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2話 客

 クロと地下室で話をした次の日、私は朝から孤児院へと出勤した。今日からしばらくは私と行動を共にするつもりらしい。恐らく成長段階はあと一つ。彼が完全な姿になってしまえば、ドンと共にグリンヴォへと行ってしまう。彼について知るには、時間はあまり残されていない。


 事務室で軽く話をしてから、私は手の空いている職員達と朝礼を行う。と言っても、子ども達の傍から離れられない者や、遅番でまだ出勤していない者もいるので、朝礼と言っても寂しいものだ。24時間体制の職場では仕方の無い事でもある。


「おはようございます、サクラさん……あら、後ろに座っている子は……」


 私と同じく中番だったマルウィンが、朗らかに笑いながら事務室に入って来た。そしてクロの姿を見て不思議そうに首を傾げる。


「あ、あれ……? クロちゃんによく似て……でも、もっと小さかったです、よね……?」

「んっ……えっと……」

「初めまして、マルウィンさん……ですよね? 僕はクロの兄で、ケオと言います。ずっと親戚の家に泊まり込んでいたので、お会い出来なくて」

「そうだったんですね。よろしくお願いします」


 ひきつく事はない微笑みを貼り付けて、クロはマルウィンと握手を交わした。するりと嘘が吐けるスキルは、本当に凄いと思う。

 私は「……孤児院の仕事に、興味があるみたいで」と補足した。しばらくの間、出入りをする事になると伝えると、職員達は快く受け入れてくれる。人手が増えるのは素直にありがたいのだろう。


「……つまり。我も手伝いをしろ、と」

「ずっと本を読んでるのもつまらないでしょ。少しでいいから手伝って」

「はぁ……」


 小声でそう交わすと、クロは目を閉じて小さく頷いた。どうやら観念したらしい。

 



***




 そして昼前。


「院長せんせ~」


 孤児院に住む、ニンゲンの少女であるリミが私のところへ走って来た。年齢としては10歳程で、この孤児院では年長者の方になる。そして私は孤児院では『院長先生』と呼ばれている。『ママ』よりは受け入れられるのは早かった。


「どうしたの?」

「ケオお兄ちゃん、ひよこクラスの子達と遊んでいたんだけどいつの間にかいなくなっちゃって」


 “ひよこクラス”とは、以前子ども達の発達別に四段階に分けたうちの“乳児期”に相当する子ども達の事だ。一人歩きをするかしないかくらいの小さな子ども達が集まっていて、手がかかる為そこの手伝いに行って貰っていたのだが……初日からは少しきつかったかもしれない。


「リミはひよこさんのお手伝い中?」

「そう」

「ありがとう、いつも助かってる。……ク……いや、ケオお兄ちゃんはもしかするとお腹が痛くなっちゃったのかも。私が探しておくから、リミはお部屋に戻っておいで」

「分かった! また来てってケオお兄ちゃんに伝えておいてね!」


 私は軽く右手を振って彼女の小さくなる背中を見ていた。そして、「出てきたら?」と廊下の角にいたクロに声を掛けると、彼は唇を尖らせながら姿を見せる。


「黙っていなくなったら皆心配するんだから、ちゃんと一言残さないといけないよ」

「……すまない。それにしても……赤ん坊の世話が、あんなに骨の折れるものとは思わなかった。母上には頭が上がらぬ……」

「まぁ!」


 照れているのか疲れているのか、ぼそぼそと口にしたそのセリフに、私はついその場で跳ねてしまいそうになった。たった三ヶ月半ほどの子育てだが、彼の成長が嬉しくて笑顔がこぼれてしまう。


「立派になって……」

「いや、その……まぁ、いい。次からは気を付ける」

「ふふ。ああ、そうだ。今からシスター・ペルフェの所に行くんだけど、クロも一緒にどう?」

「行く。ちょっと気分転換したい」




 私達は他の職員に言付けてから外に出た。

 この孤児院からペルフェの屋敷までは、しばらく歩かなくてはならない。白壁区域行きの首都営馬車を利用する事も出来るが、運賃の節約のため我慢だ。


 道すがら私は、クロと昨日の話の続きを持ちかける。

 クロに“魔王の素体”を名乗る存在について聞かせたが、彼はさほど驚いてはいないようだった。ドンが持つ“魔王との契約書”が存在している事から、自分が赤ん坊の姿の時に何かあったのだろうと予想は出来ていたらしい。

 

 そしてその話には、ソマラン王国で彼と話した“願いを叶える権利の譲渡”についても含まれていた。クロの事を知る事は、結果として私の得になると言う事は……少し言い出しにくい事ではあったが。


「しかし……勇者に勝てば願いが一つ叶うとは……」

「考えてみれば、その権利ってあの人のものじゃなく、クロのものだよね? だったら――」

「いやその話が真実かどうかは分からぬが……もしも願いが叶うのならば、我も母上にこの世界に留まって貰いたい。だからどちらにせよ同じ事だ」

「嬉しいよ……でも、ごめんね。黙っていて……」


 私が謝罪をすると、クロは首を横に振った。たっぷりとした黒髪が揺れ動く。


「気にされるな。先に話せば、我が自分の存在価値について意識をし過ぎていただろう……こうやって自然と疑問に持てる様になったのは、母上が黙っていてくれたからだ」

「……どうかな」


 聡明なクロの事だ。先に伝えておいてもなんら問題は無かっただろうし、むしろもう一人の魔王の存在は彼の孤独を癒してくれたかもしれなかったのに。その機会を奪ってしまった事に後悔の念を感じざるを得なかった。


「それにしても、どうして……」


 どうして、自分の意思が変わっていったのか心当たりはあるのか――そう問おうとして、私は口を閉じた。その質問はもう少し落ち着いた環境ですべきかもしれない。少なくとも彼は前の姿の段階で、何かを求める様に読書に傾倒していった。あの頃にはすでに自分への疑問を抱いていたのだろう。そして私に『……母上、諦められよ。決戦はそう遠くは無い。今は体を癒し、互いに為すべき事を為す』と言ったが、今思えばアレは自分を納得させる為のものでもあったのかもしれない。


「おや……」

「ん? どうしたの」


 その時、私の半歩先を進んでいたクロがおもむろに足を止める。

 何かあったのかと視線の先を見てみるが、何ら変哲の無い白い壁の続く住宅街だ。あと一角曲がった先にペルフェの屋敷がある。


「……何か、違和感が」

「違和感って?」

「いや……多分気のせいだと思う。気にする事では無い」


 そう口にすると、彼はまた歩き始め、私は彼の背中を追った。



 ペルフェの屋敷はもう目の前で、屋敷の使用人とは何度も顔を合わせている私は、すんなりと客間に通される。書斎に通される日もあるのだが、今日は違ったらしい。クロが少し残念そうだった。


「最近、あまり顔を出せなくてごめんなさいね。しかも急に呼び出したりしてしまって……」


 ペルフェは、少し見ない間に随分とやつれてしまった様だった。

 病気でも罹ったのかと不安がよぎるが、彼女は「いたって健康よ」と笑ったので胸を撫でおろした。


「では、お疲れですか?」

「ええ……そうなのよ。サクラさんは知っているかしら? カッサ王国で今、ハネプ教徒の虐殺が蔓延っている事を……」

「教会が襲われたり、神父が処刑されたりといった話は……少し前に。王都では教徒と言うだけでも処刑……とか」


 エミーリ王女と初めて会った時に、彼女がそう説明していた気がする。


「そう。その動きが益々加熱していって、今では王都以外でも信者と言うだけでその場で斬り殺されてしまうらしいわ。……それで、亡命してきたハネプ教徒があまりに多くてね……ツフトでも難民を受け入れるからその用意をしろと私に命令が下ったの」

「……? でも、シスターは孤児院の取り纏めをされているのであって、教会全体の代表はまた別の方でしたよね?」


 私の疑問にペルフェは険しい表情で「ええ」と答えて、皺の刻まれた指先でテーブルをコツコツと叩き始めた。


「私が、浮浪児を全て孤児院に収容してスラムを取り壊そうとしている事が耳に入ったのでしょうね……対処せずに難民を受け入れればスラムが広がる。それをされると困る私に、ハネプ教徒の件を押し付けてきたのよ」

「ほう。教徒達を教会でそのまま働かせるわけにはいかないのか?」


 突然会話にクロが乱入し、ペルフェは一瞬戸惑った様子を見せる。しかしすぐに元の落ち着いた雰囲気に戻ると、紅茶のカップを持ち上げながら肩を竦ませて見せた。


「カッサから逃げてきたのはハネプ教徒。ツフトで主に信仰されているのは、秩序の女神ピムグーニャ。別の宗教よ。改宗でもしてくれない限り教会では面倒は見れないわ」

「宗教の問題は難しいな」


 クロもペルフェと同じ様に『やれやれ』と言わんばかりに肩を動かし、テーブルに置かれていた菓子に手を伸ばした。成長したからなのだろう、がっつく事は無くなったがそれでも好物な事に変わりはない。

 しばらく世間話を交えつつ、孤児院の様子などを話していると、客間の扉が小さく叩かれた。


「……し、シスター・ペルフェ……」


 扉の向こうから聞こえたのは女性の声だった。恐らくペルフェの秘書であるロゥだと思うのだが、いつも淡々とした口調の彼女らしくない、ぎこちない口調だった。


「……まずい」

「へ?」


 クロが顔をしかめてその場に立ち上がった。その際にテーブルが揺れてティーカップがひっくり返りそうになる。


「ロゥ? どうかしたの? お入りなさい」

「いや、待て。鍵を……」


 いつまでもロゥが入室せず困惑したペルフェが、扉の向こうにそう言葉を投げかけた時、ロゥの緊迫した声が客間の外の廊下に響いた。


「……ッ! シスター! お逃げ下さい!!」

「!!」


 衝撃音と共に、客間の扉が開く。まず最初に見えたのは、ブーツの底だった。

 そして、一人の若者が頭部に花を咲かせた女性を羽交い絞めにしたまま、客間に突入してきた。


「くぅ……」

「ロゥ!」


 私は狼狽えるペルフェの肩を抱き、少しでも不躾な客たちから離れるようにと促す。


「シスター・ペルフェ……ここにいたか……」

「貴方達……反脱スラムの……」


 その若者は黒いスカーフで口元を覆っているが、見える範囲の彼の顔面は一瞬ニンゲンの様にも見えた。しかしよく観察してみると、フェイスラインから下……首や肩にかけてを緑の鱗の様なものが覆っている。彼はロゥの首元にナイフの刃先を押し当てて、ペルフェの事を睨みつける。



「いつまでも埒が明かないんで……荒っぽい事をさせて貰った。今日と言う今日は、スラムの閉鎖を撤回して貰うぞ!」





 長くなっちゃったので2話に分けました!

 中途半端でごめんなさい!!

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