10話 見送り
「リーダー……このケーキ、エル達とママで作ったの」
「クロ! これお守りね! 怪我しないでね!」
「ロンドお姉ちゃん、絵描いたから見て!」
「これ、あげるー」
エル、オルレリ、カント、キルンがそれぞれに自分達が用意した品々を渡している。キルンはアルクに、庭に咲いている花を摘んできたらしい。
「うわぁん、ありがとうございますぅ……」
ロンドがすでに半泣きで、それを見ていると笑いが零れた。飲み物に酒でも混入していたのではないかと思う程、早々に感極まってしまっている様子だ。一応ノンアルの筈だ。子ども達が寝るまでは。
とうとう、四人が出発する前日。
今夜はオルレリが先日言っていたように、『いってらっしゃい会』と称した集まりをしている。屋敷の他の住人は気を利かせてくれて誰も居間に寄りつかない。私、ドン、ロンド、アルク、イオーラ、三つ子とキルン、そしてクロ……おなじみのこのメンバーで楽しいひと時を過ごしている。
私も、流石に今日と明日はなんとかして休みをもぎ取って来て、朝から準備にいそしんだ。
「皆で写真でも撮れればいいのにねぇ」
わいわいと過ごしている中で私がそう呟くと、イオーラがくるりと振り向く。
「あぁ、ソマランにあったわね……カメラ、だっけ?」
思わず座ったまま少し前のめりになる。札山彦助はどれだけたくさんの物をソマランに残してきたのだろうか。私はすぐにあの国を出てしまった事を後悔し、近いうちにまた一度訪れたいと思った。
「あー……こないだドンが行ったんだから、借りて来て貰えばよかった……」
「そんなにいい物なの、あれって」
「なんて言うのかな……光景をそのまま紙に印刷しておけるんだよ。折角なら思い出に残しておきたかったなって」
「ふーん」
この説明では上手く伝わらなかったのもあってか、イオーラはさほど興味を抱かなかった様子だ。私は目の前のチーズケーキにフォークを刺しながら「今度実物を使わせて貰おう」と言った。
楽しい時間はあっという間に過ぎていったが、『いってらっしゃい会』と言っても特にやる事は無い。いつもより少し豪華な食事を用意し、子ども達がプレゼントを渡し、食後に居間でトランプによく似たカードゲームをして遊ぶ……その程度の、ささやかなものだ。しかしきっと、その場にいる全員がこの時間を愛おしく思っていたに違いない。
「んう……」
先ほどから船をこき続けていたカントがとうとう私の膝に頭を預けてきた。キルンはとっくに眠っていて、エルはしきりに目をこすり、オルレリの目は半分閉じている。
「オルレリ、エル。二階で寝よっか」
「ん~……やだぁ、まだ遊びたい……」
「うう……」
二人とも抵抗するがかなり眠気が強いらしく、ほとんど体に力が入っていない。アルクとイオーラが立ち上がって、子ども達を運ぶと申し出てくれた。しかし、
「や! ママ寝るの!」
と、オルレリが急に大声を出し、その際にドンが抱えていたキルンの体がびくりと震えた。
「しーっ。キルンが起きちゃう」
「ママと寝るっ、ママと寝るっ!」
「分かったよ、そうしようね」
私がオルレリに頷いてカントを抱えると、イオーラが何か言いたげな目で私を見始めた。もしかして、オルレリに拒否された事を気にしているのだろうか。
「……夜中は、私がこの子達見てるから」
「え? 別にいいよ? イオーラもたまには一人で寝なよ、私のベッド使っていいからさ」
「いいから」
「え……?」
イオーラの主張に私が小首を傾げていると、キルンとエルを抱えたドンが苦笑しつつ「気が利き過ぎるのも考え物だぞ」と言って子ども部屋に向かった。
私もカントを抱えたまま空いた手でオルレリの手を引いて、彼に続く。
「イオーラって私達の事……気づいてる?」
「みたいだな」
「……だよねぇ」
やっぱり彼女に黙っているのは無理があったかと感想を抱きつつ、だからって子ども達が寝てから二人になれるようになどと気を回されるのは流石に恥ずかしい。ドンも恐らく同じ気持ちだろう……いや、長年面倒を見てきた分、彼の方が複雑かもしれない。
「ほれ、ついたぞ。寝ろ寝ろ」
「うーん……」
私はカントを、ドンがキルンとエルをベッドに寝かせる。エルはまだ起きていたらしく、「ママ―……」とか細い声で呼んだので、私は彼女と添い寝をする事にした。
「オルレリも一緒に入る?」
「んー……リーダーでいいや」
「“で”ってお前……」
今にも夢の中に落ちていきそうなオルレリの隣にドンが座る。オルレリはあくびを漏らしながら、彼の手を握っている。
「リーダー……」
「ん?」
「……本当の、ママと……パパは……どうして死んじゃったのかな……」
「……」
彼女の言葉に、私の隣にいるエルが少し体を動かしたので、落ち着かせる為にその頬を軽く撫でる。オルレリに限らず、この子達が本当の両親の事を口にするのは珍しい。
オルレリのとろんとした声色とは反対に、ドンがその表情や声を固くしているのが分かった。
「会いたいよな」
「……うん」
「…………ごめんな」
ウルヒムと三つ子とキルンの親達は、『不滅の灯』と同盟を結ぶのに協力的だったらしいが、運悪く密会現場をカッサ王国軍に見つかって殺されてしまったと聞いた。残ったゴブリン達はその事件を機に同盟を白紙に戻して姿を消し、親を亡くしたこの子達だけがあの村に残された。
面倒を見始めた頃、何も分からない赤ん坊だったキルンはともかく、ウルヒムや三つ子達は夜中に泣いて両親を求める事はよくあった。しかし、日中にこの事で泣いたり喚いたりする事は一度も見られなかった。彼らの子ども時代の時間経過が私達よりもずっと早いから、と言うのも一つの理由かもしれないが――私はこの子達の矜持の様なものだと思っている。
「……すぅ」
気づけば、オルレリもエルも穏やかな寝息を立てていた。彼女達を起こさないように、私とドンは静かにベッドから離れる。
「どうして……か。……俺にもよく分かんねぇんだよな……」
「え……?」
子ども部屋の扉を静かに閉めながら、彼は遠くを見るような目でそう言った。階下からは楽しそうな笑い声が聞こえて来て、早速ロンドが酒を飲み始めたのだろうかと微かに心配になった。
「どこから情報が漏れたのか、どうして拘束では無く問答無用で攻撃されたのか……そして、あの状況で俺だけが無傷で帰還出来たのは何故か……未だに答えが出ねぇ」
「……攻撃してきたのは、カッサ王国軍なんでしょ?」
「旗が見えたんだよ、カッサの国旗が。……ただ、今となっては自信が無い。“多分”の域を出ないんだよな」
「なるほど……」
その事件が起きたのは、私がこの世界に来る一か月前……つまり、半年ほど前の話なので、もはや確かめようは無い。ドンは『この話は終わりにしよう』と言いたげに頭の後ろを少し掻いた。
「……チビ達の事、出来れば連れてってやりたかったが……。あちこち行くのは全部落ち着いてからだな」
「そうなんだ。うん、色んな所に連れて行ってあげたいね」
「まぁ、俺が……」
『俺が』の後に続く言葉を、彼は切った。言わんとしている事は分かっている。しかし仮に続けたとしても、私が返す言葉は決まっていた。だって、『それだけはさせない』と心に誓っているのだ。
彼はバツが悪いのを誤魔化そうとしてか、私の後頭部で束ねている髪をいじり始めたので、その手を取りながら「聞かなかった事にしてあげる」と笑いかけた。
待っている戦いでドンが生き残る事――ドンだけでなく、子ども達もロンドも、出来れば他の仲間達も……そして、私も。それだけは、譲れないし、譲る気も無い。
***
早朝に、屋敷の住民のほとんどが門の前で見送りに出て来た。
子ども達はまだ眠そうにしてはいたが、皆にしばらく会えないのは分かっていたので不平不満を一言も漏らさずにその場に立っている。
「ソマランの二人がいるから、通信機のバッテリーの事は気にしなくても大丈夫だな」
ドンがそう言うと、今さっき合流したばかりの男女のドワーフが「少しは節約しろ!」と声を張り上げた。朝から元気な事だ。ドワーフ達はこちらの通信機のバッテリーも入れ替えてくれたので、しばらくは持つだろう。もしも切れそうになったら、ソマランへ交換して貰いに行く手間が必要だが。
「状況が変われば、早く戻ってくる。あと、ツフト側で何か危険な事があれば迷わずに誰かを召喚して呼び戻せ、いいな?」
「わかった……なるべく、そんな事は無いといいけど」
「勿論だ」
ドン達は荷物や状況の最終確認を終え、これ以上の伝言は無いかと全員に聞いている。ミィノやデニスが挙手をして、ドンに駆け寄って行った。
私とイオーラと子ども達は、この間に残りのメンバーに言葉を掛ける。
「ロンド、本当に気を付けてね?」
「はいぃ。サクラさんもぉ、あんまり無理しないで下さいねぇ」
いつも長袖にローブを着こんでいる彼女だったが、流石に暑くなってきたのだろうか。今日は珍しく軽装で、真っ白な腕がちらちらと見えていた。彼女に夏が越えられるのかと、旅とは別の所が気になった。
「おっ、俺……っ、ちゃんと役に立てる様に頑張ってきます!」
アルクは気合十分なようで、朝から張り切っていた。しかし彼にしばらく会えない事で、三つ子とキルンはかなり寂しがっている。べたべたとくっついて離れようとしなかった。
「……もし何かあれば、アルクの事を呼んじゃうかもしれないけど……ごめんね?」
「いいえっ! た、頼りにして下さい……っす」
「いつも頼りにしてるよ?」
「そっ、う……ですか……? へへ……」
獣耳をぴこぴこと動かしながら、アルクは柔らかい笑顔を見せてくれた。彼は、初めて会った時より一段と体が大きくなった様な気がする。頼もしいのだが、張り切りすぎて大きな怪我をしないかが心配だ。
「クロ」
「うん?」
「……クロの事、色々考えてみたんだけど……まだ、完全には分かっていなくて。もしも何か分かったら、定時連絡の時に教えるね」
「ありがとう。……しかし、我は今とても落ち着いておる。気負う必要は無いから、母上は自分の事に専念してくれ」
「そう……? でも、私も気になるから、少しでも調べてみるよ」
「うむ、頼む」
クロは馬車のすぐ近くに立っていた。こちらもロンドと同じく、今日は珍しく軽装だ。そしてロンド以上に肌が真っ白で、今にも貧血などで倒れるんじゃないかと冷や冷やする。
イオーラはアルクとクロに色々と小言を寄越さなければ気が済まないらしく、説教の様に話し続けていた。口を挟もうとしたアルクが一段と大きな声で怒鳴られていて不憫だ。
そうこうしているうちにドンが屋敷の住人からの伝達を終えたらしく、馬車に乗り込む様にロンド、アルク、クロの三人に言った。
「リーダーぁ……」
今の今まで元気にしていたはずの三つ子が、目に涙をにじませた。兄と姉達の様子を見て、キルンまでつられてぐずり出す。そんな四人の頭をドンが力強く撫でた。
「お前らは強いから大丈夫だ。……サクラとイオーラを助けてやってくれよ」
「はぁい……」
「イオーラは、ちゃんと息抜きしろ。たまには屋敷の他の奴らに助けて貰え」
「……分かってる。リーダーもね」
もしかすると、イオーラも泣きそうなのを我慢しているのだろうか。よく見ると彼女は不自然に天を仰いで、拳を握っていた。私はそんなイオーラの華奢な背中をそっと撫でるが、泣きそうなのは私も同じだった。
「……サクラは…………昨日も話したし、いいか」
「よくない!」
それなのにドンのおふざけにより、涙も引っ込んでしまった気がする。確かに他にギャラリーがいては、何かを畏まって伝えると言うのも恥ずかしいだろう。その気持ちは分からなくもない……が、多少気の利いたセリフの一つや二つないものだろうか。
「あー、待て。そうだなぁ……」
「はぁ……ちょっと」
「ん?」
本当に思いつかないらしく、あろう事か腕を組みながら言葉を探し始めてしまったので、私はドンに少しこちらに耳を貸す様にとジェスチャーで伝えた。彼は不思議そうにしつつも、私の口元に耳を寄せる。
私は両手で彼の顔周りを隠しながら、頬に軽くキスを送った。
「……お餞別」
「お、おぉ」
ドンが目を丸くさせている姿はなかなか貴重だ。忘れないようにしておきたい。
その後私達はごく軽い抱擁をしてからすぐに体を離し、別れの言葉を交わした。
「じゃ、元気でね」
「ああ……サクラも」
ドン、ロンド、アルク、クロは8月1日にツフト共和国の屋敷から旅立った。この世界に来てから、一番暑い日の事だった。




