを片手に辺りをうろつく使用人の姿が見えた。
「ロゥさん! シスター・ペルフェは……」
その中に、よく知っている女性を見かけて私は話しかける。すると頭部に花を咲かせたペルフェの秘書は、ランタンの灯りだけでも分かるほどに顔色を悪くさせながら私を見つけると駆け寄ってきた。
「サクラさん……! ああ、あの……シスターが帰ってこないのです。どこかで見かけられませんでしたか……? そ、それとも今日もまた呼び出されてここに……?」
「シスターがいない? いえ、私は会う約束をしていませんが……」
以前この屋敷が襲撃された時の様に、普段は冷静沈着なロゥが心を乱してしまっている。まだ深夜と言うわけではないのだが、ペルフェがこの時間まで帰宅しない事はそれほどまでに珍しい事なのだろうか。
「落ち着いて下さい。誰に誘われて夕食にでも出かけられているのかもしれませんし……」
「そうなのですが……今日は昼から、スラムの住民との話し合いに出かけられておりまして……先日の様に何かあったのでは、と……」
「!! ……あの、ロゥさんは今から探しに出かけますか……?」
「えぇ……話し合いの会場は把握しておりますので。今、表に馬車を用意して貰っています」
「だったら、私達も一緒に行きます……!」
私とイオーラとデニスは、ロゥと共に馬車に飛び乗った。話し合いの会場はスラム街に近い、少し寂れた場所にあったようだ。ロゥが同行していない事が不思議だったのだが、彼女は難民問題の事務仕事が山積みでとても動ける状態に無かったと言う事だ。
孤児院の会計係を担当する、小人のカンマニが代わりに同行してくれていたので多少帰宅が遅くても気にしていなかったのだが、流石に会議終了予定時刻から三時間経っても帰って来ないので心配になってきたらしい。
「なんでカンマニさんが一緒に行かれたんですか?」
「何度説明しても、『当面の生活費を出せ』と声を荒げる住人が絶えなくて……シスターが工面して、少しだけ用意出来るよう手配が整ったのでそれの説明です」
「やっと国が本腰を上げてくれたって事ですか?」
確か、ツフト共和国の政治家達はスラム街の閉鎖に消極的だと、ペルフェが嘆いていた筈だ。予算がもっとあればもっと楽に進められるのに、といつも愚痴を言っている。
しかしロゥは渋い顔で首を横に振った。
「いえ……上は相変わらずです。なので、シスターが個人でお持ちの土地を売って、その金を作りました。……元々その土地は、シスターが引退後に孤児院の子ども達の手習い場を作ろうと用意していらっしゃったものでしたが……」
無念だと言わんばかりに、彼女は声を小さくしていく。それを聞いていて、私達も口を重たくしていった。
これだけ彼女が手を尽くしているのだ、一カ月後の閉鎖の日を何事も無く迎えて欲しい。しかし、ノアスミルからの情報が頭をよぎる度に、悪い予感が加速していくばかりだった。
「ロゥさん……実は、」
私は、何故ペルフェの屋敷を訪れたかを馬車の中で説明した。勿論ロゥは『スラム街への不審な金の流れ』と言う点に驚愕の表情を見せていたのだが、イオーラとデニスは別の点が気がかりだったらしい。
「ちょっとサクラさん……そんな怪しい記者の話、聞いてませんよ」
「そうなのよ! 私だってさっき出掛けに聞いたばかりだったし! なんでそんな重要な事言わないのか理解に苦しむわ!」
「ご、ごめん……」
ノアスミルの取材は確かに鬱陶しかったのだが、今の所実害は無かったので屋敷の仲間達には伝えていなかったのだ。しかしどうしても『ペルフェに何の用事なのか』と言う事を説明する為には彼の存在を伝える必要があったので、私は心配した二人に集中砲火を食らってしまった。まぁ二人……と言うよりは、主にイオーラからなのだが。
「どうせ定時連絡でリーダーに報告もしてないんでしょ!」
「う……してない……」
「何の為にやってんの!? 普段と変わった事を報告するのに連絡取り合ってんじゃないわけ!?」
「その通りなんだけど……大した事ないのに心配させるのもどうかと……しかも出発してからそこまで日も経って無いしさ……」
「大した事になるかどうかはその時には分かんないでしょっ!」
「はい……」
イオーラがすっかり説教モードになってしまって、私は体を縮めて謝罪するしかなくなった。いつになったら彼女の怒りは収まるだろうかと考えながら、ふと窓の外に目をやる。
その時、視界に捕らえた人物を見て私は運転手に向かって声を張り上げた。
「停めて下さっ……! うわっ」
「ちょっと何よ急に……」
しかしロゥの方が私よりも早くそれに気づき、運転手に停止を伝えていたところだったらしい。何度か車体を揺らしながらも馬車は停まった。
何事かと動揺するイオーラとデニスに、私は手早く伝える。
「家の陰に、カタリラが……」
「はぁ?」
「あ、そっか。イオーラは会った事無いんだっけ……いや、それは後で。とりあえず降りよう」
馬車を降りると、先程の場所で茶髪の鋭い目つきの少女が警戒するようにこちらへと体を向けていた。彼女は私とロゥに気が付くと、急かすような動作で手招きをする。彼女に付いて行くしか無いだろう。デニスには馬車の周辺を警護して貰う事にし、私、イオーラ、ロゥの三人はカタリラの後を追った。
カタリラは、ただでさえ人気の少ない路地裏の、奥へ奥へと小走りで進んで行く。ここはスラム街では無い……が、どことなくそこに似た気配を感じた。
辿り着いたのは石造りの集合住宅が集まり、風が通り抜け難い一角。そして、アパートとアパートの間に身を隠す様に、私達が探していた初老の女性が座り込んでいた。
「シスター!」
「あぁ……ロゥ、探しに来てくれたのね……サクラさんまで……」
真っ先にロゥが駆け寄ってシスター・ペルフェの体に触れるが、ランタンの灯りで何かを確認し「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。どうしたのかとロゥの手元を覗き込むと、ペルフェが自身の右手で押さえている左上腕が鮮血に染まっていた。止血はしてある様だが、布が血を吸いきれずに染み出してしまっている。
血の赤に対してペルフェの唇は真っ青で、呼吸も浅くなっている様だ。急いで手当をしなければ。
「すぐに馬車に乗せましょう……! イオーラはデニスさんを呼んできて! あと、カタリラは付いて来て貰っていい?」
「はぁ……面倒だけど仕方ないね……」
イオーラに呼ばれて走ってきたデニスと共にペルフェを馬車に運び、私達は医者の元へと急ぐ事にした。ロゥはペルフェの手を握って彼女の名前を呼び続けている。
馬車の中に寝かせると、安堵からかペルフェは気を失ってしまった。冷静さを欠いているロゥに代わり、私が状況の確認をする事にする。
「カタリラ、ごめん。何があったか教えてくれる?」
「……今日の話し合いは金が手に入るってのもあって、そこそこいい感じで終わってさ。まぁそれでもやっぱり喧嘩腰の奴もいるから長くなっちゃって。疲れたからアタシ達も大人しく帰るつもりだったんだよ。ただ、ルーオの奴が『ちょっと気になる事がある』とか言い出してババアを探し始めてさ……」
“ババア”とはシスター・ペルフェの事だ。ロゥがぎろっとした目でカタリラを睨んでいるが、本人はそ知らぬふりである。
「なかなか見つからなくてね。ようやく発見したと思ったら、ババアは誰かと口論してるのが見えたよ。何を話していたかまでは分かんないけどね、結構長い事話してた。……それで、アタシとルーオが出そびれてる間に、ババアがその“誰か”と取っ組み合いになって……止めようとしている間に、左腕をナイフか何かでブッ刺されたんだ」
「その、誰かって……結局顔は……?」
「多分、スラム側の誰か……だとは思う。けど、ローブみたいなので顔も体も隠していたし、アタシ達にもそんな事をする仲間に覚えが無い」
「……適当な事を言ってるに違いないわ。シスターを襲撃した実行犯の言葉を信じろと……?」
「ロゥさん……信じ切れない気持ちは分からなくもないですが、カタリラは正直に話してくれていると思いますよ」
カタリラの言葉を信用ならないと吐き捨てたロゥに私がそう声を掛ける。渋々といった様子でロゥは顔を背けて口を堅く閉ざした。
「アンタは相変わらず馴れ馴れしいねぇ……」
「……そう言えば、ルーオはどこに行ったの? シスターが刺された時には現場にいたんでしょ?」
「ルーオはその相手を追って行ったよ。足ならアタシの方が早いんだが……先に飛び出して行っちまったんでね。えらく怒ってたよ。ババアがやられたのがよっぽど気に入らなかったみたいだ」
「そう……ルーオまで怪我しなければいいけど」
するとカタリラは人を小馬鹿にした様に鼻で笑い、「心配いらないよ」と言ってその場にあぐらをかいた。そして背もたれに体を預けると、腕を組んで目を瞑り始める。
「カタリラ……?」
「どうせ今何を話しても、そこの花女は信じないだろ? 何回も同じ説明をするのは嫌なんでね、ババアが起きてから話す事にする」
「だからって寝なくても……」
しかし彼女は目を開ける様子は無い。どうやら本当に、続きはペルフェが起きてからにするつもりらしい。その自由な様子に私は諦めから深々と息を吐いたが、私の隣では銀髪の少女が怒りでぷるぷると体を震わせていた。
「何……っ! ちょっとアンタ! どういうつもりよっ!」
「……なんだよ、このクソガキ」
「こんな事になってんだから、ちゃんと説明するのが筋ってもんでしょうが! その態度、何様のつもりなのよ! しっ、しかもアンタだってガキじゃないの!」
「今言ったろ後で話すって。ちゃんと聞けよバーカ、そのでっけぇ耳は飾りかよ」
「なんですってぇ!? うあっ」
イオーラは動く馬車の中で立ち上がろうとして、天井に頭をぶつける。その様子を見てカタリラが腹を抱えながら大きな声で笑い、イオーラの怒りは益々大きくなっていく。
私はこのままではやばいと思い、咄嗟に二人を仲裁しようとした。
「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて……」
下手に首を突っ込むと悪化すると分かっているはずなのに、何故気の利いた事も言わずに割って入ってしまったのか。私はその後しばらく後悔する事になる。
「サクラは私が落ち着いて無いって言いたいの!?」
「ぴーぴーうるっせぇなクソエルフ! 馬車から叩き落すぞ!」
「はぁ!? なんでアンタにそんな事言われなきゃなんないのよ! ていうかアンタは何なの!? どこでサクラと知り合ったのよ!」
小さな空間で繰り広げられる口喧嘩は、医師の元へ辿り着くまで止む事は無かった。時間にすれば数分か十数分の話だったのだろうが、あまりの居心地の悪さにその時間は猛烈に長く感じらる。甲高い少女二人の声は、私達に激しい頭痛をもたらすのであった。




