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7話 カウントダウン②


「つまり、サクラが言いたいのは……“『何かに干渉されている』から、“素体”やクロの意思に変化が起きた”のではなく、“『これまで強く干渉されていた』が、それが解けて変化が起きた”……そういう事だよな?」

「うん……」


 私の頭に浮かんだ仮説をドンに伝えると、彼はクロをじっと眺めながら腕を組んだ。精巧な石像にしか見えないクロは、ベッドに大きく沈み込んでいる。


「サクラは……変化が起きたとすれば、“いつ”、だと思う?」

「……まずは、前の魔王の封印と今回の魔王誕生の間。でもそれは400年も間があるから原因を見つけるのは難しいね……それから、クロが五歳くらいの姿だった時、つまりゴードル王子やソマランの元国王と話したりしていた頃と、最近のクロではかなり違った雰囲気だったよね。その中間……十歳くらいの姿だった頃に、自分の事に関係する本ばっかり探すようになった。あの辺りは変化が大きかったと思う」

「体の成長に合わせて、精神面が変化しただけって事は無いか?」

「そっか……それは否定できないよね……」


 思春期は一人の大人として自立する為の、自分を確立させる大切な時期だ。クロが読書に傾倒し、『自分を知ろう』としていたのは時期を見ても必要な行動だったのではと言える。必ずしも要因が外にあったとは断定出来ない。

 

「なら、クロが目覚めた時にその辺りをもう一度確かめるか。一時的な心の変化だったのか、『要因があって』変化が見られたのかをな」

「うん」

「……しかし、少なくとも400年前と今回では大きく違うのは事実。その部分については……離れている半年の間、俺とクロでも理由を探してみる」

「そうして貰えると助かる……ありがとう」


 話が大方まとまったところで、私達はクロの部屋から出る事にした。普段通りであればクロの石化は半日程。明日の朝には成長した彼の姿が見られるだろう。


 部屋から出て薄暗い廊下、階段と進みながら、ドンが静かな眼差しでこちらを見た。


「クロの為に調べてやるのはいいとして……アイツとの口約束の方は、あんま期待しすぎんな。約束が守られるかも、本当にそんな願いを叶える権利が得られるかも分からんねぇ。ここに残る為には、別の手段も探した方がいいだろう」

「でも……都合よく見つかるかな」

「分かんねぇ。……でも、まぁ……そこまで気にすんな。もしも見つからなくて、サクラが強制的に帰されちまっても、お前があっちの世界で俺の事を魔法で呼んでくれたらいいだけの話だ」

「! それって……」


 驚きのあまり私はうっかり階段を踏み外しそうになり、慌てて手すりを掴んだ。ドンが少し焦りながら「あっぶねぇな」と口にする。そう言われても、足を滑らすほどに衝撃的な一言だったのだ。


 私が階段を降り終えたのを見届けると、ドンは無言でさっさと居間の方へと行ってしまった。褐色の肌なので分かり辛いが、ほんの少し頬が赤いような気がする――ああ、どうやら彼も少なからず照れているらしい。


 その言葉は素直に嬉しかった。あまりに嬉しくて、胸がきゅっと締め付けられ、同時に目頭が熱くなってくる。

 ただ……私はきっと、その状況になった時に彼を召喚する事は出来ないだろう。彼にこの世界の全てを捨てさせる程の価値を、私一人だけに見出せないからだ。だからやはり、彼の傍にいたいなら私がここに残る必要がある。


「……折角、言ってくれたのにね」


 彼の誠実な想いに、安堵出来たら良かったものを。

 なんでこんな面倒臭い奴なんだろう、私は。





***





 明け方、雨風が窓を強く叩く音で目が覚めた。空には暗い灰色の分厚い雲が、絶え間なく風に流され続けている。庭には葉がたくさん落ちていて、天気が落ち着いたら皆で掃除をしなくてはいけないな、と思った。

 着替えを済ませた時、どこかの部屋の窓が風で開いてしまったのだろうか。どこかで『バンッ』という強い音が聞こえた気がした。確かめる為に私は廊下へと出る。


「キルン達泣いてないかな……」


 私はまず子ども部屋を確認しに行ったが、まだ時間が早いのもあって全員ぐっすり眠っているようだ。見ればアルクの足首がベッドから出てしまっている。この部屋のベッドは少しサイズの小さなものだったのだろうか? 早急に交換するか、彼を一人部屋に変えてあげなくてはいけないだろう。


 子ども部屋の扉をそっと閉めて、私は音を立てた窓を探す事にした。もしかしたら勘違いかもしれないが、本当に開いてしまっていては後々掃除が困る。


「あ、ここかな?」


 廊下を歩いていると、風の音が鳴る部屋があった。それは、昨日訪れたばかりのクロの寝室だった。まだ石化したままならば窓が閉められない。私は一応ノックをしてから扉に手を掛けた。


 案の定クロの部屋には雨が侵入してしまっており、窓際に設置されていたベッドは、窓が開いたと思わしき時間からそう経っていないのにも関わらず、水が滴りそうな程に濡れてしまっていた。

 

 ただ想定外だった事と言えば、一人の青年がその悪天を迎え入れるようにして、開かれた窓の前で佇んでいた事であった。


「く、クロ……?」


 私の呼びかけにこちらを向いたのは、白い肌に、紅い瞳、そして烏の濡れ羽色の長い髪を持つ長身の美青年。しかしその表情は寝起き独特のぼんやりとしたものだった。


「あぁ……母上、おはよう」

「お、おはよう。って……窓閉めなよっ! びしょびしょじゃない!」

「んむ、そうだな……」


 そう返事をしたものの、彼は未だ動こうとしない。目覚めたばかりで覚醒しきっていないのだろうか。

 仕方が無いので私は窓に近づいて、彼の代わりにそれを閉じる。風が強い為、かなり力を必要としたがなんとか閉まった。シーツやマットは急いでどこかで乾かさなければ、夜になっても使えまい。


「もう、髪も体も濡れちゃって……早く拭かないと風邪引いちゃうよ……?」


 近づいて、改めて彼の姿を視界に入れる。

 間違いなく、ネフカロン地区や『不滅の灯』の村で見た“魔王の素体”の彼と同じ見た目だ。しかし彼はもう少し儚げな雰囲気を持っていた印象だったが。


「母上……脱げぬ」

「んん? 本当だ。これはちょっと難しいね」


 昨日の姿の時の服のままだった為、現在のクロには小さすぎる。ブラウスが上手く脱げずに四苦八苦している様だったので、諦めてハサミで切ってしまう事にした。


「動かないでね……?」

「ああ」


 少し勿体ないが、白いブラウスにハサミを入れていく。結局三週間程しか着て貰っていないが、彼の場合は分かっていた事だ。今は、彼が無事成長して目を覚ました事を喜ぼう。

 切り終わってて布を取り払うと、ブラウスに負けず劣らずの白い肌が目に入って私は慌てて目を逸らした。いくら短期間での育ての親とは言え、まじまじと見るのは失礼だろう。服の準備をうっかり忘れてしまっていたので、タンスからブランケットを取り出して彼に手渡した。

 しかし、こんなに近くにいる筈なのに、ふと感じるクロとの距離。赤ん坊の姿の時とは違ってここ最近は抱きしめたりもしていなかったのに、急に遠くに行ってしまったかのような喪失感。これは、なんだ?


「……?」

「フッ……とうとう、切れたらしい」


 クロは、私と己とを交互に指す。それはきっと、出会った頃から私達を繋いでいた見えない糸の事を言っているのだと気づいた。


「そっか……そう、だね」


 クロと出会ってからもう四カ月程が経とうとしていた。栄養と魔力を渡す糸が無くなったのなら、それが表す事実は一つだ。そう、クロはたった今、完全な姿でここに復活したのだろう。

 私の、短すぎる子育てが一つ終了した訳だ。一番小さかったクロが今では親離れとは、なんとも寂しい限りだ。

 それであれば、掛ける言葉は決まっている。


「おめでとう、クロ」

「……母上」

「本当によかった……寂しいけど、ホッとしたよ」


 私がクロの両手を握ると、彼は満面の笑顔で応えてくれる。“素体”の彼とは全く違う、クロだけの表情だった。


「母上……今まで、本当にありがとう。こんなに温かな気持ちで、この日を迎えられるとは思わなかった……」

「……ッ」


 なんだここは、結婚式の親族控室か何かだろうか。ほんの数カ月の子育てでも胸にくると言うのに、これが二十数年育てて結婚して親離れ……となったら、間違いなく泣いてしまう。


「……改めて、母上に伝えるべき事がある」

「なに?」


 クロは私の手を握り返す。その手も、昨日までとは違って一回り大きくなり、関節もはっきりしていた。


「我は……当初の作戦通り、魔王軍の先頭に立つ。だがそれは、利用されているのでも、“魔王”としての意思でも無い。ましてや、自分で無い“誰か”がドンと結んだ契約の為でも、無い」

 

 低い声が小さな部屋に力強く響いている。

 

「魔王と呼ばれる者が何を言うのかと笑われるかもしれんが……。我は、この世界を救いたいのだ。それには、暴走するカッサ王国を止めなくてはならん。ドンの見立て通り、今に大陸全土を巻き込む無秩序な戦争が始まるだろう……出来れば、否、その前に止める。必ず」


 そう言い切ったクロの姿は、少し前まで「自分は何なのだ」と苦悩していた彼と同一人物だとは思えない程に堂々としていて、あまりに輝かしい。そして、心の底から誇らしかった。……これは、私の思い上がりだろうが。


「勇者は……どうする?」

「……母上には悪いが、今はあまり興味が持てぬ。あんなに、『倒したい』と思っていたのに……。もしも勇者が我らの邪魔をするのなら、対峙する事もあろう。……その時には戦うまでよ」

「うん。……それでいいと思う」


 きっと、それが自然な姿なのだ。

 

 誰がどう見たって、“魔王” らしくは無いだろう。しかしそれが、クロなのだ。この四カ月の短い期間の中、旅をしながら仲間達と健やかに育った彼が出した結論なのだ。私は、彼の答えを尊重したい……そう、心から思った。



 そしてクロが完全な姿になったと言うのなら、同時に迫るのは――半年間の、別れ……だ。




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