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4話 客③


「さて……まずはシスターが掲げているスラム閉鎖に対しての取り組みについてお聞きしたいのですが」


 最初に聞くべき相手は、シスター・ペルフェだ。私がそう話し始めると、早速カタリラが縛られた手足をばたつかせながら突っかかってきた。椅子から落ちてしまうのではないかと、見ているこちらとしては冷や冷やする。


「その女の考えは何回も聞いた! だがそれじゃ納得できないから現にこうやって……!」

「……私はシスターに聞いているの。順番を守って、カタリラ」

「いきなり呼び捨て!? なんて馴れ馴れしい女だ……」


 彼女はその後もブツブツと悪態を吐いているが、とりあえず小声にはなったので話を進める事にした。ペルフェは場が落ち着いてきた事で少し自分を取り戻してきたらしく、静かに語る。


「人の手を借りないと生きていけない子ども達については、すでにほとんどの数が孤児院への入所を終えているわ。彼らの事は責任持って自立までの面倒を見ます。――病人達については、郊外にはなってしまうけれど収容できる病院も手配して、順次移送を開始している……。健康で、ある程度自分で生きていけると判断された子ども達や大人は、新しく仕事をしてもらう為にスラム閉鎖までの期間を二カ月設けているから、その間に外に出て行って貰いたい」

「……お言葉ですが、シスター。孤児院へ入れた子ども達の年齢の上限を見た限り、私からはとても『孤児院に入れなかった子どもは全員、自分で生きていける』とは思えませんが……」


 スラムの事については詳しく無いが、孤児院の事は頭に入っている。孤児院に入っていて一番上の年齢の子達は、ニンゲンで言うと10歳、11歳くらいまでだ。今入所している子達に関しては仕事に就く為の準備を手伝う事が出来るが、入所出来なかった子達についてはそれが出来ない。ある程度年齢には達しているからと言って、読み書き計算その他スキルを持たず、スラムから出て来たばかりの子どもを雇う様な職場がそう簡単に見つかるとは思えない。


「そうだ。……皆、新しく出来た孤児院に入れて貰えると思ってた。それが、返ってきたのは俺達を拒否するような言い訳だけだった」


 ルーオの苦々しいその言葉に、ペルフェは「そうね」と同意する。


「私も……本来であれば、もっと上の年齢まで受け入れたかったけれども……ニラグルの元々の孤児院でもそれくらいの年齢までしか面倒は見てあげられていない。新しい孤児院だけ特別と言うわけにはいかなかったわ」

「じゃぁルーオは、孤児院に入れなかった子達の次の行き先が確定すれば、スラムの閉鎖に納得してくれるの?」


 私がそう訊ねると、彼は俯いて考え込んだ。横からカタリラが「そんなわけないよな、ルーオ!」と彼をどやし始めたので、人差し指を唇の前に出して「しーっ」と言うと、苛々した様子で体と椅子を前後に揺らした。


「……納得、は、難しい……。俺達にとってはあのゴミ貯めが家で、これからバラバラに離れないといけない奴らが家族で……アンタ達は簡単に閉鎖だ封鎖だって言うけど……そんな風におざなりに対処されるなら、俺達は絶対に立ち退かない。兵でもなんでも投入しろってんだ……死んだって、あの場所を動かねぇぞ」


 口を動かしながら思いを言葉に変えて徐々に顔を上げるルーオの瞳は、質問した私ではなく、ペルフェの方に向けられていた。

 彼女は静かに、しかし確かな意思を持ってそれに応える。


「配慮が足りなかった事は認めましょう……でもね、それだけのスピード感を持ってやらなければ、きっと未だ道端には何人もの浮浪児が今日の日の食事を探して彷徨っていた筈なのよ。放っておけば日に日に失う命は増えていく。……貴方達がまだあの場所に、あの生活に拘るのならば……失う命と同じ程度の数の命が生まれ続けるでしょう。そして皆、飢餓と病気に苦しむ事になる……永遠に終わらないわ」

「……」

「ルーオ……。ちっ、このババア、正論並べたつもりか畜生が」


 ルーオは口を横一文字に結んで、自分の中で考えをまた整理している様だった。その為、私は威勢の良いカタリラの方に笑いかける。彼女はそれに気づくと、牙を見せて威嚇してきた。


「何それ。聞きたくないって事?」

「そうさ。アンタの与太話に付き合う暇は無いね!」

「ふぅ。……このままだと、貴女達は牢屋に入る事になるのよ? 家に戻る事は叶わなくなる。ちゃんと話し合った方が得じゃない?」

「……けっ。どっちみち同じ事さ。あの町を追い出されたら、アタシ達に就ける仕事なんて無い。食う物を集める事ですら苦労してるのに、住む所もなくなりゃ……やれるのは窃盗か、殺しかになってくる。結局行きつく先は、牢屋か処刑台か……ほら、同じだ」


 なんと言う短絡的な発想だろうかと、私は頭を抱えたくなった。しかし、彼女の脳にはそれしか選択肢が無いのだろう。全ては環境が作り出した結果だ。


 私も、浮浪児たちの様子を見る為にスラムには何度か訪れたが、とてもじゃないが人の住んで良い環境には見えなかった。危ないから馬車から降りるな、と前もって注意されていたがその理由は馬車の小さな窓からもよく分かった。

 窃盗、脅迫なんて日常茶飯事。そしてとにもかくにも不潔なのだ。風呂どころか水浴びもしないのは当たり前、散歩中の犬猫の様に幼い子ども達の糞尿が野ざらしにされていて、もはや一度でも洗濯をした事があるのか疑問を持つような服を身につけている。

 更には……病気なのか怪我が悪化してなのか飢餓なのか分からない死体が、火葬も土葬もされずに放置されている。ペルフェはスラムを『病気の温床』と言ったが、あれで病気にならない方がむしろ不思議だ。


「カタリラは、生まれも育ちもあのスラムで?」

「そうだ。なんか文句あんのか」

「文句じゃなくて、どうやら健康みたいでよかったなぁって事。それに、貴女はまだ子どもだから、勉強さえすれば仕事なんていくらでも探せる。選べる選択肢はいくらでも増えるよ」

「はぁ? べんきょー? 誰が? どこで? どうやって?」


 確かに、そこが難題なのだ。国民皆学を取り入れている国は、この世界ではまだ聞いた事がない。少なくともツフト共和国では、勉強は贅沢品だと言われるだろう。

 ちらりと優雅にお茶を啜っている仲間二人に視線を送ると、『もう終わりか』とニヤつく翠と紅の瞳があった。私はむっとして、『まさか』と舌を出して見せる。


「シスター・ペルフェが、スラムから出て行って貰う健康な人達に先ほどおっしゃっていた以上の支援が出来ないのは何故ですか?」

「……はっきり言って、金銭の問題ね。孤児院建設、病院の手配、取り壊しの費用……国が出し渋っていたところを強行したものだから、私も個人の資産からかなりの額を出している……。だから、今回頓挫すれば、私の代でのスラム閉鎖は叶わないかもね」

「なるほど……」


 私は口に手を当てて考える。恐らくカタリラの説得はあまり難しくないだろうと思った。彼女は外の世界を知らないからこそこの様な手段に出たが、頭の回転は速そうだし外の世界の多くのものを見れば気も変わってくれるかもしれない。盗んできたと思わしきクロスボウも器用に使いこなしていたし、威勢も良く逞しいから、きちんとした指南役がいれば真っ当に暮らしていけると思う。


 問題はルーオの方だ。彼はこれまでのペルフェの進め方に不満があり、かつ場所に拘っている節がある。スラムから出る事が決まったとして、きっと孤児院があるニラグルからは離れたくないだろう。しかし首都で仕事を探そうと思えば、外に出るよりもハードルが高い。何故なら彼らには学が無いから、人の手が多くある都会では就職が難しいのだ。


 ペルフェは、私に孤児院の管理者の件を頼んできた時の事を考えてみれば分かるが、この件に対してかなり性急に事を進めてきた印象がある。それに対してルーオは不満を感じているが、そもそも国が金を大して捻出してくれなかった事が理由の一つでもある。しかも急ぎたい理由はもう一つ。それは、襲われる前に口にしていた難民問題だ。急いで対処をしなければ、スラムは広がりを見せるだろう。


「……難民、ね……」


 その時、一つの考えが浮かんだ。


「シスターが受けた難民対処の要請には……もちろん国から補助が出ますよね?」

「当然、そうよ」

「カッサからの難民の共通点は“ハネプ教徒”と言うだけですから、元の職業などはバラバラ。身分もバラバラ。そうですよね?」

「……まぁ、流石に貴族や王族はいないけど。そうね」


 私の質問に答えながら、ペルフェは段々と顔色に明るさを戻していった。なんとなく私の言いたい事が伝わったらしい。


「カッサからの難民を元の職業別に分け、そこにスラムの子ども達を振り分けます。難民たちの生活を保障し、なるべく元の職種に就けるよう斡旋する代わりに、彼らを“弟子”として引き受けて貰う。元々子ども達はある程度大きい子達ばかりなので、まぁ多少……お行儀は悪いかもしれませんが、自分の事は自分で出来るでしょうからさほど手はかかりません」


 まぁ、“手がかからない”のは、赤ん坊や低年齢児に比べればの話ではあるが。


「元の職業に再度就けない場合は? あとは……夜の仕事をしていた者に、子どもを弟子入りさせる訳にはいかないわよ」

「シスターはスラムの取り壊しを、もう外部に依頼してしまわれました?」

「……いいえ。住人と揉めているから、予算は出したけどまだどこに頼むかまでは……」

「でしたら、孤児院の修繕なんかもしてくれているサーシュさんの会社に頼みましょう。彼ならある程度都合を付けてくれるでしょうし。そして、仕事に就けなかったスラムの大人や残った難民達には当面そちらの仕事の手伝いをしてもらいます。取り壊しの費用は用意してあるはずなので、それをそのまま別の人に使うだけの話です。足りない分は難民支援の費用からも使いましょう」

「……そう上手くいくかしら」


 彼女は腕を組んで私の提案を飲むべきか悩んでいる様子だった。思いついた事を言っただけなのでかなり粗削りだが、一応これで多少なり通る。

 しかし心配なのは、難民達にスラム街の子ども達を預けると言う部分。ここが一番の要であるのだが……心情的にどうか、が不安な点だ。突然面倒を見させられたところで、虐待に繋がる可能性も捨てきれない。


「面倒を見るのが嫌な奴は、最初から自分で働き先を見つけたらいいさ。しばらくの間だけ住む所さえ保障されてりゃなんとかなる。カッサで殺されなかっただけ儲けもんだろう」


 ドンがフォローに回ってくれた。確かにそれもそうだ、どうしても面倒事はごめんだと言う事であれば自分でどうにかして貰えばよい。そこで一つ振り分けが出来るわけだ。それでも丸投げは出来ないので、数度に渡って預けた子ども達が健やかに暮らしているかの確認は必須だ。


「……でも」


 すると、しばしの間黙っていたルーオが口を開いた。


「町は潰すんだろ……元々、何も無かったみたいに」

「……そうだね」

「だ、だったら……やっぱり嫌だ! あそこは、俺達の故郷なんだ……!」

「……」


 私はルーオの座っている椅子の前々行くと、その場にしゃがんで彼の顔を少し下からまじまじと見てみた。印象としては丁度、今のクロと同じ位の幼さだと感じる。私のいた世界ならば、きっと中学生くらいだ。


「それでも、あの場所をそのままに出来ないから、こうやってシスターが動いてくれているの。誰もが見て見ぬ振りをして放置した場所を、どれだけ恨まれようとも綺麗にしようとしてくれているのはこの人だけ。それは、ニラグルの……ツフトの為じゃなくて、そこに住む君達の為にやっている事だよ」

「でも、だからって……」

「ルーオ、君があの場所でまた生活したいと思うならそれは自分で始めるべきじゃないかな。まっさらになった場所で、一から。……どれだけ大変かは想像がつかないけれど、もしも将来的に家族を作りたいと思うのなら尚更、ね。だって……病気が蔓延って死体が転がる町で、君は自分の子どもを思い切り遊ばせられる?」

「……そんな先の事言われても、分かるかよ」

「そりゃそうか」


 それでも、彼は私の言わんとしている事を理解しようとはしてくれている様子だった。今、自分があの町に住む分には構わなくても、これから大人になって家族が出来てもあの場所に住み続けるのかと、自覚したら迷いが出たらしい。

 ルーオが黙ってしまったので、隣にいたカタリラが多少声量を落として口を開いた。


「アンタは、このアタシにだって手に職付けられるって本気で思ってんのか」

「カタリラは……多分すぐに見つかるんじゃないかなぁ。喧嘩っ早いのだけ直せば」

「ハッ! 余計なお世話だ!」

「その様子だと、少しは納得してくれたって事でいいの?」

「納得ぅ? 違うね。アンタ達が、アタシらみたいなのをこれから真っ当な道に押し上げようとしてるのが滑稽だと思ってるだけさ。全くさぁ、面倒な話だよ。あの場所をそのまま残しておいてくれたらそんでいいって言ってんのに。な、ルーオ」


 カタリラに呼ばれて、ルーオはゆっくりと顔を上げた。


「カタリラ……俺、急に仕事だとか、難民だとか言われても……全然分かんねーけどさ。……友達や母親の死体が腐っていくのを、また誰かが見ないといけないのは……嫌、かもしれない。それが、あの町を変えなきゃいけない理由になるのかな。なぁ……俺が意見変えたら、皆がっかりするかな」

「……ルーオがそう思うんならいいんじゃないか? 他の連中の事なんか知ったことかよ。決めんならさっさと決めな。私はこいつらの計画が上手くいかない方に賭けて、あたふたする様子見て笑ってやろうと思うからさ!」

「そっか。……じゃぁ俺もその賭け乗った!」


 彼らはそのうち声を上げて笑い始めた。実に年相応な笑顔だった。

 二人の様子を見て、なんとかこの場が丸く収まりそうだと安心したのだろうか、ペルフェは大きく息を吐いた。


「……つまり、私の計画に賛成してくれるって事ね? 先ほどそちらの方が提案した通り……今日、この屋敷への客は、サクラさん達だけ……特に変わった事は起きなかった……それでいいのよね?」


 ルーオとカタリラの二人は「いいよ」とあっけらかんと言い放ち、なおかつ『さっさと拘束を解け』と文句を言い始めた。誰のせいでこの様な騒ぎになったのかと説教したくなるような態度である。


「……若さと愚かさは紙一重よね」

「本当に……」

「いや、サクラさんは若いでしょ」

「そう言った意味では、シスターもまだまだ『お若い』です」

「……失礼ね」


 私は汗を滲ませたペルフェに少し頭を下げる。とりあえずこの場は、彼女が笑っているならそれでいい。頑張っている人が報われる、そんな当たり前を守れた事に私は喜びを感じた。

 






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