6話 カウントダウン
シスター・ペルフェの屋敷が襲撃されてから一週間が経ったその日の夕方に、クロが寒気を感じたかのように体を震わせた。それから、「次の段階に入るらしい」と短く宣言して自分の部屋へと足早に向かって行った。そっと様子を見に行くと、ベッドに横になった姿のまま石化しているクロの姿がそこにあった。この石になった状態のクロを見るのも、これで四回目だ。子ども達も慣れたもので「クロ、また石になっちゃったねー」と、カントがのんびりと笑った。
丁度その時、元『不滅の灯』メンバーの私達は全員揃っていた事もあって、クロの姿を見ていれば自然と“例の”話になった。
「……クロは、次は完全な姿でのご登場なんだろうな」
ドンが最初に口を開き、私は「多分ね」と返した。大体クロの見た目の成長は、ニンゲンで言うところの4、5歳ずつ上がってきていた。今が14、15歳程の姿だったので、次の次があるとは考えにくいだろう。
「クロちゃんが目覚めたらぁ……すぐに旅立ち、ですかぁ?」
「えっ、ロンドお姉ちゃん。どこか行っちゃうの?」
「あぁぅ……」
ロンドの問いに、話を聞いていたエルが不思議そうな表情で訪ねて来た。そう……オルレリ、カント、そしてキルンはまだこの話を知らない。
「良い機会だよ。ちゃんと教えてあげよう」
私がそう言うとアルクとイオーラは戸惑いを露わに、ドンとロンドは神妙な表情になった。しかし、いつまでも引っ張っていても仕方が無い。どうせあと数日で分かる事だし、三つ子は私達の話をかなり聞けるようになってきた。ゴブリンは成長が早い。気が付けばこの子達も、三つ子は私が初めて出会った時のウルヒムと同じくらい、キルンは当時の三つ子より少し小さいくらいの姿になっていた。
「そうだな……」
ドンはその場に屈み、四人の子ども達に視線を合わせた。あまり良い話では無いと悟ったのか、オルレリが話し出す前からすでに首を勢いよく横に振り始めている。
「あと少ししたら、俺とクロ、ロンド、アルクの四人でちょっくら旅に出ないといけなくなる。お前ら、留守番頼めるか?」
「……」
三つ子はぽかんと口を開いて、キルンは私の顔を不思議そうに見上げた。キルンはかなり静かな子に成長した。出会ったばかりのエルよりも話さず、しかしオルレリの様に人懐こい。
暫くの間、彼らは沈黙していたが言葉の咀嚼が完了したのだろう。オルレリとカントが叫ぶのは同時だった。
「やだーーーーーー!!」
「声がでけぇよ」
「だってー! なんでー!」
私が仕事で忙しくなると告げた時と同様に、オルレリが一番暴れている。「なんで」「どうして」とドンに殴りかからん勢いで攻め立てている。
ドンはオルレリの手を取ると、彼女を真正面から見つめた。普段と違うドンの様子に、子ども達はその場で固まった。
「約束したからな、お前らの父ちゃんや母ちゃんと。お前らの本当の国を取り返すって」
「本当の……国?」
「そうだ。しかしそれには準備がたくさん必要だ。だからしばらく出かけてなくちゃいけない」
「……みんなで一緒に行きたい」
「危ない場所だから連れて行けないんだ。その日の寝る場所も、食べる物も見つからないかもしれない。必ず帰ってくるから、ここでサクラとイオーラと一緒に待っていてくれ」
「う……」
ドンの言葉を覆すのは無理だと、オルレリも、エルとカントも分かっているのだろう。彼らはほとんど同時に、静かに泣き始めた。しばらくすると目を覆いつつ一斉に私の足元へ縋りついてきて、スカートを涙と鼻水を濡らしながら体を預けて嗚咽を漏らす。私は「よしよし」と、彼らの背中を順番に撫でていった。
「リーダー、バイバイ、するの?」
「おう、キルン。ちゃんと帰ってくるから安心しろよ」
「うん」
キルンを抱き上げてドンが口にした言葉に、三つ子は泣き声を一層強める。
それにしても、『家族がバラバラになるのは悲しい』のだと彼らが体全体で示してくれる事は、何よりも慰めになる気がした。現実が許さなくとも、みんな本心では離れたくないと思っているのだ。そしてその証拠であるが如く、子ども達が「いやだいやだ」と私達の分まで泣いてくれている。
そして三つ子は次第に泣きつかれてしまったのだろう。その場に腰を下ろした私の膝や足を枕替わりにして眠り始めてしまった。まだ夕飯前だと言うのに少し困った事になった。ちゃんと起きて食べてくれるだろうか。
「……泣かさない様に、なるべく早く戻らないとっすね」
三つ子の寝顔を覗き込んだアルクの呟きに、ドンとロンドは大きく頷く。それは、私の望みでもあった。
「三つ子ちゃん、居間のソファに運びましょうかぁ。ご飯が出来たら起きてくれますよねぇ」
「うん。ありが、と……」
ロンドはエルを、アルクはオルレリとカントを抱きかかえてクロの部屋から出て行く。イオーラと、キルンを抱いたままのドンも後に続こうとしていたが、私がその場から動こうとしないのを見て足を止めた。
「サクラ、どうしたの? 行かないの?」
「え、いやその……ううん、行く、けど……」
「?」
行くと言いつつも動かない煮え切らない態度の私に、イオーラが怪しい物を見るような目で見てくる。するとドンが、キルンをイオーラに預けながら外へ行くよう促した。
「……イオーラ、キルン連れて先行っとけ」
「は? ……分かったわよ。キルン、行こ」
「あーい」
「ご、ごめんね。イオーラ……」
意外とあっさり納得してくれたイオーラは、じっと私の顔を見ていたが諦めた様に扉を閉めた。この部屋には、私とドン、そして石化したクロの三人だけになった。
「……どうした、何かあったか」
「ううん。クロの様子、もうちょっとよく見ておこうかと思って」
「へぇ。……それは、サクラの意思か? それとも、“誰かからの依頼”か?」
私の指先がぴくりと震える。彼は、いつから気づいていたのだろう。
「両方だけど……うん。そう、だね。先にちょっと、聞いて貰っていい?」
言わなくてはいけないと思いつつ、なかなか口に出来なかった事がある。それは、“魔王の素体”を名乗る男との口約束の内容だった。
勇者と魔王の決着後、勝った方には一つだけ願いを叶える権利が与えられる。そして私は、“素体”とクロの両方からその権利を使って良いと言われている……と。
そして叶えたい内容は、『この世界に留まれますように』と言う一点だけ、だと。
説明を終えると、ドンは「なるほど」と口にしながらクロを見やった。石になってしまったクロは何も返さない。
「もっと早く言えよな。人には隠し事はもう無いかとか聞いておいて……」
「そうなんだけど……ソマラン王国の事でタイミングを逃して……その後は、もしも駄目だったらとか思うと言えなかったの。変に期待させたくないし……」
「はぁ……」
ドンは後頭部をガシガシと掻きつつ、大きくため息を吐いた。しかし黙っていた事はこの場では不問にしておいてくれるらしい。クロを親指で指しながら私に聞く。
「それで、解明できそうなのか? “魔王システム”とやらは」
「疑問に思う所ならたくさんあるけど……解明まではなかなか……」
「さっきの話の通り、クロが最終形態になればこの屋敷を出る。ヒントを得るまでの時間は限られてるぞ……。少し、整理してみたらどうだ?」
「う、うん……」
私はこれまでクロと共に過ごしてきた中で、気になっていた事を挙げてみる事にした。
まずは、私とドンがネフカロン地区で目にした魔王……今は“魔王の素体”と名乗っている男の事だ。
「彼の持つ雰囲気と、クロの性格が結びつかない。だから、あっちの魔王は、自分を“魔王の素体”と言うべきかもしれないって言ってた。でも……」
「“魔王”らしい意思の芽生えが無い事か? 俺も気にはなっていた。世界に対する、恨みや憎しみだとかの感情が生まれない……それは、母役がサクラだから。あいつ、俺にもそう言っていたな……しかし、それは栄養を受けているクロなら分かるが、もしも本当に“素体”ならばおかしい話になる」
そうだ。これまでの魔王にはそういった憎しみだとかの感情があったのだから、私に育てられているクロはともかくとして、“素体”の彼までが影響されているのは疑問が残る。一々母役に影響されていては、“素体”とは言えないだろう。
「それと……これは、クロが言っていた事で、ドンには時期を見て伝える事になってたんだけど……クロは、勇者と戦う事にあまり乗り気で無くなってきているみたい」
本当はクロとその時期について相談してからにしたかったのだが……今がその時期、だろう。勝手に話してしまった事を、胸の内で謝った。
この発言にはドンも多少驚いたらしく、目を軽く見開いた。魔王が勇者を倒す手伝いをする代わりに彼の名を借りると言うのは、ドンの計画の肝の部分であるからだ。
「……そうか。そりゃ……少し参るな」
「うん。……でも、少し前のクロは、それほど嫌がる素振りは見られなかったよね? むしろずっとイキイキしていたと言うか、他の人を巻き込んだりもしていたし……目的を達成する為に割と積極的だった、よね?」
「ああ。そう見えた……利用した言い訳になるかは分からないが」
ドンの表情に影が差す。クロの本音を伝えた事で、これまでの事を後悔し始めてしまったのかもしれない。
「……まぁ、よく考えてみれば、当たり前と言えば当たり前の話なのかもな」
「何が?」
「だってそうだろ? 勇者の姿を見た事も無い、以前の魔王だった時の記憶も無いから恨みも無い、それなのに『自分は魔王で、勇者は敵だから倒そう』なんて、思えた事自体が『おかしい』んだ。マザーから、クロが“魔王の卵”だと聞いていたし、実際に魔王を名乗る男と直接話しをしたから、俺も受け入れていたけどな」
「……おか、しい……」
――――『何かに干渉されている……のかもしれぬ』と、“魔王の素体”だと名乗った彼はそう言った。何かに干渉されているから、いつもの様に恨みが湧いてこないのではないかと。いつもと違う魔王に育っているのではないかと。
しかし……本当に、そうだろうか?
私の脳裏に、一つの仮説が浮かび上がる。
誰かが決めたのだ、“勇者”と“魔王”は戦うものだと。
それを隠すためだろう。何百年かに一度の周期で復活と封印を繰り返しているのに、彼らに関する書籍はほとんど見つからない。あったとしても、勇者や魔王を題材に大幅に脚色された絵本などの物語。もしくは検閲から逃れるように、分厚い書籍に紛れ込ませた様な短い記載のみ。
無意識に感じていた違和感が、ドンの言葉で形になりつつあるのを感じていた。
それは、誰かの明確な“意図”とも呼ぶべきものだ。“勇者”と“魔王”に自分の目的を達成させる為に操ろうとしている者がいる。
勿論、確証はない。
しかし、この説が正しければ……それは、誰なのだろう。




