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11話 8月1日


 ドン達を見送ったその日、休みを取っていた私は子ども達と久しぶりにのんびりと過ごした。明るい時間には、庭の草むしりをしながら虫や草花の観察や水遊びを楽しんだが、時々全員が黙ってしまうタイミングがあり、そんな時には昨日までと比べようが無い程寂しい静けさを感じた。


 彼らが長旅を無事に過ごし、私達は出来るだけ平和に半年間を送る。今はただそれだけを願うとしよう。



 夜。子ども達とイオーラが眠り、私は自室にて次の日の仕事の準備をしていた。明日からイオーラ一人に四人の子ども達を任せる日々が始まってしまうが、それでは彼女も大変だろう。出来れば子連れ出勤にしようかと考えている。一気に全員は連れて行けないので、一人か二人ずつ連れて出勤したい。明日にでも孤児院の他の職員にお伺いを立ててみようと思っていると、それまでは普通にしていた筈なのに急に強い眠気に襲われた。


「ん……ちょっと休憩しようかな」


 大体の準備は終わっていたので、私はベッドに横になって少し目を閉じる事にした。昨晩は結局遅くまで起きていたし、今朝の見送りは早朝だった。寝不足と疲労で一度倒れた身としては、明日からの仕事に備えて休息をたっぷりと取っておくべきだろう。



 深い闇の底へと誘われるような眠気――既視感を覚えつつも、私は抗う事は出来ずに体を睡魔に委ねた。





***





「ハイ、お疲れ様でーす。今日でちょうど五カ月。試用期間が終わったので契約更新の手続きに参りましたー」


 辺り一面真っ暗な空間に、握りこぶし程の光の球が浮いている。よく見てみれば、その光の中にはブロンドの長い髪と可愛らしい顔立ちの、小さな小さな少女が見えた。


「……お久しぶり」


 私が異世界に召喚された際に出会った妖精、名前は確か……メルキュール、とか言ったっけ。前回は夢だと思っていたから、彼女の話をまともに聞いていなかったので、今回はしっかり聞き逃しの無いようにしなくては。

 しかし何故彼女がここに現れたのだろう? そして今、何か唖然とするような事を言った気がする。


「試用期間……?」

「そう。世界間の転移の場合、その世界ごとの暦のズレを利用して“試用期間”を設けているの。依頼主と本人の間に契約内外に齟齬が発生していたり、一方的な召喚によって早々と帰還したがる人もいるからね。“渡航法”によって、今この場で貴女が契約を解消したい場合は、依頼主といかなる契約を結んでいたとしても一旦白紙。元の世界の8月1日に戻してあげる」


 私があっちの世界で最後に過ごしたのは、確かに8月1日だった。しかしこちらの世界に来た時には3月1日だった。つまり、あちらとこちらでは五カ月のズレがあったと言う訳だ。


「ちょっとよく分かんないんだけど……過去に来てたって事……?」

「それは違うわ。星の暦の問題で、元々五カ月分ずれているの。だから、もし元の世界に戻してあげる場合は確かに、“貴女を過去に戻す”事になる。ただ、貴女がいない間に起こった事象を変える事は“時間法”に触るので、行動に制限はつくけどね」

「……それ、メルキュールがするの……?」

「私の名前、覚えていてくれて嬉しい! ……だけどそんな事、一介の妖精に出来るわけ無いわよ。主に時の女神の仕事になるわ。色んな段取りとか、神たちの調整が必要だから、異世界からの留学生は数年に一度しか呼べないの」

「……」


 この子達が縛られている“決まり事”がたくさんあるのは分かった。そしてそれを決めたり調整したりしているのは、神と呼ばれる存在と言う事も。

 そして彼女はその決まりに則って、私に『元の世界に戻るか』と聞いていて、もしも『YES』と答えれば、私は散々な目にあったあの8月1日に戻る事になる。信じ難い話ではあるが、今の私はその“信じ難い”をいくつも知ってしまった上でここにいる。


「……もし、ここで『戻らない』と答えた場合って、こっちに永住出来るの?」


 全てを踏まえた上での私の質問に、メルキュールは笑いながら首を横に振った。


「まさか! 渡航の期限は人によって違うけど、長くて大体三年くらいよ。この場で『残る』と選択した場合は、貴女が契約内容を全うしたと上が判断するまで、こちらの世界で過ごす事になるわ」

「“上”って……」

「私の上司。転生と転移の神よ」

「なら、こっちの世界に残る方法を貴女は知ってる?」

「……知らないけど……何? 永住したいって事? はー、珍しいニンゲンもいたものねぇ……まぁ、たま~に、残りたがる変人もいるけど……」


 その“変人”とやらには、札山彦助も含まれるのだろうか?

 

 いやそれより、転生や転移と言ったものを司る神の直属の部下ならば知っていると思ったのだが、当てが外れた様だ。もしかしたら本当にそんな方法なんて存在しないのかもしれない。やはり、“魔王の素体”と名乗る彼との約束に賭けるしか無いのだろうか。


「……ま、いいわ。とりあえず契約続行って事でいいのよね?」

「契約って……依頼主との方じゃなく……貴方との直接契約の方って事よね?」

「私とのって言うか……私の上司との、ね。貴女と依頼主との契約は続行中でしょ?」


 依頼主――つまり、ドンの事だ。


「いや、そっちはもう解消済みで……」

「あら、そうだったの? まぁそっちは対外的に結んで貰ってる契約だから、解消しようが今となってはどうでもいいんだけどね」

「は?」

「……いや、何でもない。ハイじゃあ、継続って事でここにサインをお願いね」


 何でもないわけあるか。どう考えても口を滑らせたに決まっている。

 私にサインをしろと出された紙は、特に新しい契約書の類では無いらしい。ただ単に試用期間の終了と契約続行の説明を受けたかどうかの確認の書面のようだ。いつも思うが、この世界にペーパーレスと言う考え方が生まれる日は来るのだろうか。


 しかし、“試用期間”というものは、召喚された側にとってのメリットだけで存在しているわけではあるまい。もしも一般的な会社の雇用における試用期間と同じ様な考え方であれば、私の振る舞いがこの世界に適さなかった場合は、解雇……つまり、元の世界に帰されていたと言う事も考えられるわけだ。


 それにしても、なんとタイミングの悪い。もしもこの契約延長の話があと一日でも早ければ、ドンやクロに今の話を詳しく聞かせる事が出来ただろうに。……いや、違う……召喚された日にちが元いた世界の暦とずれている事をもっとよく考えておけば、今日に何か起こるかもと予測は立てられたはず。私のミスだ。


「“試用期間”の説明って、私やドン……依頼主に聞かせた?」

「あら鋭い。いいえ、わざと聞かせてないの。この期間の中で、貴女と人となりを確認する必要があるからね。五カ月間大人しくしていて、その後暴れて世界を無茶苦茶されたら困るって事みたい。依頼主にしても、五カ月で帰るかもって聞かされたら、召喚に消極的になっちゃいかねないでしょ?」

「私はともかく……依頼している方は大金を渡しているんだから、五カ月で帰られたらたまらないんじゃないの」

「その場合は、お金も半額返す事になってるのよ。……それじゃ、そろそろ帰って貰って大丈夫よ」


 私は軽やかに手を振るメルキュールの体を慌てて捕まえた。一応、潰さないように細心の注意を払って。

 それでも彼女は命の危機を感じたらしく、顔を青ざめさせて自分の体をぎゅっと抱きしめている。


「ちょっとちょっと! 危ないじゃないの!!」

「ご、ごめん……あと少し待って! もっと色々聞きたいの、この世界の事……」

「うー、駄目! あんまり色々しゃべると私だって怒られるんだから! ……すでにもう減給かもしれないけど」

「えぇ~……」


 彼女は『もうこれ以上話す事は無い』とでも言いたげに、口を結んでそっぽを向いてしまった。無理強いするわけにもいかないので、私は彼女の体を解放する。まだこの世界にいる時間は残っているだろうし、自分で調べていくしかないだろう。


「ホントに変わってるわね……私からしたら、貴女の住んでいた世界の方が、よっぽど面白いと思うけど」

「面白い……? かな」

「面白いわよ! こっちは秩序の女神が目を光らせてるけど……あっちは違って放任だもの。あそこのニンゲン達って、もう救いようが無いってくらい堕ちていったかと思いきや、いつもギリギリで這い上がってきて……見ていてとっても面白いわ」


 そう囁くメルキュールの声色は、恍惚とした甘い響きを抱いていた。彼女の趣味に理解は到底追い付かないが、世界の映り方は人それぞれなのだろう。


「その言い方だと、見ていて面白いの範疇であって、住みたいのとは違うでしょ?」

「ああ、それもそうね!」


 暗闇の中に光を灯しながら笑うその顔に、私は初対面の時とは違ったうすら寒いものを感じる。もう得られる情報が無いのであれば、この妖精との会話は終わりにしたいと日和った事を思ってしまった。


「じゃぁ、もうこれで話はお終い?」

「ええ、ごめんなさいね。呼び出して」


 呼び出して、と言う事なのだから夢とはやはり違うのだろう。

 そしてメルキュールは最後に、私に一つの問いかけをした。




「……“家族ごっこ”は楽しかった?」

「え……?」




 暗闇から突然眩い光が溢れ出し、私は思わず目を閉じる。光の中で、軽やかな笑い声だけが聞こえた。そして訪れる浮遊感……そこで、強制的にとも取れる不自然さで私は意識を失った。





***





「サクラ様……サクラ様、起きて下さい」


 綿毛のような柔らかい声が私を呼ぶ。


「今日、お仕事ですよね……? そろそろ起きられた方が……」

「はっ!?」


 がばりと勢いよく体を起こした。私のベッド脇にいたのは、屋敷の雑用を担ってくれている鳥人のミィノだった。

 私は布団も被らずに熟睡していた様だ。日本と比べればさほど気温は上がらないものの、夏なので特に問題は無いのだが。


「いっ、いっ……」

「大丈夫です、朝食を取る余裕くらいはありますから」


 『今何時!?』と聞こうとして焦りのあまり言葉にならなかったが、ミィノがしっかりと全てを把握してくれていて助かった。

 私はミィノに礼を言って、着替えをする事にした。そして同時に、昨晩の契約の事を思い出す。召喚妖精メルキュール……彼女の存在は、私にとって大きな手掛かりになるかもしれない。


「神……か」


 私は元々さほど信心深い方では無かった。しかしこの世界の人々にとっては違う。契約の神ハネプが降臨し、この大陸ではその名前を取って暦を数える様になったのはさほど昔では無い、たった150年前の話なのだから。

 カッサ王国から迫害されてきた、ハネプ教徒。そしてツフト共和国で主に信仰されているのは、秩序の女神ピムグーニャ。その辺りをヒントに、クロの事を調べていくのも悪くは無いかもしれない。


 私が一人でうんうんと頷いていると、少し焦った表情のミィノが部屋から退散しようとしながら改めて声を掛けてくれる。


「さ、流石に急がないと遅刻してしまいます……っ」

「! そうだった!」


 とりあえず思考は後だ。私は慌てて身支度を済ませると、朝食をかき込んで出勤した。






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