3話 客②
突然乱入してきた招かれざる客に、ペルフェは震える声で応対する。
「……今週末も話し合おうと伝えて、貴方だって了承していた筈でしょう……? こんな事をしても無駄です。ロゥを解放しなさい……」
それを聞いて、黒スカーフの若者は鼻で笑った。彼の黄色の瞳が怪しく光っている。
「話し合い? 一方的にスラムの閉鎖の日時を伝えられて、出て行けと言われれるアレがか? 寝言は寝て言え。それとも永遠におねんねさせてやろうか……」
「閉鎖までの猶予期間は十分にあります……小さな子ども達は全員孤児院で預かる算段は整っていますし、病気の方の収容先だって……」
「アンタは何も分かってねぇ! あの場所は、あの場所は俺達にとって……」
二人が口論を始めてしまい、私はペルフェに寄り添いながらどうしたものかと困惑していた。魔法で誰かを呼んだ方がいいだろうか、しかし私が魔法を使おうとする間、人質に取られているロゥに危害を加えられでもしたら困る。
クロの様子を見ると、彼は緊迫した面持ちできょろきょろと辺りを見回していた。そして、「……見つけた」とぼそりと呟くと、庭が見える大きな窓の方へ堂々と歩き始めた。
「なに……を? ちょ、ちょっとクロ……ッ」
「おいお前ッ! どこへ行くんだ! 止まれ!」
「きゃっ」
黒スカーフの若者は狼狽えながらナイフを振り回す。目線は完全にクロに向けられている様で、危うくロゥの顔にナイフの刃先が掠めるところだ。
私は急いでペンダントから一枚の召喚許可申請書を取り出す。仲間達のそれには迅速に魔法が使えるよう色分けを施していている。なるべく選び取る時間を短縮させる為だ。
「クソッ、なんだアイツ!」
少年の叫ぶ声を無視したクロは、庭へ繋がる窓を開放して体を乗り出す。
外からの風が一気に流れ込んで、彼の黒い髪と白いブラウスをはためかせた。
「ルーオ! あんた何やってんのさ!」
すると、庭に身を隠していたと思わしき茶髪の少女が垣根から姿を現す。その両手には重厚なクロスボウが握られていて、間違いなくクロに向けられていた。
その少女がクロスボウのトリガーを引く。次の瞬間には『バシュッ』と乾いた音が響いたが、その速度と位置では私にどうする事も出来ない。
「ク……っ」
「無駄だ」
彼の名を呼ぶ事も間に合わぬ間に、矢は庭に降り立って無防備だったクロの胸部へと到達した。
――が、破裂音と共に、その矢はクロの体に拒まれてあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。
「あ……?」
少女が目を白黒とさせている隙に、クロは彼女へと近づいて行く。それに気づくと、彼女は連射できないクロスボウを地面に叩き落して、隠し持っていたナイフで近接攻撃を仕掛けてくる。
しかしと言うべきかやはりと言うべきか、そのナイフは矢と同じ様に跳ね飛ばされて、少女の腕を切り裂いていく。
「その様な攻撃は、我には届かん」
「な、なんで……?」
「……さぁ?」
腕を押さえたまま腰を抜かしてその場にしゃがみこんだ少女の額に、クロは右手を押し当てる。その時発せられた声は、低く低く……とても冷たいものだった。
そのクロの右腕に、静止する様に手が掛けられる。
「落ち着け……ガキ共」
「……ああ、ドン。母上が呼んだのか」
そう。私が魔法で呼んだのはドンだった。今日は特に予定は入れていないと前日のうちに聞いていてよかった。最近は日帰りや一泊で隣国に赴く事もあるので、呼ぶのに躊躇してしまうところだ。
私はドンを、クロの動きに気を取られていた黒スカーフの少年の背後に召喚した。その後は彼が少年を捻りあげて拘束し、今はロゥと私の二人掛かりで見張っているところだ。まさかとは思うが、この少年と少女は二人だけでペルフェを脅しに来たのだろうか。いくらなんでも無謀ではなかろうか。
と思ったが、クロとドンがいなければ我々だけでは身動きが取れなかったのも事実なので、彼らは運が悪かったのだろうか。
「……それで、二人はスラムの閉鎖に反対だと言う理由で、私を殺そうとしたのね?」
顔を青ざめさせたままのペルフェは、手と足を縛られ床で蠢く少年と少女にそう問いかける。
少年の名前はルーオと言うらしい。竜人の血が少し入っているのだと先ほど少し説明していた。対して少女の名はカラリタ。こちらはニンゲンの様だが、何かしら獣人の要素を持っているのだろうか。騒ぐ度に口の中に牙が、そして頭部に小さな耳があるように見える。
会話を始める前に、他に仲間がいるのではと勘繰ったのだが、クロが確信しているような顔で「いない、二人だけで間違いない」と言うので信じる事にした。
「殺すつもりは無かった! 少し脅して、あそこに手を出さない様にして貰えればそれで……ッ」
「愚かね……私を脅したところで、あの場所の行く末は変わらない。スラムの存在は、貧困が貧困を呼び、飢餓や病気の温床となる。それは他の町へと伝染し、他の人を巻き込む。だから一度閉鎖して、綺麗にしなくてはならないのよ」
「それに……相方の方は、思いっきりうちのクロを殺そうとしてたしな?」
ルーオとペルフェの会話の中にドンが乱入する。カラリタが黒い瞳で彼を睨みつけた。
「サクラさん……この方は」
「同居人で……ぐ、偶然……通りかかったらしく……助けに来てくれたみたいで……」
ペルフェの視点からだと、急にルーオの背後……つまりは客間の扉からドンが現れた様に見えただろう。魔法の事を説明するのも面倒なので、苦しいが偶然を装う事にした。
「知り合いの政治家がこの近くに屋敷を所有していましてね。挨拶に伺うついでに、サクラとクロの様子を見に来たんですよ。そうしたら垣根から丁度、荒っぽい事が始まった所でしてね」
「……だ、そうです」
胡散臭い笑顔でドンが補足してくれたおかげで、一応話の信憑性は増したらしい。ペルフェはやむを得ないと言いたげにその説明を受け入れてくれた。
私達の足元で、ルーオは縛られたままカラリタにぼやく様な口調で問い詰める。
「カラリタ、お前どうしたんだよ。適当に足でも撃って転ばせておけばよかっただろ」
「……そんな事言ったって、気が動転したんだ」
「気が動転して急所を狙う奴があるかよ! しかもへなちょこ矢!」
「違うよ! なんかこう、見えない膜みたいなのがあったのさ!」
もう少し見ていたい気もするが、彼らの口喧嘩に付き合っている場合では無い。私はペルフェに「どうします?」と質問する。彼女は頭を抱えながらソファに体を預けるように座り込んだ。
「……悔しいけれど、スラム取り壊しの件は……先送りになるかもね。この子達の目論見通りに」
「えっ」
「こんな簡単に屋敷に侵入されて、下手をすれば死傷者も出ていたかもしれないとなれば……元々反対の声も多いし、また一段と揉めるでしょう……」
ペルフェはこの短い時間の中で、やけに老けてしまった気がする。それほど落胆するまでに、これまでの積み重ねは大きかったのだろう。
新設孤児院の件も、浮浪児やスラムの子ども達の行き場を作る為のものだった。彼女の熱意がこんな事で報われなくなるなどと信じたくは無い。
「シスター・ペルフェ、気を確かに……何か方法を考えましょう……」
私が彼女の手を取ると、横にいたロゥもペルフェの背中をさすって「その通りです」と励ました。しかし肯定の言葉も否定の言葉も返っては来なかった。
すると、ドンがおもむろにペルフェへと問いかける。
「……シスター、この屋敷には今どれだけの人数が? そして彼らと接触したのは何人で、被害にあったのは?」
「私がお答えします。屋敷には使用人が五名。ただ全員持ち場に着いておりましたので、応対したのは私だけです。こちらの少女の方は……こっそりと忍び込んだのであれば、誰も気づいてはいないでしょうね。ですから被害も……客間の扉の修繕と、私の擦り傷くらいのものです」
その問いにロゥがいつもの調子で答えた。カラリタの顔を全員が一斉に見下ろしたので、彼女は「だ、誰にも……見つかってない、はずだ」とひきつらせながら返した。
「なら簡単だ。ここには今日、客はサクラとクロ……ついでに俺しか来なかった」
「ああ!?」
「うるせぇぞガキ。下手な特攻かましやがってよ、こんな真昼間に」
「この屋敷は昼間手薄なんだ! 何回も偵察に来たから知ってる!」
ルーオがドンの足首に噛みつこうとするが、あっけなく背中を踏まれて床に這いつくばる事になった。彼の言葉は本当かとドンがペルフェに聞くと、彼女は力なく肯定した。
「ええ……陳情が何度も来ていたので対応しましたし……彼らが屋敷をうろつく事もしばしば……子どもだと思って何もできまいと、放置していました」
「不用心な……警備くらい増やすべきだ」
「そうですね……。けれど……この子達が来なかった事になったとして、スラムではきっと不満が噴出しているのでしょう……隠蔽しても何も変わりませんよ」
「閉鎖決定までの時間稼ぎくらいにはなると思うが……アンタがそう言うなら無理には勧めないさ。じゃ、こいつらをツフト兵に突き出すくらいは手伝ってやるよ」
「お気遣い感謝いたします……」
ペルフェはすっかり意気消沈してしまったらしく、もはや大事になるのは避けられないと言いたげだ。確かにドンの言う通りにすれば、この事件は簡単に無かった事に出来る。しかしきっとルーオとカタリラの様な存在はスラムにたくさんいるのだろう。そんな存在に目を塞いで、このまま強行すべきなのだろうかと、彼女は自問自答しているのかもしれない。それに、彼ら二人の処遇も気になるところだ。“無かった事”にするのなら、兵には引き渡せないし、スラムに戻せば同じような事が起こるかもしれない……どこかへ閉じ込めておくなどする必要が出てくる。
しかし……。
「ちょっと待った……ッ!」
私は、二人を連れて行く為に白壁区画の衛兵を呼びに行こうとするロゥの前に立ちはだかる。
確かに、ルーオとカタリラを説得した上でスラムを閉鎖するのは難しいかもしれないが、それでも先ほどペルフェが言った通り、スラムは問題を大いに孕んでいる。折角ペルフェの尽力によって、スラムの閉鎖を目前にしているのにこんな形で無駄にしたくはない。
「くくっ。なんか思いついたか、サクラ?」
相も変わらず、私の恋人はなんて意地悪な笑顔を見せるのだろうか。そして彼によく似た表情でクロも私を見ていた。
「も、もう少し、二人の話を聞いてもいいかな……って。それからでも、遅くないかなって……」
「なるほど、確かに」
するとドンは、ルーオとカタリラの束縛と繋がる縄をしっかりと握ったまま、ペルフェの向かいの来客用ソファに座り込んだ。そして何故かクロもそれに倣う。
「俺はスラムや孤児院には全く関わって無いんでな。ここで静観しておくさ」
「同じく。母上、頑張れ」
「頑張れって……まぁ、いいや」
私はルーオとカタリラと話をする事にした。しかしこのままだと視線を合わせるのに疲れてしまうので、ロゥに頼んで彼らにも簡易的な椅子を用意して貰う。
どうにか、上手くまとまりますように――。
そんな願いを胸にしたまま、私は口を開いた。
すみません……まだ長かったので、③に続きます。




